仮面と嘘と踊る人々




  【9】



 窓の光と、外からの歓声に気づいたのか、やがて人々がバルコニーに集まってくる。最初はのんびり光達を眺めていられたシーグルも途中から他の人間に場所を譲り、カリンと共に人々の後ろの方から眺める事にした。シーグルは貴族の他の連中からすれば背が高い方なので十分見る事は出来たが、カリンは見えるのだろうかと思ってから今日の彼女が自分と視線の高さが同じなのを思い出し、思わずそっと彼女の耳にむけて聞いた。

「すまない、俺の背と合わせるために高い靴を履いて貰って。痛くはないだろうか?」

 カリンはこちらをちらと見るとにこりと笑う。

「大丈夫です、こういうのも訓練してますから。それにおかげで良く見えますし」

 カリンが元ボーセリングの犬で様々な訓練を受けているのは知っていたが、改めてそういわれれば感心する。確かに貴族令嬢のふりをすることは慣れていると言っていたから、ヒールの高い靴を履いても行動に支障が出ないような訓練はしているのだろう。

「それに、何も高い靴を履いている利点はそれだけではありませんよ?」

 何か含みがあるような笑みで彼女がそう言ってくるから、シーグルは聞き返した。

「……それは?」
「私は他の淑女方に比べて背があります。それで更にヒールの高い靴を履けば、大抵の紳士方より背が高くなりますから。一人でいてもまずダンスに誘われる事はありません」

 言われれば確かに。シーグルの背に合わせた今のカリンの背の高さでは、まず大抵の連中では彼女より背が低くなってしまう。プライドの高い貴族連中はまずダンスに誘えないだろう。
 聞いて思わずシーグルも笑ってしまえば、カリンは口元を押さえながら更にくすくす笑う。勿論今までのやりとりも笑い声も極力声は抑えていたが、外が光る度に歓声が上がっている現状では聞かれる心配はまずないだろう。
 ついでに外で光っている石についてどういう仕掛けになっているのか聞いてみようと思いもしたが、セイネリアの恰好からして矢に光石をつけているのだろうというのは分かっていたし、あとで直接本人に聞くほうが……あいつは喜んで説明してくれるだろうなと思ってやめた。

 そうしている間に、3つ程前の光が消えるのを待たずに連続して光った事で一際大きな歓声が上がるとその後は待っても空は光らなくなった。それでこの出し物が終わったのだと思った誰かが手を叩いて、続いて他の者達も手を叩いて大きな拍手が生まれる。そうして拍手が終われば皆満足し、騒がしく会場へと戻って行った。
 ただ逆に。

「ではまた外へ」

 言ってカリンが人々が消えたバルコニーに向かって歩き出したから、シーグルはまだ何かあるのかと思ってそれについていく。ただ自分達以外に誰もいなくなっても特に何も起こらず、それでシーグルが疑問に思っていれば、バルコニーにもう一人、ドレスの人影がやってきた。

「あぁ……」

 一瞬逆光でよく見えず誰だと警戒しそうになったシーグルだったが、ドレスの色ですぐ思い出す。それはアウドと一緒にいる筈のソフィアだった。
 だからすぐ、兜の中で笑うと彼女に聞いてみた。

「舞踏会は楽しめたかい?」
「はい、その……」

 すると彼女はそう言ってからすぐ口を閉じてしまって……何か困ったように下を向いた。その様子に疑問を持ちながらも、彼女が一人でいたから当然シーグルは彼女に聞いた。

「アウドはどこに?」

 それにソフィアは顔を上げたが困ったように口を開けては閉じるだけで、シーグルは更に疑問を持つ。けれどそこで、バルコニーの手すりに寄り掛かっていたカリンがソフィアの方に歩いて行ったかと思ったら、彼女の肩を叩いてそのまま会場に向かって歩いて行ってしまった。

「カリン?」

 思わず名を呼べば、窓の前まで行ってから彼女はこちらに振り返った。

「終わったら帰る事になっていますので、ラスト・ダンスを楽しんでください」

 言葉を聞いてすぐはその意味が分からなくて固まったシーグルだったが、そこでカリンが消えてソフィアと二人だけになれば流石に事態を理解する。

――まったく、これもあいつの計画の内なのか。

 セイネリアの思う通りになるのは癪であっても、勿論ここで女性に恥をかかせる気はない。だからシーグルは、下を向いて困っているらしい彼女にお辞儀をして言った。

「ソフィア、俺と踊ってくれるだろうか?」

 ソフィアが顔を上げる。同時に、はい、と嬉しそうに呟いて手を出したからシーグルは彼女の手を取った。光騒動が終わったせいか、そこで丁度音楽も再開してシーグルは彼女の体を引き寄せてダンスを始める。相当にがんばって練習したらしく彼女の踊りは完璧で、ただ狭いバルコニーだったため少し気を使いはした。
 楽しそうに踊るソフィアに文句を言う気はこれっぽっちもないが、それでもシーグルの中に疑問はある。

