仮面と嘘と踊る人々




  【6】



「あの男があんなにダンスが好きだったなんて意外ですね」
「そう……でしょうか?」

 ロージェンティが呟けば、傍にいたネーヤ・ナ・サラヤ・バンが不思議そうに首を傾ける。彼女は反乱軍時代に大きな戦いのあった城塞都市グネービクデの領主の娘だが、その時にロージェンティの世話役をしてくれて以後、ずっとこうして傍に仕えてくれている。彼女もかつてはシルバスピナ卿の花嫁候補であったという不思議なめぐりあわせもあるが、女性であっても騎士として育った彼女のその武人的な性格がロージェンティには亡き夫のようで好ましかったのだ。それに騎士という立場のため、護衛としても頼りになる。
 ただ武人らしい真っすぐな性格もあって、この手の皮肉には少々察しが悪い。

「楽しそうではないですか、あの男らしくなく」
「楽しそう……言われてみれば、そう……ですね」
「そうよ、口元をみなさい、笑ってるでしょう?」

 セイネリア・クロッセスが笑っている事自体は別に珍しい事ではないが、彼が見せる笑みはまず十中八九は皮肉か嫌味か嘲笑と思っていい。けれど今のあの男は本気で笑っている、なにせあれは彼がシグネットに向ける笑みと同じだからだ――ロージェンティには分かる。……尤も、他の参加者たちはその差なんてわからないでしょうけど、と彼女は思って口元を歪める。まったく、今日は話している時からやけに機嫌が良さそうだとは思ったが、あんなに楽しそうにダンスをするセイネリア・クロッセスなんて珍しいものが見れるとは思わなかった。

 それでも勿論あの男の事だから、ダンスではなく、この後何か楽し事があるのかしら……とロージェンティは呆れながら黒い男を目で追った。こういう時は顔が隠せる仮面は都合がいい。

「それにしても目立ちますね」
「えぇ本当に……あの男の事だから絶対わざとだと思いますけど」

 なにせあの男は背が高くて体格もいいからただでさえ目立つのに、相手の女性であるカリンも彼の部下だけあって女性としては大柄だ。それが今日は更にヒールのある靴を履いているのだから男性並みの身長があって、それで豪奢な黒を基調としたドレスを着ているのだから目立たない筈がない。よくも悪くも殆どの視線が踊っている彼等に向いている。

「確かに……楽しそう、ではありますが迫力があります、ね」

 それには思わずロージェンティは軽く吹き出してしまう。確かに目立つというか人目を引くというか……大柄な二人が踊っているから単純にいえば迫力がある。ただ立っているだけでも将軍の傍からは人が引くのに、踊っている二人の周囲は誰も近寄らないから更に目立つ。ただそこまで目立ってもケチをつけるような踊りではないから、よからぬ期待をしていた連中はもう二度と将軍を舞踏会に無理矢理出させようなんて考えないだろう。

――さて、何を企んでいるのかしら。

 こういう席での彼の企みで自分やシグネットにとって都合の悪い事はあり得ないから、ロージェンティとしてはまさに『高みの見物』気分である。
 けれどそこへ、こっそり部屋の中に入ってくるある姿を見つけてロージェンティは派手に吹き出さないために口元を手で覆った。

「どうかされましたか?」
「……いいえ、なんでもないわ」

 見えた姿は勿論息子の女装姿で、一応似合ってない訳ではないがどこかぎこちない歩き方は笑わずにはいられない。皆の目が丁度セイネリアに行っているからよかったが、そうでなければ悪目立ちしていたに違いないだろう。
 たださすがに仮面もあるからあれが国王の女装姿だと分かる者はいない筈だった。分かるのは予めその計画を知っている者だけだろう。







 ダンスは2曲。それ以上は嫌だと言ったら、思いのほかあっさりセイネリアは許してくれてシーグルはほっとした。また一旦壁近くの椅子に戻れば、セイネリアは楽しそうに言ってくる。

「ご苦労だったな」

 その嫌味ったらしい笑顔に足でも踏んでやろうかと思ったが、それはそれでヒステリーを起こす女みたいだと思ったからやめた、だが。

「限界だ、着替えてきていいか?」
「折角そこまでやったのに勿体ない。部屋までその恰好でいてくれていいぞ」
「ふざけるな」

――冗談じゃない。

 どうせ珍しい恰好をして嫌がる自分をそのまま押し倒したいのだろうこの男は。確かに帰ったら話をするついでにそのままベッドでなし崩し的にすることになりそうだが、誰が彼の思惑通りにそこまでこんな格好でいてやるものか。
 さすがに他に聞こえるような声は出さないが、仮面の下からセイネリアを睨んで、シーグルは出来るだけ不機嫌そうに彼に言った。

