【4】 『まぁあんたはいつでもあの男の一番傍にいた人間だから不思議じゃないな』 そう納得していた魔法使いの見立てによれば、シーグルのように完全に繋がった状態ではないからもう流れてきてはいないが、その魔力の名残で年を取るのが少し遅くなっていて年齢よりカリンの体は実際若いという事だった。 勿論女として若さを人より長く保てるのは嬉しくはあったが、それが愛する男が自分に感情を注いでくれたその証拠であるならこれ以上嬉しい事はなかった。自分が彼にとって特別だったのだとそれが分かるもので示されたのだ、それはカリンにとってなによりも嬉しい彼からの贈り物だった。 カリンは思い出す、セイネリアが彼の最愛の者と一緒に旅立つ前日の夜の事を。 いつも通りにカリンからのその日の報告を聞いた後、指示を出していったセイネリアの口調はあくまで事務的でこれが最後だとは全く思えなかった。 けれど、さほど多くない指示を言い切った後、彼はぽつりと呟くように言ったのだ『お前には謝らなくてはならないな』と。 『一体ボスが私に何を謝るのでしょうか?』 『お前の望みは俺に一生仕える事だったろう』 『ならば何も問題ありません。たとえボスがいなくても、私が一生貴方に仕えている事は変わりません』 『そうか』 『はい』 笑顔で答えたカリンに、セイネリアも笑みを漏らす。それはカリンに対しては珍しいくらい穏やかで優しい笑みで、彼はそこで手を伸ばしてくるとカリンの頭に手を置いて言った。 『なら、後は頼む。お前が良いと思ったようにしろ、お前の判断は俺の判断だ』 彼から情を貰う事は出来なくても最大の信頼を貰う事は出来た。それだけで満足だったのに後になって情も貰えていたと分かれば、カリンとしてはそれだけで誰に聞かれても幸福な人生だったと言えるくらいの喜びだった。 だからこうして嫌味のように言われる度に、いつもカリンは心から嬉しそうに答えるのだ。 「ほらいい歳のガキ共、いいぞ読んで」 「酷い言い方だな、エルこそいい加減今の地位でその言葉遣いは恥ずかしいんじゃない。ね、マスターの事書いてあった?」 「あー、あったあった、相変わらずべたべたしてきてめんどくせーってさ」 それには周りから笑い声が上がって、エルは大きく背伸びをすると椅子の背もたれに寄りかかった。実を言えばエルも年齢よりかなり若く見える方で、もしかしたら彼にも剣の力が少し流れたのではないかとカリンは思っている。自分の次にセイネリアの近くにいたのは確実に彼ではあるだろうし、その可能性は高いだろう。 「私もこちらに入れて頂いていいですか?」 カリンもアリエラと笑っていれば、女性同士で座っていた所為か、そこへソフィアがやってくる。 「いーわよー、ってか座るなら何か飲み物もってきなさいよ」 酔っているのかアリエラの口調は少し怪しい。ソフィアは苦笑してそのまま座った。 「いえ、私はお酒はあまり……」 「あら、そんなとこまで好きな人のマネしなくてもいいんじゃない?」 「そのっ、そういう訳ではありませんっ」 未だにシーグルの事を話せば少女のような反応をする彼女に、カリンも笑みを抑えられない。 「でーもまだ坊やの髪の毛の入ったお守り大事に持ってるんでしょ? んで寝る前のお祈りは必ずそれを握ってあの人が無事でありますように〜って健気すぎ」 「ですからそれはあの方の為というより私自身が……その、そうすることが……幸せ、ですから」 クーア神官としてもカリンの弟子としても、彼女は相変わらずここにおける警備の要である。不審者が侵入してもまず彼女の千里眼からは逃れられないし、しかも見つけた途端その場へ転送で行けるのだから彼女から逃げる事は不可能だ。更には反乱時から現王やロージェンティとも知り合いであるという事もあって、彼女は王城内での転送可能個所を知り城内転送を許された数少ない人間でもある。城や王族に何かあった場合、助けにいくという重要な役目もあった。 「でもさー、いまだにあの坊や想ってるだけで満足してるなんて、どれだけ純真なのよ貴女。まぁそんな貴女だからぁ、あの男も大事な坊やの傍に貴女を置いておいたのかもしれないけど。……でもねぇ、今考えてみても不思議よね、貴女の気持ち分かっててわざわざ貴女をあの坊やの傍に置くって、まるで貴女をけしかけてたみたいじゃない?」 今度はナッツをつまんで噛みながら話す女魔法使いに、ソフィアはくすりと笑って見せた。 「みたい、じゃなくけしかけてた……のではないかと思うんです」 「え?」 「今になって考えると、マスターはもしかしたら……シーグル様の子が欲しかったのではないかと、そう思うのです」 笑って言うソフィアとは対照的にアリエラの顔は顰められている。勿論セイネリアの考えを一番よくよく分かっているカリンとしてはアリエラの驚きように笑うしかないのだが。 「なにそれ、どういうことよ」 「ですからその……おそらく自分の後を任せる人間として、本当はマスターはシーグル様の子が欲しかったのではないかと思うんです。