シーグルとセイネリア以外がメインの将軍府の日常話 【4】 「実際は幻術被せるんですし、そんなに作らなくてもいいんじゃないですかね」 「い〜いえいぇ、確かに幻像をかぶせるのですけどねぇ、質感ですとかぁ幻像だけでは難しくてですねぇぇ……いいですかぁ〜」 と、そこから延々された説明は殆ど理解できなかったので忘れた。とにかくキールの言われた通りにするしかない、とアウドは理解するしかなかった。 さて、この国の恐怖の象徴、泣く子も黙る将軍セイネリア・クロッセスだが、馬鹿強くて化け物と呼ばれただけではなく本気で不老不死という事で、このままだといつまでも将軍様をしていなくてはならない……のはさすがにやってられないと本人は放り投げた。……いや、まだ投げてはいないのだが投げる予定だ。 一応いつまでも一人の人間がこんな重要な地位にいるべきではないとか、なんか分かるような理由もあるといえばあるのだが、結局あの男はさっさと面倒な仕事なんて放り投げて愛しい人間と二人きりで終始人目もはばからずベタベタしたいだけだ、というのはアウドには分かっていた。 つまるところ、将軍様は仕事を放り投げてどっかで出ていくのが決まっていて、だがいきなりいなくなったらいろいろ都合が悪いから当分はいるように見せかけなくてはならない。 ……なら当然、いるように見せる工作が必要な訳で。 身代わり役に幻術を乗せて本物に見せかける、という手段が取られる事になり、なぜかその役がアウドに回ってきたのであった。 で、流石に本人達が消えてからいきなり身代わりをしろ、というのも無茶過ぎるので、彼らがまだいる間にたまに入れ替わってみて慣らしていくという事になり、今日は彼のふりをしてアウドは会議に出席する事になったのであった。 「なんで俺があの男のためになんか……」 とは思っても、それもまた遠まわしにはアウド最愛の主のためになるのだから仕方がない。ある意味恋敵とも言える相手が最愛の人を攫っていくその手助けと思うとムカつくどころの話ではないが、彼らの事情と、そもそも恋敵なんていっても敵になれてさえいないのも分かっているからそういう意味では諦めるしかない。 それに、ここに残ると決めたのはアウド自身でもあるし、残るなら仕事をしなければならない訳で、表に出られない自分の立場とここにいる理由であった主を守る仕事がなくなるのだからこの役目自体は仕方ない。……仕方がない、のだが。 「はいは〜い、将軍様はこちらに並んでくださいねぇ。……あ〜まだ身長がたーりませんねぇ。それじゃこれもう一枚追加ですねぇ」 言われてアウドは足をあげて足元に一枚また板を入れる。早い話がセイネリアとの身長合わせだ。そもそも身長やら体形に差があるのだから、いくら仮面で顔を隠していてもそのままでは当然セイネリアの代わりになどなれる訳がない。だから幻術を重ねて本人に見せかけるのはいいとして……結局質感やら本物のように見せかけるには、中身の役も出来るだけ本物に似せる必要があるらしい。特に背格好は出来るだけ近づける必要があるとかで、アウドはこうしてセイネリアに合わせていろいろ調整をしているのだ。 「まぁ立ってるだけなら姿勢は問題ないとこですがぁ〜歩く時は気をつけてくださいね」 「ほいほい」 今更嫌だと言っても通る筈もないので、もう心を無にして返事をするしかない。 ムカつきやがる事に当の本人はこちらを値踏みするようににやにや笑みを浮かべながら見てるから、更に気にしないように自分に言い聞かせて無視をする。 まったくもってアウドにとっては面白くない事態だが、それでも本人『達』を前にしての調整は悪い事ばかりでもなかったりした。 「アウド、すまないな」 本当にすまなそうに言ってくる深すぎる青い瞳が思ったより近くて、アウドの顔は反射的に笑う。あの男が傍にいる場合は近くにくる事さえそうそう許してくれない、剣をささげた最愛の主が心配そうに顔をのぞき込んでくるのを見れば頬の筋肉も緩むというものだ。 「そうだな、見上げた感じはこんなところだ。体付きは鎧でごまかせる範囲だろ」 「えぇまぁ、しかもマントでがっつり隠せますしね」 「お前の場合は歩き方だけだな」 「気を付けますよ。