※抽象的なので全然エロって感じじゃないですが一応ちょびっと性的シーンがあります。 【8】 部屋の中は暗く、広く、誰もいない。 窓から差す月明かりが、ぼんやりと部屋の家具の縁取りを浮かび上がらせて、暗闇の中に青白くて寂しい風景を作り上げる。 柔らかなベッドと上質の布達の感触はきっと寝心地が良いものなのだろうけれど、それを喜んだことはシーグルは一度もなかった。広いベッドの中、温かいのは自分の体の回りだけで、ベッドの中で動いてみれば周囲は冷たい感触を返すだけだった。 村にいた頃、狭くて固いベッドの上には、いつも必ず兄が一緒にいた。 寒ければ特に、互いの体温を求めるようにぴったりとくっついて、その寝息をすぐ傍で聞いて眠りについた。すぐ傍のベッドには母や父が眠っていて、夜中にふと目が覚めて起き上がる事があれば、必ず気づいて母がどうしたのかと聞いてくれる。眠れないと言えば暫く傍にいてくれて、シーグルは母親の子守唄を聞きながら眠りについた。 でも、もうそんな日は帰ってこない。 誰もシーグルの傍にいてくれる人なんていない。 寂しい、と思っても甘えられる人はいない。今の自分には甘える事は許されていない。 寂しくても慣れなくてはいけない。これは自分が選んだのだから。 その分、兄弟や母親が寂しい思いをせずに笑っていられるのだと思えば、シーグルはベッドの中でぎゅっと目を閉じて零れてきそうな涙を我慢する事が出来た。 自分が我慢をすれば家族が全部救われるのだと思えば、シーグルは自分が選んだ道を正しいのだと思う事が出来た。 けれども……それでも、まだ4歳のシーグルでは思考だけで感情を抑えきるには幼すぎて、寝付いた目じりに涙が浮かんでしまうのは仕方のない事だった。 家族と共に笑っていた暖かで優しい日々を毎晩のように夢で見て、起きた時に余りの寂しさに泣きたくなるのも仕方なかった。 我慢して、我慢して、苦しい気持ちも辛い気持ちも全て訓練でへとへとになる事で忘れようとして……それでも本心はずっと求めていたのだ。 優しく抱きしめてくれる人の温もりを。 無条件で頼ってもよい、庇護してくれる優しい腕を。 自分だけを愛してくれる誰かを。他に優先すべき何者もなく、ただ一番自分が大切だと言ってくれる誰かを。 ずっと欲しかったその全てを、彼ならばきっと与えてくれる筈だった。 「――っ、あ……」 目が覚めたシーグルの視界には、ただ異様なまでに白い天井だけがあった。 それですぐ、ここがどこであるかを思い出す。自分の状況を思い出す。 「起きられましたか?」 厚い筋肉に覆われた裸の男――アウドが上から覗き込んで来て、シーグルは苦笑した。 「どれくらい、意識を飛ばしていた?」 「そうですね、水を汲んでくる間くらいです。飲みますか?」 「あぁ」 言えば彼は当然のように、自ら口に水を含み、力強い腕でこちらの背を支えて顔を近づけてくる。それももう慣れてしまったシーグルは、抵抗する事なく口を開いて彼と口づけ、流し込まれた水を飲み干した。 何度かそうして水を貰った後、ふいにアウドが飲み終わった後に口を離さず、そのまま舌を絡めてきた。 「ん……」 僅かに抗議の声をシーグルが上げても、彼は構わずに唇の密着を強くして、荒々しく舌で舌を追いかけてくる。 その所為で一度収まった熱が再燃したのか、身体がじわじわと疼き出し、シーグルは我知らず足を開く。そこに圧し掛かってきたアウドの体を挟むようにして足を絡め、自分から腰を揺らしだす。股間同士を擦り合わせて相手の熱を感じれば、悔しい程体の抑えが利かなくなって、いつしかシーグルの方から彼に舌を絡めていた。 アウドが下肢を擦り付けるように動きだす。シーグルは反射的に彼の背に手を回す。 がっしりと力強い男の体を抱きしめて、夢中で口づけて体を擦り合わせる。熱が上がれば薬に支配される体は、ひたすら快感だけを追うようになる。より強い刺激が欲しくて、より深くまで満たされたくて、離された唇の合間でシーグルはアウドに囁いた、『早く入れてくれ』と。せつなげに、物欲しげに、その顔を快楽に染めながら、男が欲しいと懇願する。 「あぁぁああっ」 体の中を引き裂いて入ってくる熱い肉に、シーグルは歓喜の声を上げて男に縋りつく。満たされた悦びが体中を駆け巡って、頭から足の先まで痺れるような感覚に酔う。そうなればもう、求めることしか考えられなくて、ひたすら与えられる快感を貪るだけになる。 男にしがみ付き、淫らに腰を揺らし、足を開き、思うまま喘ぐ。見開いた青い瞳は涙を流したまま、揺れて喘ぐだけの人形になる。