旅立ちと別れの歌




  【10】



「で、あの坊やは何を考えてンだ?」
「さぁ〜見た通ぉり今は優勝することしか考えないと思いますがぁ」
「お前は聞いてるんだろ」
「いやぁ〜私も昨夜あれからちょっと話をしただけですし」
「とぼけるって事は何か企んでるってことだろ、こっちとしてはあんまりあの男を刺激しないでもらいたいし、あの坊やに危険があって欲しくないんだがな」
「まぁすべて上手ぁく行く……ことを祈っていてくださいな」

 会場内の招待席の一角、魔法ギルド代表である金髪の魔法使いは、案内を兼ねた付き添い役の魔法使いののんびり口調に苛立ちながらもため息をついた。クノームとしては昨夜急遽この魔法使いからシーグルが首都に帰ってきていると連絡を受け、ここに至るまでに警備の魔法使いの配置を変更したり、自分の予定を調整したりと相当の苦労があったのだ。

「お前のその顔は、なんか嫌な予感がするからな」

 あの真面目極まりない青年が、ただのサプライズでこんな派手な競技会に出るなん思えない。何か別の意図があるのではないかとクノームは思っているのだが、協力者らしい元傭兵団の連中は口が固いし、魔法使い側の協力者であるサーフェスやアリエラは勿論、このキールもこちらに何も話す気がないとくる。ただ何かあった時の為に会場にはいてほしい……と言われてここにいる訳だが、それならもっとちゃんと内容を説明しろ、というものである。

「そうですよ〜、何か企んでいるなら教えてほしいものですねぇ〜」

 唐突に聞こえた声にクノームは頭を抱えた。また面倒なのが来た、というところだがそこからの展開は少しばかり予想の斜め上を行くことになる。

「……出てきましたかこの妖怪若作り親父」

 ひょいっと顔を出した、華やかなクノームの金髪とは違ったくすんだ金髪頭を見て、つかみどころがないところが特徴の魔法使いがなんだか戦闘態勢を取っている。

「なぁに言ってるんですか、貴方も今では若作りでしょう」
「いえいえぇぇええ、あーなた程ではとてもとても」
「キール、そういうのは五十歩百歩と言うのですよ。それに若作りなら貴方のご主人様もそうなりますしねぇ」
「いーえぇ、あの方はまだ本当にお若いですしぃ〜それこそお師さんと比べるなんて失礼すぎますよ」
「大丈夫です、後百年程すれば同じカテゴリーに分類されます」
「年寄りは都合が悪くなるとすぐごまかしますねぇ」

 なんだか会話が低レベル過ぎて、構えたのとは別の理由でクノームは頭痛がしてきた。そういえば確かにこの放浪の大魔法使いフィダンドはキールの師ではあったが、仲が悪いという話は知らなかったと今更に思う。

「人前でどちらがより人外かという話はやめろ、聞こえたら面倒なことになる」

 だから出来るだけ凄みを出していえば、空気が読めない表情を読ませない二人は、あきらかな作り笑いでこちらを向く。

「そうですねぇこの方に付き合うと話が進みませんし」
「キールに付き合うと話が延びすぎますし」

 互いににっこりと同時に言ってきた言葉には、仲が悪いのは似た者同士だからじゃないかとクノームは思う。

「ともかくキール、何か知っているなら多少は教えろ」

 言えば、それに追従してフィダンドもキールに詰め寄った。

「そうですよ、そのためにわざわざ来たんですからね」

 それでもやっぱり飄々としたこの魔法使いは、微妙な笑みを唇に乗せたままとぼけた顔で目を泳がせるだけだった。ただ、じっと黙ってみていれば多少は気が向いたらしく、明後日の方をむいたままヒントの言葉をつぶやいた。

「そうですねぇ、あの方はチュリアン卿には感謝してるってぇ事と、全てはあの方が無事優勝したらぁ動く話、という事で構えていてくださいませんかねぇ」

 クノームは微妙な顔をして眉間を抑えた。だったら競技会中自分がずっとここにいなくてもよかったのではないかと。






 パン、と乾いた音が辺りに響く。
 チュリアン卿は両手で挟むように両頬を叩くと、兜を被って馬に乗った。
 向こうで歓声が上がる。おそらく勝負が着いたのだろう、けれども観客の声が大きすぎて勝者を告げるその声は聞こえなかった。
 けれど問題ない。勝者が誰かなんて聞くまでもない。決勝の相手は彼に違いない筈だった。

 剣の部では決勝を前に思わぬ敗北を喫してしまったチュリアン卿だが、馬上槍試合となれば想定外の相手に負けはしない。剣の部で負けたシルバスピナ卿の部下だったあの青年も槍ではさすがに経験不足で、一回戦を勝つのがやっとで二回戦では負けてしまった。チュリアン卿は順当に決勝進出決めて、あとは対戦相手が決まるのを待つだけだったのだが……。

「気合いが入っていますねぇ」
「それは勿論」
「相手が彼なら勝てても優勝はないんですよ」
「そんな事はどうでもいいです」

 馬上から見下ろせば、いつも通り何を考えているのか分からない、楽しそうな顔の魔法使いと目が合う。けれど珍しく目が合った途端、魔法使いの笑みが僅かに曇った。

「……私に聞きたい事があるんじゃないですか?」
「教えてくれるんですか?」
「いいえ、教えません」

 魔法使いフィダンドはまたにこりといつも通りの笑みを浮かべる。チュリアン卿としてはそれにやっぱり食えない人だと思いつつも、やはりな、という感想しかないから、今回は振り回されたりしなかった。

