少年王の小さな冒険
少年王シグネットと振り回される面々のお話



  【1】



 北の大国クリュース、幼くしてその王座に座ったシグネットは今年で14歳になる。14歳になったら……母親であるロージェンティ摂政殿下に、彼は許されていたことがあった。

「メルセン! これが俺の冒険者支援石だぞっ」

 誇らしげに見せびらかす主の少年に、メルセンは内心『はいはい』と思いつつ静かに頷いた。……ちょっと溜息をつきたい気分であるが、ここではしゃいでいる分には小言をいう事もないだろう。

 と、いう訳で14歳になったら冒険者の資格をとっていいと言われていたため、誕生日のあれやこれやのイベント類が終わって真っ先に、シグネットは冒険者事務局に行ってその手続きをしてきた。
 ちなみに、国王が事務局へ行くとなったからには当然仰々しい護衛を引きつれてその日は事務局貸し切りにして……という準備を進めていた訳だが、将軍閣下が『俺が連れていけば問題ないだろ』と言い出した事で将軍の馬車に乗って事務局へ行く事になった。
 宮廷事務官たちも、それだけは止めて下さいきちんとこちらに仕事させてください――と摂政殿下に泣きついたのだが、シグネットがすぐにでも行きたいと騒いだ事で引き下がるしかなかった。
 流石に側近であるメルセンやアルヴァン、それに護衛官が数人ついては行ったものの、誰も何も言わなくてあの将軍に近づこうとする人間なんかいなくて、大量にいた見物人は皆ちゃんと遠回りに大人しく見ているだけで何事もなく終わった。

「陛下、嬉しいのは分かりますが、冒険者になったとは言ってもあくまで登録だけですからね! 冒険者の仕事をしたいとか言い出さないで下さいね」

 この国では個人的な文書のやりとりやら呼び出しやらは皆、冒険者制度のシステムを使って成り立っている。だからそれらを使うために貴族やら子供やら……冒険者の仕事をしない者達でもとりあえず資格だけは取っておくのが普通だった。
 今回もだからシグネットにとっては『冒険者になった』といっても冒険者の仕事が出来るという訳ではない、個人的な文書のやりとりやいろいろな制度の利用が出来るようになっただけなのである。……の、だが。
 
「分かってるよ、大丈夫っ」
「……本当ですか」
「うん、本当」

――怪しい。

 シグネットがあまりにも満面の笑顔で言ってくるからにメルセンは嫌な予感しかない。この少年王はちゃんと頭はいいしこの年齢で自分の立場も分かっているのだが……いかんせん、性格に少々難がある。
 いや別に、わがままだとか乱暴だとか威張り散らすとかいう地位の高い子供にありがちな困った子供というのはない、決して違う。むしろそのへんは逆で、理不尽な命令なんてしないし部下にも素直に謝るし感謝してくれるし心配もしてくれるしと……とてつもなくよくできた王様になれる性格をしているのである。

 ただあえて問題があるとすれば……要領が良すぎる? というか、甘え上手なのだ、この王様は。

 あとは基本的に子供らしく好奇心旺盛でじっとしていられないというところで……これが、その甘え上手と合わさると悪い意味で最強だったりするのである。
 なにせ当人はあの稀有な美貌の父親とそっくりな訳で、しかも部下たちは皆その非業の死を遂げた父親を惜しんでいてシグネットには同情的である。その王様の『お願い』を断れる人間はきわめて少ないのだ。

 なにせ分かっていてもメルセンだっていつも断りきれないのだから(泣)。

「あ、そうだ。はいこれ、メルセンの分」

 そこでシグネットは思い出したかのように何かを取り出してメルセンの手に置いた。

「で、これはアルヴァンの分ね」
「はーい、陛下……ってこれは何でしょう?」

 アルヴァンは受け取った物を不思議そうに見ていた。メルセンは主に何かを聞く前に、手の中をそれを見て理解していた。
 それはいくつかの魔石で……殆どはいわゆる呼び出し石だが、2つ程違うものが混じっている。

「何かあった時、どうしてもすぐ俺に連絡取りたかったらまずこっちの呼び出し石で知らせて、それからこっちの石を使う事って」
「……『って』って、どなたから言われたのでしょうか」
「将軍♪」
「石を下さったのも将軍様でしょうか?」
「うん、そう」

 あぁやっぱり、とメルセンは理解した。呼び出し石ではない方の石はいわゆる水鏡術の篭った連絡用の魔石で、水を張ったところに落して会話を出来るようにするものである。とても便利ではあるが高価であるから、シグネットが個人的にこっそり買ったり、城の倉庫から拝借してこれるようなものではない筈だった。

「将軍が、冒険者になったら真っ先にそれを何かあった時に連絡を取りたい人に渡しておけってさ」
「こういう高価なものを簡単に渡すところが将軍様らしいですね」
「え? 高いのこれ?」