ちりちりと痛む心を閉じて、ただ快楽に全てを任せれば、偽物だと分かっていても欲しいモノを手に入れられた気がした――……。 体の熱を吐き出せば、薬にうかされていた意識ははっきりとしてきて、思考がマトモに動きだす。 自分の体を拭いてくれた後、少し眠ってください、と言ってきた男にシーグルは聞いてみた。 「アウド、俺は、誰かの名を呼んでいなかったか?」 「――さぁ」 その固い声に確信を持ったシーグルは、こちらを向いたアウドと目が合うのを待ってからもう一度聞いた。 「言っていたんだろう、なんと言っていた?」 覚悟をした顔の、自らを自分の僕だと言う男は、重い息と共に言う。 「セイネリア――と」 それを聞いたシーグルは、まるで泣くように顔を顰めると、唇だけで無理に笑みを作った。 「あなた、夜風は体に良くありません」 声を掛けられて、シーグルは振り向いた。 空はうっすらと青くなってはきているもののまだ夜中と言える時間で、明日もまだ休暇を取っているシーグルが起きるにはいくらなんでも早すぎた。それでも、見た夢――魔法ギルドでの一場面――になんだかいたたまれない気持ちになって、こうしてベッドを抜け出してバルコニーに出てきてしまったのだが。 「あぁすまない、君まで起こしてしまったのか」 近づいてきたロージェンティにそう言えば、彼女は少しだけ悲しそうに眉根を寄せた。 「そうやってすぐ謝るのはおよしくださいと言ったではないですか」 「あ……あぁ、そうだった。すまな……」 と、言いかけて、シーグルは咄嗟に口を手で押さえた。 そうすれば彼女はくすくすと笑い出して、シーグルは暫く口を押えたままそんな彼女の様子を見つめ、そして彼もまた笑い出す。 「そんなふうに他人行儀にすぐ謝られた方が、私は、寂しいです」 「あぁ、分かった、気を付ける」 「私はもうあなたの妻なのですから、気を遣って下さる前にちゃんと私に話して聞いて下さい。ここへ来る事も、料理も……私、貴方の為でしたら、少しも嫌だなんて思いません。それよりも、勝手に気を使われて蚊帳の外にされている方が嫌です」 「あぁ、肝に銘じておく」 「それと……ちゃんとご自身の体をご自愛なさってください」 「……あぁ」 屋敷中の部屋の明かりは消えているから、月明かりと、朝の訪れを知らせる僅かな空の青みだけが今の彼女を照らしていた。見上げる昼の空の瞳に星の煌めきを映して、じっと彼女はシーグルを見つめていた。 「そこにいると、君の体も冷えてしまう」 シーグルはそう言って彼女の体を引きよせると、自分の体で風を妨げるようにした。 「あなたの方が病み上がりなのですから、ご自分のお体の方を心配してください」 そう返してはきても、彼女は大人しくシーグルに肩を抱かれたままでいて、僅かにやはり寒いのか少しだけこちらに体を寄せてくる。手の中に納まる小さな肩に、細すぎるその感触に、シーグルは女性の体のあまりにも頼りない様を実感する。それでも感じるその体の温かさに、心が落ち着いていくのを感じる。 「愛している、ロージェ」 言えば彼女も嬉しそうに微笑んだ。 「愛しています、アルスオード様」 彼女をを守りたい、この頼りない体を守りたいと思う心は、きっと愛情の筈だとシーグルは思う。愛していると返されて心からうれしいと思えるのは、自分も彼女を愛しているからだとシーグルは思う。 聞く度に苦しくて苦しくて胸が重くなる、その『愛している』という言葉は違うものの筈だと考えて……そうしてシーグルは彼女の体を抱きしめた。 行きと同じく、帰りもアリエラの術で直接アッシセグに帰ってきたセイネリアは、深夜にも関わらず執務室で待っていたカリンに出迎えられた。 「お帰りなさいませ、ボス」 「あぁ、悪かったな、長い間留守にして」 「いえそれは構いませんが――」 そうして、顔を上げたカリンは、セイネリアの顔を見て何かに気付いたのか、僅かに眉根を寄せた。 「何か、いい事があったのですか?」 そこでセイネリアは思う、確かに、双子でも自分の違和感に気付いたのだから、彼女が気付かないはずはないかと。セイネリアは僅かに唇に自嘲を乗せ、忠実な部下の女の横を通り過ぎると、久しぶりの今の自分の椅子に座った。 「いや、そういう訳ではないが――」 そうして、背を椅子に預けてからその琥珀の瞳を閉じると、どこか満足げな声で呟いた。 「ただ、決めただけだ」 >>>>>END. --------------------------------------------- エピソード終了です。セイネリアが何を決めたかは後々分かるかと。 |