夕暮れと夜の間の闇




  【11】



 まぶしい光を感じて、シーグルはうっすら目を開いた。
 見慣れない天井に一度頭が疑問を覚えるが、すぐに状況を思い出して息を付く。今日はアウグ側との式典の打ち合わせがあるから、昼前には――と考えながら起き上がったシーグルは、起き上がってするりと上掛けが落ちると同時に肌寒さを感じて下を向いた。そして、自分が裸な事に気が付いた。

「おんや〜やぁっと目が覚めたっスかね」

 更にはそう声を掛けられて、隣に寝ている男の姿を見つけて、シーグルは頭が真っ白になった。

「いや〜昨日はヤバかったっスねぇ。俺が部屋入ってきたらあんたがテーブルで半分寝てて、近づいたら自分から服を脱ぎだして誘ってきたんスからね」

 とはいえ、ベッドの中ではあってもフユは上着やマントは取っていても服は着ていた。だが自分が全裸な段階でそれを否定出来る程の理由にはならない。まさかいくらなんでも自分がそんな事……とは思っても、昨夜はあのまま酒を飲んで意識がなくなっている段階で弁解の余地がない。

「ま、て……俺は本当に、貴方と……その……」
「いやー、すごかったっスよぉ。こう俺のブツにしゃぶりついてきては俺をベッドに寝かせて自分から腰を下ろしてきてっスねぇ、そらもうアンアン喘ぎながら必死で腰を振ってきた訳っスからね。これはこっちが襲われたといっていいんじゃないスかね」
「そ、そんな事を、俺が……」
「えぇもうそりゃ一発じゃ足りないのか四つん這いになって尻をこっちに着き出して、自分で尻肉を広げて入れてぇ〜とかっスね」
「そんな、言葉、を、お、れが……」
「激しかったっスね、エロエロでしたよ。自分のを扱きながら腰を激しく振ってもっとぉ〜とかっスね」

 酒に酔うと自分は誰彼かまわずヤられたがる淫乱にでもなるのだろうか。さすがにそこまではあり得ない……とは思っても、酒を飲みだしてからの記憶がないのだから自信がない。体中真っ赤にして恥ずかし過ぎて上掛けを頭まで被って、シーグルはどんな顔をすればいいのか分らずにベッドの上で固まった。

「……とまぁ、それは冗談スけどね」

 そこでまたシーグルは固まって、暫くしてからそうっと上掛けから顔を出した。

「冗談なのか」
「はい、冗談スよ」

 にっこりと笑顔で寝そべっている男は清々しい程あっさり答えた。

「なんで横で寝ていたんだ」
「あんたが起きたら焦るかなって」
「……俺は何故裸なんだ」
「テーブルの上で寝てましたからね、ベッドに連れてくのに流石に鎧を外したんスよ。で、ベッドに乗せたら上は自分で暑いって肌蹴たんスよね」
「なら、下は……」
「いやー、ベッドで暑いってぐだぐだしてるあんた見てたらっスね、ちょっと悪戯を思いついて全部脱がせてみただけっス」

 いつも通り飄々と、というよりあっけらかんと言ってくれた内容に、シーグルはなんだか朝から疲れてしまってそのまま枕の上につっぷした。

「冗談にしてはタチが悪すぎるだろ」

 思わずそう呟けば、今度はフユの声が変わる。低い声はいつも通りの軽い口調なのにどこか冷たい響きがあった。

「そりゃ相手によっては冗談にならなかったでしょうからね。あんたを大好きな追っかけ部下さんとかだったらまた前みたくヤってたと思うっスけどね。流石に今はあの足じゃ大人しくしてるでしょうけど」

 それを言われるとシーグルに反論する言葉はない。完全に自分の所為だと分かっている分アウドを責める気などないが、彼とそういう事があった後は酷い自己嫌悪に陥って後悔する事になった。

「まぁ多少は自覚して欲しいっスね、って事で悪戯してみただけっスよ。なにせあんたは無自覚に相手をソノ気にさせてまスからね、酔ってる時の自分がどれくらい相手を誘いまくってるかなんて考えた事ないんじゃないスか」

 それはセイネリアにもアウド本人によく言われている事であるから耳が痛い。

「……だが貴方は、俺に手を出さなかったじゃないか」
「そりゃー俺はそっちも訓練済みっスからね、どんなにソソられてもご主人様のモノに手ェだしたりはしないっスよ。まぁ逆にどんなに興味ない相手とでも仕事ならヤれるんスけどね」

 そういう話さえカラっと言われれば、シーグルとしてはため息しか出ない。つまり自分はそういう部分がだらしないのかもしれない。だからこそそういう目で見られる事が多いのかもしれない、と思う。

「で、多少は気分が切り替わったでスかね」

 落ち込んでいるこちらをみてくすくすと笑ってから、やはりカラっとした声で灰色の男は言ってくる。それでシーグルも彼がこんなタチの悪い遊びをした理由を理解して苦笑した。

「あぁ、世話をかけた」
「いえ、あんたにはしっかりして貰わないとこっちも困るんスよ」

 それからまたため息をついて。昨夜の事を思い出して、未だに実感が湧かない自分の手や体を見つめる。言われればとっくに二十歳を過ぎたのに全然男っぽいごつさが出てこないとは思っていた。いや、手や腕は訓練の所為でもとからそれなりに男らしい硬さがあるのだが、顔や喉のラインはまだ大人の男らしさには遠い。もうこれ以上自分は変わらないのだと思うと心にずんと重く溜まるものがある。

