少年王の小さな冒険
少年王シグネットと振り回される面々のお話



  【7】



 メルセンは手の中のものをじっと見つめて考えた、これはどういう事だろう、と。
 見てすぐわかるのはそれはやたら豪華な短剣だという事。
 金細工の柄や鍔や鞘には宝石までついていて、どうみても実用的ではなく剣士としての教育を受けているメルセンは思わず顔を顰めてしまうのだが……重要なのは柄と鞘に入っている紋章である。つい華美な装飾に目を奪われてただの飾りかと見逃してしまいそうだが、この紋章はただの飾りではなくちゃんとした貴族の家の紋章だ。

――これは確か、ステシア家……か。

 うろ覚えの知識からひっぱってきてから浮かんだ人物のビジュアルにメルセンは納得する。ステシア卿は宮廷貴族でいわゆる馬鹿貴族というような頭の悪さはないのだが……なんというか芸術家肌の人物なのである。そもそもステシア家は代々城の調度品の調達や内装に関しての決定権を持つ仕事をする事が多かったそうで、クリュース宮廷内一の芸術家を自称している。
 まぁあれだ、芸術なんかどうでもいい武人としての教育しか受けてないメルセンからすればうさんくさい、というか気持ち悪さを感じるような人物だ。昔シグネットへの賛歌的な詩を披露した事があって心底気持ち悪かった覚えしかない。
 ……とはいえ、宮廷内では人気者だそうで貴族というのは分からない。

 いや、そんな事はどうでもいい……とメルセンはちょっと考えただけで顔が引きつっていた自分を叱咤する。

 つまるところ重要なのはこれは貴族の家の紋章入りの剣という事で、これを見せるだけでステシア卿本人の証明代わりとしても使える程の大事なモノだという事だ。本来ならこんな華美である必要がないものなのだが、実用として使う気がまったくないステシア家だからこそこの作りなのだろう――というのは分かるが王家や王の親族であるシルバスピナ家より豪華なのはおかしいだろ――と、また頭が横道に逸れそうになってメルセンは頭を振る。

「とにかく、これが本物なら奴らの狙いはこれで間違いないだろう」

 メルセンはアルヴァンにだけ聞こえる声で言ってから、他人に見られないように手の中のものをさっさとまた布でくるんで隠した。

「盗んだのかな」
「おそらくな」

 シグネットが攫われていなければさっさとこれを落とし物として届けてしまえばいいところだが現状そういう訳にはいかない。おそらくシグネットの身をこれと引き換えにしろと言ってくる筈だからこれを盗まれる訳にはいかない。メルセンは改めて布にくるんだそれを自分の冒険者の荷袋を開いて中に入れた。
 そこでふと、メルセンは視線を感じて身構える。
 改めて周囲を見てみれば、確かに近づいてくる男が一人。どうみても知らない人物だが悪意があるようには見えない。勿論、先程の連中の仲間ではない。
 メルセンは出来るだけ不自然にならないように、その人物に今気づいたというような顔をして相手の方を見た。

「えーと、君達ちょっといいかな」

 声もやはり悪意とかはないから、道を尋ねてとかだろうか。

「俺達ですか?」

 一応確認を取れば、気の良さそうな男――冒険者というよりその辺りの店の親父といったところの人物――は、うんうんと頷いて近づいてきた。

「ここにいてリパ神殿の印入りの引き車を引いた若い剣士のにーちゃん二人組っていったら君らしかいないよな」

 なんだその具体的過ぎる特徴は――と顔を顰めれば、納得する理由と共に男がこちらに紙を折りたたんだメモのようなものを渡してきた。

「こいつを君達に渡してくれって頼まれたんだ。頼んできたのはごついおっさんだったがね、小さい坊やから、と言えば分かると言ってたかな」
「……えぇ、なら俺達で間違いないです、ありがとうございます」

 メルセンは礼儀正しく礼を言ってそのメモを受け取った。
 親父が去ってからそれを開けてみれば……差出人は思った通り例の連中で、そこにはこう書いてあった。

『例の剣と交換だ。昼の鐘時、東の下区18番通り上の3』

 指定した辺りは建物の老朽化が進んでいるため立て直しが決まって住人が一時的にいなくなっている場所だった。確かにそこなら人がいないから丁度いいという訳だろう。

「どうするの?」

 アルヴァンが聞いてくる。

「当然行くさ。ただ時間があるからな、まずは邪魔なこれをさっさと大神殿に置いて来よう」

 メルセンとしては無事、大事にならずにシグネットが戻って来さえすればこの剣がどんなものかなんてどうでもいいことであった。……例えステシア卿が大恥をかこうが金を巻き上げられようが盗人どもが殺されようが、シグネットの無事以上に優先される事などないのだから。







 基本はメルセン達を追う訳だが――この状況に正直フユは悩んでいた。
 メルセン達は例の連中との人質交換に応じる筈だから、現状、フユとしては彼等についていくつもりではある。シグネットを攫った連中は顔に似合わず思ったよりは善良な人間らしく、少なくともあの少年王が危険な目にあう事はなさそうだとソフィアからは聞いている。それどころかなんだかシグネットは妙にあの犯人連中と仲良くなっているという事で……まぁすんなりシグネットを返してくれればそれで良し、何かと交換というのならメルセンがそれを差し出して終わりだろうと今回の件の収束は見えていたのだが……実はそれではちょっと困る事があった。