それでも大分俺も普通に歩けるようになったと思うんですがね」 「そうだな、足を引きずらないのを注意するのもだが……偉そうさが足りない」 いやそらまぁあの男レベルで偉そうになんて慣れてないですから――と心で呟きながらアウドははぁとため息をつく。 「これでも胸張るように気をつけでるんですがね」 「大丈夫だ背はちゃんと伸びてる。さすがもと守備隊だけあるな」 とびきり見目麗しい主がそう言って笑う。それだけでイライラの原因が頭から吹っ飛ぶのだから自分も相当気楽な頭をしていると思う。 「えぇ、なにせ足やってクビになった理由が行進の足並みが揃わない、ですからね」 それで軽く吹き出した彼と顔を見合わせてクスクスと笑っていれば、横から不機嫌そうな声が聞こえてきた。 「シーグル」 普通の人間ならその声だけで震えあがるところだろうが、生憎その声がいいたいことが分かっているアウドは逆に気分がいいくらいだ。更にはどんだけこの男が脅したとしても気にしない青年が彼をしかりつけるのだから余計に気分がいい。 「なんだ、俺たちのわがままの後始末のためにやってくれてるんだ、俺たちが協力しなくてどうするんだ」 ――いやいやシーグル様、奴がご機嫌斜めなのは単に自分より俺との距離が近いのが気に入らないからですよ。 というツッコミはもちろん口に出す筈はない。あの男には勝手に悔しがらせておく。 「だがいつでも真面目に背を伸ばしているのもらしくないからな、背筋を伸ばすというより、あいつの場合は偉そうに堂々と、だ。座ってる時は疲れたら足を組んだりテーブルに足を乗せてもいいぞ」 「足を乗せるのは……流石にそこまでやると視線がこっちにくるんじゃないですか?」 アウドとしては出来れば注目を浴びたくない。置物として扱って欲しいところである。 「大丈夫だ、きっと皆将軍が何をしていようと見ないふりをするさ。真面目に仕事しようなんて思わず、適度に不真面目に、嫌々ここにいてやるんだくらいの態度の方がらしく見えるからな。お前もあまり肩ひじ張らずにやればいい」 「……はぁ」 真面目にアドバイスをくれる我が主に半端な返事を返しつつ、ちらと件の男を見ればやはり不機嫌そうだった。 とはいえ、あの男のふりをして肩ひじ張らずは無理ですよ……と心の中で呟きつつ、アウドは隣にいる不機嫌極まりない危険人物の方ではなく、もう一人の調整中の人物に目をやった。 「は〜い、いつもいってますが貴方は姿勢、姿勢に注意ですからねぇ〜」 「そりゃ……分かってる、けどさぁ」 なさけない声で返事をするのはエルクアで、彼はシーグルの身代わり役をすることになっていた。 「貴方は〜しゃぁべると絶っ対ボロが出ると思いますからねぇ、黙ってる分、立ち姿と、お辞儀する姿に全力を注いでく〜ださいねぇ」 「はいはい」 「ほらまぁた猫背になってますよ〜」 キールは言いながら杖で軽くエルクアの背を叩く。 それで彼も背筋を伸ばす。 「ここまでがっちり全身鎧だと……重くてどうしてもさ……」 彼が泣き言をいうのはいつもの事なので皆苦笑していれば、そこで殊更冷たい一声が飛ぶ。 「なら少し鍛えろ」 「簡単に言ってくれるけど、鍛えてる歳月の違い的に追いつける訳ないだろっ」 「当たり前だ、シーグル並みに鍛えろとは言わん。鎧を着て立っていられるくらいの筋力くらいはつけろということだ」 「っていってもさ……」 どう見ても扱いが悪いというか冷たい言葉しかかけてもらえてないのだが、あの元貴族のボンボン青年は、あれでもセイネリアに話しかけられている段階で嬉しい……のだろう、多分。 「い〜いじゃないか、お前はまだ鎧を着さえすれば胡麻化せる体格差なだけ姿勢だけがんばりゃいいんだからよ。俺なんか足の下に分厚い板挟んで歩くんだぞ、こけないか心配で心配で……」 文句をいいつつも微妙に嬉しそうな彼に思わずそう恨み言を言ってしまえば、満面の笑みで魔法使いが重そうな鎧の靴部分を持ち上げた。 「あ〜そうですねぇ、すぐにこちらに板をもう一枚分追加してきますので、皆さんすこぉぉし待っててくださいね〜」 そう言って消えた魔法使いに、アウドは今日何度目かわからないため息をついた。 セイネリアとの身長差をどうにかするため靴底を見えないように底上げして、しかも足のサイズも少し足りなかったから詰め物をしてあったりすので、足を引きずるクセを抜きにしてもすさまじく歩き難いのだ。一応仮で作った靴で練習をしてはいたが、更にもう少し高くするとか考えただけで嫌になる。 