【9】 一方こちらは元シーグルの部下……現在の王族付きの護衛官達であるが、仲間の予想以上の活躍に内心興奮冷めやらぬ中、決勝の相手として出て来たレイリースの姿に唾を飲み込んでいた。 「なぁ、シェルサの奴、勝てると思うか?」 こそりとマニクが耳打ちすれば、セリスクは眉を寄せて考える。 なにせ彼らは今、王族の警護という重要任務の最中である。雑談などしてはいけないのは当然だが……この歓声の中なら多少はいいかと聞かれたセリスクもこそっと返した。 「……もとから強かったよな、あのひと」 「そりゃ隊長の直々の弟子だし」 「元黒の剣傭兵団の連中の中で将軍様本人に次ぐ実力者……それがちょっと鍛えなおしたいって暫くどっか行ってたのが帰ってきたんだろ、そらヤバイよな……これまで全部相手瞬殺だったし」 「やめろ、聞いてたら勝てる気しねぇ」 貴族でなくても競技会に出ても良い――と決まった後、騎士団時代から実力を認められていたシーグルの元部下達護衛官は、何故出ない、出ないのは勿体ない、とかなりあちこちの方面から頻繁に言われるようになってしまった。忙しい祭りの最中に競技会などとんでもないと断っていた彼らもシーグルの代理のつもりで出て欲しいと言われれば断り切れず、相談の結果代表で一人だけが出場するという事にした。それがシェルサになったのは、隊の中で剣に関して一、二位を争う腕だったというのは当然だが、唯一槍試合の経験者だったというのが大きかった。そうして最初の出場で決勝トーナメントまで勝ち残ったシェルサは以降は毎年競技会に出場する事になり、ほぼ毎年決勝トーナメントに勝ち進んでいたのだった。 勿論、今年の成績が今までで一番な事は言うまでもない。 太鼓が鳴る。 選手二人が開始の位置につく。同僚代表でもあるシェルサの姿を凝視した二人は、それでも苦笑して同時に呟いた。 「でもまぁ、燃えてるなぁあいつ」 残り二人の護衛官、ランとクーディも、それにはそれぞれ了承を返す。 それと同時に、試合開始を告げる声が会場に響いた。 「グス、お前どっちに賭ける」 「お前なぁ、仲間くらい賭けのネタにすんのはやめとけ」 「何いってんだ、仲間だから遠慮なくネタに出来ンだぞ」 それには、まったく、と呟いてグスは頭を押さえる。それを気にせず長い付き合いの同僚であるテスタはカカカっと気楽に笑った。護衛官の中でも丁度休憩時間だった年長組のこの二人はのんびり試合観戦をしていたのだが……。 「今のシェルサは強いぞ、なにせ競技会出るようになったら気合いが違う。今じゃ俺たちの中なら確実に一番だろ」 「ンなの知ってて言ってるに決まってるだろ、さぁお前はどっちに賭けるよ」 グスはため息をついて会場の人々が皆注目する二人の選手を見比べた。……いや、正確には年下の同僚はちらっと見ただけで、主にじっくり見たのは対戦相手の黒い戦士の方だが。 「……隊長とシェルサの対戦だったら、賭けにならないだろうな」 ふと自嘲気味にそう呟けば、不良中年と呼ばれる相方が珍しく真剣な声で返してくる。 「あれは隊長じゃない」 「分かってる」 けれどあの黒い甲冑の戦士、シーグルから剣の指南を受けたというあの青年はその立ち姿だけでもあまりにもシーグルに似ていて……グスはやはり考えてしまうのだ。もしかしたら本当はシーグルは生きていてあの青年こそがシーグルではないかと。あのセイネリア・クロッセスがみすみすシーグルが処刑されるなんて事態を許すはずがないと。 考えれば目があの黒い甲冑姿を追ってしまうのは仕方がない。けれど、考えて見つめているグスの目の前に手が現れて開かれる。それに驚いて相方を見れば、無精ひげ掻きながら彼はにかっと笑ってみせた。 「だから賭けの対象にすンだろ、隊長ン時じゃできなかったしな」 「お前なぁ……」 ガクリと項垂れたグスだったが、いまだにそんな事を考える自分も大概諦めが悪いなと思って頭を切り替えることにした。 「賭けが出来なかったというより、賭けにならなかっただけだろ、あの人相手だと」 「どっちも隊長が剣の師だ、隊長の時は出来なかった賭けになるだろ」 「ならどっちが隊長の代わりなんだ」 その理論に呆れながらも聞き返してみれば、やっぱり不良中年騎士はにかっと笑って自信満々に返してくれた。 「そりゃー、勝った方が隊長の代理でいいんじゃねぇか?」 グスは再びガクリと肩を落とした。 あぁやはり強いな――とシェルサは思った。 なにせ最初の一撃を受けてすぐ、これは負ける、とそう察してしまったのだから。この感覚は隊長――シーグルと手合わせした時の感覚に近い。 ただ彼はシーグルよりも強い、とそうシェルサは確信していた。 