過去となったモノ




  【おまけ】



 翌朝、シーグルは遅い朝食を取りにセイネリアと共に食堂へ向かっていた。
 
 普通ならこの時間に朝食なんて言ったら部屋にもってきてもらうか抜くかするところだが、ここでは領主であるラークがいつも朝食はこれくらい遅いのだ。勿論その分昼も夜も遅くなる。早い話、ラークはいつも研究やらで寝るのが遅くなって寝坊しがちなため、最初は苦言をしていた部下や使用人達も諦めて、ラークに合わせた生活をするようになったという事らしい。

 騎士の家系、質実剛健のシルバスピナ家とは思えないそんな今の『ゆるさ』にシーグルは呆れはしたがそれはそれでいいと思っている。
 シーグルの代までは領主は皆騎士であり、早起きから始まって規則正しい生活を送るのが普通であったが、ラークは騎士ではないからそれに合わせる必要もない。というか、ラークは今までと違いすぎるから逆に比較されずに評価されているというのがあるので、問題が起こっていないのなら彼のやりやすいようにやっていいと思う。

 領主が変わると館の雰囲気も大きく変わるというもので、使用人達も全体的に前のように真面目一辺倒ではなくいい意味で『ゆるく』なった。あと昔から、貴族としては質実剛健で飾り気がないのが当たり前だったシルバスピナ家だが、現在の領主の妻が元庭師だったというのもあってあちこち、いたるところに花や植物が飾られるようになった。相変わらず宝飾類の飾り気はなかったが、屋敷の中は昔からは考えられないくらい随分と華やかで明るい雰囲気になっていた。

「来る度に、自分が知っていた屋敷とは思えなくて笑ってしまうんだが」

 そう呟けば、セイネリアが聞いてくる。

「違ってしまったのは嫌か?」

 シーグルは笑って首を振った。

「いや、明るくなって良かったと思う」

 そう返せばセイネリアも雰囲気を和らげて、本当に彼の機嫌は自分を中心としているのだなとシーグルは思う。
 食堂前ではラークの奥方が待っていて、こちらに礼をしてくる。
 本来なら彼女も一緒に食事を取るべきなのだが、流石に彼女がいるとセイネリアとシーグルが素顔を晒せなくなるため、ここでの食事や話をする時は3人以外、使用人さえ部屋の中には入れない。将軍との秘密の話があるため、という事にしてはいるが、よく奥方がそれで文句を言わないものだと思ったらラークいわく『客人が魔法使いの時も誰も入れないし、慣れてるんじゃないかな?』という事らしい。確かにそれだとしょっちゅうだろうし慣れてはいるのだろう。ただそれだけではなく、彼女とラークの仲がとてもいいからこそ信用されているというのが一番大きいとシーグルは思っている。
 なにせ庭や温室の案内では奥方が一緒の事も多いのだが、その時に二人がどれだけ仲がいいのか見ているので。ラークは昔からフェゼントに甘えがちではあったが、今は彼女に甘えている訳だと見るたびに思うくらいだ。

「おはようっ」

 テーブルに先についていたラークがそう言って手を上げる。ちなみに彼はもう先に食事を食べ始めていた。シーグルとセイネリアも、食事が置かれた席に座るとそれぞれ兜と仮面を取った。

「おはよう、ラーク」

 シーグルが返せば、彼はにっと笑って改めてこちらを向く。

「おはよう、シーグル兄さん」

 シーグルは苦笑する。こうして定期的に会うようになってからは、ラークは普通にシーグルの事を『兄さん』と呼ぶ。フェゼントに何度も言われて嫌々言っていた頃からすれば嘘みたいだった。
 そうしていつも通りシーグルが食前の祈りをしてから食べ始めれば、そろそろ食べ終わりらしいラークが言ってきた。

「夕べは楽しかった?」

 シーグルは噴き出しそうになって思わず口を押さえた。顔が赤くなる中、隣にいた男は平然とそれに返す。

「あぁ、楽しかったぞ」

 シーグルはセイネリアを睨みつけた。平然としすぎて当たり前という顔をしている男は、勿論まったく気にしていない。
 そこでぷっとラークが噴き出して、そのあとすぐに声を上げて笑い出した。

「そっかー、兄さん楽しまれちゃったんだね」
「ラークっ」

 さすがにそれにはシーグルも声を上げて弟を睨みつけた。ラークはますます笑ったが、それでもひとしきり笑うと楽しそうにこちらを見て言ってきた。

「あのさ俺、何で今はシーグル兄さんの事を『兄さん』って呼ぶのが全然抵抗なくなったんだろうって考えてみたんだよね」

 それは自分も疑問だったから、シーグルは真顔で彼を見た。

「前嫌だったのは勿論一言で言えば嫌いだったからなんだけど、その嫌いの理由ってさ、まぁ……兄弟だった記憶もないのにいきなり兄だって言われてしかも名前だけは母さんからいつも聞いてたっていうのが大きいけど……それが顔いい頭いい背高くて強くて魔力もあって貴族様でっていう、あまりにも非の打ちどころもない完璧人間だったところがすごいムカついたからなんだよね」

 シーグルは目を丸くする、だがすぐに反論する。

「いやラーク、俺は完璧人間なんかではなく……」
「うん、そう。それが分かってきてからムカつかなくなってきたんだ」

 そこでまた更にシーグルは目を丸くして止まった。

「真面目過ぎて一般的な常識が少し欠けてるし、人が好過ぎて騙されるし、すぐ落ち込むし、落ち込むと馬鹿みたいに剣振ってぶっ倒れるし、貴族なのに食が細くてそのせいで細いのにコンプレックスもってて、顔いいせいでへんなのに絡まれるし……」

 言われているうちにシーグルは顔が赤くなるというより落ち込みたくなった。思わず顔を押さえて下を向いてしまう。となりでセイネリアが笑っているのもいたたまれない。

「で最終的には一番とんでもない人間に好かれて、その人間に好きにされてるーって思ったらまったくムカつかなくなったかな」
「……そ、そうか」

 ラークが自分を兄と呼んでくれる事は嬉しくても、なんだか言われてる事は酷くて喜べない。そしてこちらがそれで落ち込む程、隣のセイネリアが楽しそうなのが更に自分に対する追撃となる。

「あとはそーだなぁ、背もそこまですごい差じゃなくなったし、それにどう見ても俺の方が年上って見た目になったから、逆に兄さんっていいたくなった、かな」

 それはどういう意味なのか。シーグルがその発言の意図が分からず黙っていると、ラークはいたずらっ子の笑みでにやにやとこちらを見てくる。

「これから俺がもっと老けて老人になっても、若々しいあんたに向かって『兄さん』っていうの、なんか楽しくない?」
「そう、か……」

 ラークは楽しそうだがシーグルとしては笑えなくて、どうしても顔も声も引きつってしまう。

「俺がどんなに年取っても、死んでも、ずっと俺の兄さんなのは変わらないって、覚えておいてほしいしね」

 ラークは歯をにっと見せて笑ってくる。
 シーグルは小さく、ありがとう、と呟いた。

END.


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 最後はラークとちょっといい兄弟話。ラークはシーグルに対してはどうしてもツンデレ気味になります。
 



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