【2】 ウィアが首都に出てきた時、テレイズは正神官で、しかも名を忘れたが既に何かの役職つきだった。とはいえまだその時は大神殿の神官宿舎住まいであったから、当然、ウィアはその部屋に転がり込む事になった。幸い、役職付きだけあって部屋は少し広めではあったため特に困る事はなかったのだが、ただ本来、例え家族であったとしても、ここは関係者以外が住む事は禁止されている、という事になっていた。 それでも問題ないから来いといったテレイズの言葉の理由は、部屋に行ってすぐに分かる事になる。 「ウィア、これとこれにサインをしてくれるかい」 笑顔の兄に逆らえる筈もなく、とにかく言われるままにサインしたウィアは、その後にそれは何の書類なんだと聞いてみた。 「あぁ、お前の神官学校の入学手続きの書類だよ。ここには神殿関係者以外住む事は出来ないから、こうすれば問題なしという訳さ。どうせお前、冒険者になるといっても、特技もなければ腕っ節に自信がある訳でもないだろ、神官になってから冒険者になった方が後々仕事貰いやすいぞ」 それでも最初は反発したウィアだったが、現状の冒険者事情から、神官になっていればどれだけ後が楽か等を延々説教されて、最終的には兄の言葉に乗せられるように納得してしまったのだった。 ともかく、ウィアが神官になった理由はそういう事なので、完全に兄の計画というか策略によるものだったといってもいい。 それがすごく癪に障って不真面目な不良学生をしていたウィアだが、学校というところは成績さえ良ければ多少はハメ外しても問題ない、という事は、兄の徹底した詰め込み勉強の成果として学んだ事である。勉強なんて大嫌いなウィアであったが、うざい教育神官の連中が文句を言ってこなくなるならやってもいいと、とりあえず勉強だけは嫌々でもちゃんとやった。兄が直々に教えていてサボれる訳がないという理由もあったが、ウィア本人としても早く兄から独立して、冒険者になりたいという思いもあったのだ。 そんなウィアだが、実は首都に出て来た時点のウィアは、デキの良すぎるくせに要領のいい兄に反発はしていたが、大嫌い、という程ではなかった。なにせ小さい頃に親を亡くして兄だけが肉親だったウィアにとっては、反発心はあったもののそれでも自分の事を一番に考えてくれる、大切な大切なたった一人のウィアだけの兄だったのだから。 ところがそんな気持ちは、首都に出て兄と暮らすようになって、すぐに大嫌いへと変貌した。 地元にいた時はいいコだった兄のここでの生活といえば、一言でいえば色ボケ淫乱神官と言いたくなる程の爛れ具合で、神官宿舎にいた頃は夜はちょいちょい帰らず、毎回違う恋人らしき人物といちゃいちゃしているのを目撃すること十数回、キスしてるのだってその時点で2,3回は見たことがあった。更に大神官になって屋敷住まいになってからは、今度は帰ってはくるが恋人を連れ込んでくるようになって、キス現場を見かける事はもう数えたくない程になった。しかも相手は男も女もその時々で、どれだけ節操ないのかとガキのウィアだって呆れたくなった。 それでウィアが兄に怒れば、ウィアに対しては絶対的上から目線を崩さない兄は、『だったらお前も恋人くらい作って来い』といってくるのだから、ウィアの怒りが収まる筈がない。 だからこそ、兄の言葉通りに、兄のマネをして遊んでやろうと思い立ったウィアは……所詮子供の反発であったからこそ、一度痛い目にあう直前にまでなった。 「なぁ、ウィア。この間言ったウォルケの店、今夜いってみないか?」 ウィアは外見通り、見た目だけは可愛いものだから、そういう意味で声を掛けてくる男がそれなりにいた。最初は男と恋人ごっこなんて気持ち悪いと思っていたウィアだったが、回りを見れば同姓のカップルなど別に珍しい事ではなく、首都、特に冒険者間ではよくある事だと認識してからは、それなりにその手の連中に付き合ってやったりしていた。何せ、男相手の場合はこちらは女の子扱いで、食事は奢ってくれるしいろいろ優しくしてくれる。最初は冗談じゃないと思っていたキスだって、上手い相手となら任せてもいいかな、なんて具合に慣れれば嫌悪感を抱かなくなっていた。ただし、勿論、嫌な相手は断わる事前提であるが。 今話し掛けてきた、神学校では同学年であるヴォッツは、それなりに顔もよくてキスも上手くて、なにより実家がそこそこ大きい商家らしく金もあると、ウィアは結構気に入っていた。彼と出かけるのもだから今回で3度目で、ウィアも気楽にOKの返事を返した。いつもウィアが自力では払えないような食事に連れていってくれる彼との約束を、今日は何を食べさせてくれるのだろうと期待して、単純に楽しみにしていたのだ。 けれど、優しい言葉には下心があるものだ、という事をウィアはこの時初めて知る事になる。 いつも通り食事をして、ちょっぴり軽いアルコールも入ったりして、いい気分でいちゃいちゃしつつ街を歩いて、ふと気づいたら、いかにもいかがわしい店の中にウィアはいた。 「ウィーアー、あれ、どこいったのかな?」 ヴォッツも酔っていたせいか、隙を見て部屋の外までどうにか出ることが出来たウィアだったが、さすがにこのまま外まで誰にも見つからずにすんなり出られるとは思えなかった。 俺はここで後戻り出来ない世界にいっちゃうのか? どうする俺?!――と、一人で頭を抱えて廊下の隅っこで悩んでいたウィアは、ふと人の気配がして顔を上げた。