いつも通りの受難な日々
<警備隊西第2隊>




  【後編】



 北の大国クリュース、その首都セニエティの人口は『住んでないけど根城にしている』者も含めるとそれはもう膨大な数になる。ただそこまで人が増えれば当然貧富の差毎に生活圏が区別される訳で、首都の中でも西の南方面、一般的に西の下区と言われる一角はいわゆる貧民街とされていた。
 そういう場所は金のない者や公に外を歩けない者が住んでいる訳で、当然ながら犯罪(と法律的にはみなされなくても)の温床にもなっている。だからこそ警備隊の仕事も多く、この地区を担当する隊も多い。ザウンが所属する警備隊西第2隊も勿論名前の通り西の下区の一角を担当していた。

 遠巻きに死体を見つめる人々をかき分けて現場に入れば、昨夜のそのままの状態で死体は転がっていた。やじうまの反応からしても死んでいる人達を悼んでいる声は皆無で、ほっとした、せいせいした、という声ばかりなのはこちらも安堵するところではある。

「おし、ぼーずは回りの人をもちょっと遠ざけとけ。後、運ぶ時に道開けるのもな」

 元々の体格差がかなりの為、上からぽんぽんと頭を叩かれて、ニコ達は死体に向かう。新人に死体処理を押し付けない辺り、基本はいい人達なんだろうなとザウンは思う。

「こりゃ相当の手練れの仕業だろうな。ま、そうでもなきゃこいつらを始末なんか出来ねぇだろがね。雇われたプロかもなぁ……恨み相当買ってるだろうし」

 プロも何もウチの隊長ですよ、と心の中で返して、ただもし口に出したとしても信じて貰えない気もザウンにはしていた。なにせ普段の隊長は、仕事は基本部下任せでいつも自分の部屋でぼーっとしてるイメージしかない。訓練の時間に付き合う事もなく、だから隊員と手合せもしたことがない。これで、実はあの人馬鹿強いんですよ、と言っても信じて貰えないだろうなとザウンは思う。っていうか、自分だってその時の隊長の事を見た事がなかったら信じない自信がある。
 ニコ達の会話を後ろに聞きつつ見物人を下がらせていたザウンは、だがそこで意外な方向、つまり見物人の中から声を掛けられた。

「あれ、ザウンか? おーいザウン、もしかしてお前警備隊やってるのか?」

 最初は声で心当たりがあるかを自分の記憶に問い合わせて、それから目で人物を探して頭の中でそのビジョンと照合する。

「あぁ、ローフかぁ」

 言うと彼は手を振って、人をかき分けて前にやってくる。

「なんだよ最近事務局で顔見ないと思ったら警備隊かよ、すげぇな」

 そう言われるとちょっと得意になって、警備隊の印である黄色の肩掛けを見せつけてみる。それにわざわざ、おぉっ、と声を上げてくれるのだから、更にザウンは気分がよくなってしまう。

「んじゃもう、今日の宿や仕事を探さなくていい生活かぁ。いいなぁ」
「まぁな、いろいろ大変だけどさ」

 ほとんど同じような境遇だった元仕事仲間から羨望のまなざしを向けられて、ここで得意になるなというのはザウンの若さからすれば無理というものだ。

「いいなぁ、すげぇなぁ」
「まぁまだ入ったばっかだし、一番の下っ端だけどさ」

 とつい話込んでしまったところで、今度は後ろから声を掛けられた。

「ザウンく〜ん、出すから道あけてくれないかなぁ?」
「え、あ、はいっ」

 やけに丁寧に言われた段階で自分の状況を思い出し、ザウンは焦って姿勢を正して返事をする。ローフには、悪いな、と呟いて人々に道をあけるように声を上げる。
 死体運び専用の引き車を引いてニコが先頭で歩いてくる、それを後ろからカウルスが押して行く。ザウンはそれを人々を抑えながら見ていたが、車は人の群を過ぎるとそこで一旦止まった。

「ぼーずは久しぶりに友達に会ったんだろ? んなら少し話してから帰って来ていいぞ。ただ遅くなりすぎないようにな、隊長には『住民に一応状況聞いてから帰ってこいっていっておいた』って言っとくから」

 そう言ってウインクをしてきたニコに、ザウンは礼を言ってその場で深くお辞儀をした。







 さて、そんなことがありながらもその日も一日が終われば、夜は寝る為に部屋に帰る訳で、そうするとまたザウンは、にやにやとやけに機嫌が良さそうな隊長がいるベッドに入る事になる訳である。

