希望と罪悪感の契約
※この文中には性的表現が含まれています。読む場合は了解の上でお願いいたします。




  【7】



 初めて屋上に連れて行ってもらった日から、その後は毎日、シーグルは食事やら風呂やらの何かをする時間以外の昼間は屋上で訓練に明け暮れた。何せ人前に出る訳にいかないから、それ以外なら部屋でじっとしているかいいところ掃除を手伝うくらいしかやる事がないので、それなら出来るだけ体のカンを取り戻したいというのはシーグルとしては当然の結論だ。……というか、他に仕事がないから好きなだけ訓練に没頭してていいなんて状況、騎士団に入ってからはなくなっていたから、文字通り毎日ふらふらになるまで好きなだけ体を動かした。

 自分はセイネリアの部下となる――それならば特に、こんな鈍った無様な姿を見せる訳にはいかないと、気負って多少気合が入り過ぎた事も否めない。有難い事に、エルは毎日顔を出しては相手をしてくれて、実際のところ初めて戦うタイプの彼との手合せはかなり面白かったし参考になった。実力の拮抗する者との手合せは鈍ったカンを取り戻すには一番効果的で、アウグから帰ってきた半年よりもここ数日でかなり体の感覚が取り戻せた気がしていた。

 だから、そんな傭兵団での生活は思ったよりもあっという間に過ぎて、セイネリアが帰ってこないまま気付けばここに来てから一月程の時間が経っていた。

 その日も一日、訓練に明け暮れた日が終わり、疲れ切った体でベッドに入ったシーグルは、もう見慣れてしまったこの部屋の天井をぼんやりと眺めていた。
 首都の時と違ってこの寝室にも大きな窓がある所為で、ランプを消しても部屋は完全な暗闇にまではならない。窓から入ってくる月明かりで窓際は青白い明かりに包まれていて、その風景を眺めながら眠りにつくのが毎晩の事になっていた。

――俺は、逃げているんだろうな。

 家族の事、リシェの事、騎士団の事、部下達の事、この国の事。たくさん悲しませている人がいる、たくさん迷惑を掛けている人がいる。彼らの事を考えればこんなところでのうのうとしていていいのかという思いがある……が、今の自分にはどうにも出来ない。だからただ、子供の時のように只管体を疲れさせる事でそれを考えないようにしている。
 だが少し前とは違うかもしれない、ともシーグルは思う。
 これだけ考える事があるのにそこまで心が負担を感じていないのは、きっと現状、自分がどうにもできない事を理解しているという事と……セイネリアが全てどうにかしてくれると思っているからだ。自分がここにいる事で、家族や部下達が救われる事を信じている。彼に頼ってしまう自分を情けないと思いながらも、それがそもそも契約なのだからと納得させようと考える自分をただただ狡いと思う。セイネリアの気持ちを分かっていて踏みにじっているのに、都合よく考える自分を最低だと思う。
 ……罪悪感と後悔と、それでもそれ以外にどうすればいいのかは思いつかなくて、ただセイネリアに甘えている自分に嫌悪する。

 そうして考えながら、いつも通りいつの間にか疲れのままに眠りについていたシーグルだったが、その夜中、ふと体に触れる感触に目が覚めた。
 瞳に映る、ごそごそとベッドに乗り上げてくる大きな影。シーグルは見た途端に飛び起きそうになったが、気配ですぐにそれが誰かを理解して体の力が抜けた。

「……こんな時間に帰ってきたのか」
「あぁ、出来るだけ急いだらこんな時間になった」

 声にはらしくなく疲れが感じとれた。彼でさえ疲れたという事は、付いていた筈のラタや他の部下達は帰ってきた途端に倒れ込む程の状況だろう。
 セイネリアはベッドの中に入ってくると、気まずくて後ろを向いたシーグルの、その背中にぴったりと体を付けるように寝転がった。おそらく服を着てないだろう彼の体温が背中に当たって、おまけに腕が緩く抱きしめるように前にまで回されれば、そのまま寝ているのは難しい。しかも彼は顔をすっかりシーグルの首元に埋めて、鼻先で項や耳元を探ってくる。

「疲れて……いるんだろ?」
「あぁ、疲れてる」
「ならさっさと寝ればいい……マスター」

 すると背中越しに、セイネリアが僅かに怒ったのがシーグルには分ってしまった。

「シーグル……少なくとも俺と二人の時は今まで通り名前で呼べ」
「俺はお前の部下だ、なら呼び方からちゃんと線引きすべきだろう」
「それとは別だ。そのくらいは……許せ」

 最後の言葉が彼らしくなく弱い囁きのような声だったから、シーグルも強く返せなくなる。自分は既に、セイネリアに対して『愛してる』という言葉を封じている。それを考えればこれ以上彼を苦しめるのかという声が自分の中から聞こえる。

「……それは、命令か?」

 だからそう返せば、セイネリアは抑揚のない声で答える。

「あぁ、命令だ」
「……分かった」

 セイネリアが後ろからシーグルの耳と目元に唇を落す。
 静かな声が、耳に囁かれる。

「お前は今後……人前では偽名を名乗る事になる。だから事情を分かっている連中の前以外では俺はお前をその名で呼ぶし、お前は俺をマスターと呼べばいい。だが……それ以外の時は今まで通りだ、少なくとも口調はいつものお前のままでいてくれ」

