幸せぽい日常―夏の特訓編―




  【2】



 船の上で2人の子供、エリアドとノーマは先ほどからずっと右舷にいったり左舷にいったりと走り回りながら海から見える島や他の船や鳥やらを見ては騒いでいた。

「うっわー、すげー、ほんとに俺ら海の上にいんだぜ!!」
「うん、すごいねー、広いねー」

 という声をのんびり聞きながら、フユも船のへりによりかかってフードの下からちらと青い空を眺める。さんざん首都では暑いだなんだ騒いでいたのにこのはしゃぎぶり、やはり子供だと思いつつも、陸とは違って風があるから確かに暑くもないのだろう。日焼けはするだろうが。
 ちなみにレイは船酔いで絶賛船倉に転がり中である。

 という訳で、折角休みをもらったついでに泳ぎを教えて弟子達の体力強化の特訓をしよう――という事になったのだが、正直思いついた時にフユは具体的に行先を考えていた訳ではなかった。ちなみに予め2人に聞いたところでは2人とも泳いだ事はないという事で、体力作りどころか泳ぎ方から教えなくてはならないのは確定だった。

『アッシセグに行くならネデに連絡しておいてやるぞ。あそこの海は穏やかだからいいんじゃないか?』

 セイネリアに許可を取りに行った時にそう提案されたのだが、フユは断った。

『んー特訓ですからねぇ、ああいういかにも遊びたくなるようなリゾート地は却下スね』

 特にあそこまでいくと元ファサン領であるのもあって、一目みただけで文化が違うというのが分かるくらいに風景が違う。子供からすれば何をみても楽しくて仕方ないだろうし、あそこのゆったりとした空気は特訓するには害になるだけだ。

『なら川の上流の方でもいくか? 確かに涼しくていいとは思うが』
『そうっスねぇ、ただ上の方にいくと流れが緩やかないいトコありましたっけねぇ……』
『どんなところがいいんだ?』
『初心者でも安全に泳ぎやすくて、かつ遊ぶ気になんてなれないような出来れば隔離されてる場所とか……』

 とフユが言ってみれば、それにはセイネリアではなく、傍にいた主の側近であり最愛の青年の方が言ってきたのだ。

『……リシェから沖に出たところに、エキレッド島という島があってそこに監視砦があるのは知っているだろ? その周辺にいくつか誰も住んでいない小島があるんだが、その中でたしかエグ・デリア島はそこそこ大きいし水場があるから良いのではないかろうか。あのあたりは海が穏やかで泳ぎやすいと思うし、エキレッド島の兵の交代にいく船に乗せて貰えばいい』

 あのあたりの小島も一応リシェ領主の管轄だから、さすがに元領主様と言ったところか。シーグルが言うのであれば、行ってみたらとんでもない場所だったというのはおそらくない筈――というのがフユが最終的に決定した理由であった。







「うわー、何だこれ、すげーすげー」

 交代兵を乗せた船から小舟を貰ってエグ・デリア島に着けば、すぐさまエリアドが砂浜に出て走りだす。それにフユが怒らないのを確認してから、ノーマもすぐに後を追った。

「本当に子供っスねぇ」

 思わずフユは呟いてしまったが、勝手にはしゃぐ彼等を怒らなかったのには理由がある。

「2人ともっ、そのまま向うの岩まで走ってここへ戻ってくるのを繰り返す事っ」

 するとはしゃいでいた子供達が足を止めて恐る恐る聞いてくる。

「な、何回やれば……」
「そうっスね、俺はこれからちょっと島内を調べてくるスから、俺が戻ってくるまでやっててくれればいいっスよ」
「……は、はぁ〜ぁい」

 力ない返事を聞いた後、エルは小舟から荷物を降ろすついでにレイの首根っこを掴んでひきずり下ろすと、そのまま木陰においてやって船のロープもその木に括り付けた。

「ンじゃレイ、俺はざっと島内を調べてくるスから、レイは子供たちがちゃんと走ってるのか見張っててくださいっス。あぁ、ふらついてヤバそうだったら休憩にして日陰で水やといてくださいっス、そん時に顔真っ赤だったら海に浸からせてからにしてもいいっスよ」
「お……おぅ、ま、まかせ……ろ」