「えーと、き、今日はその……なし、ですよね?」

 その笑みが不気味で聞いてしまえば、隊長は寝転がったままベッド上で欠伸をして見せる。

「んー、どうしよっかなぁ。たまには連続でやってもいいかなーとか」
「すいません勘弁してください体が持ちません」

 即答で泣く勢いでいえば、隊長がベッドの上で体を揺らして笑う。

「はは、そんなに怖がらなくてもいいよ。かっわいいなぁザウン君。まぁ嫌がってる子に手を出したりはしないから安心してベッドにおいで」

 それでやっとほっとして、ザウンもベッドの上に乗る。

「ザウン君は本当に可愛いなぁ」

 そしてやっぱり抱き込まれる。
 なんか母親が子供を可愛がるように、頭を撫でたり頬を摺り寄せられたり顔中にキスされたりと、言葉通り『可愛い』がられてしまうのは、もういつもの事で抗議する気もない。……それに、慣れてしまったせいか、今ではそうされるのもちょっと嬉しいと思ってたりもする。

「で、ザウン君、今日はニコ達に付いていったあと一人残って何やってたのかなぁ?」

 なんか気持ちよくなってされるがままにしていたら、唐突に耳元でそう聞かれてザウンは驚く。

「え? あ? そ、その……」
「皆の前じゃないからね、別にサボって遊んでたとしても怒らないから、俺だけにいってごらんよ」
「えー、その……」

 この人にそんな風に言われて、嘘を付ける訳もなく。
 だからザウンはあっさりと白状した。

「昔の、友人にあったんで、少し話してきました」
「ふむふむ、残って話してきていいってニコが言った?」
「はい……あ、あのその、それでニコさんを罰したりとかは……」
「しないよ、ニコもザウン君が自分から手伝ってくれたってお礼込みでそういったんだと思うしね。そういうのをわざわざ罰したりなんてヤボなことする訳ないじゃない」

 こういう時に、真面目過ぎない上司は理解があっていいなぁ、なんて感想を抱いてしまったのは置いておいて。ともかくザウンは改めてホッとした。

「でもね、西の下区は危ないからね、いくら警備隊の恰好してるからって一人で行動するのは出来ればしない事」
「あ……はい」

 冒険者同士での諍いは罪にならないものの、警備隊や役人等に何かあった場合は仕事中ならその仕事を妨害した、という罪になる事がある。だから危険地区を一人で歩いていたとしても一般冒険者よりは安全ではあるのだが、確かにザウン程度の腕では一人であの辺りをうろうろするのは危険だという自覚はあった。

「以後気をつけます。ただ今回は一応、近くまではその友人と一緒に帰ってきました」
「そっか、ザウン君に何かあったら俺すっごい困るし泣いちゃうからね、ザウン君は気をつけるんだよ」
「はい、申し訳ありませんでした」

 そうすれば隊長はまた顔のあちこちにキスをしてきて、ザウンはくすぐったくて笑ってしまう。

「で、ザウン君、お友達とどんな話してきたのかなー?」
「へ、いや普通にお互いの近況の話とかですけど……すいません、くすぐったいです」
「ザウン君は敏感だなぁ〜、お友達はこの隊にどんな人がいるかとか、ザウン君がいつなら非番とか聞いてきたのかな?」
「え? えぇそういうのは聞かれましたけど、次に連絡取るならどうすればいいって事で……あ、んんっ、言ったらマズかったですか?」
「いや、別に。友達の方は今どうしてるとか話してきた?」
「そういやそれはあまり……なにせ警備隊になったって言ったら、いろいろ聞かれて……あ……たいちょ、そこ、は……」

 なにせ話しかけてくるだけではなく、キスしたり体を撫でたりしてくるのだからザウンも会話に集中出来ない。かといって頭を会話に持っていかれている分体の感覚の方にも集中出来なくて、結果声も抑えられない。

 そんな訳でザウンはその夜、散々体を弄られて喘がされて……最後までヤってないのにえらく疲れきって気を失うように眠りについたのだった。






 昼間でも夜でも、西の下区と言われる場所でこそこそしている人間なんてロクでもない人間に決まっている。ついでに言えば後ろめたい事をしている人間というのは、明るいおひさまの下から逃げて薄暗いところにいきたがるものだ。

 高い建物に囲まれて日があまり入らない場所で、そうしてやはり後ろめたい何かがある人間達が集まっていた。

「おい、ローフ、何時になったら金持ってくるんだよ」

 ただそこにいたのは、悪い連中が悪巧みを相談中と全員一くくりでいうよりも、悪い連中が獲物を脅しているという場面であったが。

「大丈夫です、次は必ず。金がありそうな友人と会えたんで」
「本当かよ、今度こそ嘘じゃねぇだろうなぁ」
「はいっ、大丈夫です。あいつ人がいいんで、生活に困ってさえいなきゃ有り金全部だって出してくれますよ」

 まぁ、こういう光景もここでは別段珍しいものでもない。弱い者は強い者の餌食になるだけ……この世界の道理というのはそう決まっている。

 ただ今回は無関係でないからこそ腹立たしい。

 『彼』はそう思うと、感情のない目で彼らを眺めていたその目を細め、首に巻いたマフラーを上げて口元を隠し、頭に巻いた布を下して目元を隠す。そうして顔が隠れた事を確認してから、剣を抜いて走りだす。
 彼らがこちらに気づいたのは、一人目が殴られて地面に転がってからだった。今回は殺すと後が面倒だから、殺さず、というのがまた面倒だなと『彼』は思う。

