仮面と嘘と踊る人々




  【7】



 シーグルがカリンと一緒に会場に戻れば、セイネリアは先ほどまでいた長椅子の方にはいなかった。もしかしてまたロージェンティと話しているかと思ったが、それより周囲の人々の視線を見た方が結果として手っ取り早かった。
 セイネリアは中央の目立つ場所でダンスの真っ最中だった。
 しかも相手は……前に見た時とはいろいろ違っているが、あれはシグネットだとシーグルにはすぐに分かった。

――皆見る筈だ。

 セイネリアはデカイから目立つのは当然として、とにかくシグネットの踊りがなかなか面白くて目立つのだ。いや、別にヘタとかではないのだが、しいていうならノリが良すぎるというか力強過ぎるというか……とにかく貴族の淑女には見えないくらいには楽しそうに多少オーバーに踊っている。しかも当然というかセイネリアの方もそれにつきあってやっているから、目立つを通り越して悪目立ちしまくっている。

 周囲ではあれがシグネットだと分からない者達から、将軍相手にあんなに楽しそうにしているなんてどこのお嬢さんだ、とか、随分度胸のある令嬢もいたものだ、とかいっているのが聞こえる。
 それには思わず同意したくなるが……なんというか、まぁ、シグネットもセイネリアも結構楽しそうな段階で、結局シーグルも呆れつつ兜の下では笑顔になってしまうのだが。

「楽しそうですね」

 椅子に座りながらカリンがこそっと言ってくるから、それには、そうですね、とだけ返す。彼女もくすくすと笑っていたが、彼女の立場的にはまったく問題ないだろう。
 見ている貴族達もお堅い連中やセイネリアを良く思っていない連中はしかめっ面だが、大半は素直に楽しそうにしていて曲が終わった後には盛大な拍手が起こった。その拍手に応えて二人が深く礼をする。ただ……その後にセイネリアがシグネットに何か耳打ちをしていると思ったら、シグネットの顔がこちらを向いた。
 直感的にシーグルは嫌な予感がした。
 それは勿論正解で、シグネットはずかずかと楽しそうにこちらに向かってくる。そして目の前までくれば予想通り。

「レイリース様、一曲踊ってくださいませんか?」

 出来るだけ高く作った声でシグネットはそう言ってくると、そこから顔を上げてにっと笑って更に小声で言ってきた。

「踊れるんでしょ?」

 仮面の下からでも期待に満ちた目でこちらを見ているのが分かるから、シーグルが断れるわけがなかった。

――覚えてろ。

 悠々とこちらに向かって歩いてくるセイネリアをちらと睨んで、シーグルは仕方なくシグネットの手を取った。
 そもそも今のシーグルはいつもの全身鎧姿だし、パーティ参加者ではないのだからただのどこぞの令嬢なら断ってもいいのだが……さすがにシグネット相手で断ったら後々不味い事になる。なにせシグネットの事だから、この後わざと正体を明かすつもりだろう。その時に剣の師であるレイリースが分からなかったは通らないし、国王の遊びにも付き合えなかったのかとか言われていろいろ問題になる。

「私を誘ったのは将軍閣下のご提案でしょうか?」

 だから体が近づいた時にそう小声で尋ねてみれば、シグネットは令嬢らしくなく歯をみせてにっと笑ってからやはり小声で返してくる。

「だよ♪ レイリースはダンスが上手いぞって」

――まったくあいつは何を考えているんだ。

 頭を抱えたくなったが、さすがにダンス中にやりはしない。シグネットは例によって少々動きが大きいダンスをしていたが、セイネリア相手の時程やりすぎてはいなかった。シーグルがセイネリア程ノリに付き合っていないのもあるが、シグネット自身も抑えているのだろう。ただ楽しそうなのは変わらないから、最初はセイネリアを恨んでしかめっ面だったシーグルも次第につられて笑ってしまう。
 それに、こうして手を繋いで目の前にいれば、その目の高さから息子の背が伸びた事をしみじみと感じてしまって感慨深く思いもする。そうすれば多分……セイネリアとしてもこれは嫌味ではなく息子と踊ってこいと彼なりの気遣いというか親切なのだろうというのは分かる……のだが、こちらの反応を楽しんでいるのもある筈だ、確実に。

「足は痛くありませんか?」

 途中で少しシグネットがよろけたから聞いてみたら、もうすぐ青年になる若過ぎる国王はやはり笑いながらも小声で返してくる。

「んー……大丈夫。どうせドレスで隠れるしね、靴はいつものなんだ。それよりレイリース、その恰好でよく踊れるね」
「そうですね、慣れてますから。ただ一々音が鳴って煩いですが」

