【8】 ――急ぐクセが抜けてないのはお前だけだろ。 シーグルの台詞に呆れそうになりながら、これでも彼は前に比べて余裕がある行動をしているつもりなのだろうとセイネリアは思う。実際、セイネリアはシーグルさえいれば何もしないでもいられる。それにもうかなり慣れた。シーグルも仕事中以外では多少は何もしない時間というのに耐えられるようにはなったが、仕事となれば休憩さえ言われないととろうとしないくらいの仕事人間になる。だからシーグルの今の言葉はセイネリアにではなくシーグル自身へ言った方がいい言葉なのだが……勿論、セイネリアがそれに苛つくなんて事はない。むしろ、心の中でこうしてつっこみを入れなら得意げな彼を見ているのは楽しいだけだ。 とはいえ、心の声だけで済ませるには彼の反応が見れなくて惜しいから、ここで少しだけ『余計な一言』を言ってしまうのは仕方がない。 「ならシーグル、お前ももう少し朝は俺と一緒に惰眠を貪ってろ」 「はぁ?」 どうやらシーグルにとっては『ゆっくり過ごす』が惰眠とは繋がらなかったらしい。思ってもみなかった事を言われて不審そうにこちらを見てくる彼には笑い声を出すなという方が無理だった。 セイネリアが笑っていれば、当然シーグルは不機嫌そうな顔をして……それでも彼もよく考えてセイネリアがいいたい事を分かったようで、気まずそうに言ってくる。 「時間を無駄にするのとゆっくりするのは……また、別だろ」 「いや、無駄だと思うから無駄になるんだ、その時間を楽しんでいれば無駄じゃない」 「なんだそれは」 「俺はお前との朝の惰眠を最高に楽しんでいるぞ。少なくとも俺にとっては無駄じゃない」 シーグルがあからさまに嫌そうな顔をする。セイネリアは更に楽しくなってしまって先ほどより大きい笑い声が出てしまう。ただ、彼がこういう顔をすると更に追い込みたくなってしまうのが困ったところだ。 「で、お前は朝、ベッドで俺と寝ている時、気持ちよくはないのか? 勿論、急ぎの用事がない日の場合な」 言えばシーグルは悔しそうに唇を尖らす。 一緒に寝るようになったばかりのシーグルだったら即否定してきたかもしれないが、今の彼は起きなくてはならない程の用事がない場合は大人しく多少は朝の二度寝に付き合うようになっている。その時の彼の気持ちよさそうな寝顔を見ているからこその言葉だ。 「それは……寝ているのが気持ちよくない事はないが……」 そうして彼は、意地っ張りではあっても馬鹿真面目な正直者だから嘘はつけない。 「シーグル、しなくてはならない用件が入っていない時は、昼まで寝ていようと、仕事をせずにお前を構っていても問題はないんだ。せかせか何かしようとする必要はない。それがのんびりするという事だ」 さすがにそれで、自分の方が忙しい生き方を変えられていない事を自覚したのかシーグルの顔は赤くなる。だから今度はなだめるように額にキスして、少しフォローもしておく事にする。 「勿論、前に比べればお前も随分ゆっくり出来るようにはなったと思うがな。まだもう少し緩めてもいいという事だ」 シーグルは少し不貞腐れているようではあったが、こちらのキスを拒絶はしない。顔のあちこちにセイネリアがキスするのを好きなようにさせて、それから罰が悪そうにつぶやいた。 「部下からも……よく、もっとゆっくりしていていいと言われていた」 「だろうな。お前みたいなのが上にいると、下の連中も休めないからな」 「そうだな、分かってるんだ」 そこでシーグルは溜息をついて片手で顔半分を押さえた。本当に真面目過ぎて困る、とセイネリアとしては思う訳だが、それもまた彼の愛しいところであるのがもっと困るところでもあった。 「俺に余裕がないから、部下にはいつも緊張を強いていたと思う。お前のようにいい感じに力を抜いてやれれば良かったんだが」 今度は反省か――本当に彼の生真面目さと善人ぶりには呆れてしまって苦笑しか出ないが、このままだと本気で落ち込まれるからセイネリアは明らかに茶化している時の声を掛けてやる。 