噂好き共の末路




  【10】



 次の日の朝は――当たり前だが体調は最悪だった。
 喉は痛いし疲れて眠気は取れないし、少し身じろぎした程度でも体……特に下半身はだるくてマズイ事になっているのは分かった。
 例によって窓の外はすっかり明るくなっていたものの、隣でデカイのがこちらにべったりくっついて寝ているのはいつも通りといえばいつも通りだ。今日はまだ完全に抱きこまれて身動き一つ出来ない状態になっていないだけマシである。

――俺が起きる気力がないのを見越してるんだろうな。

 考えてシーグルは溜息をついた。
 起きた時に完全に抱きかかえられて動けないパターンは、その日のシーグルが元気で起き上がってどこかへ行ってしまいそうな時が多い。こうして起きる気力がない時で更にそれで朝シーグルに怒られそうな時は、身動きが取れないほどの状態にまではなっていない事が多い。

――つまりこいつの寝ている時の恰好は、無意識じゃなく意図的だということだ。

 早い話、彼はシーグルが起きた時は本当はすぐ起きれるくらいちゃんと頭は動いている。それで状況に応じてこちらを拘束してくる、という訳だ。

「おい、起きてるんだろ?」

 隣で幸せそうに狸寝入りをしている男にそう声を掛ければ、案の定、彼の瞳が薄く開いてこちらを見る。ただ返事はない。とはいえ寝ぼけているから声が出ないとかそういうのではないというのはその目がしっかりこちらを見ている事で分かる。しかも口元がちょっと笑っているところからして確定だ。

「まったく……たしかに昨日はある程度お前の好きにさせてやるつもりはあったが……やりすぎだろ」

 そうしたら彼の手が伸びてきて、前髪を払われた。

「今日は午前中の予定がないからな、あとでドクターに見て貰ってこい。あとエルにも」

 そこでシーグルは顔を顰める。ドクターはいいとしてエルは……確かに男同士でそういう行為を行っている場合は定期的にアッテラ神官の治療を受ける必要はあるのだが、なんというか自分を良く知っている人間にその手の治療を頼むのはちょっと恥ずかしいのだ。
 
「とういうか2人共に、昼前にがお前が行くと言ってある」

 本当にこの男はいつもいつも用意周到すぎてムカつくくらいだ。ちょっとやりすぎたのも予定通りという態度を取られたらムカつくなと言う方が無理だ。だからシーグルはそこから体を起こそうとした。
 
「っつ……」
 
 下半身はかなりきついが起き上がれない程ではない。だが歯を食いしばっておきあがろうとすれば、セイネリアの腕によって強引にベッドに押し付けられた。

「無理をするな。まだ疲れも残ってるんだろ。大人しく寝ていろ」

 一応言葉で説得してくるが、彼に押さえつけられたら逃げられないので、実質的には強制だ。

「なにもかもお前の予定通りになるのが嫌だ」

 正直にそういえば、セイネリアは楽しそうに笑いだす。しかもいつも通りこちらを抱え込んで、上機嫌で顔にキスしてきたりする。

「本当にしーちゃんは意地っ張りだなぁ」
「だからっ、その口調はやめろっ」

 一応出来る限りの無駄な抵抗はしてみたが、無駄なのは最初から分かっているのである程度であきらめる。まぁ実際、起き上がるよりもう少し寝たい体調ではあるし、今日は無理して起きなくてはいけない理由はないし。しかも彼はこちらを抱きしめたまままた頭に顔を埋めてきて動かなくなってしまったから、シーグルも黙ってそのままでいれば……当然睡魔がやってくる。
 だが、それでうとうとしかけたシーグルは、頭の上からぼそりと呟かれた言葉でまた目を開く事になる。

「急がずゆったりと過ごす事を少しは学んだ方がいいんだろ?」

 シーグルはムカついて彼の足を蹴ったが、黒い男は楽しそうに笑うだけだった。








 あの夜会から4日経って、セイネリアは城にやってきていた。
 来てすぐはまず摂政に会いに行くため、いつも通りその間はシーグルには部屋の外で待っていてもらうつもりだった。だが、今日は城についた途端迎えの者が王からの伝言を伝えてきて――早い話、今日の午前中、シグネット達は室外での鍛錬しか入っていないから、どうせ待っているだけならその間レイリースに見てもらいたい――という事だった。
その日は摂政との話もすぐ終わるものではなく、例の夜会を取り仕切った役人を呼んで成果等を聞く事になっていた。だからそれを提案したのも摂政だったらしい。つまりシグネットは丁度午前中が外の訓練だったのではなく、そのために学習時間を調整したというのが実情だ。
 当然そこまでされて断れる訳はなく、シーグルとは城についてすぐ別れる事となった。セイネリアとしては不本意だが、今回は仕方ない。

 ただ摂政との話が終わってシグネットの元にすぐ迎えにいく……事はせず、セイネリアは上から中庭が見える城壁の一角へと向かった。ここはシグネットが剣の授業時、姿だけ見て帰る時によくくる場所だ。勿論、いつもはシーグルと一緒だが。

