希望と罪悪感の契約




  【8】



 どうやら加減はしてやるという言葉は本当だったようで、今夜はこれで終わりにしてくれるらしい。終った直後はまた暫くは長いキスをされたものの、その後にセイネリアは一度起き上がって体を拭く準備をしてくれた。このまま気絶するまでヤってそのまま寝るような事態にならなかったのはほっとしたが、なんだか違和感というかどうにももやもやとしたものが残ってシーグルは考える。
 だから、体を拭いた後、再びベッドに横になったセイネリアにシーグルは聞いてしまった。

「その……中、に出さなかったんだな」

 そうすれば、セイネリアが目元に触れるだけのキスを落してから笑いかけてくる。

「出してほしかったか?」
「いやっそのっ……じゃない方が助かる、が……お前、いつも遠慮なく俺の中に出してただろ、だから……」

 何故こんな事をわざわざ聞かなければならないんだと思えば顔が熱くなってくるのは止めようがなかったが、セイネリアはそれになんだかやけに満足そうな息を吐いて、やはりシーグルの額や頬にキスをしてから言ってくる。

「まぁな、お前を抱けるのはいつもその時だけだと思っていたから……俺も余裕がなかった。お前を手に入れた証が少しでも欲しかったんだろうな」
「それは、今はもうその必要がなくなったということか」
「必要がないとは言わないが……今は、お前はいつでも俺の傍にいることが分っているから、そのくらいの余裕は出来たというところだ」

 その声が本当に嬉しそうで、穏やかすぎたから、シーグルはなんだか胸が苦しくなる。
 彼がどれだけ自分を必要としていたか、こうしてここにいることを喜んでいるか……それを思っただけで胸が苦しい。そうして……恐らく、そんな彼を愛しいと感じてしまう。

「まぁ明日はゆっくり寝かせてやる訳にいかないからな。ちゃんと時間が取れて思い切り抱ける時なら抑えはきかないと思うが」

 今度は少し笑った彼の声に、シーグルはわざと不機嫌そうに答えた。

「お前の思い切りに付き合ったら、本気で数日動けなくなりそうなんだが」
「安心しろ、治療に関してなら術者は揃っている」

 喉まで鳴らして本気で楽しそうに彼が笑って、その振動を感じながらシーグルはため息をついた。
 だから癪な気分のまま、拗ねたように彼に背を向ければ、また後ろから手を回してきてゆるく抱き締めてきたセイネリアが耳元で言ってくる。

「お前がここにいるならそこまでがっつく必要もない。命令でも……拒否を全くするなとは言わない。本当に嫌なら言え」
「拒否権はあるのか?」
「どうしてもという時以外なら多少は聞いてやる」

 つまり今回はどうしてもだった訳か、と呆れつつも、しつこく何度もしてこなかった分くらいはこちらの意志を尊重してくれたのだろうかとも思う。
 そんな事を考えていれば、こちらの耳元に何度か唇で触れていたセイネリアが不機嫌そうな声で言ってくる。

「シーグル、どうせならこっちを向いて寝ろ」
「嫌だ」

 即答で返せば、彼の声が更に低くなる。

「こっちを向け」
「嫌だ」
「命令でもか?」
「拒否してもいいんだろ。さっきは命令に従ってつき合ったんだ、これはどうしても、という程じゃないだろ」

 ここまでくるとシーグルとしては意地になっていたところもあった。それに、これからずっと彼と共にいる事になるなら、最初のウチに主張しておく事はしておくべきだと思ったというのもある。なにせ、最初に受け入れてしまったらこれからずっとそれが当然になるだろうから――毎回目が覚めた途端に目の前にセイネリアの顔というのは心臓によくない。
 暫くは黙っていたセイネリアだったが、そろそろ諦めたろうかと思っていたところで、相当に不機嫌そうな声がぼそりと囁いた。

「……向かないとまた挿れるぞ」

 そう言って股間をまた尻にぴったりくっつけてくるから、さすがにシーグルも嫌々ながらも体の向きを変えて彼の方を向いた。そうすればすぐ、気配一変させて嬉しそうな空気を纏った彼の腕に引き寄せられた。

「暑苦しい」
「慣れろ」

 声は明らかに笑っている。この暗さでは顔は見えないが、彼の嬉しそうな顔が想像できてしまってシーグルは諦めて目を閉じるしかなくなる。
 セイネリアはこちらの頭を更に胸に抱き込んで髪を撫ぜていたが、暫くすればその上に自分の顔を埋めて動かなくなる。
 そうして間もなく彼の寝息が聞こえてくれば、シーグルも呆れて眠るしかなかった。







 明日はゆっくり寝かせてやるわけにはいかない。その言葉通りに、次の日、傭兵団は朝から慌ただしかった。
 なにせ、起きればセイネリアは隣の執務室でカリンやらエルやらと話していたし、急いで支度をして起きた事を告げれば、そこで皆で朝食となったものの雑談をする暇もなく食べ終えて解散となった。
 それからセイネリアはすぐ領主の館にいくと言って出かけてしまい、シーグルはシーグルでエルに引っ張られてどこかへ連れて行かれる事になった。