「貴方は……知っていたのか、セイネリアの事も、俺の事も」

 恐らく知っていたのだろうと思いながらも聞けば、思った通りの返事が返ってくる。

「あぁ、歳を取らないって話ですね。まぁ知ってましたよ、あんたの正体を知ってる連中は大抵知ってるんじゃないスかね。ボスの事だけでしたらあんたの奥方も知ってる筈っスよ」
「ロージェが?」
「ちゃんとボスは自分がどんな人間か伝えた上であの人と契約してるんスよ。全部あんたの為にね」

 確かにセイネリアは騙すつもりのない相手には嘘を付かないし、契約には誠実ではある……だが、『全部自分の為』と言われれば、昨夜の怒りが頭の中に蘇って来てシーグルも返す声が荒くなった。

「それは分かっている、これだけの事をあいつが俺の為にしたのなんて分ってるんだ。だが……そこまでしてほしいなんて俺は思っていない、俺はあいつに守られてなにもかもやって貰いたい訳じゃない、あいつが俺の為に何かするなら俺があいつの為にする事があって、互いに力を貸しあう事は無理なのか?」

 シーグルは彼の部下になって彼の為に働けと言われて……本当はそれ自体が嬉しくもあったのだ。セイネリア・クロッセスという男を認めていたからこそ、彼がしかるべき地位について彼の為の働くという事を自分の行く道として納得出来たのだ。

「それは無理でしょうね。そうするにはあの男は力がありすぎて、あんたは弱すぎる」

 その言葉は冷たくシーグルの胸に刺さって、怒りに染まっていた思考が一瞬で冷えた。
 いつでも笑みを絶やさない顔から笑みを消して、灰色の男は薄く目を開けてこちらを見ていた。

「確かにあんたはあの男とは精神的に一番対等に近い位置にいる。だからこそボスはあんたを愛してる。だが……本当に対等な立場を望むなら、あの男をしてあんたがあの男並に強いと思わせねばならない。そうでなければあの男はあんたの手を離せない。何かあった時に自分がいれば守れたのにとそう思わせた段階であんたは対等と認められていない」

 ふざけた口調さえ一切やめた平坦な声に、シーグルは手を握り締める。

「あいつと対等の強さ……」

 確かにその言葉は間違ってはいない。彼が自分を大切で、自分が彼より弱いなら、彼は自ら守るのが一番いいと思っても仕方ないのかもしれない。
 シーグルが黙っているとまた気配をがらりと変えて、灰色の男はにいつも通りに笑みを纏った。

「えぇ、でもそりゃ無理でしょ。だから大人しく守られてろ……っとこちらの立場としては思うんスけどねぇ……」

 だが彼はそこまでいうと、少し困ったように眉を寄せて苦笑する。

「まぁ、でも実はっスね。そこであんたがハイそうですかと大人しくなったらそこまでなんスよね。ボスは永遠にあんたを縛る事でしか自分を保てなくなる、アンタも永遠にあの男を見て苦しむ事になる……ぞっとするでしょ」

 ならどうすればいいのだと言い掛けた言葉は即座に飲み込む。ここで彼に聞いて答えを貰って、それを実行すれば全て解決するなんて都合のいい話はない。そんな簡単なものであるなら、セイネリアが気づかない筈はないしフユが言わない訳もない。

「ただまぁボスの気持ちも少しは分かってやってくれないスかね。あの人は人を愛したのが本当に初めてだったんスよ。だから愛し方が分らない、どうすればいいのかが分らない。人の考えを予想して利用できるくせに人を思いやった事がない。だから……いつも通り理性で『一番正しい結果を出す方法』を取る事しか出来ないんスよ。初めて手にいれた感情をどうすればいいか分からなくて持て余してしまってるんスよ」

 シーグルはまたため息をついたが、それは先ほどよりも軽く、その後に苦笑に変わる。

「……流石にあいつの事をよく分ってるんだな」

 そうすれば灰色の男は、珍しく少しだけ柔らかく感じる笑みを浮かべて答えた。

「えぇ、俺にも経験がありまスからね」

 思えば彼とも長い付き合いだが、シーグルは彼の事をセイネリアの部下という以外何も知らなかった。纏う雰囲気から相当『デキル』人間である事は分かっても、彼がどういう出でどうしてここにいるのか、それを知らないし、聞いてはいけない事だと興味を持たないようにしてきた。
 けれども、今の言葉でシーグルにも分かった事がある。
 彼もかつて人らしい感情を感じずに生きてきた人間で、誰かを大切に思った事でそれが変わったのだと。

「もしかして、貴方がここにいるのは誰か大切な人の為、なんだろうか?」

 灰色の男はそれに何か反応をしめす事はなく、いつも通りの笑みを崩さないまま静かに答えた。

「さぁ、どうでしょう。……ですが、後悔していない事だけは確かっスよ、例えあの人の破滅に巻き込まれる事になっても。なにせ自分で選んだ道っスからね」




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 久しぶりにフユの活躍(?)シーン。。
 えーとまぁその久々のせいか趣味に走りまくりですね……BLなんですよ、はい、一応。
 



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