「ちゃんと約束は果たした、ダンスも付き合った。これ以上は絶対に嫌だ、着替えてくる」

 セイネリアはやれやれ、というように肩を大げさに上げてみせてから、後ろにいるエルに向かって言った。

「レイリース、やはりカリンは足が痛いようだ、俺の代わりに部屋まで頼む」

 それからこちらの耳元に口を寄せて、こそっと言う。

「分かった、着替えていいぞ」
「いいのか?」
「あぁ、だが足を痛そうに演技しながら帰れよ」
「……分かった」

 セイネリアがここまであっさり着替えるのを許してくれるとは実はシーグルは思っていなかった。だから微妙にひっかかりはしたのだが、それでも少しでも早くこの恰好を終わりにしたいシーグルとしては有難い。足が痛い演技をしろ……というのは何か意図があるのかもしれないが、どちらにしろこの恰好を止めていいならその程度は従っても問題ない。

 エルは返事を返さなかったが、シーグルの前に来て恭しくお辞儀をしてみせたから、そのまま手を持ってもらって部屋に戻った。……勿論、言われた通り足がいたそうに少しびっこをひきながら。






 部屋に入った途端、ふはぁっと大きくため息をついたシーグルは、頭にかぶっているベールを飾りごと取った。

「まったく……」

 呟けば、横にいたエルが兜を取ってこちらを見ていたから、勢いでそのままシーグルは彼を睨んだ。

「悪ィ悪ィ、あいつの計画黙ってたのは悪かったよ。いやでもほら、俺もちょぉっとお前のドレスとか見てみたいなーとか」

 エルはこう時は正直だ。
 不貞腐れながらもシーグルがそこで仮面をとってから手袋を外そうとすれば、そこでエルが焦って声を上げる。

「ちょぉぉっと待った。着替える前にちょっとだけ素顔でその恰好のとこ見せてくれねぇかな」

 お願い、と手を合わせて言われれば、シーグルも仕方ないかと思う。これがセイネリアだったらわざと無視してやろうかとも思うところだが……そうしたら実力行使だろうなあの男なら……とにかく、エルは裏表なくストレートに言ってくる分怒る気にはならない。

「はいはぁ〜い、どうせなら私もぜひ見たいですねぇ」

 ついでのようにやってきたキールには少しイラっとするが。

「いやぁ、黒髪のお前ってすごい新鮮だなぁ。目の方は元からかなり濃い色だからまだそんな違和感ねぇんだけどさ。キツそうには見えっけど、これはこれで……うん、また違う感じのキツさだな。あとこっちのが更に若く見える気がする」

 エルが少し離れたところからうろうろ歩きつつこちらを見て言ってくる。カリンもその後ろから見てくる。アウドとソフィアはまだ会場だから、とりあえず三人くらいならまだこの視線も耐えられた。

「……そろそろ、いいだろうか」

 暫くして聞けばエルがはっと気づいたように姿勢を正してから、オーケーオーケーと言ってきてシーグルはまたため息をついた。

「んじゃ俺もさっさと脱ぐわ。いやー……よくお前こんな重いの着てるよな」
「それでも市場に出回るものとしては驚く程軽い」
「うへぇ、そうなのか」
「勿論、魔法鍛冶製の方ならそれより全然軽いが。ただそれだとエルは着れなかったな」
「へぇ〜」

 レイリース・リッパーとして、シーグルは2つの鎧を持っている。一つはセイネリアがレイリースになるために作らせた鎧で、もう一つはシルバスピナ家の魔法鍛冶製の鎧でセイネリアが作らせた方の鎧に似せて打ち直されている。修行に出た時は魔法鍛冶製の鎧の方を着ていったが、今でも登城時や貴族達の前に出る時は基本セイネリアが作らせた方の鎧を着ていく。黒く塗る事で魔法鍛冶特有の光沢が出ないように誤魔化してはいるものの、魔法鍛冶の鎧を見慣れている者には気付く者がいるかもしれないからだ。
 だから当然、今日はセイネリアが作らせた通常の鎧の方を着て来たわけで、エルが着る事も可能だった――サイズが一部合わないから少々無理しているところはあるが、そこはキールが幻術でごまかしてくれている。

「着るのも脱ぐのも面倒だしよー」
「それは仕方ない。防御のためのものだからな」

 鎧を初めて着たエルだから、勿論一人で着る事も脱ぐ事も出来る訳がない。だからエルの方は、彼自身は黙って立っているだけでキールとカリンが脱がせているという状態だ。

「汗臭かったらごめんなー。お兄ちゃん臭いから嫌とか言わないでくれよ」

 勿論それは冗談だろうが、シーグルは笑って言う。

「言わない。というか、エルこそ俺が着た後だと汗の臭いはあっただろ」

 そこでエルはにぱっと嬉しそうに笑った。

「いぃやぁ〜、逆にちょっといい臭いがしたぜ」




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 ラークの話とかいれたら思いのほか長く……子供達だけの話で終わってしまいました。
 



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