【1】 この次期の騎士団は後期から前期に切り替わって間もない為、前期の人間と後期の人間が混じって一番人数が多くなる。とはいえ、後期の人間は春から初夏まで隊への参加は自由期間である為、大抵はまずもう来なくなっているのが普通ではある。例外的にシーグルの隊は毎回後期の人間が自由期間内ぎりぎりまで出ているのだが、今回はシーグルがいなかった事もあって後期組で参加している者はほぼいなかった。シーグルが帰還した後には自由期間に出ると言い出した者達もいたのだが、既に事務手続きは終っていたし、シーグルの騎士団復帰が何時になるか分からなかったというのもあって、結局第七予備隊は今、前期組だけがいるという状態であった。 自分の椅子に座ったまま、かつてとほぼ同じ部屋の風景を眺めて、シーグルは口元に笑みを浮かべると目を細めた。 「変わらないな」 感慨深く呟けば、騒がしくもそれもまたかつての風景の一部である人物がやってくる。 「そーぉですよぉっ、ちゃんと部屋は元と同じに掃除しましたからねっ。そして復帰したからには、そりゃもう溜まった仕事はいくらでもありますからねぇ」 どこか楽しそうに言いながら、彼は前と同じように書類の束をシーグルの目の前にどさりと置いた。 「結局、やる事も相変わらずか」 「えーえぇ、相変わらずです。間が空けばぁ、そりゃ〜もう事務仕事はいくらでも溜まってますよぉ」 「分かってる、暫くは大人しくこちら優先にするさ」 「そう願います」 鼻歌さえ出そうに機嫌がいいシーグル付きの文官のキールは、言いながらくるりと背を向けると弾むような足取りで自分の席に戻っていった。 「ただ午後一の訓練だけは出させてくれ。なにせすっかり体がなまってしまって酷い状態なんだ、やっと少しは戻したんだが定期的に体を動かさないとすぐにまただめになる」 「そぉ〜ですねぇ、まぁそのくらいは許して差し上げますかねぇ」 「相変わらずだな、キール」 「お褒めにあずかり光栄でこざいます」 そこで、そこまで黙って聞いていたナレドが耐えきれずにぷっと吹きだした。 そうすればシーグルもくすくすと笑ってしまって、キールは咳払いをしてみせる。 「ぇえ〜ナレドさん、笑って文字が曲がっているようですねぇ」 「あ、はい、すいませんっ」 そうしてにやにやと教え子の手元の文字を眺めたキールは、緊張するナレドの様子をちらと見ながら、わざと難しい顔をしてみせた。 「ふむふむぅ〜とりあえず間違いはないみたいですねぇ、どうにか文字も読めますので良しとしましょう」 「はいっ、ありがとうございます」 最初は、読む事はある程度出来るが殆ど文字が書けなかったナレドも、今ではかなり書けるようになって資料作成の手伝いくらいは出来るようになっていた。ここにいる時のナレドに対するキールの態度は完全に先生で、二人のやりとりを見ているのもまた、かつての日常を思い出して嬉しくなる。 変わらない騎士団の自分の部屋、変わらないそこにいる人々のやりとり、変わらない風景。どれもが嬉しくて、自分が帰ってきたのだという事を実感できる。 シーグルの騎士団復帰は、思った以上に簡単に認められた。 復帰前に必ずあると思った審問会も特に開かれなかった。シーグルが捕まっていた時の事は、今のところ最初にシーグルが言った『アウグの兵の一人に匿われた、本人に迷惑が掛かる為名前は出せない』という言葉で済んでしまっていて、あれこれと聞かれた場合の答えを用意していたシーグルとしては本気で気が抜けた。 とはいえ、現状を見てそれがそのまま済むなんて楽観視もしてはいない。 確かに、シーグルの部下や、執務室などは前と変わりはなかったが、騎士団としてはかなり前と空気が変わっているのはこの間の時から分かっている事だった。 かつてはいれば不審がられた親衛隊の人間が、今では当然のように騎士団員を見張るように敷地内に立っている。その所為で他の隊でもあからさまに訓練をサボる事はそうそう出来なくなっていたが、何か監視されているような息苦しさが騎士団全体に漂っていた。 ちなみにシーグルに関しては、さすがに執務室の中でまで入ってくる事はないものの、この部屋を出ればすぐ見える場所に配置されている親衛隊の人間がいる事は確認していた。王から目を付けられている事を考えればこの程度で済んでいる今ならヘタにあれこれ言わずに無視をしたほうがいいのだろうが、それにしても状況はセイネリアの予想していた通り悪い方向に向かっているのは確実だと思われた。 『まぁ、ウチの隊に文句言ってくる事はないですよ。