そこから考えれば、エルクアは中身さえ見せなければ幻術を重ねる必要さえないという事で、同じ身代わりでも羨ましいと思わずにはいられない。 「……確かに、お前は鎧を着ていれば誤魔化せる、が中身は全然違うな」 「そりゃね、どうせ俺はそもそも彼とはデキが違うからね、どうせあんたにとっちゃ俺は所詮貴族の馬鹿息子なんだろっ」 ――いや比べるのがあの人じゃ卑屈にならなくてもいいと思うぞ、と口に出しかけたアウドだが、将軍様の続く言葉で口を閉じた。 「まぁそっちの中身は比べるまでもないが……体がな。鎧をきてそうしていれば同じように見えるのに、裸だと全く違うからな」 アウドは思わず顔をひきつらせた。 そうっと傍にいる愛しの主を見れば、彼は顔を引きつらせるどころではなく……怒っていた。 「筋肉の付き方から骨格、体毛、触り心地が違い過ぎる。なのに背と全体的な体格に大差がなければごまかせるんだな」 そういうのを冷静に言えるのはどうなんだ、と思いつつも、おそらくこの男からすれば『抱き心地』と言わずに『触り心地』でとどめておいたのは一応気を使ったのかもしれない。……多分、ないなと思うが。 「どうしてお前はすぐにそういう方向に話を持っていくんだっ」 「俺は単に感心しただけだぞ、中身が違ってもこれだけ誤魔化せるものなのだとな」 「うるさいっ、そういうのは心で思うだけにしておけ、口に出すものじゃないっ」 「思わず口から出ただけだ。具体的にどんな体付きかを話した訳じゃないだろ」 「黙れ、ヘンタイ」 ぐっと睨みつけてシーグルが黒い男に近づいていけば、向こうは一見怒られて引くふりをしながらその顔は機嫌がいい。 アウドはまたため息をついた。 シーグルは怒ってはいるが、それがそもそもあの男の策略である。わざと恥ずかしがって怒るようなことを言って、シーグルの反応を楽しむのと、自分に目を向けさせる二重の目的でやっているのだ。 「怒るな、シーグル」 「お前が怒らせたんだろ」 「なら謝る、悪かった」 いいながら見せつけるように自然に愛しい人間の額と目元に口づける男を見れば、アウドとしては正直、けっ、と唾を吐き出したい気分である。そのまま引き寄せて体をくっつけさせるのだから、見てるだけしかできないこちらとしては顔の筋肉どころか腕の筋肉さえピクピクと引きつって指を鳴らしたくなるというものだ。 そのままシーグルをなだめるふりをしつつさりげなく部屋から彼を連れて出ていった男に、アウドは見えなくなってから何もない空間に向けて蹴りを入れた。 「ったく、楽しそうにしやがって、このクソエロ将軍め」 このくらいの悪態をついてもばちは当たらないだろう。 なにせ今日、急遽あの二人の身代わり練習で会議に出る事になったのだって、単に座って聞くだけのつまらない会議に出席するのが嫌でこちらに押し付けただけに決まっているのだ。しかもあの男が今日の会議で恐らく一番嫌なのは、部下であるレイリースの席が自分のすぐ傍ではなく、しかも人の目によく見える席だから会議中傍に呼び寄せる訳にもいかない事に違いない。 ――ちゃんと何かあった時のために上の席で見ててやる……っていうのは絶対、そっちならあの人にくっついてちょっかいだしてても見えないからだよなぁ。 会議室の上にあるバルコニー席は奥に座れば下からは見えない。そっちで見ててやるとか言っていたのは正式な将軍席よりそっちで気兼ねなくいちゃいちゃしたいだけだからだろう。 蹴った後、またまたため息をついてどうにか心を落ち着かせて振り向いたアウドは、そこで考え込んでいるレイリース――の姿をしたエルクアを見て眉を寄せた。 「どうかしたのか?」 一応聞いてみれば、どこか抜けている元貴族のボンボンである青年は、真面目な顔をしてアウドを見ると聞いてきた。 「そりゃいつも俺はシーグルに比べていろいろ足りないって言われてるけど、抱き心地は俺の方がいいと思うんだ、あんたもそう思うだろ?」 アウドはそこで、止まると同時に顔を手で覆った。 ――俺に聞くなよ。 --------------------------------------------- シーグルとエルクアはだぼっとした服着てれば背格好はかなり近いです。 体脂肪率的な関係で脱ぐとまったく違います(==。 |