シーグルがセイネリアから離れて修行中の時の話 【10】 ――あぁ本当に、このまま貴方を押し倒して貪りつくしたいですよ。 と、心の中で喚きつつも、アウドは必死に自分を抑えてシーグルを見つめた。いや、見つめたというより恨みがましく睨んでいるんだろうなという自覚はある。 「た、溜まっている、というの、は……」 「騎士団時代と同じです。貴方の頭はそっち方面に鈍感過ぎる上にまず拒絶が先にくるから御自覚出来ないだけで、体の方は頻繁にヤル事に慣れてるから溜まってるんですよ。最近微妙にいらいらしたりしませんか? 後は注意力散漫なのも、その所為もあるんじゃないでしょうか」 言われたシーグルは反論しようとして口を開けたものの、そのまま固まってまた口を閉じた。その程度の自覚はあると言う事なのだろう。本人的には相当に落ち込んでいるようで項垂れたその姿を見るとちょっと良心が痛むものの、それでもいい加減言わないとだめだろうとアウドも思いなおす。 「いいですか、あの男の傍にいるようになってから結構経っているでしょう。将軍様も無理強いはしてないとはいえ割と頻繁にヤってたんでしょうし、体はそれで慣れてるんですよ。今までそうやって頻繁に発散させていたのがまったく発散されなければ溜まるんですよ、当然、……前にも言いましたが。ちゃんと貴方が溜まってるのを御自覚して、定期的にご自身で発散させていたなら別ですが」 言って睨めばシーグルは気まずそうに顔を下に向ける。まぁ、予想通りだとアウドは思う。 「……こっちきてから、ご自身で処理してないんでしょう?」 聞けば、シーグルは仕方ないというようにこくりと頷く。同時にアウドはため息をつく。 「テキトーにやってください」 「いや、だが……」 「だが、なんです?」 「自分ですると……その、終わった後にすごい罪悪感が」 アウドは頭を押さえた。なんというか、慣れないのとそういう方面を嫌悪していたのが長いせいで、通常の成人男性としての正しい性感覚がないのだろうこの人は。 「それに……部屋には双子草があるんだぞ、あそこでは無理だろ。かといって他でも無理だし」 ――あー……そういう問題もありましたね。 アウドは顔を引きつらせながらも、どうしようかと考える。 「いっそ割り切って将軍様に聞いて貰いながらやるのはどうでしょうか。向うも絶対喜びますしシーグル様も一人でするより興奮すると思いますよ」 「出来るかっ!!」 思わず棒読み口調で言えば、シーグルに即答で怒鳴り返された。 まぁそーだろーなーとか思いつつも、アウドとしてはここまで言えばセイネリアから言われた『最後の手段』を言っても問題ないだろうと判断する。 「なら、俺がお相手しましょうか?」 シーグルの顔が顰められる。騎士団時代のように『会う度とりあえず言ってみた』時と同じ反応だ。だがあの時と違うのは……シーグルが何か言うより早く、アウドはその続きを言った。 「将軍様からも了承をいただいてます」 これにはシーグルの目が大きく開かれる。アウドとしても旅立つ前、これを言われた時には驚いたものだ。シーグルに付いて行くよう命令した後、あの男は何でもないように言ったのだ。 「貴方自身が了承したのならいい――と、言われてます」 「何を考えてるんだあいつは」 「いや俺もそう思いますけどね、貴方が欲求不満に陥って体調をくずしたり、他の誰か分からないようなのに何かされる事を考えたらお前が相手しろ、という事だそうですよ。一応、俺なら何があっても貴方の意に沿わないような事をしないだろうって思って下さっているらしく……」 まったく本当に何を考えているんだか、とはアウドでも思うが、あの男の感覚がおかしい云々なんて今更の話だ。というかそれは『感情を排した冷静な判断』という奴なんだろう。あとは娼館生まれ故の常識の違いか。 更には当然、それをシーグルが簡単に受け入れる訳もない事も想定して、もう一つの言葉を用意してあるのだから感心するより呆れてしまう。 「ちなみに、同じ事はソフィアにも言ってあるそうですから女性が良ければ彼女に相手して貰ってください。もし彼女が身ごもるような事があっても子供は将軍様の権限で責任もって育ててくださるそうです」 シーグルは基本聞いているだけでアウドが一方的に話しているような状況になってしまったが、その間シーグルは何も言わなかったものの表情は怒ったり苦しんだりと忙しく切り替わっていて、今は辛そうに項垂れていた。 「彼女を……まるで都合のいい欲望の吐き出し口みたいに出来る訳がない」 「ソフィアは喜ぶと思いますよ」 「……それでもだ」 本当に頭の固い主で困る――いや、それで得するのは自分だからいいですが、という思いをまた溜息に乗せてアウドは口を開く。 「なら俺に任せてください。まぁ溜まったモノを吐き出すだけなら別に最後までヤル必要ないですからね、ちょっと触って貴方を気持ちよくさせて口で抜いて差し上げるだけです。単なる主への奉仕だと思ってください」 ちなみに困った事に本気で部下にそういう事をさせる主というのは結構いる。平民が騎士になるためには貴族騎士に従事しなければなない――なんて決まりの所為で、従者時代は主へのその手の奉仕が一番大事な仕事だった……なんて奴は騎士団にはいくらでもいたりするのだ。 