 レイはまだ気分が悪いのか青い顔をしているが、船上にいたときよりは大分マシそうだった。この分なら夕方には元気になるだろう。
 とりあえず今日の弟子達は砂浜を走らせた後水遊びをさせて海に慣れさせる程度でいいかとフユは思っていた。なにせ大抵は何が起こってもどうにかする自信があるフユでも、まずはどこに何があるかくらいここの事を把握しておかないと困る。一応シーグルから水場のだいたいの位置とどんな動物がいるかは聞いているし、船の中で交代の兵達からも確認を取っているが、実際に見て判断しないと安心など出来る訳がない。
 あとはついでに、今日だけはフユが夕飯用の獲物も取ってくるつもりだった。

――明日からは、自分の食事は自分でどうにかさせまスけどね。

 今日は着いたばかりだし、自分も彼等を見ていられないし、レイもあの調子だし……まぁいいかと思うと同時に、やっぱり我ながら甘すぎると思いはする。ただだからと言ってもっと厳しくするべきだとは思わない。

――ホントに俺も甘くなったもんスね。

 ただそう考える『甘い』自分が少し驚きで、自分の事ながら不思議に思うくらいなだけだ。



 それから暫く後。



 フユ達がここへ着いた砂浜の方へ戻ってくると、そこには呆れる光景が広がっていた。

「エリー、そっちいったよっ」
「おしっ、まかせろっ」

 と言って海の中に手を突っ込むエリアド。

「くっそー、速いなこいつっ、レイさんっ、そっちいったっ」
「おぉーぅ、貴様いい覚悟だな、このレぇイ様に勝負を挑むどわわわぁっ」

 かっこを付けて水に手をつっこんだレイだが、そのまま水の中に倒れ込んだのは言うまでもない。そうして子供達が笑っている光景はいかにも楽しそうだ。
 ただし、警戒心の強いノーマがすぐにフユに気づいて背筋を伸ばした。

「あ、そのっ、師匠っ、これはっ遊んでいた訳ではなくっですねっ」

 いくら姿が見えるところにいたとはいえ、気配を消しているフユに気づいた点は褒めてやってもいいかもしれない。ノーマの様子にエリアドもすぐに気づいたらしく背筋を伸ばしてこちらを見る。

「食料確保をしようと思いましてっ、魚取ってましたっ。……逃がしましたが」

 そうしてそこで水の中に浸かっていたレイが起き上がった。

「ぶっふぇぇああう、あぁうぶ、さっかな風情がぬぁま意気なっ」

 フユはため息をついて彼等に言った。

「あー……いいっスよ、怒らないスから全員まず浜辺に来て整列」

 焦った3人は急いで砂浜までやってくると、ぴしりと背を伸ばして横に並んだ。勿論、レイも弟子達と完全に同じポーズをとっている。

「今日は最初ですからまぁ〜大目に見てやるスけど、明日からからは言った事をちゃんとやるように」
「はいっ」

 3人ともにいい返事が返る……が、その直後。

「う、うぉ? む、うはははははっ」

 とそこで唐突にレイが奇声を上げて妙な踊りを踊りだす。ただレイが突然奇声を上げるのも踊りだすのも珍しい事ではないため、フユと子供2人は驚きもせずに冷静にそれを見ていた訳だが。

