少年王シグネットと振り回される面々のお話 【2】 空は青空、街はやっぱり賑やかで、たまに喧嘩の声も聞こえるけれどとりあえず平和。いい抜け出し日和だとシグネットは満面の笑顔で眼下に広がるセニエティの街を見た。 「うんいい天気、じゃ行こっかー」 ぶんぶんと腕を振り上げて歩き出そうとすれば、さっとメルセンがその前に立つ。 「陛下、いつも言っていますが、歩く時は俺の後にして下さい」 「あぁうんそうだね、分かってる」 メルセンがため息を付く。隣でアルヴァンがにやにや笑っている。 城を抜け出す場合、歩く時の立ち位置はメルセンが先頭でアルヴァンとシグネットがその後に続く。一列で歩いても不自然でない時はシグネットが真ん中でアルヴァンが最後尾なのだが、さすがに縦一列でいかにもシグネットを2人で守ってますという体勢で常に歩いているのは怪しまれたり、王とは思われなくても高位貴族の子息のお忍びには見えてしまう。だからメルセンだけが前を歩いて、シグネットとアルヴァンが適度に雑談しつつ後ろを歩くくらいがまだ子供パーティーとしては自然だろう……という事でこの配置になっている。体はアルヴァンの方が大きくても仕草や顔ははっきりメルセンの方が大人っぽいから、いかにも年長者のパーティーリーダーが冒険者なりたて2人の面倒を見ているようなカタチに見える筈だった。 「でもメルセン、陛下はだめだよ? 今の俺は名はシヘルだからね!」 シグネットが言えば、前を行くメルセンが振り向かないまま嫌そう答える。 「分かっています」 「じゃぁ、呼んでみて?」 「……シヘル……様」 「様いらないよ?」 そうすればメルセンが困った顔でこちらを振り向いた。 「ですがその……せめて人前に出るまでは」 「今のうちになれとかないと人前でやらかすからだーめ」 「いやでも……せめて……」 そこでアルヴァンが明るく提案をしてきた。 「兄さん、名前だと様つけたくなるなら、役割名で呼べばいんじゃないかな?」 「役割名?」 「そそ、『詩人』って呼べばいいんだよ、それならクセで様って付けないでしょ?」 ……という言葉通り、シグネットの今の恰好は吟遊詩人である訳なのだが、これにはちゃんと理由がある。詩人なら大きいつば付きの帽子を被っていても不自然さはない。シグネットの身長でそんな帽子を被れば当然近くにいる大人からは顔なんか見えなくなるから自然に顔が隠せる、という訳だ。我ながらナイスアイディアと思うのだが、メルセンはあまり褒めてはくれなかった。 ちなみにメルセンとアルヴァンは2人とも剣士で、城にいる恰好ではなく家で使う普段着を着ている。あとは三人とも服をわざと小汚く……というのはそこまで酷くは出来なかった分、適度に使い古し感が出ているマントを付けて誤魔化している。 最近、城を抜け出す時はこの恰好が定番となっていた。 「成程……確かに、その方が咄嗟に様を付けなくて済む、かな」 「うん、名案! アルヴァン頭いいい!」 シグネットはアルヴァンに向けて拍手をした。……実をいえば、メルセンが人前で様を付けそうになったのは1度や2度ではなかったので、確かにそれは名案だと思う。 「では、以後は陛下の事は『詩人』と呼ばせていただきます」 「うん、それでよろしく♪ あと、この恰好の時はメルセンがこの中で一番偉いんだからね、俺に敬語とか使わないようにね!」 「……はい、ですが……」 「兄さん、なら誰にでも丁寧な話し方すればいいよ、フェゼント様みたく。そうすればそれが地って事で皆気にしないから」 「あぁ、そうか……」 「やっぱりアルヴァン頭いいね!」 「あ、勿論俺にもだからね」 「いや、アルヴァンそれはちょっと……」 それでも最後はシグネットの一言で決まる。 「じゃ、俺にアルヴァンへ言ってるのと同じ言葉遣いに出来る?」 「う……分かりました」 メルセンはそれになんだか疲れた顔をしていたが、彼の事だからそれなりにちゃんとはやるだろう。いざとなったらアルヴァンとシグネットでフォローすればいいだけの話である。 ただ実際のところ――メルセンはシグネットの正体がバレて何者かに狙われる事がないかと心配して、自分がシグネットを守らなくてはいけないと思っているが、ほぼそれは問題ないとシグネットは知っている。 シグネットの大好きな将軍は、シグネットが城を抜け出すような子供である事を分かっているから見えないところにちゃんと部下をつけてくれている。その人物は申し訳ないが当然メルセンよりもずっと強くて、護衛官や警備と比べても誰よりも強い。気配の消し方も完璧で、普段はいるのに気付けない。さすが将軍の部下だと思うし、将軍はシグネットのために恐らく彼の部下の中でもかなり上の者を付けてくれたのだと分かる。将軍がどれだけシグネットを大事にしてくれているのかも分かるからシグネットは嬉しかった。 「そろそろ人が増えてきましたね」 「うん、今日も賑やかだなぁ」 街を4つに分けるように走る大通りに近づけば人が増えてきて、シグネットの心は否が応でも踊る。 