噂好き共の末路




  【7】



――今回は懐のダメージと恥をかく程度で済ませてやったんだ、せいぜい反省して貰おうか。

 本人達には相当堪えただろうが、それでも彼らの宮廷内での地位を貶めるような事はしていない。あくまでちょっと痛い目を見せてやった、セイネリアとしてはかなり手加減した平和的な嫌がらせでしかない。

 貴族の夫婦というのは、お互いに愛人がいるのが普通であるからその事事態に文句を言う事はまずないし、それで周りから悪く言われることもない。妻子ある男が、旦那のいる女とそういう関係になっても別に問題にはならない。跡取りを生む前に外で遊ぶばかりで子作りに協力しないなら非難されるが、それぞれの役目を果たしさえしていれば恋愛は自由というのがクリュースの宮廷貴族達の常識だ。
 ただし、奥方達には正妻としてのプライドというのがある。
 早い話、旦那は他に女を作っても構わないが、愛人には正妻以上に金を使ってはいけないというのが暗黙のルールだ。勿論バレなければいいが、バレたら愛人に買ってやった以上のモノを買わなくてはならなくなるのは当然の流れである。
 馬鹿旦那達が引きずられる様を見送った後、摂政ロージェンティが皆に言った。

「将軍のおかげで、今日は高価なものが特に売れそうですね」

 それもまた今回の狙いであった。馬鹿共に少し灸をすえた上で、招待した職人達の懐を潤してやる。更に言うなら今回被害を被ったのは旦那達だけで、その夫人達からは逆に好意的に受け止められるだろう事も計算済みだ。馬鹿共が恥をかかせたと逆恨みをして何かやらかそうとしても、奥方達に手綱を握ってもらって旦那を抑えさせる意図もある。
 後はこんなプライベートの情報もこちらは抑えているのだと、他の貴族達に向けてアピールしておくという狙いもあった。今回標的にならなかった者達も、あまり調子に乗っているとこの手の仕返しをされる事もあるというのが分かっただろう。

――さて、あいつはどれだけ今回の事が分かったろうな。

 男女の仲に関しては潔癖すぎる感覚を持つシーグルは、そもそも愛人を作りまくる貴族達の常識を知ってはいても理解は出来ていない。だから貴族達の暗黙のルールもどこまで分かっているかは怪しい。あとで補足してやる必要はあるだろうとセイネリアは思う。

――まぁ、分からないのが、あいつのいいところでもあるんだが。

 自分が生きて来た環境はそちら方面は皆こなれすぎていたから、いつまでも慣れないシーグルの反応が楽しくて仕方ないのだろうという自覚はセイネリアにもある。ただ普通、新鮮なのは最初だけで、大抵はそれが続くとうっとおしくなってくるものだ。……だから結局は惚れた弱みという奴か、彼ならどんな反応でも自分は楽しいという事なのだろう。

 そうして先ほどの嫌味のようにロージェンティが締めくくった言葉で、セイネリアの情報披露は終わったのだった。








 職人達を呼んだ摂政主催の定期夜会は目的が目的であるから夜遅くまでは行われず、そのせいもあってかセイネリアも途中で帰る事なく最後までいた。ただそれで帰りが他の貴族達と重なってしまったから、人目もあって行きと同様、シーグルは馬車には乗らず馬に乗って帰る事になった。
 だから将軍府に帰った後、セイネリアは馬車から出るとこちらの腕を掴んですごい勢いで部屋に向かって歩きだした。彼の考えてる事は分かるから大人しく引かれて急いでやったが、いくら部下だと言ってもドレス姿の女性を放置してさっさと部屋へ向かうのはさすがに酷いのではないか、とシーグルは思う。将軍の執務室に入って腕を離された途端、一言くらい言ってやるつもりでシーグルは扉前で立ち止まった。
 だがセイネリアは部屋に入ってすぐ兜やら仮面やらを外して放り投げると、立ったままのこちらに向かって不機嫌そうに言ってきた。

「お前もさっさと脱げ」

 言う人間が人間だから、一瞬服まで脱げという意味じゃないよなと顔を引きつらせたシーグルだったが、とりあえず言われてすぐに兜だけは取った。勿論、いうつもりだった文句をいいながらだが。

「あのな、いくらカリンが部下だからといっても、あの手の席でパートナーとして行ったんだぞ、最低でも建物の中まではエスコートしてねぎらいの言葉の一つくらいは掛け……」

 と、言い切る前に体を引っ張られて口を塞がれた。本当にこの男は言葉より行動が先に来て困る。
 直後は半分反射的に抵抗して逃げようとしたが、いつもの事だからすぐ無駄な努力は諦めて好きにさせる事にした。当然、離された後はどんな文句を言ってやろうかとか考えはしたが。とはいえ、こちらが身を任せたと分かるとこの男が調子に乗って本気のキスになるから、シーグルも間もなく考る余裕がなくなるのもいつもの事だ。

