運命と決断の岐路




  【11】



 予定通り、そこから3日後、クリュース軍によるノウムネズ砦への攻撃は始まった。
 ただ通常の軍隊の砦攻めと違うのは、まず一方的に砦に向かって火矢を放ち、そのまま砦を攻め入ろうとするのではなく敵が出てくるまで待つという酷く消極的な戦法を取る事だった。首都の騎士団本部から砦を完全に破壊しても構わないという返事を受けて、一番安全な策を取る事になったのだ。
 その決定には、ソフィアが言っていた通り、兵士達に流れていた噂がある程度は影響していた。前日までに兵達の間では、敵には動かなかった間ぞくぞくと援軍が到着していたらしいという事と、魔法対策として断魔石を持っている部隊がいるらしいという事が噂として広まっていた。その事で確かに不安を覚える者達が多かった為、あくまでもこちらの得意な戦い方で敵を破る事によって、兵達の士気を上げようという狙いがあったのだ。

 だが、それは完全に裏目に出る事になる。

 火矢の攻撃が始まるとすぐ、敵は砦から打って出てきた。
 それを待ち構えていた槍騎兵隊が蹴散らし、兵の士気を上げるというのがフスキスト卿の作戦だった。
 その、騎兵隊の突撃が崩された。

 今まで幾多の戦いにおいて、常に先陣を切り勝負を決めてきたクリュースの槍騎兵は、単純に言えば魔法の守りに任せて突撃するというだけの部隊である。それだけきくと芸がないよう聞こえるが、矢も敵の槍も弾き返せる全力疾走の馬の重量が人の群れにぶつかるのだ、それが横一列に並び一斉に突撃すればそれだけで敵の前衛部隊は壊滅に近いダメージを受ける。
 但し、魔法使いが部隊人員の数と同じだけ確保できない為、突っこんでから帰ってくるまでをずっと防御して貰えるという訳ではない。彼らが敵にぶつかってから暫くして魔法使いは次の突撃部隊に術を切り替えるから、その間に先に突撃した者達はある程度退いておくか、敵の陣をつっきっておかなくてはならない。敵の中に突っこみ過ぎたまま囲まれた状態で魔法による守りが切れたら嬲り殺しにされる可能性もある、危険極まりない仕事だと言えた。それでも槍騎兵隊の戦場における効果は絶大で、危険なあまり貴族の直系がなる事が禁止されているのもあって、平民出の者にとっては出世への一番の近道であり、兵士たちの英雄でもあった。名実共に、クリュース軍において槍騎兵隊は一番の精鋭部隊であった。

 その彼らの突撃が崩されたのは、断魔石による妨害だった。
 敵の前衛部隊が断魔石を持っていた事で、敵に当たる寸前で彼らの魔法防御が消えてしまったのだ。
 当たり前といえば当たり前だが、槍騎兵隊の全員がそれで敵の餌食になった訳ではない。待ち構えていた敵の槍部隊に倒れたのは最初の突撃組の内の10人足らずだが、突撃までは安全だという、兵の間にあった自信がそこで揺らいだ。
 だから、次の突撃隊の足並みが揃わない。その状態で次の隊が突撃できる筈もない。後続の槍騎兵隊はどうすればいいのか分からず、前線で立ち尽くす結果となった。
 それでも、既に突撃した者達がいるからには見捨てるわけにはいかない。すぐに全軍での突撃命令が伝えられ、騎兵部隊付きの魔法使い達は敵の弓を弾く風を起しながら下がる。

 後はもう、ただの乱戦だった。

 問題は槍騎兵部隊が失敗したことによって低下したクリュース兵の士気で、逆に調子付いた蛮族達の兵は勢いに乗って暴れまわる。そんな中、断魔石を持った兵士によって神殿魔法を破られた光景が各地で起こり、それを恐れて逃げ惑う兵士が現れ出す。そこで一斉にノウムネズ砦から敵側の追加の兵士が沸いて出たことで、前線のクリュース兵はパニックに陥ってしまった。
 雪崩の如く敗走を始めた兵達を止める事などシーグルにも出来る筈がない。それでもまだフスキスト卿の決断が早くすぐに撤退命令が出たのが不幸中の幸いで、シーグルは撤退する味方の援護に回るように後衛の魔法使いや弓兵に指示を出し、周囲の護衛部隊を率いて追撃してきた敵を追い払いに回った。







 見上げた夜空は昨夜とあまり変りないのに、クリュース軍の兵士達にはまったく違うものに見えた。空に浮かぶ時間の女神ウーイーの月に祈る者達は、明日の自分の命がある事を願い、寒さではない震えを抱えて夜を過ごす事になる。

 蛮族達は、クリュース軍が築いた柵の向こうまでは追撃をしてこようとはしなかった。もっとも例え追撃してきたとして、魔法による防御用の仕掛けがあちこちに設置されているこちらまでくれば彼らもただの勝ち戦では終らなかっただろうが。アウグが糸を引いている所為か、敵の動きはいつもの蛮族達からすればかなり慎重だった。
 とはいえクリュース側としては、だからこそあれだけの無様な負け戦だった割には被害自体はそこまで大きいモノではなく、助かったと言えたのだが……敗走した後柵の中へと逃げたのではなくそのまま戦場から逃亡してしまった兵がかなりいた為、今朝からすれば兵の数は思った以上に減ってしまっていた。

