仮面と嘘と踊る人々




  【8】



 今夜の主役は誰がどう見てもシグネットだった。
 勿論シグネットのための舞踏会ではあるのだからそれでいいのだが、国王という立場であるのに誰より一番踊っている、というのは少々問題だろう……とロージェンティは思っていた。
 勿論彼女も最初は多少息子がハメを外しても今日は許すつもりではいた。だから最初は息子がはしゃぐ様子を見て笑っていたのだが、名のある貴族と片っ端から踊るに至っては流石に少々眉を寄せずにはいられなかった。なにせそれだけ踊っていれば当然疲れる。ただでさえ女性側を踊るのは慣れていない分シグネットのダンスは雑になりがちだったのに、後半からは疲れて崩れ過ぎてロージェンティとしては見ていられないレベルになってきていたのだ。

 だから彼女は最終手段を使う事にした。





 シグネットはこの日のためにいろいろ考えて準備万全できた筈だった。
 だが、予定外というか想定が外れると言う事はあるもので、現状内心ではちょっと困っていた。

 足が痛くならないように靴は無理して女性用は履いてこなかった。
 勿論長時間着ていても問題ないように締め付けたりしないようにドレスもいろいろ誤魔化せるようなのを着ていた。
 ちゃんと鍛えているから体力は自身があるつもりだった。

 ……のだが、思った以上に皆に好評だったせいで次から次へとダンスの申し込みをされまくって、さすがに体力的にきつくなってきた。かといって公平を期するためには断る訳にはいかないと、相当に困って、疲れて、目が回ってきそうになっていたところで、シグネットの目の前の人の輪がざざっと分かれて道が出来た。

 勿論、この会場でそんな事が起こる理由は一つしかない。

 出来上がった道の先には一際背の高いいつも黒一色を纏う男が立っていて、彼はゆっくりとこちらへ歩いてくると言ってきた。

「陛下、いい加減休憩にしなさいと、摂政殿下からの伝言です」

 そうして手を伸ばしてくれたから、シグネットは抱き着く勢いで将軍セイネリアの腕に掴まった。

――助かったあぁぁ。

 さすがに将軍に手を引かれれば誰も付いてくる事も引き留める事も出来ずにすんなり人の輪から出られたが、向かう先にいる母親の顔を見れば笑顔ではあっても怒っている。お小言の一つ二つは聞かなければいけないパターンだがそれでも今回はあの場から逃げられた方が嬉しいから仕方ない。

「まったく、調子に乗り過ぎです」

 座った途端、まずそう言われたからシグネットは素直に謝った。

「はい、調子に乗り過ぎました、申し訳ありません」

 後ろで将軍が笑っているが、自分でも調子に乗り過ぎて想定外の事態に困っていた自覚があるので何も言えない。

「人気者は大変だな。上手い断り方も覚えておけ」

 将軍のその言葉には乾いた笑いしか返せないが、内心その『上手い断り方』が思いつかないから困ったのだと叫びたい。そりゃー将軍なら誰相手で何やっても誰も文句言えないけど……なんて愚痴りたくなるが、確かに自分の考えが少々浅はかだったのは分かっている分やはり声には出せなかった。

「踊るなら踊るできちんと踊りなさい。それが出来ないのならお止めなさい」

 母はそう言ってため息をついた。これは思った以上に怒っているらしい。

「本当に、疲れたのは分かりますが、あんなみっともない踊り……恥ずかしくて見ていられませんでした」

――あぁ、母上としてはそこが一番許せなかったのか。

 調子に乗り過ぎたのが悪い……というより、調子に乗り過ぎて疲れてダンスが酷いありさまだった、というのが問題らしい。確かに母上はダンスもマナーも完璧だといつも先生達に聞いている。

「将軍もあまり調子に乗せないようにしてください。貴方とのダンスは疲れていない分、調子に乗り過ぎて下品でしたわ」
「それは申し訳ない」

 将軍は笑いながら謝る。確かに将軍とのダンスは派手にやり過ぎだったかとシグネットも思う。

「一番見れたのは、貴方の側近とのダンスでした。彼は……ダンスもあの人に教わったのでしょうか?」

 言われれば確かにレイリースとは一番マトモに踊ったとは思う。あの時は疲れてもいなかったし、レイリースは上手くリードしてくれたし。そして考えれば確かに剣を父に習った彼なら、ダンスも習っていておかしくないとも思う。

