シーグルがセイネリアから離れて修行中の時の話 【おまけ】 水の上に映った男から微妙に目を逸らしつつ、アウドは怒鳴った。 「えぇ、最後までヤっちゃいませんよ、あんたの思惑通りにね!」 と、言ってかアウドは水の中に手を突っ込んで石を取りだした。これ以上話してもあの男が嬉しそうにするだけでムカつくから話は終わりだ。 水鏡術の魔法石は高価であるがセイネリアがそんなところでケチる男ではないのは皆知るところで、本来の予定ならシーグルに毎日使えるくらいの石を渡す、もしくは定期的に送って連絡させるつもりだった……というのも回りからすれば、彼なら当然そうするだろうな、という話だ。 それをシーグル当人に拒絶されてしまったため代わりの双子草を使って声だけで我慢している訳なのだが……当然あの男はお付きのアウドやソフィアにはその魔法石を渡していた。勿論シーグルに渡そうとしていた程の数ではないし、それを毎日使ってこいなんてのはいう訳ないしあくまで緊急連絡用ではあるが、いざとなったらシーグルに渡して使わせる事も考慮して多めに渡されている。 基本的にアウドが使うのは、こちらから何か重要な話がある時か、向うから連絡してこいと言われた時で、今回は後者であった。 ――そりゃぁ、いくら許可したからっていっても気になるのは当然だろうがよっ。 ムカついた勢いで思わずベッドに座り込んだアウドだったが、直後にドアのノック音に気付いて顔を上げた。 気のせいかと思ったが更にもう一度、とても控えめな音がしたので、アウドは大きく息を吐き出して表情を和らげると返事をした。 「入ってくれていいぞ」 そうすればそろっとゆっくりドアが開いて、そこからソフィアが顔を出す。彼女はこちらと目が合うと困ったように苦笑して、それからやはりあまり音を立てないようにして入ってきた。 ……ちなみに部屋に入ってきてすぐ彼女がドアを締めたのを一瞬止めようとしたアウドだったが、彼女の場合は何かあったらすぐ逃げられるしこの家でへんな勘ぐりをする奴なんざいないだろうと思いとどまった。 本来ソフィアの歳の女性への扱いとしては、男の部屋に入るのならやましい事がない場合はドアを開けたままにしないとならない。そうでなければ『そういう事をしにきた』と勘ぐられても仕方ないからだ。 ただこの家に今いるのはアウドとソフィアの他にはシーグルとリッパー導師だけなので、そこまで気にする必要はない筈だった。 ――まぁ本来なら考えただけで凄い状況なんだけどな、男3人の家に良い歳のお嬢さんが一人ってのはさ。 思ってから、しかも自分も彼女もシーグルのそういう相手としての役目もある訳だと考えてアウドはちょっと顔を引きつらせる。冷静に考えるとリッパー導師に同情したくなる状況だ。 「あの……マスターとのお話ですか?」 ソフィアの声で、ちょっと思考が脱線気味になっていたアウドは意識を彼女に戻した。 「あぁ、許可しといてもやっぱり気になるんだろ」 「そうですね」 心なしか彼女の声が暗い。 「どうかしたのか?」 だから聞いてみれば、ソフィアは思いつめた表情をしてアウドをじっと見つめてきた。 「私はその……女性として、魅力がないのでしょうか?」 「へ?」 アウドの表情が固まった。けれど彼女がなせそんな事を言い出したのかがすぐ分かったからここは困るしかない。 「いやいやまさか、そんな事はないぞっ。あー……まぁその、そもそもだ、あの人は場合はそういう基準で相手を選ばないから。むしろあんたの事をちゃんと女性として見ているから手を出さないだけだろ」 「そうでしょうか?」 「あー……まぁなぁ、真面目過ぎるんだよあの人は。女性とは結婚前提じゃないと手を出さない、それに奥方を裏切れないだろうしなぁ」 「そうですね……」 そこでソフィアの顔が更に沈む。あぁいやそうか、まったく希望がないような言い方はしちゃいけない、とアウドは焦った。 ――ったく、誠実なのはいいんですが、貴方みたいな人間はもうちょっと遊び慣れてくれたほうが皆幸せになれるんですけどね。 なんて心の中で思わず愚痴ってしまいながらも、シーグルにそれを言っても意味ない事も分かっている。 