「お願いしますっ」

 覗いて見たところ、どうやら今、シーグルはメルセンに稽古をつけてやるところらしく、シグネットは傍で座ってみていた。さすがにまだ稽古とはいえシーグルと剣を合わせるにはシグネットは幼過ぎるので、こういう時の相手役は大抵メルセンがやる事になる。勿論メルセンではいくら手加減してもシーグルと試合が出来る程の腕はないから本当にただの稽古だが、筋もいいし努力家であるから年齢の割にはかなりの腕である事はシーグルも認めている。……本人はあまりの腕の差にいつも落ち込んでいるが。

「メルセン、腰が高いっ」
「はいっ」
「脇を締めるっ」
「はいっ」
「戻しが遅いっ」
「はいっ」

 練習用の木剣だからか、シーグルも遠慮なく悪い部分があるとそこを叩いていく。あれは後で痣だらけになるだろうなと思うところだが、本気で強くなりたいと思っているだけあってメルセンは弱音一つ言わずに食いついている。あれは確かに強くなるだろうとセイネリアも思うところだ。シグネットも筋は悪くないが、なにせ他にも覚えなくてはならない事が多すぎて父親のような腕になる事はないだろうから、その分メルセンには強くなって貰わなくてはならない。

――まぁ、シグネットの立場なら特に、主より護衛の部下が強い方がいいしな。

 シーグルの部下達が今でもシーグルに対して愚痴を吐く唯一の事が、部下の誰よりも強かったせいで無茶を止められなかったという事だから、シグネットの場合はそうならないようメルセンが特にがんばっているというのもある。そのおかげで、メルセンは随分シーグルの元部下達にも鍛えられているようだが。

「メルセン、少し休憩にしよう」

 暫くメルセンと剣を合わせながら説明をしていたシーグルだったが、さすがに疲労で明らかにメルセンの動きが悪くなったのをみてそう言った。
 そうすれば待っていたようにシグネットがシーグルのところに行く。

「レイリースっ、俺の剣見てっ」

 するとシーグルは冷静に、わざとだろう冷たい声で言った。

「陛下、訓練中は私の事は先生と呼ぶ事になっていた筈です」

 シグネットはそこで背筋を伸ばした。

「すみませんでした先生っ、わたしの剣を見ていただけますかっ」

 この手の言葉遣いは慣れていないから、少したどたどしいのは仕方ない。
 セイネリアとしてはこういうところで甘い顔をしないシーグルの真面目ぶりに笑ってしまうところだが、それがとても彼らしいから楽しくもある。……まぁ今の立場でもこれなのだから、もしこれが父として息子に教えるのだったらそれは相当に厳しかったのだろうなというのは予想出来る。

「分かりました、振って見て下さい」
「はいっ」

 ただシグネットは怒られても拗ねる事なく素直に従って、嬉しそうに剣を振り出す。レイリースはそれを見て腕の構えの角度を整えてやったり、足の捌き方を教えたりしている。シグネットの正式な剣の先生はまだフェゼントではあるのだが、メルセンはそろそろ次の段階にという事で護衛官連中やレイリースが見てやるようになっていた。それもあって、メルセンに教えている時はシグネットも一緒に見てやるという約束をしたのだ。
 だから一応、今回も正式にはシーグルはメルセンの先生として来てはいるのだが……一番シーグルに剣を習いたくてもたまらないのはシグネットで間違いない。

「陛下、少し休憩を。腕がしびれたのではありませんか?」
「うん、ちょっと……」

 言ってシグネットは座り込んでから、廊下の方を見て言う。

「将軍はまだ母上とお話中かな」
「そのようですね」

 休憩中はいつも通りでいいと言われているからか、シグネットは噴水のへりに座って足をぶらぶらさせる。

「あのね、この間ディナンド夫人に、陛下は本当に将軍がお好きなのですねって言われたんだ」
「そうですか」
「そうしたら、もし将軍を父上と呼ぶ事になっても陛下は賛成されるんですねって」

 ディナンド夫人は嫌がらせで噂を流すような例の連中と同類ではないが、少々おせっかいが過ぎるタイプで摂政の事を思ってそんな事を聞いたのだろう。

「それで、なんとお答えされたのでしょうか?」
「それって、母上と将軍が結婚するかもって事って聞き返した。そうしたら、そうですっていうからね……」

 シグネットはそれをやけに楽しそうに笑顔で、無邪気に言う。

「将軍にはレイリースがいるから母上と結婚なんてありえないよって言ったんだ!」

 セイネリアは思わず吹き出しそうになった。
 下にバレるような笑い声は出さなかったが、口を押えて喉を震わせる。今のシーグルがどんな顔をしているか想像するだけで暫くの間思い出し笑いが出来そうなくらいだ。
 シグネットは物心ついた時からガキ神官とフェゼントの関係を当たり前に見ているから、男同士で恋人という事に抵抗がまったくない。だからまぁ……セイネリアのレイリースへの扱いを見れば、そういう関係なんだと当たり前に思っていたのだろう。

「陛下は……私と将軍閣下がどういう関係だと思っていらしているのでしょう」
「レイリースは将軍の一番大事な人でしょ!」
「あの……いや、私は側近として……」

 返す言葉が思いつかなくて本気で動揺して狼狽えまくっているシーグルを助けてやるために、セイネリアは急いで彼らのもとへ行く事にした。

END.



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 ENDつけましたが、おまけの後日談を入れる……予定。
 



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