そして、強面のこの店の関係者らしい男にじっと睨まれて、ここで終わりかと覚悟をした。けれど。 「君、ウィア・フィラメッツ、だろ?」 名前を当てられて、ウィアは驚きすぎて黙る。 相手はふーっとため息をつきながら眉間を押さえて、ウィアに向かって片手でチョイチョイと手招きをした。 「やっぱりそうか、お前のにーちゃんから聞いてるよ。約束だからな、今回は助けてやる、こっちにきな」 その男が信用出来るのかどうかというのは問題ではあったが、ついていかなくてもどうにもならない状況だったので、結局ウィアはついていく事にした。 男についていけば、すんなり裏口からその店をでる事が出来たものの、絶対に真っ直ぐ家に帰る事を約束させられた。いつもなら反発するだろうウィアも、その日はさすがに兄に助けられたと自覚した手前、言われた通りに家に帰った。 帰れば、家の前には、兄が思い切り怒った顔をして立っていた。 ウィアを見つけると、彼は腕を引いて書斎へと連れていき、向かい合わせに椅子に座らせて真っ直ぐ睨みつけて言ったのだ。 「ウィア、俺が何で怒っているかは分かっているかい?」 「えと、俺がほいほいついていって、その……ヤバイ事になりそうになって……逃げ出して来た、から?」 テレイズは眉を思い切りしかめる。 「お前が俺へのあてつけで、悪い意味での遊び友達とつきあってる事は知っていた。それでも何も言わなかったのはなぜだと思う?」 それにはウィアは口を尖らせて強い声で返す。 「そりゃぁ、兄貴だって遊んでるんだから、俺に怒る権利なんてないだろっ」 けれどテレイズは冷たい目で、ウィアを殊更見下ろして答えた。 「違うな。口で言って分からないだろうバカは、一度痛い目をみとくべきだと思ったからだ」 「なんだよそれっ。痛い目って、痛いとかいうだけじゃなくヤバイ目に合うとこだったんだからなっ」 「それはお前の自業自得だ」 兄に反論しても勝てないのは重々分かっているものの、こちらの状況に対してこんなに冷静に言われると腹が立つやら悲しいやらで、ウィアは半分泣きそうになってきた。 「お前はガキだから、男同士ってのはいいとこキスして恋人ごっこを楽しむ程度だと思ったんだろうが、それだけであんなにちやほやしてくれる訳がないだろう」 「って事はやっぱり……男、でも、やるのか?」 「勿論」 いかがわしい場所に連れてこられた時点でウィアも察してはいたものの、実際に断定されるとぞっと背筋に鳥肌が立つ。その様子をみたテレイズは、大きくため息を吐きながら頭を押さえた。 「お前、首都に来て、あんだけ遊んでおいてそれくらいも分からなかったのか。むしろ異性よりも、同性同士の方が肉体関係だけの目的でつきあう事が多いんだぞ」 ウィアは顔を青くして呆然となった。いくら男とのキスは慣れたとはいっても、そっちの意味での本当の女役を自分がするとか想像も出来ない。 「いいか、冒険者になったらな、基本的に自分の身は自分で守らなきゃならない。特に強姦とかはな、女が被害者なら罪は重いが、男ならほとんど罪にならない。お前みたいに女代わりに出来そうな容姿だと、冒険者になったら遅かれ早かれ犯される」 「なんだよそれ、そんなの……」 「自由っていうのは、そういうリスクを背負うものだ。今回はたまたま俺の知り合いがいて助けてくれたけど、そのうち確実に誰かにやられるからな、お前」 ぶるりと震えて両手で腕を押さえたウィアの姿を、テレイズは動かない瞳でただ見つめる。 「男が男に犯されるってのは、そりゃぁ屈辱だ。痛いし怖いし苦しいし悔しい。しかも泣き寝入りするしかない。……だがな、うまくやれば、別に嫌な目に合うだけじゃない」 「……どういう事だ?」 震える声で見上げてきた弟の顔を、愛しそうに、ほほえみさえ浮かべてテレイズは見つめると、ゆっくりと静かにウィアへと答えた。 「無知なら犯されるしかないが、相手の意図をわかっていれば回避出来るし、ヤルにしても無理強いを免れる事は可能だ。別にセックスはちゃんとやれば悪いものじゃないしな、割り切ってこちらが主導権を握れるようにコントロール出来るならいいわけだ」 つまり、テレイズはそう言えるだけの事をしている。散々恋人をとっかえひっかえしているのもそのせいなのだと、兄の言葉でそれを理解してしまったウィアはなんだか目から涙が出てきた。そんな兄の行動を理解出来る反面、そんな事をしている兄が嫌で、悔しくて、悲しくて、頭にきて……でもそれを言葉に出来なくて涙を流すしかなかった。 そしてテレイズは、泣く大事な弟の頭を優しく撫でると、顔を近くに寄せ、目と目を合わせてウィアに聞いた。 「ウィア、このままお前が卒業して正神官になるなら、俺がずっとお前を守ってやる事も出来る。だがな、冒険者になるなら、お前が自分で自分を守れる方法を、兄さんがお前の体に教えてやる」 どうする? と優しく尋ねられた兄の瞳にウィアがどう答えたかは、今のウィアの立場を見れば聞くまでもない。 --------------------------------------------- ウィアの回想シーンでした。長くならないよう文章説明メインにした分、説明ぽくならないように気をつけたつもりなんですが……やっぱり今一つだなぁ(TT。 テレイズ×ウィアなシーンは流石に書きませんのでここで終わりです(汗)。期待しないでくださいねっ。 そんな訳で、今までなんとなく匂わせていたこっちの兄弟の関係はこんな感じです。ここではあくまでウィア視点ですが。 |