セニエティの街は扇型であるから東西に長く、南北はそこまで長い訳でもない。だから一番北にある城から抜け出して、南門の近くにある冒険者事務局まで行くとしてもそこまですごい時間が掛かるという程ではなかった。特に北から南方面は緩やかとはいえ下り坂であるから行きは急げば結構早く着く事が出来る。 ……勿論、途中大通り沿いにある露店達をシグネットが無視できる筈はないから、言う程早くは着けないのだが。 「アルー、これ何これ何?」 「んー……これ何だっけ、兄さん?」 「あぁこれは最近出回ってるスパイス袋です」 「えー、何それ何それ」 「刺激の強い薬草や木の実を粉にして詰め込んであるんです。投げつけると中の粉が飛んで、相手はくしゃみが止まらなくなったり目が痛かったりで怯むというモノです」 「へーーーー! 便利だね!」 シグネットがそれを凝視していれば、メルセンがちょっと笑顔で言ってくる。 「これを開発されたのはリシェの領主、シルバスピナ卿ですよ」 「本当?」 「本当です」 そこで子供達のやりとりを聞いていた店主が声を掛けてきた。 「そうだぞ坊主、リシェの今の領主様は魔法使いでな、薬草の研究者としてもかなり高名な方なんだぞ」 それには内心『知ってるよ』と思ったが、シグネットは子供らしく『へー』と感心してみせた。 「そもそもシルバスピナ卿が最近開発したハーブやら木の実の香辛料になるモンを高地や荒れ地に住んでる連中に広めてな、それらは今じゃ料理に欠かせなくなってるんだが……そこで今回はこういうアイテムにもしたって訳だ」 それもシグネットは知っている。父の弟である魔法使いは植物が大好きで、ついでにその妻も植物が大好きで、更に言えばそこにいるシグネットの祖母のサディーアも好きでいつも彼等は楽しそうに花や木や植物の事を話しているというのも知っている。 そしてその叔父当人はおおよそ貴族らしくなくて欲もなく、開発したハーブを独占して値段を釣り上げるような事はせずに広く広めて移民や高地に住む人達に仕事を与えたと感謝されている。 あまり話す事は多くないし、聞いたところだと叔父は父を嫌っていたという話だが、会えばシグネットの健康を心配してくれるし、堅苦しい話はしないしと大好きな人の一人だった。ウィアとはよく喧嘩しているようだが、別に本気で嫌いあっているのではなく本当は仲がいいというのは子供でもシグネットはちゃんと分かっている。 「まぁ、こいつは何がいいって、魔法がなくても作れるからな。おかげで俺みたいな魔法も学もないモンでも商売出来る」 ――だから魔法通りの方で売らなくていいんだ。 開発したのは魔法使いでも、作るのに魔法が必要なければ魔法アイテム扱いではない。魔法アイテムだと裏通りの専用の通りの方で売る事になるが、これだと表通りで堂々と冒険者に売り出せるという訳だ。 効果としては光玉と似たようなものだろうが、こちらは材料さえ揃えればただの手作業で作れるのがいいところだろう。光石は高いという程ではないが、魔石が必要なためそこまで安くはならないのもあって、こちらの方が安価だ。 「メルーこれ一つ欲しいっ、護身用にっ」 にこっと笑ってメルセンを見上げれば、彼は一瞬眉を顰めたもののそこから考え込む。護身用に使えるというのは本当だし、シグネットだってこれくらいなら強請ってもいい値段だと判断して言っているのだ。 ちなみにシグネットが偽名を使うように、メルセンとアルヴァンはそれぞれメルーとアルと呼ぶことになっている。アルヴァンは親からの呼び名と同じだからいいとして、メルセンはそう呼ばれるのはあまり好きではないようだが。 「……確かに、いざという時に役に立ちそうですね」 そうしてはぁ、と溜息をつくと、メルセンは仕方なくそれを一つ買ってくれた。 「おぉっ、チビどもの護衛は大変だな、真面目そうなあんちゃんよ」 「はい……元気すぎて大変です」 「ガキはやんちゃくらいがいいんだよ! ほら」 そうして受け取った袋を早速メルセンはこちらに渡してくれて、使い方も教えてくれた。彼はいつもシグネットに『何かあったら真っ先にご自身の無事を最優先に考えてください』と言っているから、『護身用』と言う言葉に弱い。 「ありがと、メルー♪」 笑って顔を見上げれば、メルセンは溜息をつきつつも表情は柔らかくなる。なんだかなんだとシグネットに一番細かく小言を言うのはメルセンだが、彼が自分に対して甘い事もシグネットは勿論知っていた。 そんな感じでいつも通り露店を見て寄り道を多少しつつも、今回はそれ自体が目的ではないから多少は我慢して、どうにか三人は無事冒険者事務局へやってきたのだった。 --------------------------------------------- ラークの話とかいれたら思いのほか長く……子供達だけの話で終わってしまいました。 |