シーグルがセイネリアから離れて修行中の時の話 【7】 勝負が終わって導師に礼を言うと、シーグルはアウドのところにきて聞いてきた。 「お前からはどう見えた?」 「どうって……貴方の剣を導師があのヘンな短剣で受けて、それから殴って逸らした……としか」 「その剣を受けた一瞬、導師は高レベルの強化を掛けたそうだ」 「あぁ、それであんな無茶が出来たと……」 「すごいだろ、あのタイミングで術を使えるんだ。それに一瞬だけの強化だからこそ、普段は使えない高レベルの強化を常用出来るんだそうだ。……エルは知っているのかな、強化術のあぁいう使い方は面白いから、教えたらやってみたがりそうだが」 目を輝かせて(いや、今は顔は見えないが想像は出来る)そう言って来たシーグルを見てアウドは苦笑する。さっきまで考え込んでいたのが嘘のように頭がそちらに行ったのは果たして喜ぶべきなのだろうか。 誰が見ても貴族と分かるくらいにお上品で麗しい姿の彼の主は、これで中身はかなーり武人よりな性格だったりする。基本は考えるよりは体を動かしたいタイプで、もやもやと悩んでいたとしてもこうして強くなるために興味を引く事があれば悩みがふっ飛んだりする事もあるのだ。まぁ悩みの深刻さにもよるのは当然だが。……今回は彼としても悩むのが馬鹿馬鹿しいような内容だからこそ、頭の隅に飛ばされたのだろうと思う。 ――いやまぁ、この人がぐだぐだ悩まないのはイイコトなんですがね。 とはいえ、本人が悩まなくても彼のそもそもの原因は発散されていない訳で。本人が気にしていなくても無自覚でも色気を撒く……というのを騎士団時代に知っているアウドの悩みは解消されないのだった。 「レイリースっ、負けても気を落す事はないぜ。ザンゲツ導師のアレは知らないとまずひっかかるからさ。ったく、なーにが『まともに受けないから』だよな、最初から引っ掛ける気満々だからなあの人は」 ディーゼンが言いながら近づいてきて、シーグルはそちらの方を向いた。 「でも使いこなせればかなり有効だ。習おうとしている者は多いんじゃないか?」 シーグルの勢いにちょっと驚いたようだったディーゼンだが、彼は苦笑するとバツが悪そうに頭を掻いた。 「あー……まぁザンゲツ導師のアレを習いたいって奴は確かに結構いるんだけどさ。実際習得が難しくてな、そうそう実戦で使えるレベルにまで出来た奴がいないのさ」 「そうなのか」 「考えても見てくれ。戦闘中のここぞって一瞬に術を出すんだぜ? 戦闘の隙を見て継続用の強化術を掛けるのとは訳が違う。一番戦闘に集中してるとこで術使うとか相当の無茶だ。どうにか術は出せてもその瞬間が隙になってぶったたかれて終わりさ」 確かにそうだろうなとアウドも思う。早い話が戦闘中、相手に集中したままで術を使えないといけない訳だ、確かにそれは無茶だとは思う だがシーグルはそれを聞いてから妙に考え込んでいて、だからアウドは聞いてみた。 「どうかしたんですか?」 「いや……つまりそれは、戦闘に意識を集中したまま術を使うという事だろ?」 「ですね」 「戦っていて一番集中している時に術を使う。剣を受けたり避けたりするように考えるより先に体が動いて意識せず術が使えるという事だ。使う術は何であれ、それは確かに有効な手だと思う。なにしろアイツ自身は使えない手だ」 「あぁ……」 確かにこの人の場合、魔法を使わないあの将軍様を相手として想定しているからその手はありだろうとアウドも思う。使うのが強化術でなく、リパの盾でも光の術でも戦いの中で即使えるならかなり有効だ。 それについてまだ考えているシーグルに、ディーゼンがしびれを切らしたらしく不満そうに騒ぐ。 「てっか、そろそろ一手合わせ頼むぜ〜。いっっつまで突っ立ってんだよ」 だがシーグルはまだ考えた様子のまま、ディーゼンの顔をさえ見ない。 「いや……今日はちょっと待っててくれ」 「は?」 「ザンゲツ導師に話を聞きたい、すまないが手合わせはその後だ」 あぁやっぱりそうなるんでしょうねぇ――考えてアウドは気の毒そうにディーゼンを見た。まぁ主が嬉しそうに言ってる段階でこちらは止める気なんてないし、ディーゼンがどうにかしてくれ、という顔でこっちを見て来ても無視を決め込む。 