「そ、それでもほら、シーグル様もここに来ていろいろ心境の変化があったようだし、何があるかは分からないから、な……」 「はい……」 それでもやっぱり泣きそうなソフィアにアウドはただただ困るしかなかった。 「やっぱりあいつは融通が効かない」 セイネリアのその呟きにカリンは苦笑する。 言い方は『仕様がない奴』という風なのに、表情は僅かに嬉しそうなあたり、彼の本音が出てしまったのだろう。 「それは分かっていたことなのではないですか」 だからカリンが笑って返せば。 「あぁ分かっていた。けれどあまりにも想定内過ぎるのはつまらない」 「でも、嬉しくも思ってらっしゃるのでしょう?」 「あぁそうだ。それもまた困るところだな」 カリンとしては笑うしかないが、セイネリアは憮然とした顔で足を組む。 だからカリンは少し悪戯心を出して聞いてみた。 「では、ボスとしてはどうなるのが一番良い事でしたか?」 するとそこまで面白くなさそうだった彼の顔に、少し意地の悪そうな笑みが浮かんだ。 「そうだな――それは当然、俺の声を聞きながら双子草の傍であいつが自分でヤってくれるのが一番いいさ。なんならアウドから石を貰って顔を見せてくれれば尚いい」 「……流石にそれはムリだと思いますが」 「あぁ、無理だろ」 カリンがちょっと困ったように答えれば、セイネリアもあっさりそう答える。 「そこまでを期待してないから、あの二人をつけてるんだ」 そこへ考えが至るのが普通ではないのですが……とは言わなかったが、あえて声に出して言う気はカリンもない。 とはいえ分かっていても、彼の本音を聞いてみたくもなる。 「……ご本心では、アウドがシーグル様に触れるのはお嫌ですか?」 「あぁ、嫌だ」 そこはきっぱりとそう答えてきたから、カリンは呆れつつも笑ってしまった。 「だがあいつが許すのなら仕方ない」 すぐに続けられたその言葉は明らかに不本意そうだった。だからやはり、カリンは分かっていても聞いてしまう。 「でも本当は、シーグル様を自分以外の誰に触れさせたくないのでしょう?」 「当然だ」 「それでも、シーグル様にはそれは言わないのですね」 「仕方ないだろ、あいつは俺のものではあるが、それ以前にまずあいつ自身のものだからな」 そこが主の変わったところだろう、とカリンは思う。 そしてその答えこそが、自分とあの青年の違いだろうと。 「ならボスも……ボス自身のものであって、シーグル様のものでもあるのですね」 それにセイネリアは嬉しそうに唇を緩めた。 「あぁ、その通りだ」 ソフィアをどうにか宥めて部屋に返した後、アウドはなんだか疲れてベッドの上に寝そべった。 アウドとしてはシーグルがそういう相手にアウドを選んでくれる事は嬉しい事である。だが自分ではなくソフィアを選んだとしても、彼女に対してよかったという思いで喜べる。アウドとしては複雑なところではあるが、実はどちらを選んでくれてもシーグルに対して不満はないのだ。 それは多分……最初から、シーグルがアウドのものではないからだろう。 だからふと思う。シーグルを自分のものとしていて彼だけにあれだけ執着しているセイネリアの気持ちとしてはどうなのかと。 普通、国一つをひっくり返すくらいに愛してる相手に対して、自らの傍から離す事を許せるのも相当だが、自分と長く離れるならそういう相手をつけてやろうとか考える奴はいない。 まぁ現実的に考えれば数年単位で禁欲しろってのはねぇわと思うが、それでも愛する人間にはそれを願ってしまうのが人間の悲しいサガである。 それを冷静に無茶だと考えて、その対応を考えるとか――……いや、自分なら無理だなとしか思えない。 ――なんていうか、頭がいい人間ってのも結構ツライもんだな。 感情に振り切れなくて理性で判断する。だから理論的に考えて一番マシな妥協案で保険を掛ける。 アウドは微妙にセイネリアに同情した。 --------------------------------------------- これで本当に終わり。あ、勿論アウドはシーグルの修行内容とかの話はしてません。 |