国王シグネットの小話 【2】 『やっぱ将来は隊長に似て美人さんになんだろうなぁ』 『馬鹿テスタ、女の子じゃねぇんだし』 『いやでも隊長そっくりですよね』 『んー目元はちょっと奥方似かな』 続いて現護衛官であるグス達の声が聞こえてきて、シグネットは思わず父の姿に見惚れていたところから我に返った。 『ラン、家族でもっと近くへきて、ぜひ子供達にもシグネットを見せてやってくれないか』 そうして聞いた父の声に思わず口から言葉が漏れた。 「声が違う…………って、当然か」 それはレイリースの声ではなかった。 だから反射的にそう言ってしまったのだが、考えればもし声がそのままだったらすぐにバレていた訳で、声を変えていたのだろうと納得出来た。ただそれなのにレイリースの声でいろいろ想像していたのだと考えるとちょっと我ながら馬鹿だったなと思ったりもする。 「あーたり前ですよぉ、それじゃすぐバレるじゃないですかぁ。ちょっと将軍様ぁの側近としてはぁですねぇ魔法で声を変えて頂いていたんですよぉ」 「だろうな、分かってるよ」 レイリースの声よりも少しだけ高くて落ち着いた青年の声。その声が紡ぐ自分の名に、シグネットは不貞腐れた声で返しながら笑ってしまう。 しかも場面は、メルセンがシグネットに剣の誓いを立てて皆が笑って揶揄う姿に続いたから……シグネットの唇は笑みを押さえられないのに、目からは何故か涙が出て来てしまって困る事になった。 幸せそうな母、幸せそうな父、幸せそうな父の部下や友人、兄弟達……そうして、その皆に祝福されている赤子の自分。かつてここではこんな幸せな風景があったのだと、キールの能力を聞く前にも関わらずシグネットはそれを理解していた。 「メルセンは子供の時からこんな性格なんだな。母上がこんなに嬉しそうに笑ってるのなんて初めてかもしれない。ウィアは……確かにこのころは可愛い、かな。でもちびって……中身は変わらないなぁ」 切り取られたいつかの一場面。自分が良く知る人々の幸せそうなその姿は見ているだけで楽しくて、そしてその後の彼らが味わう悲劇を知っているからこそ悲しい。皆が父を見るその瞳から、その父が死んだと聞かされた時の嘆きが思う浮かべられて……シグネットは楽しいのに胸の痛みを押さえられなかった。 更に……ふと魔法使いの方を見たシグネットは、あのいつも飄々として何を考えているのか分からない彼が、真顔で眉を寄せて見ている事に驚いた。その視線の先にいる人物はシグネットが知らない顔だったが、状況から見て誰かは分かる。そしてその人物がどうなったのか……それはあの『真実の歌』にはなかったものの、母から自分だけには伝えられていた秘密の一つだった。父の代わりにシルバスピナの霊廟に入ったその人物は、父に信頼と憧れの瞳を向けていた。 映像だけの人々は楽しそうに笑う。 父がぎこちなく赤子を抱き上げ、母が嬉しそうに父に囁く。幸せな風景、幸せそうな人々。だからこそ彼らの嘆きと、そうして喜びが分かる。そうしてきっと、この父を愛する人々を今自分が受け継いだのだという事も。 『あらシグネット、眠いのね』 父から受け取って赤子を抱いていた母が、愛しそうに腕の中の顔を見つめながらつぶやく。父も覗き込んで穏やかに笑うと、小さな息子の髪を撫ぜる。母はそうっと赤子を籠に戻すと、額にキスをして立ち上がる。そうして父もまた、籠の前に片膝をついてしゃがむと、赤子の額にキスをして囁いた。 『おやすみ、シグネット』 愛情をこめて告げられたその言葉を、シグネットは目を閉じて心に閉じ込めた。 キールが杖でトン、と床を叩くと幻の人々は部屋の中に溶けて消えていく。 「どぉうです? 満足されましたかぁ?」 言われたシグネットは暫くはまだ呆けたような顔をしていたが、そこからひととおり部屋を見渡して笑うと口を開いた。 「あぁ、確かに父上の姿と声、どちらも願いが叶った。ありがとう、キール」 こうして素直に礼をいうのは父と同じくこの王の美徳で、だからこそ下に付く者に愛される。この人の為なら、という気にさせるのが上手いのはシーグルと共通するところであるが、それが計算ではなく本人達にとって自然な当たり前の行動というところがすごいのだ、とキールは思った。 「それはぁ良かった。ですがぁ先に行っておきましたとおぉり、これから何時でも見せてさしあげるわけではあーぁりませんからねぇ」 「あぁ、分かってるよ」 そこで王は少し拗ねたように答えたが、言った後にちょっと間を置いて、今度は悪戯っ子がそうっと伺うように尋ねてくる。 「分かってるから、そんなにちょくちょく見せてくれなんていわないけど……でも、たまーに、特別な時とかだったらまた頼んでもいいだろ?」 子供っぽい顔でそんな事を言われれば、『王を甘やかさない』と言われているキールだって、やっぱりちょっとほだされてしまうのは仕方ない。 「そぉ〜ですねぇ、まぁまた、どぉーしてもってぇ時でしたらぁ、ですかね」 それで王が分かりやすく嬉しそうに笑うから、キールもつられて笑ってしまう。 「じゃぁまた、その時に。でもキールの魔法は……これ、その場で起こった過去の場面が見れる、というものなのか?」 「えぇえ、そぉですよ。