微笑みとぬくもりを交わして




  【10】



「いっやぁ〜まったく人使いの荒い男ですねぇ」
「そっスねぇ。だけどあの人によく使われる、って事は『使える人間だ』って思われてるって事っスからね、うちの連中なら喜ぶ事っスよ」
「あいにく〜ですねぇ〜私は厳密にはあの男の部下ではございませんのでねぇ、シーグル様の為でなければ命令されても断る権利があるんですけど」
「それで断るなら問題ないんじゃないスか。あの坊や優先だからってぇ理由ならボスはあっさり引き下がると思うスからね」
「逆を言えば、シーグル様の為になる事なら私をどれだけこき使ってもいいと思ってるようなんですがぁねぇ」
「その通りだと思うっスよ、なにせ確かにあんたの能力は使え過ぎまスからねぇ」
「そりゃぁ私はその所為でギルドの外に出して貰えなかったくらいですから」

 冗談めかしているがあまり笑えない内容を、それでも何処か呑気に話している人影が二つ。中央広場がよく見える建物の屋根の上で、フユとキールは広場を眺めて座り込んでいた。

「あの坊やにあんたがあれだけ入れ込んでるのは、そういう事情も関係してるって事スかね?」

 キールの能力はフユでも他で聞いた事がない。そして彼の能力があれば、フユのような人間達が懸命に探してやっとどうにかなる情報をあっさり現場から手に入れる事が可能な訳で……ギルド側が外に出さずに囲っておいたというのはあるだろうなとフユは思う。そしてそんな状態であったのなら、シーグルの為に外に出されて活動出来たのは彼にとって特別な事であったのだろうと予想出来る。
 フユの問いに、魔法使いは話の内容からすれば疑問を感じる程気楽そうに答えた。

「そうですねぇ〜それもありますが……あの人は私を魔法使いとして以前にまず普通に人間として接してくれましたからねぇ。人として礼を言われて、人として心配されて、人として信頼されたのは初めてみたいなモノでしたからぁ、私も人としての感情を優先して生きてみたいと思ってしまった訳なんですよねぇ。幸い、あの男とあの人の為なら、多少の魔法の無茶使いはギルドで許されてますから都合も良かったとぉ……ね」

 成程、とフユは独り言ちる。確かにあの真面目すぎてちょっとお人よしの過ぎる青年は、日陰で生きてきた人間には眩しくて、なのに汚れるのを厭わずこちらの側まで迷いなくおりてこようとするから危なっかし過ぎて守ってやりたくなる。

「まぁしかしぃあれですねぇ〜まったくよく考えたものですねぇ」

 そこで唐突にキールが背伸びをしたかと思うと、杖をバタンと屋根の上に置いてこちらを向いた。

「広場におびき出すのはいいとしても、捕まえて尋問なんてぇことをさせずに即殺す方法としてシーグル様の姿を利用するんですからねぇ。おまけにそれでシーグル様を死者だと人々に印象付ける訳ですからぁ……流石ぁ敵に回すと死ぬより恐ろしいと言われただけありますねぇ〜あの男の方もすっかりいつもの調子に戻ったってぇところでしょうかねぇ」
「それは確かに……そうっスね」

 そこは今回の事でフユも思った事ではある。セイネリアを敵に回せば死ぬより恐ろしい目にあう……その言葉の別の意味として、本来、あの男は敵に対して自分で直接動く事はまずないというのがある。シーグルの事に関しては例外としても、通常、邪魔者の排除は追い込む状況を作るだけで始末する、そしてその死を最大限に利用する。だから今回のようなやり方は彼らしいと言えた。

「まぁあの坊やも前より食えるようになったらしいでスし、ボスも安定してめでたしめでたしってとこスかね」

 言いながらフユはその場から立ち上がる。現在のフユの仕事は主にシグネットの警備と城周りに不審な人物や噂がないか調べる事である。だから今彼がここにいるのはイレギュラーな事態で、念のための助っ人として一時的に呼ばれただけに過ぎない。コトが終われば速やかに城に戻って通常業務につかなくてはならなかった。

「貴方もお忙しそうですねぇ〜」

 まだ気の抜けた様子でぼうっと広場を眺めている魔法使いに、フユはいつも通りの笑みを向けた。

「そうっスねぇ、坊やのお守りが終わったらその子供のお守りですからねぇ、まったくボスの人使いの荒さには困るとこっス」
「お疲れさまです〜、ですがぁそれは貴方があの男にそれだけ能力を信頼されてるってぇ事なんでしょう? シーグル様を守って、今はシグネット様ならぁ〜つまり貴方はあの男にとって自分自身の次くらいにその能力を信用されてるってぇ事ではないですかぁねぇ〜」

 それには一瞬、呆けたように真顔になってしまってから、フユはすぐに笑顔を張り付かせて軽く喉を震わせた。

「まぁ確かに部下としては光栄な事スかね」

 言って別れを告げると、フユはひらりとそこから飛び降り、一瞬にしてその姿を消す。それを見送ってから、キールもさもかったるそうに立ち上がった。







「なぁ、絶対に自分のものにならない、ってわかってるのにそれでも傍にいるのは何故かって聞いてもいいかな?」

 剣を振っていたアウドは、そう声を掛けられて剣を下した。
 基本的にアウドの仕事はシーグルについていることではあるが、表に出るわけにいかないこともあってシーグルがセイネリアと共に行動している時はつかなくていい事になっていた。だから今日は留守番で、となればひたすらリハビリとして足の感覚をつかむため、そして少しでも強くなるために鍛錬に没頭していたのだが。
 やたらと冴えない顔でこちらを恨めしそうに見ている男を見たら気が抜けて、アウドはその場に座りこんだ。