 他の参加者がたまに着ているような仮装のハリボテ鎧とは違ってこれは本物の金属鎧であるから、動く度に鉄と鉄が当たってカチャカチャ鳴るのは仕方ない。それでも普通の舞踏会なら全身鎧でダンスなんてしていれば酷く浮くだろうが、今回は仮面舞踏会というだけあって周りの男連中の恰好もかなりいろいろあるのでそういう意味では問題なかった。
 それでもおそらく、ハタからみればこのシグネットの楽しそうな踊り方は目立つだろうなとは思う。それでもまだ、セイネリアよりは自分の方が目立っていない筈……とは思っていたのだが。

 踊りが終わってお辞儀が終わった後、シグネットは流石に仮面を外しはしないが大きな『いつもの』声で他の者に向けて言った。

「今夜は皆、私のために集まってくれて感謝している。この通り私は思いきり楽しませてもらっているので皆も楽しんで行ってほしい」

 それに返るのはまず一瞬の沈黙。それから我に返った者達から拍手が上がって、シグネットは皆に手を振る。そこでまたわっと場内が沸いたから、シーグルは気まずそうにシグネットの後ろに控えるしかなかった。







 正体をバラした後、シグネットは片っ端から貴族の有力者たちをダンスに誘って踊らせる――と言っていた通り、傍にいたオルゼン卿を早速誘って踊っていた。勿論貴族達はこぞって国王と踊りたがっていたから、皆シグネットの周りに集まって大いに盛り上がっていた。
 その騒ぎを逃れるように、こっそり人だかりから抜けてこちらへ歩いてくる人物を見てセイネリアは笑う。
 勿論その人物はレイリース――つまりシーグルな訳で、彼がこちらに向ける空気はなかなかに険悪だった。なにせ目の前に来た途端の一言からして。

「お前はどれだけ企んでるんだ」

 と言ってきたのだから、あとで相当怒って抗議されるのは確定だろう。……それはそれでセイネリアとしては楽しいのだが。

「今のを企んだのは国王陛下だ」
「俺のところに行けといったのはお前じゃないか」
「……楽しかったろ?」

 そう言ってみれば、シーグルは返事の代わりに溜息をつく。

「娘だったら確かに感動したところだろうな」

 セイネリアは笑う、ククっと喉を震わせて。流石に会話は小声であるが、皆シグネットに注目しているからこちらの話を聞かれる心配はないだろう。

「いいじゃないか。こういうのも『いい思い出』になるだろ?」

 シーグルにとってもシグネットにとっても。
 やがてここを旅立った後、シーグルはきっと息子とのやりとりを『思い出』として大切に思うだろう。そして真実を知った後にシグネットは、師との思い出が父との思い出だった事に驚きながらもそれを大切にするだろう。

 セイネリアが事あるごとにシーグルと息子がいろいろ接触出来るようにしているのは、勿論シーグルとシグネットを喜ばせるためではあるのだが、実は少し罪悪感のようなものもあるせいらしい、とセイネリアとしても自覚していた。
 シーグルから家族を切り離した事、シグネットから父親を取った事、それに対してどうやら自分は罪悪感を感じているようだと、それを初めて自覚した時、実はセイネリアはかなり驚いた。まさか自分が罪悪感なんてモノを感じるなんて思わなかったというのと、それがシーグル周りにだけ感じるところが自分らしいという呆れと。

 本当に、自分はシーグルに関する事だけはどこまでも『人らしい』考え方にはなるらしい。

「……まぁな、確かに『いい思い出』にはなったさ」

 不貞腐れながらもそう返してきた彼にまた口元が緩む。少なくとも楽しかったというのは否定してこなかったから、ちゃんと楽しんではくれたのだろう。彼が楽しんだ、嬉しかった、と分かれば自分も嬉しくなるのだからこれもまた面白い感覚ではある。

 視線の先ではシグネットがまた他の者にダンスを申し込んでいる。相手が決まる度に周囲からは拍手が起こって、わっと笑い声が上がる。恐怖の将軍とは違って、少なくとも今この国の上層部に国王を嫌う人間はまずいないから、はしゃぎ過ぎの国王に苦笑するくらいのものはいてもそれを忌々しく思って顔を顰めている者はいなかった。

「国王陛下は相当楽しんでいるようだな」

 だからそう言ってみれば、横でカリンがクスリと笑ってシーグルがため息をつく。だがそれでも、そうですね、と返してきた声は笑っていたようだからシーグルも兜の下では笑顔なのは間違いない。
 彼が喜んでいると分かるとここまで心が温かく、満たされた感覚になるのが不思議だった。

 多分、こういう感覚を人は幸福というのだろう。




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 もうちょっと舞踏会の話が続きます。
 



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