そうして恨めしそうな修行者の男とそれを笑う他の連中をすり抜けて、アウドの大切な主は休憩中のザンゲツ導師に向けて駆けて行った。当然アウドもそれについていったのはいうまでもない。 戦闘中、ここぞというところで切り札として術を使う。 そんな術の使い方を考えた事はなかったが、出来るようになればかなり戦い方の幅が広がるとシーグルは思った。 ……と、いう事で、シーグルの頭はその日は一日中それで一杯で、その後聞いたザンゲツ導師の話と合わせて、明日からの訓練メニューを考える事に頭がいっていた。 だから当然、『彼』はそれを察して不満げに言う。 『俺と話して……時くらいは俺の事を考えろ』 いつも通りの夜の報告時にもシーグルの頭は半分以上明日の訓練の方に行っていたから、当然セイネリアは抗議してきた。 「どうせお前との話なんてどうでもいいことばかりだろ」 だがシーグルがそう返せば彼は黙る。 いや、シーグルだってセイネリアの目的はシーグルと会話する事自体で話の内容の方はさぼど重要ではないという事は分かっている。『どうでもいい話』をする事が彼にとっては貴重な時間であると言う事も分かっている。それくらい彼が自分と離れている事を辛く思っていて、自分の事をずっと想ってくれているというのも分かっている。……のだが、シーグルだって、昨夜のセイネリアの発言のせいでいろいろあった訳で……。 とはいえ、あまりにも彼が黙っていればシーグルもなんだか妙に後ろめたい気持ちになってくる。 おそらく彼は自分とこうして話せる時間を毎日楽しみにしている訳で、その時間くらいは自分の事を考えてほしいという発言は彼にしてみれば当然ではある。あの男にはあり得ないと思っても、ずっと黙っていれば彼がかなり傷ついたんじゃないかとか落ち込んでいるんじゃないかとか思えてくる。 「……悪かった」 だから結局謝ってしまった。確かに人と話している時に他の事を考えているのは相手からすれば失礼だというのはあるし。 『だめだ』 だが返ってきたのはその一言で、シーグルは思わず表情を引きつらせた。 『謝るならそんな簡単なひ……事じゃなくて、代わりに俺が喜ぶ……な事を言え』 さすがにシーグルも怒鳴り返した。 「何を言ってるんだお前はっ。そもそもお前の喜ぶ事って、俺に何を言わせたいんだっ」 『何でも……ぞ。俺がいつも……前に言ってる事を言い返してくれればいい』 シーグルは考えた。セイネリアがいつも言っている事――会いたいとか、触れたいとか、抱きしめたいとか、匂いや体温がが恋しいとか、キスしたいとか、舐めたいとか、味わいたいとか――考えているうちにシーグルの顔は赤くなっていく。 「言えるか、そんな恥ずかしい事っ」 『お前は……にを想像したんだ』 そう返されて更に顔が赤くなる。 「うるさいっ、自分の胸に聞いてみろっ」 『言いたくない……ら、子守歌でいいよ、しーちゃん♪』 「歌わないといったろっ」 二言目には歌ってくれ、というのは最早ただの嫌がらせなんじゃないかとシーグルは思う。だが彼は更に調子に乗ってまたとんでもない事を言い出した。 『ならキスの音だけでいいぞ』 「キスの音?」 『投げキッスの要領で、チュ、という……とを出すだけだ』 「出来るかっ」 『自分で触っ……て喘いでくれ……ともっといい』 「ふざけるなっ、もっと出来る訳がないだろっ」 枕を持ち上げたシーグルは、もう少しで双子草の鉢を殴りつけるところだった。 それをどうにか途中で気付いて止め、シーグルは枕を抱きしめてそのままベッドに寝転がった。 やっぱりこの男に関しては、落ち込んでるかもとか傷ついているかもとか考えて甘やかしてはいけないと思う。 「もういい、俺はもう寝る」 『しーちゃ……まだ夜は早いよ』 「黙れ、俺は今日は疲れて眠いんだ」 そこでシーグルはハタと気がついた。 そういえば今日は、疲れているといって挨拶だけしてさっさと寝てしまおうと思っていたのだと。そうすれば芋づる式に今朝の事を思い出してなんだか体もむずむずしてきて、シーグルは上掛けを頭からかぶった。 『おいシーグ……本当に寝たのか』 セイネリアはまだ文句を言ってきたが、シーグルはしっかり目を閉じた。 --------------------------------------------- これで律儀にシーグルは双子草の鉢をベッドの傍にちゃんと老いてます。 |