呼ぶ声と応える声
※中盤くらいにレザ×シーグルなHシーンが少しだけあります。




  【10】



 レザの部屋は、寝室と執務室と客室の3つの部屋が繋がっていて、客室の方はそのまま外に出る事が出来るようになっていた。出た場所は小さいながらも庭園として手入れされていて、夏場はここにテーブルセットを置いて外で客と話せるようになっている為、屋敷の他の庭からは隔離されていて人が入ってはこれないようになっているらしい。
 だから剣を振るならここでやれと言われて、シーグルは剣と一緒に持ってこられた冬着をともかく重ねて着せられて外に出た。
 部屋の中は暖炉と分厚いカーテンでずっと温められていた為、窓を開けただけで震えるくらいに寒いと感じる。
 けれどもそれが気になったのは最初だけで、剣の感触を確かめて、構えを取った途端にそんな事は気にならなくなる。
 腕に、手首に、確かに掛かる重み。自分の剣ではなくても久しぶりのその感触に心が落ち着いていく。
 子供の頃から数えられないくらい振り続けたその動作を始めれば、頭がそれだけに集中していく。ここが何処で、自分が今どういう状況にあるか、それらを忘れてただ剣を振る事に没頭する。シーグルにとって、今まで過度の精神的なストレスを感じた時はいつも剣を振る事でどうにかしてきた為、こうして頭を空っぽに出来る事が今は無性に嬉しかった。
 勿論、体が鈍(なま)り切っている分、息が切れるのは早い。
 自分の剣より少し軽いものを選んだ筈なのに、腕が早くも疲労を訴えてくる。
 それでも、本気でへばって完全に動けなくなるまでは止めるつもりはなかった。疲れも、腕の痺れも、剣が持てない程でなければ問題はない。むしろその疲労が心地よく、どうにもならなくて萎えそうになっていた心が気力をとりもどしていく。
 だが――。

「そのくらいにしておけ」

 掛けられた声と共に剣を叩き落とされて、シーグルは驚いてレザの顔を見る。
 彼は何故かやけに不機嫌そうに顔を顰めて、シーグルの剣を弾く為に使った刃のない剣を肩に担いでいた。

「まだ、大丈夫だ」

 言えば予想外に、怒鳴る程の強い声が返される。

「息上がってるだろ、病み上がりは大人しくしておけっ」
「怪我はもう治った、病気ではないんだし、今は戻す為に少しでも……」
「だーめーだっ」

 吼える男爵、に相応しい音量でレザは言って、落ちたシーグルの剣を拾うとそれを傍にいた魔法使いの青年に渡した。

「お願いだ、もう少しだけ」
「だめだといってるっ」

 シーグルは引き下がってみたものの、レザが聞く気がない事はその声に怒りさえ感じた段階で分かってしまった。それで仕方なくシーグルが黙れば、レザは顔から感情を消して無表情をつくり、真剣な声で言ってくる。

「もし、お前が俺のモノになってここに留まるって約束するなら、なまくらじゃなく本物の剣を渡してもいい」
「本気か? ……何を言ってるんだ?」

 シーグルが睨み返しても、レザの表情も声も変わらない。

「俺はずっと本気だ。なんならお前専用に調整したものを作らせようか? ゆくゆくは俺と共に戦ってくれるというなら装備一式お前の為に作らせてもいい」
「俺に武器を持たせたら、お前が油断した隙に逃げるかもしれないぞ」
「お前は逃げない、一度俺の傍にいると約束したならな。その場だけの返事をして俺を騙していけるほどお前は器用な人間じゃない」

 そう言われれば言葉を詰まらせて、シーグルはレザを睨む事しか出来ない。
 彼は益々顔を近づけて、シーグルの目を真っ直ぐ見つめてくる。

「俺の息子の一人になって、ここで俺と暮らすんだ。クリュースとの戦いにだけは出なくてもいい。お前の国じゃ、お前は死んだ者として葬儀も済んでる。帰らなくても問題にならん」

