【1】 貴族法により、裁かれる対象が貴族の場合、裁判は一般人とは場所も形式も全く違うものになる。特に王族と旧貴族は別格で、被告人と同格以上の者達によって――つまり貴族院議会によって裁かれることになっていた。 ずらりと並ぶ円形状の議会の中心で、シーグルは読み上げられた罪状を黙って聞きながら議会内の様子を伺う。 貴族院議会でも、旧貴族の裁判の判定に参加出来るのは基本旧貴族の当主だけになる。委員席に並ぶ者達の半数が最近当主交代したばかりの、いかにも若い、見覚えのない顔だという事を確認して、シーグルは僅かに口元を皮肉げに歪めた。 ――茶番だな。 シーグルの罪を告発したのは親衛隊。つまり、王が直接告発したに等しい。であれば、シーグルの罪を否定する事は王の意見を否定するのと同じである。 それでも、無罪になる可能性がないわけではないのだ。リパ神官による『告白』の術を受け、その内容で無罪が証明出来れば、少なくともここで有罪判決は出せなくなる。 けれどそれは、シーグルには出来ない。 理由の一つはまず、セイネリアとシーグルの関係についての問題だった。彼との関係を洗いざらい白日の元に晒せば、今回の件は無罪となっても、今度はセイネリアと結託して反乱を企てているのではないかと言われる事になるだろう。セイネリアとの会話を細かく言わされる事になったりすれば、王に対しての忠告やら不穏な発言を取り上げられて追求されるのは間違いない。 そしてもう一つの理由は――アウグに捕まっていた間の件で、レザ男爵の名前を出したくなかったというのがあった。彼は自国の王に黙ってシーグルを匿っていたのだ、もしその件がアウグにまで伝われば彼の立場が危うくなる。いろいろあっても結局、彼には助けて貰ったとシーグルは思っている、恩を仇で返すようなマネはしたくなかった。 アウグでの件は王側でも『詳しく言いたくないらしい』と察している程度だろうが、セイネリアの件は向こうも承知の上で今回の暴挙に出たのは確実だ。どちらにしろ、シーグルが『告白』をしてもしなくても向こうに都合よく事が運ぶなら、シーグルの選ぶ答えは決まっていた。 「アルスオード・シーグル・アゼル・リシェ・シルバスピナ、貴方が無罪を主張するならリパ神官による『告白』を行う事になります。ただし、貴方にはそれを拒否する権利があります。どうしますか?」 裁判長である法の神カルランの大神官の言葉に、シーグルは答えた。 自分は『告白』を拒否します、と。 アルスオード・シーグル・アゼル・リシェ・シルバスピナの処刑日が決まった。 その告知は勿論再び各地にすぐさま送られ、首都の人々は王城前の広場で高らかに読み上げた役人の言葉でそれを知った。 シルバスピナ領の中心地である港街リシェは戒厳令が敷かれ、特定の場所以外は事前の許可を取らないと街中を歩いてはいけない事になった。シルバスピナ家の屋敷は親衛隊の者に取り囲まれ、リシェの議会の役員達でさえそうそう家人と会う事は叶わないという状態だった。 首都でもその告知が言い渡された後は不穏な空気が街を覆い、街のあちこちに警備隊や親衛隊の姿を常に見かけるようになった。特に西の下区と騎士団、そして冒険者関連施設周辺は厳重な警戒下にあって、その周りにいる者達は常に王直下の兵達に監視されている状況であった。 「あいつは、西区の連中に人気があるからな」 窓の外から見える通りに警備隊の者が歩いているのを見ながら、セイネリアは感情のない声で呟いた。 「あの坊やの従者の母親の件は、本人が思っている以上にあそこじゃ有名な話っスからね。それに坊やの冒険者時代を知ってる連中は、あの罪状じゃぁ納得しないでしょうねぇ」 「良くも悪くも、あいつは貴族様としては一般人と関わり過ぎてる。ただの名声の高い騎士程度と思っているとすれば王は馬鹿過ぎるな」 「実際、相当の馬鹿だとは思いまスがね」 自らボスと敵対しようなんて思うんですから、と続いたフユの言葉に、セイネリアは口元を皮肉に歪めた。 「いっそ、本当にただの馬鹿だったら良かったがな。自分が賢いと思い込んでいる馬鹿は質(たち)が悪い。自分の考えが誘導されている事も分からず、一人で踊って辺りに被害をまき散らす」 「全くっスね。……そンで、王様を操ってるのはボスは誰だと思いまスか?」 王がここまで強硬な手段を取っているのは、王一人の考えだけではないのは確かだとセイネリアは思っていた。なにせ、王の考えや行動は浅はかで馬鹿馬鹿しい程『抜け』があるのに、ところどころ感心するくらい完璧に実行されている部分がある。セイネリアでさえその手がかりを掴めない程に、巧妙な――と言えば、思いつくのは一つだけだ。 「魔法使いが関わっている事は確実だろうな。問題は、魔法使いの中でもそれが魔女落ちした個人なのか、それとも奴らが言っていたシーグルを殺そうとしている一派なのか、もしくはそれを言っていた――魔法ギルドそのものが裏で手を回しているか、だな」 セイネリアが首都に入った途端、魔法ギルドはすぐに接触を取ってきた。 