だから私がシーグル様の傍にいられるようにして下さったのでは……ないかと」 「あっきれた、子供欲しいなら自分で作ればいいじゃない、相手ならいくでもいたでしょ、あの男なら」 確かに子供が欲しいだけならそうだが、それがそうはいかない理由があった事をカリンは知っている。 「ボスは、自分の血を残したくはない、と言ってましたから」 寂しそうにカリンが言えば、アリエラも口を閉じる。 「ボスは自分という人間が嫌い、だったのだと思います」 あれだけ女性と関係があった男に子供がいないというのは、それだけあの男が徹底していたからである。 それでも、カリンは一度だけ聞いてみたことがあるのだ。貴方の地位を継ぐ者として、子を成そうとは思わないのか、と。 『いらんな、俺の血を引く人間など考えただけでぞっとする』 正直悲しかったが、それで彼の心の闇を分かってしまったというのもあった。これだけ力も頭もあって自信に満ちた男は、自分自身を嫌いなのだと。 「自分が嫌いだから自分の子はいらないっていうのも歪んでるけど、好きな人間の子供が欲しいから部下に産ませようって……それ歪んでるどころの話じゃないでしょ。まぁあの男がどこまでもおかしいことは分かってるけど」 確かに歪んでいる。ただセイネリアらしいところは、確かにそれはソフィアの望む事でもあったというところだろう。単なる自分の望みではなく、ソフィア自身の望みであるからこそそう仕向けた。実現していれば誰もが歓迎する話ではあったろうそれは、ただ唯一、シーグルからだけは相当に怒られただろうとカリンは思う。 「はい、アリエラさん、出来たっスよ」 そこで気配もなくやってきた男が、テーブルの上に女魔法使いの頼んだ料理を置いた。 今の話の所為か不機嫌そうにしていたアリエラはそれで途端に上機嫌になると、嬉しそうに皿の料理をつまんで口に入れた。 「ありがと、んー美味しい。あーやっぱここいると頼むだけで美味しいもの出てくるのが最高よね」 「動かないで食べてると太るっスよ」 「分かってるわよ、毎日ガツガツ食べてる訳じゃないわよ私」 「それは失礼」 それでスッと後ろに下がって足音もなく去っていくのはフユで、カリンは彼のその様子に慣れはしたもののどうしても笑ってしまうのを抑えられない。フユは去年弟子に王周りの警備の仕事を任せると、自分は半引退して夜の食堂の料理係をやっていた。勿論今はまだ頻繁に弟子のフォローに出て行くが、なんだかやり始めたら料理が楽しくなったそうで、最近では弟子の仕事ぶりを見に行った王宮でこっそりフェゼントと料理談義をしていることもあるくらいだ。 『いやぁ、刃物の扱いも薬物の調合も得意なんで向いてるんじゃないかと思うんスよね』 最初はそれで始めたのに本当に向いていたというのは驚きではあるが、今までとは逆の料理係の白い服が似合っているのだからその姿を見る度に笑ってしまう。彼の生い立ちを知っているからこそ、やたらと楽しそうで平和な今の彼の様子になんだかカリンまで嬉しくなってしまうというのもある。 そこへ、彼が楽しそうな理由も、料理を始めた理由もその原因の大本であるだろう人物がカウンターの奥からやってきて声を張り上げた。 「さぁ皆、食後のデザァートゥタイムはいかがかなっ」 フユの『ボーセリングの犬』時代からの相方であるレイは、フユとは違ってずっと団では食堂係をしていた。おそらく彼と一緒に仕事をしたかったというのがフユが料理を始めた一番の理由な事は間違いない。 「レイ、まだ皆飲んでるとこっスよ」 「ふっふっふ、今日のテーマは大人スイーツ、ってことで酒にもあう! ……筈!」 「甘さ控えめって奴スかね」 「ちょっと酒を入れてみた」 「あーそりゃ双子さん達には要注意っスね」 「ぇー、なんだよそれ、楽しみにしてたのにっ」 デザートと聞いて真っ先に飛び出していった双子たちは、未だに好みが子供っぽく甘いモノが好きで酒が飲めない。飲めないのに夜はずっとここに入り浸っているのは、大抵は吟遊詩人に歌をせがむためなのだが今日は彼がいない所為かエルに話を聞いていたようだった。 一部の例外を除いてはセイネリアがいた時の面々しかここにはいないが、そろそろ新しい人間もこれるように将軍府の秘密を教えなければならないだろう。 国を変えた者は去り、これからは新しい王がこの国を作っていく。だからここもやがて新しい世代に受け渡していかなくてはならない。主が去った自分たちは、受け渡すための役割を果たすだけだ。 ただ、主の最後の贈り物として、自分は思った以上に長くここで働く事になりそうだ、と思うと同時にカリンは彼女らしく艶やかに唇を吊り上げて笑った。 --------------------------------------------- フユなにしてるんだw……と笑ってやってください。 |