「あぁ、騎士として必要な事は基本すべてシーグルに教わったらしい」
「そう……ですか」
「だから姿勢が似ていたろ?」

 それまで怒っていた母親がそこでふっと笑みを浮かべる。

「そうですね、とても姿勢がよくて……あの人のようでした」

 こういう時、母がどれだけ父を愛していたのかが分かって、シグネットとしては嬉しくて、でも寂しい気持ちにもなる。

「なら……ダンスもレイリースに習おうかな」

 それはちょっとした思いつきだった。マナーやらダンスやらの先生は将軍をよく思っていないタイプの人間なので、シグネットは正直あまり好きではなかった。それは我ながらいいアイディアだったと思ったシグネットだったが、そこで将軍が笑ってから言ってくる。

「それは勘弁してやってくれ。あいつはあれでダンスはあまり好きじゃないんだ」

 それはちょっと残念だったが、我が儘を通すつもりもないシグネットはそれで了承した。ただその後も将軍が笑っていたから、何がそんなに面白かったのだろうとは思ったが。

「さて、そろそろ俺からの誕生日プレゼントをやろう」

 だがそこで将軍が唐突にそんな事を言ってきたからシグネットは驚く。

「プレゼント? 将軍が? え? 何?」

 実をいうと将軍はシグネットの誕生日を祝う言葉はくれてもプレゼントを用意してくれたことはなかった。その理由は『俺は、誕生日プレゼントなんてその時だけにしかやらないものをわざわざ用意しない。その代わり、いつでもお前が欲しい物や俺にして欲しい事があるなら言え、やれることならなんでもやってやる』だから不満がある筈はなかった。

 確かに将軍は頼めば出来る事は何でもしてくれたし、シグネットが喜ぶようなご褒美をくれる事はよくあったから、彼からのプレゼントはいつも貰えているようなものだと思っていたが……やはり何か将軍から用意があると聞けば期待せずにいられない。

「……まぁ、品物じゃない。面白いのを見せてやる。母上と一緒に向うのバルコニーで待ってろ」

 言うとセイネリアは出口へと行ってしまった。





――何をする気だ、あいつは。

 シーグルは出口へ向かうセイネリアを見て首を傾げた。
 ロージェンティの使者から言われて、踊り過ぎてヘロヘロになったシグネットを止めに行ったところまではいいのだが、シグネットと別れてこちらへ帰ってくるかと思ったら、どうやら彼は外へ行こうとしているらしい。

――将軍が供もつけずに一人で外に行くのはまずいだろ。

 セイネリアの事だから万が一なんてことはあり得ないし、護衛なんて対外的な見せかけのためだけのモノだと分かっていても、これだけ貴族がたくさんいる中で将軍の単独行動はまずい。いらない嫌味や妙な噂の元となるのは確実だ。
 だからすぐシーグルは彼を追おうとしたのだが、そこですぐカリンが引き留めるように言ってきた。

「レイリース、外を見に行きましょう」

 一瞬頭に疑問符が飛びまくったシーグルだったが、カリンがセイネリアの行動を見ていない筈はない。それにレイリースと呼んだのだってわざとだろう。つまり彼女の今の言葉はセイネリアから予め言われていた指示だという事だ。
 シーグルはその場で頭をさげ、カリンの手を取ってバルコニーの方へと向かう。

「何があるんだ?」

 途中でこそっと聞いてみたが、カリンはにこりと微笑んで『内緒です』というだけで、シーグルとしては訳が分からない。
 それでも外へ見ろというからには何かある訳で……笑っているカリンの護衛のようについて外を見ていれば、やがて空が急に明るくなった。

「何だ?」

 他のバルコニーからも驚きの声が上がる。
 ただその明かりが消えるとまたすぐに空が光って、それでシーグルはやっとそれが光石なのだと気が付いた。光石といえばリパの光石が一番有名ではあるが、他の神殿でも明かり系の術を使えるところはあるから光石は作れる。単にリパの光石が目つぶしに使える程強い光を出せるから冒険者需要があってたくさん作られていて有名なだけだ。

 そしてリパ以外の神殿魔法による光石は光自体は弱いものの、光の色が違う。

 最初に光ったのはオレンジ色でおそらくあれはレイぺの神殿魔法によるものだろう。空に放り投げられた光石が光って消えれば次の光石が空に上がってまた光る。赤、青、黄、緑と、さまざまな色に空が光る様はとても……綺麗だった。




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 舞踏会自体はあと1話で終わりかな。そのあとにお約束のいちゃいちゃタイムですね。
 



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