「貴様っ、どこのモンだっ」

 喚いて、青年を脅していた側の者達が戦闘体勢をとるが、その時にはもう一人転がっている。それから更にもう一人。脅されていた側の青年は腰を抜かしてその場に座りこんでいる――それでいい。
 最後に残った男はいかにもこの連中のリーダーらしいが、だからこそ残したのだ。男は剣を振り上げてこちらに向かってきた。

――あぁ本当に、遅い、どんくさい、面倒くさい。

 億劫そうに『彼』はそれを避けると、すれ違いざまにその腕を掴んで後ろへと捻り上げた。痛くてしゃがみ込んだ男の背を足で踏んで、動けなくなった男に『彼』は言った。

「今日は殺さないが、これ以上ヘタな事をすると次は殺す」

 事前の調べで、この男には後々面倒になるようなバックがいない事は分かっている。ケチなチンピラの兄貴分と言った程度の男だから、この男さえ大人しくさせれば今回はそれで済む話だ。

「ひ、ひぃぃぃっ、な、なんだお前」
「返事をしろ、もう二度と……少なくともそこの男には関わるな、分かったな?」
「お、俺は金を貸した方だぞ、なんで俺が……」

 そんな事は分かっている。それに高い利子をつけて取り立てているというのも分かっている。

「そいつに貸した程度の金と、その命、どっちが惜しいんだ?」

 だから笑い声と共にそう返せば、男の体が震えあがるのが分かった。

「分かった、いいっ、もうそいつには構わねぇっ」
「絶対だな?」
「あぁ、絶対だっ」

 それを聞いて腕を離してやれば、男は慌てふためいて『彼』から離れる。そうして、地面に転がっていた仲間達を、ある者は揺り起こして、ある者は引きずって、とにかくどうにか連れてこの場から慌てて去っていった。

「あ、あの、ありがとう……ござい、ました」

 未だに腰が抜けているのか立てない青年の方がお礼なんて言ってきた事で、『彼』は一度顔を顰めると面倒そうに振り返った。

「別に礼なんていいよ。たださ、君、もう首都から出て行ってくれないかな」
「え?」
「黙って出ていくんなら、お友達を利用しようとしたのも忘れてあげるからさ。でないと俺、次に君がお友達に会ったら何するか分からないよ?」

 口元を隠していたマフラーだけを下して、微笑む口でそう告げれば、腰を抜かしていた青年はその場で顔を強張らせてそれを了承するしかなかった。






 のどかな夕食時間の食堂は、各自最後の見回りから帰ってきた西第2警備隊の面々が集まる。一応食後に夕礼があるから、余程の事がなければこの時間は全員ここに集まるし、そもそも遅れると食いっぱぐれる事になる。
 ふぁ、と大きく欠伸をしたこの隊の隊長であるオールベイの横に、服装にも顔にも夕方特有のくたびれた様子が一切ない副隊長のテデースが座った。

「で、先程はどこへ行ってきたんですか?」

 あまり食欲もなさそうに、ソーセージをフォークでつついているオールベイを見る事もなく、他には聞こえない声でテデースが聞いてくる。

「んー、ちょっとヤボ用?」
「ザウンの友人の件なんでしょう?」
「テデース君は鋭いなぁ」
「こっちに調べさせておいて何言ってるんです」
「だよねぇ」

 彼の声の中に苛立ちを感じとって、オールベイは思わず笑う。それからまた欠伸をして、ふにゃっと皿の横のテーブルにつっぷした。そういう事をしていても、いつもの隊長、という事で他の面子が不思議に思う事はない。

「まぁ貴方の事ですから、上手くやってきたとは思いますけど。……彼の事は随分気に入ってるようですね」
「そりゃー気に入ってるよぉ、もう可愛くて堪らないし」
「貴方のそれは、お気に入りのぬいぐるみに対するそれと変わらないでしょう」
「んーまぁ、半分間違ってないかな、何せ俺の精神安定剤だしね」

 いつも眉間に皺がよりっぱなしのテデースが、そこで大きくため息を付く。
 そんな表情ばかりしていると、せっかく美形なのにきっと彼は早くに老ける事だろう、といつもオールベイが思っているのは言わないでおく。

「人はおもちゃじゃないですよ」
「分ってるよーだからすっごく大切にしてるじゃない」
「少し、過保護かもしれませんが」
「そうかもね。でも……正直者が不幸になる世界なんて嫌じゃない?」

 そうすればテデースは黙る。
 だからオールベイはへらっといつも通りの緩い笑みを浮かべて、可愛い同室の青年が他の連中と一緒に食堂に入ってくるのを見ながらつぶやいた。

「あーゆー子が笑ってると、まだ世の中捨てたものじゃないって思えるからさ」





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そんな訳で導入的物語でした。基本は短編の一話完結型です。



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