「シーグル、お前の部下連中の隊長大好きぶりを見れば、お前が部下達に悪い意味での緊張を強いていた訳ではないと分かるだろ」 「だが……」 それでもすぐに納得しないのは分かっていた、だから。 「それにお前は俺がいい感じに力を抜いてるというが、カリンやエルのような内輪連中以外、俺の前で緊張しない奴はいないだろ。どんな人間だろうとお前の下にいるより確実に、俺の下にいる方が緊張して精神的に疲弊しまくるぞ。お前より俺の下の方が気楽だと言える人間がいると思うか?」 シーグルはそこで真顔のまま固まったが、暫くして口だけが動いて棒読みで言ってきた。 「あぁ……それは、確かに、そうだな」 そこでセイネリアがにっと口角を上げれば、シーグルも表情を崩して困ったように笑った。 「なんというか、お前の傍にいるのに慣れすぎていて、大抵の人間はお前を見ただけで怖がることを忘れていた」 「だろうと思ったがな」 セイネリアもわざとらしく溜息を吐きつつそういってやる。 シーグルはよく、上に立つものとして自分が至らなかったと自覚している事について話す時、セイネリアの事を理想的な例として引き合いに出す。セイネリアとしてはそういう『理想像』を押し付けられるのが嫌だと彼には何度もいってある――から、最近はこの手の発言を彼がした時はムカつくよりもほくそ笑む事になっていた。 「シーグル、俺に理想を押し付けるな、と言ってあっただろ?」 シーグルの顔が途端さぁっと青くなる。 「まて、今のもそれに入るのか?」 「当たり前だ。俺を理想視するな、特にお前に決めつけられるのが一番傷つくと言ってあっただろ?」 言いながらちょっと辛そうに苦笑してみせればシーグルは顔を顰めつつも恨めしそうにこちらを見る。 シーグルは昔からセイネリアに対して『自分がなりたかった理想の姿』を重ねていた。それが嫌だと、腹が立つからやめろと何度も言ってあるから、そこを指摘されるとシーグルはこちらに対して罪悪感を持ってくれる。 つまり、そういう時はこちらの少々強引なお願いが通るチャンスであるという事だ。 セイネリアはわざと満面の笑みを浮かべてシーグルを見る。シーグルはあきらかにマズイという顔をしていたが、自分が悪いのが分かっているからかこちらを睨み返す目には諦めもあった。 「って、おいっ」 だからそのまま彼の体を持ち上げても、反射的に抵抗したのは最初だけですぐに諦めてくれる。勿論顔は思い切り嫌そうだが。たださすがにベッドにおろせば一度きつく睨んできて、最後の抵抗に一言だけ文句を言ってきた。 「今は押さえが利くようになったんじゃないのか?」 セイネリアは笑顔で返す。 「俺は傷ついた」 「そんな嬉しそうな顔で何が傷ついただ!」 更に顔をギッと顰めたシーグルだったが、言うだけ言ってもういい事にしたのかすぐに諦めて体の力を抜く。彼の装備を外していってもされるがままで、セイネリアが服を脱ぎだせば彼も仕方なさそうにしぶしぶ服を脱ぎだす。さすがにこれだけの長い付き合いになってくると彼も前程往生際が悪いという事はない。ただそれでも、今日は随分と諦めが早いと思うところではあるが。 「今日は随分諦めがいいな」 だからそう言ってみれば。 「どうせこの時間だ、あとは寝るだけだし……明日は、午前中をあけてあるからな。どうせ最初からそのつもりだったんだろ? ベッドに入るのが少し早くなっただけだと思っておく」 いいながら少し顔を赤くして目をそらすあたり、これで何度も寝ている相手とは思えない反応だ。だからセイネリアも飽きないどころか、彼を欲しいと思う気持ちは強くなるばかりなのだが。 「愛してる、シーグル」 たまらず彼の上に覆いかぶさっていって口づければ、彼は大人しく背に腕を回してくれた。 --------------------------------------------- 一応次回はエロ。でも軽い予定。 |