一人の動きを再生するのに魔法陣が一つ必要ですからぁ、結構面倒なんですけどねぇ……これでも前よりずぅいぶん簡略化したんですがぁ」 「モノから過去を見るのはケーサラー神官が出来ると聞くけど、キールの場合はそれを人に見せられる形にして『再生』が出来るという事か」 「そ〜いう事です」 「便利だよね、この能力を使えばどんな『真実』でも見る事が出来る」 そこでキールは口を閉じる。 先ほどのちょっとしおらしい子供っぽい顔から含みのある笑みを浮かべている王に、キールはちょっと頭を押さえてため息を吐いた。 「えぇえ、ですから私の能力はぁそうそう勝手に使ってはいけない訳です」 「……だからキールは何処まで行っても魔法ギルドの人間、という訳なんだ」 「はい、私の能力は基本秘密という事にぃなっていますからねぇ」 いくら言動が子供っぽくても、この王は頭の回転が速くて察しがいい。そういえばあの将軍もある意味この王の師と言えたかと、キールは苦笑するしかない。 「だろうな、『使え過ぎる』能力だ」 「えぇぇ、私は『真実』を見るだけでなく『真実』を見せる事が出来ますからぁねぇ」 「それを俺に教えてくれたって事は、俺は王としてお前とギルドに信用されたという事かな」 「最初から信用されていますよ。……ただ、お子様のうちは無暗やたらと見せてしまうのはぁ不味いかなぁと思った程度ですねぇ」 王は笑う。その笑みは先ほどまでの無邪気なものではなく王として相応しいものではあったが……彼はすぐにまた表情を切り替えて子供っぽく聞いてきた。 「ところでキール、先ほどの場面に将軍はいなかったが、彼はここへはこなかったのか?」 それにはキールの顔が引きつったまま固まった。 将軍がある意味父代わりだったシグネットとしてはその質問は当然と言えば当然だが……やはりあの男と、彼の父との関係については息子である彼には言いづらいものがある。 「え……えぇぇとですねぇ、あの男はその……シーグル様個人の付き合いでぇありましたぁし……騎士団の部下さん達やぁご自身のご家族とぉはぁまぁったく接点がない方ぁでしたので……こ、この時はぁ特に部下さんや親しい友人をぉ招いての会でぇしたのでぇ……」 「そうなのか、親しい友人、というなら呼ばれてもよさそうじゃないか」 いや友人ってカテゴリーじゃないですからあれは――といろいろ言いたくなった言葉は一旦飲み込んで、とりあえず文句を言わせない一言でキールはその話を終わりにさせる事にした。 「そぉはいいましてもねぇ……この皆さん和やかな雰囲気にですねぇ、あの方を呼ぶとその空気的にぃ……問題がある、とぉいうことで……」 そうすれば王も納得したのか、その表情から疑問が抜ける。だが、まさかその後に更なる危機的状況が訪れるなど、この時点で安堵しかけていたキールには想像できなかった。 「それでもここに将軍も来た事があるんだろ? なら将軍と父上が普段どんなやりとりをしていたのか見てみたいな。あの将軍が父の前でどんな顔をしてたのかすごい気になる」 えぇーえ、そりゃもうあの恐怖の将軍様がシーグルの様の前ではにやにやしっぱなしのべたべたしっぱなしのうっとおしさ全開のふやけ男になってましたよっ――と心の中で叫んではみたが、やはり息子に父親のその時の場面など見せられる訳がない。道徳的にも、シーグルの名誉的にも。場面を厳選しないとキスは必ず入るだろうし、それどころかただの会話だけの場面だって、あの男は隙さえあれば性的にあれこれちょっかい掛けては楽しんでいたという『真実』を見ていたキールはよーく知っている。 「あー……いやそのぉ、将軍様もぉたしかに来たぁ事はあるんですがぁ……おしのびでこっそりとかぁ、ほんの一瞬顔を出したとかぁでですねぇ……あまりーそのぉ一緒にいる場面はなく……」 「別に軽く話しているくらいの場面でもいいんだけどな。父上がどんな口調で将軍と話してるか分かるだけでもいいんだ」 「い、いぇそのぉ……なにせぇそぉいう事でですねぇ、将軍様とシーグル様のぉ話している場面というのはぁここでは滅多にない事でしたからぁ探しにくくてですねぇ、すぐにお見せするのはぁ難しく……」 「そうか、なら将軍府に行けばいいのか?」 それには思わずぶっと吹き出して咳き込んでしまって、キールはそこから盛大にむせる事になった。いやいや、あそこでのシーグルとあの男のやりとりなんてそれこそ見せていいものじゃない。ついでに言えば厳選して仕事のシーンだけを見せたとしても、急にシーグルを押し倒したりキスしたりするからあの男は油断が出来ない。 「将軍府はぁ……その、人目がありますしぃ、いろいろぉそのぉ、魔法的にも難しいように細工がしてあーりましてぇ」 「それならリシェの屋敷とか……なんなら父上と将軍が一緒に仕事でいった場所とかならどうだ?」 「ぐはっ、げほばほげほげ……」 「大丈夫かキール」 「はい、大丈夫、で……」 「あぁそうだ、よく将軍が乗っていた馬車だ、あれなら確実に二人だけの場面が見れるだろ?」 「ぐぼぉへはぁっ! げほげほげ……げほっ、がほっ」 ……そうして最終的には、キールは食い下がる王に、次はそういう場面を見せられるように予め探して準備しておく、という約束をする事になってしまったのだった。 --------------------------------------------- あとちょっとシグネットの後日談。 |