 シグネットは驚かないが、アルヴァンが驚く。

「この石1セットでナフの店に20日は通える」

 ナフの店というのはアルヴァンお気に入りの食堂である。ちなみにシグネットも行きたがって、2度程城を抜け出していっていた。

「えぇぇっ、こんなのでっ?! じゃぁいざとなったらコレ売ってお金を確保もありなのかな?」
「あのなぁアルヴァン、1セットと言ったろ。この石は2つで1セットだ。片方だけあっても売れっこないだろ」
「そっかぁ……」

 残念そうに呟く弟を見つつメルセンは溜息を付く。
 ……まぁ、この石の片方はシグネットが持っている訳だから、自動的に王であるシグネットに繋がる訳で……それが証明できればそれはそれで高く売れはするだろうが、勿論売っていい筈がない。

「では陛下、今度は我々も呼び出し石を作ってお渡しいたします。流石にこちらの高い石の方は無理ですが」
「だよねー」

 その返事からすれば、どうやら本気でシグネットはこの石の価値が分かっているらしい。それには少々驚いたものの、そこは将軍様が渡す時に言い聞かせたのかとも思う。これならどうしても使ってみたくて、試しにと気楽に使う事もないだろうとメルセンはちょっと安堵した。
 ……が、すぐにメルセンの心の平穏は乱される事になった。

「じゃ、行こうか♪」

 可愛らしい少年王が、そこで嬉しそうに椅子から下りて立ち上がったからだ。

「行くって……どこへですか?」
「勿論、冒険者事務局だよ」

 メルセンはそこで驚きより先に気が遠くなった。

「陛下、事務局へ何しに行くんですか?」

 だからそれを聞いたのはアルヴァンだ。

「うん、仕事はだめだから諦めるけど……伝言を使ってみたいかなって」

 それにはほっとしたのが2割、けれど8割は困るしかない訳で。

「へ、陛下、伝言なら私が代理で行ってきますが……」

 どこかへ現実逃避したくなる頭を引き戻して、メルセンはだめだろうなぁと思いつつ一応はそう言ってみた。

「でも俺は、実際自分で使ってみたいんだ。ね、仕事をしたいっていうのは我慢するから、伝言だけだよ、そこは約束する」

 それであの故シルバスピナ卿と同じ顔――ただし本人程綺麗というイメージではないがその代わり子供らしく可愛らしさがプラスされた――で、小首を傾げてこちらをじっと見られてしまえば、メルセンに『だめです』と言えはしなかった。

「……つまり、また城を抜け出すのですか」
「うん!」

 力強い主の少年の瞳をキラキラさせた言葉に、メルセンはいろいろな意味でくらくらしつつも結局は今回も自分が折れるんだろうなぁと思うのだった。








「まぁ……思いっきり想定内っスけどねぇ」

 フユは独り言ちて、首を左右に曲げて鳴らす。それから腕をぶらぶらと揺らして立ち上がった。いくら体の柔らかさには自信があるフユでもじっとしていると筋肉が固まるのは仕方ない。耳は部屋の音を聞き逃さないよう傾けつつ、体を解す。
 なにせこれからちょっと面倒な一仕事だ。

――ボスの予想通りっスけど、あの悪ガキさんは俺が聞いてるのも分かってて言ってるんでしょうねぇ。

 少々やむを得ぬ理由があって、一度フユはあの王様の前にセイネリアの部下だと言って姿を見せていた。それで子供ながらになかなか頭の回転の早いあの子供は、将軍はちゃんと自分に護衛をつけてくれていて、だから多少の無茶はしても大丈夫だと思っている。

――まったく困ったもんスね。

 あれの子守りは大変だろう……なんて毎回毎回側近の兄の方には同情するくらいだが、本人はあの子供王が大好きだからあれはあれで好きで苦労しているのではある。父親の時、部下たちが構いたくても甘えて貰えなかったのが寂しいと感じていたのと比べると、どちらの方が幸せなんだろうとは思うが。

 ちなみに今回の件だが、シグネットが冒険者登録をする時にフユは事前にセイネリアからこう言われていた。

『あいつは絶対、新しいおもちゃを手に入れたら使ってみたくて仕方ない筈だ』
『おもちゃって……冒険者支援石ですか』
『そうだ、だから受け取ったらすぐ城を抜け出すぞ』

 セイネリアは楽しそうに笑っていた。実際その被害(?)を被る側のフユは笑えなかったが。

『それでも馬鹿ではないからな、いいところ伝言を使おうくらいで我慢するとは思う』
『はぁ……それでも困ったもんスね』
『まぁ事務局側には、あいつが来ても気付かないフリをして普通の冒険者と同じように扱えとは言ってある。ただ伝言だけで、本当にあいつが満足するかは難しいところだな』
『いや、満足してくれないと困るんスけど』

 フユは溜息をついたが、セイネリアはやはり笑っていた。

『だから少し、手をまわしておいてやるかと思ってな』




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 一応シーグルとセイネリアも出てきます。
 



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