なにせ何処よりも規則通りにちゃんとやってますからね』 グスはそう言って、『慣れですよ慣れ』と気楽に言っていたが、それもこちらに気を使わせない為に言ってくれているだけだというのは分かっている。なにせ彼は嘘を付くのがヘタな為、警備隊を見るその嫌悪の目で分かってしまう。 「あ、ちなみにシーグル様、今日は早めに終わらせて差し上げますので、その後ちょぉおっと付き合って下さいませんかねぇ」 それは本当に軽く、ふと思い出したというような口調で、シーグルも深く考えず了承した。 「あぁ、構わないが何だ?」 するとキールはにこりと笑った後、僅かに声のトーンを変えて言う。 「少々重要なお話でしてねぇ、後で送って差し上げますのでぇ〜ナレドさんは先に帰っていて貰いたいんですが」 そこまで言われると、流石にシーグルも身構える。 だがキールはそこですぐに普段通りの顔に戻って、シーグルが用件を聞いてもはぐらかして教えてはくれなかった。 午後の訓練が始まってすぐの騎士団内の訓練場は、いかにも見た目だらだらと、やる気がなさそうにやっている者の姿が目立つ。 とはいっても流石にウチは違う、特に今日はな、とグスは思った。 「いてぇいてぇいてぇぇぇっ」 「マニク、お前最近手を抜いてたんじゃないか?」 「うっせ、お前が今日やたらと強く引っ張ってるだけだろっ」 特に若手のはりきりぶりには笑ってしまいそうになってグスは困る。現在はただの二人一組になって体を解しているだけなのだが、隊の連中の気合の入り方はあからさま過ぎて見てすぐに分かる。普段も別に手を抜いている訳ではないが今日は特別だろう、なにせ今日は……と思いながら、他の隊員同様、グスもついついその理由の存在の姿を目で追ってしまうのを自覚して笑った。 「シェルサ、もう少し強く引いてくれてもいいんだが」 「はいっ、では失礼しますっ」 緊張しつつも瞳を潤ませる勢いで感激しつつ答えたシェルサには、皆の嫉妬に近い視線が向いていた。 今日からシーグルが、前の通りこの隊の隊長として騎士団に復帰した。 それだけでも隊の連中のやる気が跳ね上がるところに、怪我の所為ですっかり体がなまってしまったというシーグルは、自分も隊の者と同じ基礎訓練をするといいだした。さすがに事務処理が忙しい彼はずっと付き合う訳にもいかず、午後一から中間休憩までの訓練だけに参加する事になったのだが、彼の姿を見れるだけで気合が入る連中が、一緒に訓練をするこの状況で必要以上に気合が入るのは当然だった。 特に今日たまたま組む相手がいなかったシェルサはシーグルと組む事になって、まさに夢見心地という顔で先程からずっと動きが緊張し過ぎておかしくなっているし、回りはシーグルにがんばっている感をアピールしようと必死だしと、微笑ましいやら滑稽やらで、グスはずっと口元がにやけっぱなしで困っていた。 「いやいや〜若い奴らはやる気だなぁオイ」 さすがに若手組のように気合入ってますアピールをする程元気でない相方のテスタが言って来て、グスは体を伸ばしながらも答えた。 「っとに、可愛いもんさ」 「グス〜、その発言じいさんくせぇぞ」 それには抗議の言葉代わりに、テスタの腕を力一杯引いてやる。 「てててててっ、おいっ、やりすぎだっ、俺ぁそこまでがんばってるアピールする気はねぇってぇ、いててて」 「いーいやテスタ、痛いのはお前が最近すこーしさぼり気味だった所為だ」 「ざけんなグスっ、くっそじじぃっ」 「てててててっ、やりやがったなテスタぁ」 それで二人してやり返してれば、いつの間にか皆の視線を感じて、それでマニクに『やっぱ今日は気合入ってますね』なんて言われる事態になる。 それで皆が気合を入れてきびきび動いているのを見て、さすがに状況が分かったらしいシーグルがまたこう言ったから彼らは更にやる気になる。 「久しぶりだからな、皆が俺がいない間にどれだけ鍛えていたのか知りたい。これから日替わりで一人づつ、交代で組んで貰うとしよう」 やれやれ、それじゃ順番の予定表を作らなきゃならねぇな、とグスは思って、この後誰が何時にするかで揉める風景までを想像した。 --------------------------------------------- まずは騎士団復帰から。ただ一々連中の大喜びっぷりを書いてるとキリないのでその辺は最小限で……はい、これでも最小限なんです。 隊員達とシーグルのきゃっきゃうふふな物語は番外でね……という事で騎士団編がありますからね。 |