 それに一瞬だけ動揺を見せそうになったシーグルだったが、既にそれくらい覚悟していると自分に言い聞かせると、レザを睨み、はっきりと告げる。

「……それでも俺は国に帰る」
「どうしてもか? 俺が頭を下げて頼んでもか?」
「そうだ」

 そこでレザは急に顔を顰めると、シーグルの体に手を回してきて、そのまま唐突に抱き上げた。

「おいっ、何を」
「黙れ」

 レザの様子は明らかにおかしいのだが、そもそもどうして突然彼がこんな行動を起したのかがシーグルにはさっぱりわからなかった。ただ今彼に逆らっても仕方ないし、疲労で力が入らなくなっている体では抵抗したところで無駄でもある。だから大人しくレザの好きにさせるしかないのだが、レザは魔法使いの青年に剣を持って行くように言うと、シーグルを抱き上げたまま寝室にやってきた。

「おい、どういうつもりだ?」

 言えばレザはシーグルを半ば放り投げるようにベッドに降ろし、そうして上着を脱ぎだす。

「おいっ」
「いーから黙れっ」

 何か怒っているらしい男は、服を中途半端に脱いだくらいでベッドの上、シーグルの体に被さるように乗り上げてきた。
 そうして、有無をいわさず唇を合わせる。

「ンンッ……」

 抗議の声はただの唸り声になって、激しく唇を合わせてくるレザにそれ以上の言葉は塞がれてしまう。それだけでなくレザの手は服の上からシーグルの体を撫で、そうしながら服を剥ぎ取るように脱がせていく。

「ばっ……どういうつもりだっ」

 どうにか唇が離せた時にシーグルが怒鳴れば、レザは怒った顔のままシーグルを睨んで言った。

「この体勢でどういうつもりもない、ヤル事は決まってる、今更何を言ってるんだ?」

 言ってレザは、力任せにシーグルの服を剥ぎとる。いつもと違って今はあれこれ厚着をしている為、中々肌が見えない事にレザは舌打ちした。

「なんで、突然……まだ昼だぞ」
「関係ない、俺がやりたいからやるんだ」

 最後の服は布地が薄かった事もあって破いてしまって、だがやっと現れた肌に、レザはすぐに唇で吸い付いてきて、そこに赤い跡を残し始めた。

「やめ、ろ……お願いだ、やめてくれ」

 シーグルの声が震える。最近はずっとレザに抱かれる時は彼の酒を少し分けて貰っていた為、完全に正気では久しく抱かれていなかった。その所為かレザが体を直に触れてくるその感触だけで胃がむかむかとしてきて、思わずシーグルは口を押えた。

「嫌だな、俺は今お前を抱きたいんだ」

 体まで震えてくるのを感じながら、それでもシーグルはこみ上げる嘔吐感を耐えた。だがそちらに気をとられているのもあって体の方に気を使っている余裕がなく、レザにされるがまま大きく足を広げられ、そこに猛り切ったレザの雄を押し付けられる。

「や、め……止めて、くれ」

 どうにか声を出しても、この状況で相手が聞いてくれる筈もない。
 レザは自分の先走りをそこに擦り付け、かろうじて入口だけを浅く指で解してから、一気に自分の男性器を埋めてきた。