――さって、この状況でどこでボス達を呼ぶかってとこスよねぇ。

 このまますんなり上手くいった場合、シグネットが無事メルセンの元に帰ってからあのケチな盗人共に脅しをかけておく……くらいしか主がやれることはないと思われる。だがあのただのチンピラレベルの雑魚ども相手に天下の将軍様が脅しにいくのはやりすぎだし、なによりそれでは主があの少年王にイイトコロを見せられない。

――まったく、子供向けの事件じゃぁあの人達はどうみても過剰戦力っスからねぇ。

 本気で大変な事態が起こったとしても……たとえいきなり他国の軍隊が攻めてきてさえ一人でどうにか出来るような人間を、子供が危険にならない程度の事件で活躍させるなんて事は難しいに決まっている。今回の件を解決することより、呼ばれるのを待ってる将軍とその側近の二人に何をしてもらうか……フユは頭が痛かった。

 の、だが……そこで今傍にいて、千里眼で観察中のソフィアが困ったように言ってきた。

「あの……ちょっとマズイかもしれません」
「へぇ?」

 不安そうなソフィアに、思わずフユは満面の笑みを返してしまった。







 新政権に切り替わり、もろもろのごたごたが一段落してある程度改革するところはし終わった後、次に現政権が手をつけたのは街や城や街道等の大規模な補修事業だった。とりあえずセニエティの街は区画整理中というところで、ここのところあちこちに工事区画として立ち入り禁止になっている場所がある。
 実をいえば老朽化した家の立て直し計画自体は前々王の頃からあって、住民の追い出しが先に終わっていた区画もあったのだが、実際の作業には取りかかれずに放置されていたらしい。
 そういうのが首都に来たものの金もないような連中の根城となっているという事で前々から問題視はされていたのだが、最近になってやっとそこに手を入れる事になって、治安面でも増える住人の受け入れという面でも期待されていた……という状況だった。

 そんな訳で大分その手のごろつきが住み着くような場所は減ってきているのだが、例の連中が指定してきたのはまさにその手の立て直し予定で囲ってある地区の中で、西の下区からすればマシだが治安はあまり良くないところだった。

 勿論、だからと行っていかないなんて選択肢はメルセンにある訳はない。

 それにそもそも今は昔と違ってセニエティ全体の治安が格段に良くなっている。それこそあの手の大した腕のないごろつきでも住みつけるのだから、治安が良くないといってもメルセンが恐れる程の危険はないと思っている。

 例の神官から頼まれた荷物は無事神殿へ届けてきて身軽になったから、アルヴァンも連れて二人でメルセンは言われた場所へ向かった。一人でという指摘も武器を持ってくるなとも言われていないのだからそれで問題ない筈だ。

 住人が追い出された廃墟ともいえる場所だから昼間でも当然人影はなく、メルセンとアルヴァンは辺りに注意しながら歩く。ところどころ誰かに見られているような気配は感じたが特に何かをしてくる事はなさそうで、ただ見られているだけらしいと思う。なにせまだ大人とはいえない自分達は外見から馬鹿にされる可能性が高い。だからこそ、出来るだけ背筋を伸ばして気を張って……どこまで出来ているか分からないが『強そう』な雰囲気というのを意識してメルセンは歩いていた。

 それが効果があったのかは分からないが、とりあえずへんな連中に絡まれる事はなく二人は目的の通りへ入って北方面に伸びる3つめの小道へと入っていった。道はすぐ行き止まりになっていて、どうやら元は井戸があったところらしくその周りが少し広くなっていた。

「誰もいないね」
「まだ少し早くはあるからな」

 昼の鐘が鳴るまではもう少しだけ時間がある筈だった。とはいえこの程度の誤差なら既にいてもおかしくないとも思っていたが。
 だから念のため、既に来ていてこちらの様子を見ている可能性も考えてメルセンはそこで声を上げてみる事にした。

「誰かいるかー? 例のモノはもってきたぞー」

 人がいない場所だと声はよく響く。自分の声の響きを聞いた後周囲の気配を探っていたメルセンは、どこか遠くから自分のものではない声が返って来たのに気付いた。耳を澄まし、その出所を探ろうとすると、次に聞こえた声は先程よりも近くからになっていて……それでメルセンはすぐにその声が誰のものか分かってそちらに顔を向けた。

「兄さん?」

 アルヴァンが不審そうに首を傾げながらも同じ方向を見る。そして次に聞こえた声は彼にも聞こえたらしく、弟の表情も安堵に緩んだのが分かった。
 聞こえた声は確かに言っていた、メルセン、と。そうしてその声は間違える筈もなく、シグネットのものだった。

「へ……詩人ー、俺はここですー」

 本気で陛下と言いそうになりながらもメルセンは声を上げる。
 そうすれば次に聞こえた声ははっきりクリアなもので、その姿も目に入った。

「メルセーン、ごめんねー」




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 そろそろパパ組(父親&父親代わり)の出番かな。
 



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