「だと思ったので聞きません。それに……聞く必要もありませんから」

 相変わらず飄々として掴めない師でもある魔法使いは、それに少しだけ驚いた顔をした。チュリアン卿はそれには満足そうに笑って、そうして馬に歩くよう促した。

「彼は強い、待ち焦がれていた強敵です、それ以上は知る必要がありません」

 魔法使いの笑い声が後ろで聞こえる。チュリアン卿は揺れる馬上で通路の先にある光だけを真っすぐ凝視し、人々の歓声が溢れる会場へと進んでいった。






 向かい側のゲートからチュリアン卿が姿を現せば、会場の熱は最高潮に達する。
 その堂々と自信に満ちた姿を目にして、シーグルは兜の下で大きく息を吸い、吐くと同時に表情を引き締めた。

 シーグルには実は少しだけ計算違いがあった。
 剣ではチュリアン卿に勝てる自信があった為、そちらで勝って彼に対して自分の中の自信を強くすることと、ほんの僅かだとしても彼にプレッシャーをかけておければいいと思っていたのだ。
 だから決勝がシェルサとになってしまったのは想定外だったのだが、懐かしい部下と戦えた事は素直に嬉しかった。再び彼らと心置きなく本気の勝負が出来るなんて思ってもいなかったから、強くなった彼との試合は本気で嬉しくて楽しかった……ちょっとした想定外を感謝する事はあっても愚痴る気なんてない。

 だからこれは小手先の心理戦もなしの、本当に真正面からの実力勝負になる。

 シーグルは既に一度彼には槍で負けている。その時は体調が万全ではなかったとはいえ、万全であっても勝てなかったろうと確信してしまうだけの実力差があった。はっきり言えば今でも勝てる自信はない。ジクアット山を下りてから暫く槍の訓練もしてきたが、戦場での実践経験がある槍騎兵隊の勇者である彼とは圧倒的に積み重ねて来た経験が違う。

 それでも、勝たなくてはならない。

 もしここでシーグルが負けたとしても、ポイントではシーグルが優勝出来る事は決まっている。既に総合優勝が決まっているという事で、槍試合はチュリアン卿に花を持たせるべきではないかと遠回しに言っている者の声も聞いた。
 けれど、そんな半端な事をしたら一番怒るのは当のチュリアン卿であることは確実だろう。それに『負けても優勝』なんてこと、シーグルは一切考える気はなかった。そんな気持ちが少しでもあれば絶対王者、騎士団の勇者に気圧される。戦う前から負けてしまう。
 経験と技術で勝てないのだから、気迫だけは負けてはいけない。
 馬を所定の位置につければ、ドン、ドン、ドンと太鼓が三回鳴らされて準備が整った事を会場に知らせた。

「レイリース様」

 アウドが槍を差し出す。
 それを受け取ろうとしたシーグルの手が、一度、止まった。
 こうして槍試合で槍を受け取る度、どうしても思い出してしまう顔に心が痛むのは仕方ない。槍を使ってみたいといわれてやってみせた時の……興奮した顔で嬉しそうに槍を差し出してきた従者だった青年の顔。思い出す度に押し寄せる後悔に胸が締め付けられるが、逆にだからこそ絶対に負けられないという思いと覚悟に心が据わる。
 シーグルはアウドから槍を受け取ると、その柄を強く握りしめてその場で目を閉じて大きく深呼吸をした。

 目を開ければ、向かい会うチュリアン卿も槍をもって構えを取っていた。
 やはり積み重ねて来た経験と自信からくる、彼の持つ圧力は高い。けれどシーグルは彼よりもっと圧倒的で『勝てない』と見ただけで負けを認めるような男と何度も戦っている。……そして今回は、その男に勝つつもりでここにいるのだ。いくら相手の方が優位な得物での勝負とはいえ、あの最強の男に勝つならここで負けるわけにはいかない。誰もが認めるカタチで勝たなくてはならない。

 次の三回の太鼓は開始を知らせるもの。
 一つ目の太鼓で、いまだにざわついていた会場が静まり返る。
 二つ目の太鼓で、シーグルは大きく息を吸い込む。
 そうして三つめの太鼓で、シーグルは馬を走らせた。

 馬は加速する、相手の姿はぐんぐん近づいてすぐ大きくなる。
 腕に、腹に、肩に、全身に力を入れて構える。
 あとはひたすら、視界に迫ってくる、余裕と自信がみなぎる相手の姿を凝視した。

 勝負は、一瞬の出来事。

 その一瞬に、すべての衝撃が凝縮されて襲ってくる。
 どれだけ体に力を入れていても、ぶつかった瞬間は体が衝撃で弾かれる。重い振動が脳天を揺らして意識が飛びそうになる。
 それでも、視界は前を維持している、地面は水平で天地がひっくり返ってもいない。つまり、落馬はしてないということだ。
 止まっていた呼吸を再開し、シーグルは大きく息を吸った。
 体のすべての機能が衝撃に備えていたため、そこでやっと五感が帰ってくる。耳に人々の声と拍手が戻って、体中が軋むような痛みを訴える。そして何より圧迫されていた胸が苦しさを訴え、シーグルは一度軽く咳き込んだ。
 馬のスピードが落ちてくるのを感じ、一度馬を止める。止まったのを確認して馬の方向を戻し、上がった旗を確認する。
 勝敗を決める判定員は三人。
 上がった旗を見て、シーグルはほぅ、と大きく息を吐いた。



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 戦闘シーンは後一回。
 



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