そうして彼らが告げてきた事と言えば、魔法ギルド内にシーグルの死を望む一派がいるという事と、そして何かあれば自分達はセイネリアに協力するという事だった。 「あの坊やを殺そうとしている一派っスか?」 「あぁ、そいつ等がノウムネズ砦の戦いで、戦っているシーグルに矢を放ったり、シーグルの馬を潰したらしい」 「でもそいつらが王を利用してあの坊やを拘束したなら、さっさと殺すんじゃないスかね?」 「そうだな」 一応それはセイネリアも魔法使い達に言ってみた事だった。そうすれば彼らは、それは『保険』だと答えた。つまり、奴らの目的――シーグルを殺す事でセイネリアを狂わせるのはいいとして、もし思った通りに事がいかなかった場合、止める為の保険としてシーグルを生かしておき、セイネリアに向かって殺したように見せかける――事をまず最初は狙っていると。 『随分と内情に詳しいじゃないか』 皮肉を込めて言ったセイネリアの言葉に、魔法使い達は王とそれに組する魔法使いの中へ、自分達の仲間も紛れこませているからだと言った。シーグルが本当に殺される事がないように、その人物に見張らせているとも言っていた。 「魔法ギルドの連中が言った言葉は本当ではあるんだろうよ。だがな――王を操っているのは、その馬鹿な魔法使いの一派と、ギルドの連中のどちらもと考えるのが妥当だろうな」 魔法ギルドは、黒の剣をセイネリアが手に入れた時からセイネリアが王になる事を望んでいた。シーグルを救うためセイネリアが王を倒すしかないとなれば、彼らが喜んで協力を申し出てくるのは当然だろう。それどころか、その状況を作る事こそが彼らの目的だと言ってもいいのだ、彼らがこの件に何も手を出していなかったとは考えにくい。 「ともかく今は、シーグルの居場所を付き止めるのが最優先だ。あいつの身さえ確保出来れば、後はどうとでもなる」 魔法ギルドの連中が唯一危惧していた事、そうしてセイネリアが今一番焦っている事。現在、シーグルの身柄がどこにあるのかだけは、セイネリアは未だに掴めていなかった。シーグルの身を守る為に送り込んでいる者がいてさえ、魔法ギルドの側でもそれは分からないと言っていた。 「候補は、王城、ゼアン監獄、セバティ監獄、フグローク監獄……ってとこなんスけど、魔法使いが王に協力してるなら移動は魔法転送でスかね。なにせあの坊やを移動させた際の情報が何も出てこなくてですね、当然外をうろついてるような連中は何も知らない訳で現状お手上げ状態なんスよ」 せめて場所が確定されればどうにでもなるのだが――そう考えたところでどうにもならない。断魔石に囲まれたそれらの場所は、いくらセイネリアでも何の騒ぎも起こさずに中を調べるということは難しい。当てずっぽうで行って外れた場合は傭兵団が追われる立場となり、それ以後の行動がし難くなることが考えられる。それだけならまだいいが、王が見せしめにシーグルに何をしだすかが分からない。 「なら後は、処刑に合わせて移動するのを狙うか……処刑場に姿を現したところを狙う、となるが……」 そもそも本気で王がシーグルを処刑するとは思えないが――とそう考えながらも、最悪の場合も考えて処刑台からシーグルを助けるだけの準備はしておかなくてはならないだろう。 「となると人手が必要っスね」 「そうだな、使える連中は全部使うくらいのつもりでこっちに呼んでおけ。割り当ては集まってから決める。あぁ、個別で飛ばしてある連中は別だ、奴らは引き続き最初の指示通りに。ただし、こちらの状況だけは知らせておけ」 「了解っス」 いつも通り、おどけたように大仰な動作で敬礼をしてみせた男を見て、セイネリアは思わず自嘲の笑みを纏う。 「後手後手とは俺らしくないと思うだろ。あいつの事となるとこれだけ臆病になるのだからな……情けない話だ」 そうすれば灰色の髪の部下はいつも細めている瞳を軽く見開いて、それから作り物の笑みを彼もまた自嘲に変えて肩を竦めた。 「大切、なら仕方ないっスよ。……まぁそれでも、ボスが冷静であるってぇだけで俺達は不安を感じちゃいませんけどね」 「俺が、冷静だと思うか?」 「ボス基準なら冷静じゃないのかもしれないっスけど、俺の基準じゃ冷静だと思いまスが」 「お前基準なら相当信用出来そうだな」 「さぁどうでしょう、俺もそこまで冷静さに自信はないっス」 それに声を上げて笑えば、フユもまた笑う。 そうしてフユが姿を消せば、セイネリアは指にある指輪を唇に押しあてながら、再び窓の外の様子を眺めた。 「失敗はしない……ここであいつを手に入れられれば、もう二度と離さなくてよくなるのだからな」 --------------------------------------------- そんな訳でシーグル救出編開始です。 |