「お前もお前で忙しいんだ、残念ながら今日は剣を振ってる時間はないぜ」

 妙に楽しそうなエルの言葉には、何の説明もないシーグルとしては不安しかない。

「どこへいくんだ?」
「いきゃすぐ分かるさ」

 そうして連れてこられた部屋はセイネリアの部屋と同じ階にある客室らしきところで、確かにエルの言葉通り、すぐに何の為にここへ来たのかが分かる事になる。
 部屋の中央にあったのは黒い甲冑。見ただけで細身のつくりだと分かるそれだけで、誰のためのものかもシーグルには分かってしまった。

「まさか、これは……俺に?」

 言ってからごくりと喉を鳴らす。魔法鍛冶の鎧は別格としても、目の前にあるそれが相当に手間の掛かった高価な品である事は見ただけですぐに分かる。全身甲冑(プレートアーマー)といえば安いものでさえ首都の片隅に小さい家なら買える値段だ、こんな見ただけで特注品と分かるものなら確実にちょっとした屋敷が建てられる。
 確かに、セイネリアならと思っても、これを自分の為に作らせたと考えれば軽くめまいを覚えてしまう。なにせシーグルは貴族とはいえ、出生時の環境と、冒険者生活が長い事もあって金銭感覚は一般人に近い。

「とーぜん、お前のだよ。まぁ早い話、準備ってのはコレの事でな。人前ではコレ着てりゃ中身がバレる事はねーだろ?」

 呆然としながらも鎧に近づいていったシーグルは、確かめるようにソレに触れようと手をのばした。

「なにしてんだ、さっさと着てくれ、これから調整せにゃならんのだからな」

 そこで唐突に鎧の後ろから現れたのは、老人というには精悍な顔つきの人物だった。ただその格好を見て、シーグルはすぐに彼がこの鎧を作った鍛冶師という事が分かった。

「これは貴方が……」

 だから一応それを尋ねようとすれば、唐突に魔法の気配を傍に感じてシーグルは思わず身構えた……のだが。

「おい、鎧着る前にこっちが先だと言ってあったろ。こっちの調整も掛かるんだからな」
「煩い、こっちは直しがあれば魔法と違って時間が掛かるんだ、まずはこちらが優先だ」
「んだと、鎧の下に着けるものの方が優先は当然だろーが」

 唐突に現れて唐突に鍛冶屋と喧嘩を始めた人物は、鍛冶屋とは正反対ともいうべき豪奢な服装をした金髪の魔法使いだった。確かクノームという名の魔法ギルドの人間、しかもそれなりの地位にいるらしい人物だった筈だが、何故ここにいて、しかもいきなり鍛冶屋と揉めるのかはシーグルにはわからなかった。

「とにかくっ、貴様の調整なんぞ見てちょいちょいで終わるんだろっ、まずはこっちの調整が先だぁ〜〜」

 顔を真っ赤にして鍛冶屋が叫んで、豪奢で見ため的に地位のありそうな魔法使いの方がたじろぐ。だがそれに割って入ったのはエルで、彼は金髪の魔法使いに頭を下げた。

「すまねーけど、今日はこいつは立ってるだけでもいいからさ、鎧の方の調整優先でお願いできねぇかな。最悪そっちは後日でもどうにかなんだし、いや、本当に申し訳ない」
「俺も忙しい中来てるんだがな」
「分ってる、なんなら後日マスターから正式に謝らせっから」

 不機嫌一杯だった魔法使いだが、その言葉には表情を変えた。

「あの男が謝るのか?」
「この坊やの為なら割とあっさり」
「……それは興味があるな、じゃ、俺は待っててやる」

 話の内容にもいろいろ言いたいことがあったシーグルだったが、ここで自分が割って入って纏まる話を纏められなくするべきではないと思い留まり、とりあえずやりとりには口を出さない事にする。
 そうすれば話がついたのか、魔法使いは上機嫌でソファに座って、エルがにこにこしながら鍛冶屋と共にシーグルの傍に近づいてきた。

「おっし、んじゃー手伝うからちゃっちゃと着ちまおうぜ」

 言いながらエルは綺麗に飾ってある鎧に手を伸ばす。
 シーグルは急いで彼に言った。

「いや、着るのは一人でも……」

 なんだかここでわざわざ人に着せられるのは気まずい。だがエルは気楽そうに、けれども拒否を許さぬ強引さで、その言葉をあっさり否定してくれた。

「急がないとまたそこのオッサンに怒られんぞ、初めて着るモンくらいは大人しく着せられとけ、と……おーい、入っていいぞ」

 シーグルが止める間もなくエルは外した装備を抱え、そうして何故か廊下に向けて声を掛ける。そこでドアが開いて現れた人物に、またシーグルは驚かねばならなかった。

「私もっ、お、お手伝いっ、させて頂きますっ」

 入ってきた女性――そう、彼女に対しては少女のイメージしかなかったが、今では驚く程大きくなったソフィアが入ってきたことで、シーグルは一瞬、驚いて何も言えなかった。

「ソフィアはな、あんたの為にちゃーんと事前に鎧の着せ方を勉強したんだからな、それを断るってのはないよな?」

 エルがにやにやと笑いながら言った言葉と、不安そうに見上げてくる彼女の顔に拒否出来る筈もなく――大人しくシーグルは彼らに鎧を着せて貰うしかなくなったのだった。




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 楽しそうなセイネリアさん。
 ビジュアル的な事を言えば、ここからはセイネリアと二人の時以外のシーグルはずっと甲冑姿でしょう。
 おそらくこっそりエル(&ソフィア)は着替え中にシーグルの体にキスマークとか見つけまくってたのをスルーしてたと思われます。



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