 セイネリアの手が更に強くシーグルを引き寄せる。そのままその手でシーグルの体を撫で始めると、顔の側面に触れるだけのようなキスをしていたセイネリアが耳たぶを吸ってくる。ちゅ、と耳の中に直に聞こえてくる音に顔が熱くなる。

「疲れて……いるん、だろ」
「あぁ、疲れてる」

 彼の手が寝間着の中に入ってくる。胸を撫でて、腰を撫でて、太ももの内側を撫でて股間に届く直前で手を離してはまた別のところを弄る。

「寝るんじゃない……のか……ッ」

 言えばまた彼は耳朶を甘噛みしてきて、おまけにとうとう、シーグルの性器を直接手で掴んできた。

「っ……やめろっ、さっさと寝れば、明日は……」
「疲れよりもお前に飢えてる」

 そんな事を少し苦しそうに言われれば、シーグルはそれだけで何も言い返せずに固まるしかない。

「何のために急いで帰ってきたと思ってるんだ。このまま大人しく眠れというのは無理な話だな」

 言うとすぐにセイネリアは手の中のものを擦ってきて、シーグルは高い声を上げて体を丸めるしかなかった。

「だめ……やめろ、明日なら付き合う……から」
「だめだ」
「や……あッ、やめ……」

 夜具の中から水音が漏れてくれば、もう止める言葉も出せない。
 セイネリアの手は性急にシーグルを感じさせようと激しく動いて、耳の中に舌を突き入れて直接水音を響かせてくる。しかも尻の辺りにセイネリアの股間が擦り付けられれば、これからされる事を想像するなという方が無理な話だ。

「や、セイネリア、やめ、ぁ――」

 イってしまえばセイネリアの手は止まって、それでもすぐに濡れた手が後ろに回されるから気を抜いている暇がない。くったりしている間に指が中に入ってきて、彼にしては余裕がないのか、ぐいぐいと中を広げようと少々乱暴に突き上げてくる。

「ン……うっ……」

 セイネリアの唇は耳から離れてはいたが、耳のすぐ傍で彼の乱れた呼吸の音が聞こえるのは変わらない。その音からだけでも彼にしては余裕がないのが分ってしまって、指が抜かれて彼の熱がそこに押し付けられた時には、もう文句を言う事もなく身構えるしかなかった。

「は、あぅ……く……」

 久しぶりであるからか、当然苦しいのは仕方ない。
 それでも片足を持ち上げられて下から突き上げられれば、驚くほどあっさりとセイネリアはシーグルの奥深くまで入ってくる。

「シーグル……」

 そうしてまた、安堵の息と共に耳元で名前を呼ばれれば、背筋をぞくぞくと快感が駆けあがってくるのだからどうにもならない。中で彼を締め付けて、それを彼だと思う事が悦びになる。愛する……愛してくれる男が自分の中にいることに、予想以上に体が歓喜に打ち震える。

「大丈夫だ、ちゃんと加減はしてやる。明日は忙しいからな」

 そんな囁きもちゃんと聞こえていたのは半分ほどで、ただ体の感覚に振り回されて頭が回らなくなっていく。セイネリアが動き始めればもう考える事なんかできなくて、体の中を擦られる感触と下肢に生まれる甘い疼きと熱に、ただ感覚が引きずり込まれていく。

「あ、あ、セイネリア……やぁ、セイネリアっ」

 何もない暗闇に手を伸ばしてシーツを掴み、手繰り寄せ、この体勢では彼に抱きつけない事を寂しく思う。そうすればセイネリアが持っていた片足を思い切り持ち上げながら体を起こし、角度を変えて突き上げてくる。

「あ、や、めろ、深いっ……からっ」

 横向きに寝ている状態に上から圧し掛かられ、横から突き上げられる体勢になれば、セイネリアの顔が近づいてきて唇を塞がれる。相当苦しい体勢ではあるが、口づけられた事が嬉しくて、シーグルは喜んで入ってくる彼の舌を受け入れ、それに自分の舌を絡ませた。

「ン……ふぁ……あ、あ……セイネリアぁ」

 激しい動きに唇が離れれば、鼻に掛かった声で彼の名を呼んで催促する。
 口づけて欲しいと口をパクパクと開いて彼にキスを強請る。勿論それはすぐに与えられて、下肢でも唇でも彼と繋がればそれが嬉しくて涙が落ちた。

「は、ぁぁっ」

 セイネリアの手が再びシーグルの性器に触れる。動きに合わせて激しく擦られたかと思えば、カタチをなぞるように指先でそっと触れられる。最奥を突くと同時に先端を強く擦られて、体がびくんと跳ねる。彼を包む肉壁が収縮し、強く彼の存在を感じる。

「あ、あ、あぁっ」

 感じ過ぎてもう耐えられなくてまた達してしまえば、体中がびくびくと震えて中にいる彼をも痙攣のような反応で締め付けてしまう。きゅうっと体に力が入った瞬間、中の彼が叩きつけるように強く突き上げてきて、それから抜かれて背に温かい感触が走る。
 瞬間はまだ意識が虚ろだったシーグルは、暫くしてやっとセイネリアが直前に引き抜いた事を理解した。




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 セイネリア、どんだけ急いで帰ってきて急いで部屋にきてシーグル見てベッドに入ってきたのか。
 とりあえず、お供の連中はベッドにたどり着く前に撃沈した模様。



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