勿論、今回の場合はそれらの例とはまったく違う。 なにせ従者であるアウドのほうがやりたくて主がノリ気でないのだから。 「……お前は、いいのか、それで」 単純に一言命令で済む立場なのに、やっぱり部下相手にも気を回すのだから本当に真面目過ぎるというか損な性分だと思わずにはいられない。そう聞かれたらアウドだって本音を漏らしたくなるではないか。だから頭を掻いて、返す声は少々やけくそ気味になる。 「奉仕ですか? ってか貴方に触れるならこっちはそれだけで嬉しいですよ。だからそのヘンは気になさらないで下さい。まぁそりゃー……正直言えば最後までヤリたいですけどね。ですが貴方が望まない限りはしません、これは誓います。とにかく、俺も楽しい、貴方も気持ちよくスッキリする、互いにいいことづくめなので誰に悪いとか考えないで下さい」 それで今度は溜息をついたのはシーグルの方だった。その溜息がそもそもとんでもなく色っぽくてごくりと喉を鳴らしてしまったのはいいとして、アウドの愛しい主人は困ったように視線を落して聞いてくる。 「……そんなに、俺はその……発散、させたほうがいい状態なんだろうか」 「はい。というか俺もそんな貴方をただ見ていろと言われるほうがきついです」 そうすればやっと、潔癖症すぎるご主人様は了承してくれる。 「お前、が……いい、なら」 アウドはにかりと笑ってみせた。 「お任せください」 まぁ結局、そもそも初対面の経緯からして、シーグルにとってアウドは自分の嫌な部分(あくまで本人的に)を見せられる相手である、という認識な事は確かだ。騎士団時代からそこだけはアウドが他の彼の部下達と決定的に違うところだった。それはアウドにとって負い目であると同時に、この人にとって自分は必要であると自信を持てる部分でもあった。 ――まったく、主が貴方だと、汚れ役の部下って立場も悪いモンじゃなくなるんですからね。 会った時とまったく変わらない美しい青年の姿をじっと見て、それからアウドはその前に跪いた。 ――なんであいつはそういう事ばっかり用意周到なんだろう。 そんなに年中頭の中は色事で一杯なのだろうか、と思ってしまうくらい、こういう事に気が回りすぎるのはさすがにおかしいだろうとシーグルは思う。ちなみに立場的には、恋人を他人に触らせてもいいのか、と普通なら怒っていいところなのでシーグルの感性も相当おかしい事は間違いない。 アウドの部屋の中、現在シーグルは彼のベッドの上に座っていた。アウドは暖炉に火を入れている。このままだと貴方が寒いですから、と言われればシーグルとしては大人しく待つしかなかった。 火がつけば、すぐに部屋は暖かくなってくる。外は相当に寒いのだが、クリュースでは寒さが厳しい地方の建物の外壁は二重構造で、間に冷気を吸収する魔法の綿が詰めてあるから暖炉がついていない状態の部屋でも寝る程度ならそこまで寒くはない。 寒い、のはこれから服を脱ぐ事になるからで……考えていたら、暖炉に湯を沸かす鍋を設置し終えたアウドがこちらに近づいてきた。 「服を、脱がせてもいいですか?」 「あぁ」 一瞬、自分で脱ぐと言おうと思ったが、それはそれでいかにもやる気満々みたいだし……と考えてしまって任せる事にした。あとは、セイネリアに脱がされるのは嫌だがアウドならいいかと思ったというのもある。なんというかセイネリアが脱がしてくる時はやたら楽しそうだし、体のあちこちを触りながらだから脱がされるだけで一回終わったくらいに疲れるのだ。かと思えば薄着の時などキスしている間に気付いたら脱がされていたとか訳の分からない早業をみせてくれて……まったく、慣れ過ぎている男はただ脱がせるだけで終わらないから困る。 「寒くありませんか?」 「あぁ、大丈夫だ」 言えばアウドは安堵するように笑ってから、恭しくこちらの衣服に手をかけた。まずは防寒用の上着を脱がせて、中のシャツのボタンを外して……多分、アウドに脱がされるのがそこまで嫌ではないのは使用人に着替えをさせるのに近い感じだからだろうか。 ――あいつの場合はわざと服の中に手を突っ込んでたくし上げたり、首筋を舐めながら服を緩めていくからな。 なんて事を思い出して一人で赤くなって、シーグルは意識からあの黒い男の事を消そうとした。確かにアウドに言われた通り、自分はそっち方面で少々溜まっているのだろうとは思う。なにせセイネリアの事を思い出して、彼だったらこういう事をしてくる……等と考える度にやけに顔は赤くなるし体が微妙に疼いてその感覚を持て余す事がよくあったのだから。 自分でするかと思った事は何度かあるが、双子草のせいで自分の寝室で出来ないのだから思うだけで実行に移せる筈がなかった。 上着を脱がせ終わって、アウドがこちらをまじまじと見つめてくる。流石にそれは恥ずかしくなってシーグルは顔を背けた。そうすれば気配で彼が近づいてきて、顔を近づけてくるのが分かったから焦って手を前に出して止めた。 --------------------------------------------- 次こそちゃんとエロです(==; |