「そりゃ簡単な話ですよ、手に入らなくても構わないから、ですね」
「でも欲しいんだろ?」
「そりゃ当然」

 情けない顔をした男も、そこでアウドの近くに来ると座り込む。これでも貴族出の騎士としちゃかなりマシなんだが――と思いながらも、情けない顔の男、エルクアを見てアウドは気の抜けた苦笑をした。

「あんたの場合、それが忠誠心ってやつだからか?」
「そうですね……まぁただの忠臣というには俺の場合は下心がありすぎだとは思いますけどね、何せ隙ありゃ主人を襲おうと思ってますから」
「それは……体だけが目当てなのか?」

 そこを突かれると正直痛い。思わず自分の顔が引きつるのをアウドは自覚した。
 この青年のいいところでもあり悪いところとでもあるのは根が単純で分かり易いところで、だからこそのあまりにもストレート過ぎる質問はこういう話題にはきつかった。

「違いますけど……心は……可能性が完全にゼロですから」

 我ながら言葉に出すとダメージが二重だなとアウドは思う。

「それでも、あんたは俺よりはマシだろ。俺なんか多分ゼロどころかマイナスだぞ、あんたみたいな部下としての信頼もなく、本気で相手にとってどーでもいい存在だぞ俺は」

 こちらをグサグサ突き差しておいて自分はもっと辛いのだといい出すのは酷いだろと思うのだが、ここはまぁ貴族様としてのほほんと育って来た青年に言っても仕方ないとアウドは諦めた。というか、この貴族のぼんぼんがアレに本気だったという事実の方に驚いたというのもある。

「その……あんたのいう対象ってのは、やっぱあの男なんですかね」
「……そう」
「まぁそりゃぁ……あんたが本気ならきついですね」

 同情してやる程人が好くないが、確かに可能性がゼロどころかマイナスというのは間違っていないだろうと思うと可哀想な気はしてくる。あの男がこの青年に愛情を向ける可能性もマイナスなら、一応恋敵に当たる存在(シーグル)から比べてもマイナスしかない。

「そりゃぁ最初から全部了解済みだけどさ。あの男が俺の事なんかこれっぽっちも想ってなんかくれないってことも、俺がシルバスピナ卿に勝てる部分が一つもないってこともさ。それ全部分っててここにいるけど……なんかさ、分ってたけどシルバスピナ卿の事だと別人かってくらい人が変わるあの男見てるとさ……うん、そうだな、ショックというより……きっと羨ましいんだな俺は、あそこまで愛されるって事がさ」
「そりゃまぁ……」

 気の抜けた声で半分呆れながら口を開いたアウドは、次の瞬間きっと睨みつけられてすごい勢いでまくし立てられて口を閉じた。

「分ってるぞ、分ってるからなっ、顔とか実力とか以前にシルバスピナ卿に比べて俺なんか中身がないぺらっぺらな人間だってことくらい。そりゃー成人するまで遊び暮らしてたいした苦労もなかった俺に比べて子供の時から辛い目にあってひたすら努力してたシルバスピナ卿とじゃ比べる事がそもそも間違いってのは分ってるからなっ。元から持ってるものも積み重ねたものもシルバスピナ卿に比べればなんにもないようなもんだって分ってるからなっ……ても愚痴くらい言ってもいいだろっ」

 彼に対して自分が思っていた事をばっさり言われてしまった所為か、なんだかアウドは呆れるのを通りこしてあっけに取られて、終いにはなんだか笑えてきた。だから自然と笑い声を上げてしまって、それから拗ねて下を向いてる青年の背中を一度、そこそこ強くバシンと音がするくらいに叩いた。
 シーグルと見た目の体格は近いもののまだ柔らかさのある肉の感触がある青年は、それで前につんのめって地面すれすれまで顔を落す。その情けない恰好にも笑ってしまって、それからアウドは、顔を上げて恨みがましく睨んで来た青年に言ってやった。

「まぁそれでもですね、あんたはあんたのいいとこがあってそれは相当愛されるところですから、いつかきっといい目にあえますよ」
「なんだそれ? っていうかそれはどういうところだっ?」
「えーそりゃもうレイリース様には絶対にないってとこです」
「だからそれを教えてくれといってるじゃないかっ」
「言ったらへたに自覚するから聞かない方がいいと思われます」
「へ? ……そ、そうなのか?」

 単純で正直で人が好い、ついでに馬鹿だがその自覚もある……こういう人間は確かに傍にいると気楽だ。きっとあの化け物のように強くて頭のいい男でさえ、自身がきついときにこの青年が傍にいると少し気が楽になったのだろうとアウドは思う。

「まぁ愚痴言って少しは気楽になるんでしたら俺でよきゃいつでも聞きますよ。その代わり俺の愚痴もたまに聞いてもらえますかね」
「あ……あぁ、そりゃ構わないけど」

 何か納得出来ない顔をしつつも、そこで立ちあがったアウドが彼に向かって手を伸ばせば彼もその手を掴む。それでにかっとアウドが笑い掛ければ、彼も最初は顔を引き攣らせて……でもそのうち嬉しそうに笑って持った手を強く握って振り返した。



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 部下さんたちのそれぞれ。
 



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