勿論、完全本気のシーグルと勝負をしたことがないからそう思うだけなのかもしれないが、気迫と剣の重さは確実にシーグル以上だとシェルサは断言出来てしまう。彼はシーグルから直の指導を受けたという事であるからその太刀筋は似すぎるくらいによく似ていている、だからこうして剣を合わせているとシーグルとの手合わせを思い出す、けれど――なんだろう、シーグルの綺麗に無駄を省き切った美しい動きにくらべると、彼には何をやっても勝つという気迫がそのまま剣にも乗っているような力押しともとれる強引さというか泥臭さがある。それに加えて剣の重さが上であるから、彼がその師を超えるところまで鍛えたとシェルサはそれを認めるしかない。 ――それでも、俺だって隊長がいた時そのままじゃない。 合わせた剣を強引に振り切った反動で離れれば、相手は追うのはやめて一度引いてくれる。どうやら一旦、こちらに仕切り直しをさせてくれるらしかった。 とはいえ、後出来る事といえば――シェルサは考えた。 腕はしびれているし、足は重い。肩で息をしながらも必死に唾を飲み込んで、それからシェルサは覚悟を決めて大きく息を吸い、腕に力を込めた。 こんなチャンスは二度はない、向こうも次は勝負を掛けてこいとそのつもりで引いてくれたのだろう。 シェルサは小さく呟いて術を唱える。アッテラ信徒であるシェルサが使える肉体の強化術。隊では滅多に使わないが、戦場か、この手の正式な試合なら使える時は当然使っていく。特に最近はかなり術を訓練にも組み込んでいる所為か、効果が上がって想定以上の力が出せる。……チュリアン卿との戦いはそれで相手を押し切れたというのもあった。 とはいえ、アッテラの術は体力を使う為、残りの体力を考えれば切れたら終わりの大博打になる事は間違いなかった。 「せあぁっ」 シェルサは突っ込む、それでも、こちらが斬りかかるよりも向こうの方がまだ速い。 先制するつもりがされて、シェルサは一転、相手の剣を受ける事になる。 だが体勢が悪すぎて剣を受けて流すつもりが流しきれない。 重い一撃に一歩足が後ろに後退する。 「くそぉっ」 声を上げて力を込める。押し込んでくるその剣を押し返す。強化術が掛かっている状態の今なら、向こうを力では圧倒出来る筈だった。 だが、相手はそこで逆に引いて、急激に手ごたえがなくなったシェルサは大きく剣をからぶりして前につんのめった。力と力で押し合いになっている時、いきなり力を抜くのは効果的ではあっても抜くと同時に押し込まれた剣を流し切れる自信がないと出来ないことだ。そういうのはシーグルが本当に巧くて、こうして間抜けにからぶった後に負けが確定するのはよくある事だった。 けれどシェルサは足のつま先に力を込める、つんのめって体勢を崩しそうになっても剣を振ってその遠心力で体の重心を元の位置に戻そうとする。 「ったらぁっ」 振った剣はそのまま相手に向けて……けれど、届かない――そう思ったシェルサだったが、その直後に剣をわざと相手の剣で弾かれて今度こそ本気で体勢をくずした。更に鎧の上から剣で叩かれればシェルサは地面に転がることになり、そこで勝負が決まる。 ――やっぱり、勝てなかったか。 考えれば大の字で地面に転がるなんて無様な負け方、シーグルがいなくなってからはしたことがなかったと思って、思い出したら涙が出てくる。こうして空を眺めていればそのうちシーグルの顔が現れて手を伸ばしてくれるのがいつものことだった。それから見とれる程綺麗に笑って彼は言ってくれるのだ、『強くなったな、シェルサ』と。 「強いな、いい勝負だった」 頭の中の声とその声が重なって、黒い甲冑姿が視界に映る。 伸ばされた手を呆然と見つめてしまってから、シェルサはその手を握った。 直後にひょい、と簡単に引っ張り上げられて立ち上がってから苦笑する。やっぱり剣の重さ通りシーグルよりも力がある――けれど、立ち上がって目の前に立てば背は同じくらいだというのが分かってシーグル本人ではないかと錯覚しそうにもなる。真面目なシェルサは一度そこで頭をぶんぶんと振って思考を切り替えようとした。 「勝者、レイリース・リッパー」 勝者の名が呼ばれると同時に、拍手と歓声が再び沸き起こる。 将軍府の紋章が描かれた布を部下に持たせて、黒い戦士は会場を一周するために離れて行こうとしていた。だから焦って、シェルサはその場で叫ぶと頭を下げた。 「ありがとうございますっ」 黒い戦士とその部下は一度足を止めると振り向き、手を上げて去って行った。 --------------------------------------------- シェルサそれ本人だよーといいたくなる件。 |