弔いの鐘と秘密の欠片




  【11】



 本格的に冬がやってきた首都セニエティの空は昼でも灰色で、不安を抱える心を更に陰鬱な気分にさせる。それでも馬車の窓から見える、雪の中ではしゃぐ子供達を見れば少しは気分も向上する。少なくとも今、人々は笑っている、この国はよくなっていこうとしているのだと。自分がここにいる事は間違っていないのだと。

「カーテンを閉めろ」

 不機嫌そうに言われた声に、シーグルは微かに笑って彼のいう通りにする。
 そうすればすぐに手が伸びてきて、抱き込まれたかと思えばこちらの兜は取られてしまう。そこでやっと彼は表情を和らげて、極自然に口づけてくる。……ただし、馬車の中は揺れる為、こういう場合のキスはすぐ離してくれるが。それ以前に、お互いに鎧姿同士なものだから、こうして抱かれているだけでカチャカチャと音がするのも気まずいのだが。
 それにしても、やはり完全に冬になればこの鎧姿はいくらなんでも目立ち過ぎるな、とシーグルは自分の姿を見て軽くため息をつく。いくら騎士団の連中であってさえ、雪がちらつく季節に鉄の鎧を着ているものはまずいない。確かにシーグルだけは冬でも鎧で通していたが、あれは外気温に関わらず冷たくならない魔法鍛冶の鎧だからで、それ以外で冬に鎧を着ていれば自殺願望でもあるのかと言われても仕方ない。
 ただ、今のシーグルには鎧姿で通さねばならない理由があった。だから予めこの鎧には魔法ギルドの方でいろいろ処理が施されたらしく、かつてのシルバスピナ家の鎧程ではないが着ていて凍えるような冷たさにまでなることはなかった。セイネリアの方の鎧はもともとそういう処理はされていなかったそうだが、『シーグルだけが鎧だと目立つだろ』という事で一緒に同じ処理を施させたらしい。

「どうかしたのか?」

 抱き合っているのに自分が考え事をしていた所為かそう聞かれて、シーグルは急いで顔をあげて彼の顔を見た。

「いや、単に少し考え事をしていただけだ」
「何を考えていた?」
「この冬に鎧姿はやはり初めて見る者には驚かれるな……とか」
「寒いのか?」
「それはない」

 軽く笑い掛ければ、彼の口元も笑みに綻ぶ。
 片手でシーグルの体を抱き、もう片手でその顔を撫で、髪を梳いてこちらを愛しそうに目を細めて見つめてくる。そんな彼を愛しいと感じるものの、シーグルは何故か自分の中の不安の種がまた膨れていくのが自覚出来た。

 あれから、特にセイネリアに変わったりした様子は見られなかった。いつも通り毎日城と傭兵団を行き来して会議と事務処理に追われ、時折春に工事予定の場所の下見に行ったり、騎士団の訓練に顔出したり等と冬でも休む間もなく仕事をこなしていた。時折愚痴を言いはしても役目を放り出してしまったりなどという事は当然なく、こうして次の場所へ向かう馬車の中で少しでも自分に触れたがるのもいつも通りだった。
 公の場でのセイネリアの態度も変わらず、何かの決定をする時は貴族達に皮肉で釘を刺し、既に有無を言わさぬだけの段取りを纏めておいてからそれを見せつけて思い通りにして見せた。今では宮廷の貴族達は陰口でさえ誰も『たかが傭兵あがり』という言葉を言わなくなった。彼の事を誰もが恐れ、けれどもその彼も新王には膝を折り、笑顔さえ見せるという事で貴族達は安堵していた。

『愛される王と恐れられる将軍、双方に意見出来る貴族院、それから信仰としての大神殿、という図が出来る訳だ』

 新政府の体勢についてセイネリアはシーグルにそう説明してくれていた。軍方面はセイネリアがトップに立ちはしてもあくまで立場は王の下であり、それをを示してさえいれば自分は国民から恐れられていたほうがいい、と。

『恐れられても信用は必要だろう』

 それを聞いたシーグルはすぐに反論した。だがセイネリアはあまりにも平然と、シーグルにとっては驚くべき彼の立場についての話をした。

『信用は王にあればいい、あくまで最上位権力者は王だ。トップが絶対的に支持されていれば下が憎まれても政府自体の支持は揺るがない』
『まるでそれでは……下はいざとなれば切れるから、とでも言いそうだな』
『そうだ、最悪それで政府の支持は回復出来る。人々から憎まれた部分は全部そちらに押し付けて切り棄てればいいだけだ』
『お前は、憎まれ役を引き受けて切り捨てられるつもりなのか?』
『まさか、切り捨てられなくてはならない程の悪評を広めるヘマはしないさ。だがなシーグル、国を治めるのはきれいごとだけでは済まない、なら最初からある程度悪く言われている人間がそれを受け持てばいい、そうすれば王家に傷はつかない。それに予め悪く言われているくらいの方が、多少の事は”奴なら仕方ない”で済むものだ』
『お前はそれでいいのか? 将軍という地位にあっても人々に憎まれて……何故そこまでするんだ?』

 その問答は結局、セイネリアのあまりにも優しくシーグルを見つめながら言った言葉で終わりとなった。

『別に人から称えられたくて地位を得た訳じゃないし、恐れられるのにも憎まれるのにも慣れている。お前以外の何者からどう思われようと俺にとってはどうでもいい話だ。それに今の王家はお前の血を継いでいく者だ……それなら俺にとって守る価値があるし、それがお前との契約でもある』

 そういって満足そうに笑った彼にシーグルは何も言えなかった。
 結局、その話はそれで終わりになってしまったが、シーグルはそんなセイネリアの態度に申し訳ないと思うと同時に彼に対して違和感のようなものを感じたのを覚えている。

「俺は冬は嫌いじゃない、ベッドでお前が自分からくっついてくるからな。ただ、鎧の上からだとお前の体温が感じられないのはつまらんな」

 そう笑い掛けてきた黒い騎士に、シーグルは不安を振り切って引きつった笑みを浮かべ、そうか、と答える事しか出来なかった。



 END.
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 これで19話は終了。
 次回はちょっと飛んで春がやってきます。



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