 セイネリアがソフィアをこちらに近づけようとするのは今回が初めてではない。自分の世話をさせたり、ジクアット山へ連れて行かせたり……まるで自分と彼女をくっつけようとしているような事をよくしてくる。
 誰よりも自分に対して独占欲が強いくせに、ソフィアに対してだけはそんな事をするセイネリアが何を考えているのかシーグルには分からない。女性相手ならいいのか?――という想像も、彼の女性遍歴を考えれば本気でその可能性がありそうで頭が痛い。頭のいい男だから何かもっと別の企みがあるのかもしれないが……ともかく、あの男が何を考えているのかシーグルが分からない事は今でもよくある。

 シーグルとしては彼女の気持ちに応えられないから……こうして、楽しそうな彼女をみると罪悪感を感じる。それでも彼女が嬉しそうなら良かったとその思いもあって、いつも複雑な気持ちになるのだ。






 真夜中の鐘はまだ鳴らないが、夜も遅くなってくればぽつぽつと帰る連中も見かけるようになる。特に社交界デビューをしたばかりのような若い連中は早めに帰る。体がきついジジババ連中も早めに帰る。セイネリアはそのどちらでもないが、あの手の会場に長居すると周りが楽しめなくなるのは分かっているのでいつも早めに撤収する。今回はいろいろやる事があったからかなり長居したほうだ。
 とはいえ自分のやる事は終わったという事で、セイネリアは例の光石の矢のショーが終わったあと、会場に戻らず先に馬車に乗っていた。
 カリンには伝えてあるから、あとダンス一曲分待てばこちらの一行は全員戻ってくる筈だ。
 セイネリアは足を組んで目を閉じた。
 将軍府の馬車だと一目でわかる黒一色にセイネリアの紋章が目立つように入った馬車は、誰も恐れて近づこうとさえしない。だから外の騒がしさをそれほど気にせず仮眠を取る事にする。別に疲れを感じてもいないし、寝なくても体は問題はないが、頭を休める意味はある。
 まぁシグネットと違って、セイネリアのお楽しみは舞踏会ではなく舞踏会の後であるから、それまで少し休んでおくかと思った程度だ。
 ただそれからさほど待たず……おそらくは丁度1曲分程度経ってから、こちらに近づいてくる気配を感じてセイネリアは目を開けた。

「……先に乗っていたのか」
「あぁ、外から一々会場に戻るのが面倒だったからな」

 馬車の扉を開けた途端そう言ってきたシーグルは、『まったく……』と溜息を付きながらもそれ以上の文句は言ってこなかった。予想通りだが、機嫌は悪くはなさそうだ。
 シーグルは扉を開けただけで一度引き、代わりにクスクスと笑いながらカリンが先に乗ってくる。続いて彼が乗ってきたから、腕を引っ張って無理矢理隣に座らせた。彼は抵抗しなかった。これくらいはいつもの事でもう諦めている。カリンが隣にいるから大したことはしてこないだろうという計算もあるだろうが。
 確かに二人だけの時みたいなことはしないが、それでも彼が隣に座ればまずやる事は一緒だ。

「さっさと取れ」

 兜を無理やり取ろうとすれば、彼は自分で取る。そしていつものことだがまず、こちらを睨む。ただここからはいつもと違う。いつもなら引き寄せてキスくらいはするところだが、カリンの前でやったら帰ってからすんなり部屋にいれてくれなくなる。

「シグネットは喜んでいたか?」

 聞けばシーグルは目を丸くする。その反応からすると、シグネットの方を見ている余裕がなかったか、それともそちらを見るのを忘れていたか。

「はい、喜んで手を叩いてらっしゃいました」

 代わりに答えたのはカリンで、シーグルは気まずそうに顔を顰めた。だから今度は少し意地が悪そうにわざと聞く。

「光の方に気を取られていて息子を見てる暇がなかったか?」

 シーグルはこちらをまた睨む……が、正直な彼は不貞腐れたようにそれでも答えた。

「あぁ……そうだ。ずっと……光の方を見ていた」

 そういう時の彼の顔を見るとつい手を伸ばしたくなるが、ここは我慢をして笑ってやる。

「綺麗だったか?」

 ちらとこちらを見たシーグルは、ちょっとだけ迷ってから諦めたように言う。

「あぁ……綺麗だった」
「ならいい」

 セイネリアは軽く彼を抱き寄せてその額にキスをした。ぎりぎりこのくらいなら怒らせない範囲だろうと思った通り、シーグルは一瞬やはり睨んだがすぐにため息をついて諦めた。
 その姿はやはり、すぐにでも抱きしめて彼を思いきり感じたくなったが、この後の楽しみを考えてセイネリアはどうにか将軍府に戻るまで我慢をするのに成功した。




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 次回は将軍府帰ってからの二人のベタベタが見れる筈。
 



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