「うむ、うひ、ちょ、ちょっと何だこれはぁっ」

 フユは無言で謎の踊りを踊り続けるレイのところに行くと、彼の服のベルトを取った。そうすれば、ぼとぼとっと下に落ちるものがある。

「どうやら無事食料は確保できたようっスね」

 レイの下に落ちていたのは2匹の魚。冗談みたいだが、水の中へ落ちたレイの服の中へ魚が入ってしまったのだろう。一緒に服に入っていた水が落ちて魚だけが残って暴れて、レイの踊りが始まったという訳だ。……まぁこの手の笑えるようなラッキーはレイにはよくある事なのでフユも驚きはない。が、子供たちはまだ慣れていなかった。

「すげー、レイさんいつの間にっ」
「これがレイさんが天才という事なんですねっ」

 そしておだてればいつも通りレイは上機嫌になる。

「おぉう、魚も俺についついひかれてしまうのだろうっ」

 髪をかき上げてポーズを取るレイを暫く生暖かい目で見てから、フユはその髪を掴んでぐしゃぐしゃとかき混ぜだ。

「そうっスねー、でしたらいっそレイにロープをひっかけて海に落としたら大物がいっぱい釣れそうっスねー」
「確かにっそうですねっ」
「すげー、これで捕まえなくてよくなりますねっ」

 まぁ一応冗談だが、子供2人は本気で目をキラキラさせてそう言ってくる。

「待て待てまぁてっ、俺は魚のエサではぬぁあぁーーーーいっ」

 フユはそこでやっとレイの頭から手を離すと子供たちに向き直った。

「さすがにレイが食われたら困りますンでそれは冗談として、ノーマ、どうしてエリアドが捕まえられなくて、レイが捕まえられたか分かるスか? それを考えれば次は捕まえられると思うンスけど」

 この2人の場合、頭を使うのはノーマの仕事となっているからここは年下の少年の方にフユは聞く。

「えーと……エリは手で捕まえようとした……から? あ、服を脱いで縛って水ごとすくうようにして捕まえればっ」
「そうっスね、その方が捕まえやすいと思うっスよ。魚は速いしぬるぬるしてるスから手で掴むのは難しいスね。網があれば楽スけど、ないなら叩いて水から飛ばすか、掬いあげられる何かを使うのがいいスね」
「叩いて……飛ばすって?」

 ふむ、とフユはそこで腕を組む。
 そうして水の中に入っていくと暫く下を向いて動かず、魚の影が見えると同時に水を叩いた。ピチピチと魚が宙に舞って、そのまま浜の方へぼとりと落ちる。弟子の少年2人は思わず歓声とともに拍手をしてきた。

「すげー、師匠さすがです!!」

 興奮して手を叩く弟子の肉体労働担当であるエリアドに、フユは笑って言ってやる。

「そんな褒める事でもないっスよ、エリアドもこれくらいは出来るようになってもらうスから」

 途端、言われた少年は顔を引きつらせて止まる。

「で、出来ないとなりません……か」
「そうっスねぇ、出来ないとここから帰れないかもしれないスね」

 少年の顔が益々強張っていく。

「エリなら出来るよ、ファイトォッ」
「うむ、出来ると思えば出来るものだっ」

 レイとノーマに励まされて、それでもエリアドの顔は引きつったままだ。

「とりあえず、今日の夕食の支度は俺がやるスから、出来るまでお前達はさっきの続きをする事、あ、ついでにレイも一緒に走るといいんじゃないスかね」
「うぇ、何故俺がっ」
「体力不足はレイもですからねぇ、一緒にがんばって見本を見せるべきじゃないスか?」
「いやだが料理なら俺の出番だろうがっ」
「本当に魚のエサにするっスよ」
「……走ります」

 その後、日が暮れるまで、3人は砂浜を走らされた。勿論フユは食事の支度をしつつもちゃんと3人を見てはいたから、つぶれそうになったら休憩はさせた。ただ疲れ切っていたのもあってその夜、初めての場所での野宿も3人はぐっすり何も気にする事なく眠れたようだった。

――疲れたからって完全に熟睡するようじゃ困るんスけどね。まだ今はいいとしますか。




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 島になった理由長すぎでしたが、次回はキャラの話メインになるはず。
 



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