「うぁ、……う、ぐ、ぁ……」

 一気に奥深くまで埋めてから、即引いてまたすぐに深くを突く。最初から加減なく体毎揺らす勢いで抽送を始めた相手に、シーグルはとにかく身体と心の拒絶反応を抑えるのに必死になる。当然快感など感じている暇がある筈がない。
 しかもレザは体を倒してきたかと思うとシーグルの腕を掴んで無理矢理口から引きはがし、そこに自分の唇を押し付けてくる。シーグルは咄嗟に歯を噛みしめてレザの舌が口腔内にまで入ってくるのを拒んだが、彼は諦める事なく歯列をなぞって歯茎を舐め、シーグルの唇を離してくれない。そうすれば彼の息だとか匂いだとかが鼻に抜けて、更に嘔吐感が酷くなってくるのだからシーグルとしてはどうにもならなかった。
 目を閉じて首を振って、レザの顔を引き離そうとする。相手はしつこくそれを追い掛けてくる。
 その間も当然下肢はひたすら乱暴に突き上げられていて、腹の中をかき混ぜられるような感触を嫌がって腹が激しく上下する。
 ぐちゃぐちゃと体の中から溢れてくる水音が耳を犯し、それにも鳥肌が立つ。
 もう嫌で嫌で仕方なくて、なりふり構わず逃げ出したくて、シーグルはともかく手足を動かして体を捩じって逃れようとした。それでも純粋な力勝負で目の前に男に勝てる訳もなく、男は更に乱暴に、更に速く中を突きあげてくる。そうすればやがて、心はどれだけ拒絶していても男を受け入れるその部分は慣れた感触を受け入れ出し、男の動きに合わせて男を包む肉が蠢く。埋められた肉に絡み付き、ひくひくと震え、締め付け、快楽を強請り出したのが自覚出来た。
 そうして中にある男が吐き出すと、体の奥深くにどっと彼の体液が流し込まれる。熱い流れが体に注がれるその感触にシーグルもまたぶるりと震え、いつの間にか欲望に膨らみ切っていた自らの雄を弾けさせていた。

「どれだけ嫌がったって、俺で感じる体になったじゃないか」

 やっと顔を離してくれたレザがシーグルを見下ろして言う。その声にはいまだに怒りがあった。

「いいか、今お前を抱いてるのは俺だ。ここにいる間、お前は何度も何度も俺に抱かれて、俺のものを欲しがる体になったんだ。お前は本国じゃもう死人だ。だからお前はこうして俺のものになるしかない」

 剣呑な瞳でシーグルを睨み付ける男は、本気で怒っていた。
 彼の顔を呆然と見ていたシーグルは、そこで唐突にまた口づけてきたレザの舌を今度は拒む事に失敗した。

「ンゥッ」

 レザの舌はシーグルの口の中に深く入り込み、その中全てを舐めとるように暴れる。押し返そうとしたシーグルの舌を無理矢理絡めとり、擦り合わせ、唾液を注ぎ込んでくる。口の中一杯にレザの匂いが広がって、それにまた吐き気が込み上がってくる。
 更にまた、レザは繋がったままの下肢を動かしだす。ぐちゃりと濡れた音をさせて生暖かい液体が溢れてくる感触に、シーグルは反射的に暴れて足でベッドを何度も叩いた。
 嫌で嫌で仕方なくて、でも逃げようがなくて、それでも限界で、最後の力を振り絞ってシーグルはレザの体を突き飛ばす。
 おそらくその時、レザも押さえる事よりシーグルを貪る事に夢中になっていたのだろう。突き放されて、ベッド上でよろけた男は驚いた顔をしていて、だがすぐに気を取り直して抑え直そうとしたところで彼は更に驚く事になる。

「ウ……グ、グゥッ」

 突き放して口を開放された途端吐いたシーグルを見て、レザは驚くというよりも呆然とした顔でそれを見つめた。シーグルとしてはもうレザの事に頭が回る状態ではない為、ともかく逃げようとしてベッドから転がり落ち、床に蹲ってひたすら吐いた。
 そうして――もう吐くものもなく咳き込んでいれば、ベッドの上の男が動いた。

「そんなに、俺が嫌か?」

 シーグルは口元を拭いながらも顔を上げた。
 怒り狂った顔をしているかと思ったレザの顔は、酷く傷ついたように悲しそうだった。

「お前はそんなに――ずっと俺に嫌々抱かれていた訳か?」

 強引で自信家で実際強い男がそんな顔をしているのが意外で、シーグルは彼の顔を見ている事しか出来なかった。レザは大きくため息をつくと、ベッドから下りて脱ぎ捨てた服の長い上着だけを羽織って椅子に座った。

「あのな、抱いている時のお前の様子見れば、いくら俺が馬鹿でもお前が俺を見てないなんてことは分かる。それでも俺に慣れればその内俺を見るしかなくなると思ってたんだが……そんなに好きなのか?」
「え?」