「援軍は来るのか?」
「要請はとばした。こなければここを捨ててウロスまで下がるしかない」
「まて、ウロスで戦う気か? 少なくともその間にある村を3つは捨てる事になるぞ」
「仕方ない、今の戦力ではどうにもならん」
「そもそも無事撤退出来るのか? 本当に奴らは砦に戻ったのか?」
「我々が出てくるのを待っているだけかもしれませんな。何せ奴らは夜の移動が好きなようですから」
「ここに留まっていた方が安全なのではないか? 守るだけならどうにかなる」
「それで、敵が我々を放置して進軍するのをこの中で震えてみているわけですか」

 夜になってから開かれた作戦会議の空気は、それは酷いものだった。
 不安と苛立ちと嫌味の応酬が続いて、シーグルはうんざりする。この状態でもシーグルは意見を求められない限りは発言を許されていない立場なので、基本は傍観している事しか出来ない。ただし、予備隊の隊長としてはシーグルに発言権はないとしても、シルバスピナ卿としての発言なら無視はされない。特に今は騎士団内の会議と違って、援軍として参加している領主達がいる。彼らはフスキスト卿よりもシーグルの意見を押してくれる可能性が高いだろう。
 それでもその後の混乱ぶりが見えるから、出来るだけはシーグルも黙っているつもりではあった。ヘタをすれば意見が真っ二つに割れて対立が始まる。だから意見するとすれば、余程シーグルに確信があるか、余程フスキスト卿が酷い決定を下そうとするか、そのどちらかの時だけだと思っていた。






 暗闇の中、オレンジ色の明かりに照らされるクリュース陣内は、ひっそりと、息を殺すように静まり返っていた。
 各々が不安な夜を過ごす中、自分の天幕へと帰ってきたシーグルの前に、今はアウドがいた。護衛として基本はランとセットの彼だが、今は諸事情により彼は中にいてランだけが外で入り口前の警備をしていた。それから、少し離れたところではナレドがキールに頼まれた荷物の整理をしているのだが、そのキール本人は他の魔法使いとの話し合いに出ている為、今はこの中にはいなかった。

「で、何も言わずに聞いてたんですか?」

 言われたシーグルは憮然とした表情で重い息を吐いた。

「フスキスト卿は間違った事は言っていない。援軍が即来ないというならどちらにしろ退くしかない。ただ逃げればいいという訳じゃなくその前にやる事がいろいろあるという程度だ。撤退なら撤退と、決まった時に賛成するカタチで意見する方が向こうがヘソを曲げずにすむだろ」
「成る程、面倒ですな」
「あぁ、面倒だ」

 ますます表情を苦々しくするシーグルを見て、アウドが喉を鳴らして笑う。
 その、装備を脱いで左腕から肩に掛けて包帯を巻いている部下の顔を見て、シーグルの眉間から皺が消えた。

「大丈夫なのか?」

 彼は言われて最初は何を聞かれたのか分からなかったようにキョトンとして、それからシーグルの視線の先を見て笑った。

「えぇかすり傷ですよ、心配はいりません。神官さん方の手が空いたらすぐ直る程度の怪我です」

 確かに、こうして薬草治療だけで済んでいるなら、彼の怪我は危急の治療が必要な重傷ではない。それでも、分かってはいても見れば心配になるのは仕方なかった。
 グスの話によれば、囲まれて足が竦んでしまった若い兵士を助ける為、彼は盾で体当たりを仕掛けて無理矢理敵をけちらしたらしい。

「まぁ頑丈さには自信がありますし、速く動けない分力技が俺のウリですから」

 確かに、足のせいで早く走れないアウドは、戦場では他の者よりも重めの装備にしてはいる。それに隊の中でも実践経験は一番ある、彼ならちゃんと勝算があってやった事だろうとはシーグルも分かっていた。

「……ですから隊長、何かあったら俺を迷わず貴方の盾にしてください。この戦いはヤバイ、敵を倒す事より生き残る事だけを考えた方がいい」

 一瞬何も言えなかったシーグルは、それでもすぐに彼に向かって笑みを浮かべた。

「あぁそうだ、皆、生き残る事だけを考えてくれればいい」

 アウドはそれに顔を顰める。それから、顔を手で覆って大きく息を吐いた。

「俺らより、貴方が、ですよ」
「だから、まずお前達が、だ。部下になにかあったら、俺も逃げられないじゃないか」
「はぁ? いやだから俺らはいいから貴方がですね」
「俺が自分の安全を考えられる余裕があるように、お前達は俺に心配を掛けないようにしろという事だ」

 笑って言えば、アウドががっくりと肩を落として下を向く。まったく、と呟きながらもそれ以上何かを言うのは諦めたようだった。
 だからシーグルは、顔からも声からも笑みを消してアウドに言う。

「分かってるさ、まず何より俺自身の身を守れという事は。だが、お前達にもそういうつもりでいて貰いたいだけだ」

 アウドは思い切りバツが悪そうな顔をして頭をぐしゃぐしゃと掻いてから、大きく溜め息をついた。

「分かりました、後で皆にもそう伝えておきます」




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一変して負け戦になりました(==。だらだら戦闘シーン続くのもあれなのでまとめましたが……やっぱ唐突かなー……。



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