――まったく。

 怒ってはいても、彼に言わせれば今日はずっと自分に触れるのを我慢していたのだろうし、実際部屋まで我慢してくれたし、それにそもそも今回奴らを痛い目に合わせてやったのはセイネリアの名誉だけではなくロージェの名誉のためでもあるから……なんて考えて『しょうがない許してもいいか』という気分になってしまうのだから自分も相当甘い。
 ただまぁ、逃げられないのにじたばた暴れても仕方なく、これで彼の気が済むなら安いものだなんて思いもある。そして結局シーグルは、彼とのキスは嫌じゃないのだ。いや……嫌じゃないどころか気持ち良いと思うくらいだが……そこは認めるのが癪というのもある。

「ン……」

 唇が離れたところで声が漏れた。すぐにセイネリアは角度を変えて唇を合わせ直してくるが、そこでシーグルはいつの間にかセイネリアのマントを握りしめていた事に気がついた。ただし手を離そうなんて思う暇もなく、舌と舌を擦り合わせてぬるぬると滑るその感触にすぐ意識はもっていかれる。
 なんだろう、前は確かにキスの時に舌同士が触れたり、口の中を他人の舌が動き回っている感触が気持ち悪かった筈なのに。いつの間にそれを逆に気持ちいいと感じるようになったのか――勿論、それは相手がセイネリア限定であることはいうまでもないが。
 そのまま彼に身をまかせてキスに意識を持っていかれていれば、やがて唇は解放されて、体を両腕でしっかり抱きしめられる。それから顔のあちこちに今度は触れるだけのキスがやってきて、シーグルはくすぐったさと恥ずかしさと、それからこんな優しいキスをする彼がおもしろくて笑ってしまうのだ。

「機嫌は直ったか」
「機嫌取りだったのか?」
「まぁな。強引にキスするとお前は怒るだろ。だがその後にこういう軽いキスをするとお前は怒らなくなる」

 どこまで本当の言葉なのかは疑問だが、シーグルはそこで呆れたように言ってやる。

「強引なキスの後俺がずっと怒っていたのは、前は大抵そのあとは有無を言わさずベッドに運び込まれていたからだろ」

 すると彼はとぼけたように視線をそらす。

「そうだったか? まぁ、そうだったかもな。なにせ大抵限界まで我慢をした末だったからな、俺も押さえが利かなかった」

 わざとらしい、と思いつつもシーグルものってやることにする。彼とのこういうやりとりも、今はそれなりに楽しいと思えるようになった。

「今は押さえが利くようになったのか?」
「そうだな、逃げないで付き合ってくれる安心感がある分な」

 言いながら彼はまたこちらの両目元に唇で触れてくる。一応シーグルは怒った顔をして見せているのだが、あまりにも彼が楽しそうだから呆れるしかない。怒ったふりも馬鹿馬鹿しくて溜息さえ出る。

「もうかなり前から俺は逃げてないだろ」
「それが実感出来たのが最近になってからというだけだ」

 本当に、シーグルとしてはどこまで本当なのだろうと思うところだ。
 出先から帰ってきた途端強引にキスをされるのはいいとして、その後にヤル流れにならなくなったのは割合最近の事だ。シーグルとしてはかなり安堵したのは確かだが、最初のウチは信じられなくて毎回身構えていた。実は今でも、油断していたら前みたいに流されて強制的にベッドへいかざる得ない状況にされるのではないかとは少しは思っている。
 とはいえ、身構えても前のように即ベッド行きになる事はまずなくて、シーグルもやっと彼を信用する気になってきたところである。最近の出かけた後は、人前じゃなくなった途端キスしたり抱きしめられたりとかはあっても、暫くして彼が満足したら離してくれるのが普通になった。まぁその日は大抵ヤル事にはなる訳だが、ちゃんと寝る時まで抑えてくれるからシーグルも大人しくつきあっている。

「時間はいくらでもある、急がなくてもいいからな」

 その言葉は彼が言うと笑って同意は出来なくて、けれどそこで暗い話にもしたくなかったからシーグルはわざと怒ったような声で言う。

「俺もお前も、今までは時間を無駄にしないようにいつでも忙しいという生き方をして来たから、急がずゆったりと過ごす事を少しは学んだ方がいい。そうでないとこの先もたないぞ」

 セイネリアはそれに笑ってから、こちらの額にまたキスをした。

「そうだな。お前が付き合ってくれるなら、何もせずぼうっとしているのも悪くない」




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シーグルその台詞自分に返ってきていないかっていうのは次回。
 



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