 突然言われた言葉の意味を理解しかねてシーグルは目を見開く。
 そうすればレザはまたため息をつく。

「お前、国に男がいるんだろ? 俺みたいないい男がこれだけ可愛いがってやってるのに全然こっちに傾いてくれる事がないくらい、お前はそいつがいいんだろ?」

 言われればすぐにセイネリアの姿が頭に思い浮かぶのに、それをどう言えばいいのかシーグルには分からなかった。

「そいつは俺よりお前を愛してて、俺より強いのか?」

 シーグルはそれにはこくりと頷く。
 それから少し考えて、口を開いた。

「あいつは……誰よりも強いくせに、俺を失う事だけが怖いと言うんだ。それでも俺が俺である為に、手を離してくれて……何度も、何度も……俺がいくら拒絶しても、愛してると、苦しそうに言うんだ」

 たどたどしく呟くシーグルの瞳から、自分自身意識せず涙が落ちた。
 レザはそれを見て思い切り嫌そうに顔を顰めた。

「ったく、そこを即答されるとは思わなかったんだがな。くそ、とてつもなく腹が立って来たぞ。それでお前もそいつを愛してるのか?」

 零れた涙は関を切ったように止められなくなって、ぽろぽろと落ちる涙を拭う事もせず、シーグルは顔を左右に振った。

「分からない。戦士としてのあいつの尊敬していて、あいつの強さに憧れて、俺の為にあいつが傷つくのが嫌だと思う。あいつを好きなんだと思っても、俺はあいつを愛していると言い切れない。そもそも愛しているという感覚が俺には分からないんだ」

 はぁ、と大きくまたため息を吐いて、レザは拗ねた子供のように椅子の肘置きに肘を立てて手に顔を乗せると、酷く不機嫌な声で言ってくる。

「だがお前は、俺に抱かれる時ずっとそいつを見てたんだろ?」
「……あぁ、多分」
「俺じゃなくそいつに抱かれたいと思ったんだろ?」
「あいつに抱かれるのだけは……嫌じゃない、んだ」

 そこまで言うと、はっ、と大きな声を上げて、レザは腕を組んで半分怒鳴るように言った。

「いいか、お前みたいな頑固でプライドが高いのが男に抱かれてもいいって思うんなら、そりゃ相当好きじゃなきゃ無理だろ。他の男に抱かれてる時に思い出すくらいなら愛してるに決まってる。お前は単に自分がそいつを愛してるって結論を出したくない為に迷ってるだけだ。どういう理由で自分を抑えてるのかまでは知らんが、お前はそいつを愛してるんだよ」

 シーグルは再び目を見開く。
 不機嫌そうなレザの顔を見つめて、けれども頭では黒い騎士の姿を思い出して、頭の中で何度も『愛している』という言葉を繰り返す。そうすれば無性に彼に会いたくて、彼を感じたくて、彼に謝りたくて涙が更に溢れだしてくる。

「余分な事まで考えてぐちゃぐちゃになってる所為で結論が分からなくなってるだけで、自分が望んでる事を素直に認めれば答えはあっさり出るだろ」

 驚いても、安堵するように受け止めてしまう心に気付いて、シーグルは胸を押さえて呆然とする。

――俺は、あいつを愛している。

 それを答えとして認めてしまえばあっさりと納得出来てしまう段階で、今まで自分がどれだけ逃げていたのかが分かる。彼を愛したら、彼を自ら求めてしまったら全てを捨てなくてはならないと分かっているから、とっくに出ている筈の答えから逃げていただけなのだ。
 シーグルは顔を俯かせ、床に落ちていく水滴を見つめる。
 歪んだ視界の中で、声に出さずに唇だけで言葉にする。

 愛している、セイネリアを。

 それだけでシーグルの胸の中にこみ上げてくる熱い感情があった。
 そして、それだけの感情を捨てなくてはならないと分かっていたから、自分はずっと気付かないふりをして逃げていたのだとシーグルは理解した。

「愛している……」

 口にしてしまえばその言葉は余りにも重くて、痛む胸をシーグルは強く抑える事しか出来なかった。



 END.
 >>>> 次のエピソードへ。

---------------------------------------------


 そんな訳でこのエピソードは終了。レザ男爵、ヘタに人がいいから損な役回りです。



Back  


Menu   Top