剣を持つ者は愛を知らず





  【3】



 エレメンサを倒したことが村に伝わると、徐々に人々が外に出てきて、倒れたドラゴンを見ようと、その亡骸のある広場へ集まってきた。
 ドラゴンの姿に怯えながらも、口々に安堵の言葉を吐く住人達。ウィアやシーグルには感謝の言葉があちこちから浴びせられ、村長は何度もシーグルに頭を下げた。
 ちょっとした勇者気分ではあるのだが、シーグルはあまり声を出さずに、事務的な話に終始する。恐らく、顔が見えていたら哀しそうにしている気がして、ウィアも周りの賞賛の言葉に素直に笑えなくなってしまった。

 ドラゴンの死体の処理、紹介所からの仕事終了の手続き、そしてなりより、村人達がどうしてもと言うのもあって、二人はその日も村に泊まる事になった。最初ウィアは聞き違いかと思ったが、シーグルも夕飯には顔を出すと言って、夜は村人総出で祝賀会と皆盛り上がっていた。
 でも、ウィアは気になっていた。

「いいのかシーグル、食えないんだろ」

 夕飯までに休むと言ったシーグルの部屋に押しかけて、予想通り沈んだ顔をしているシーグルにウィアは尋ねる。

「大勢なら、俺一人食わないくらいでも料理は余らないだろ。それに、恐らくアイツの肉が出るだろうからな」
「アイツってまさか……」
「エレメンサの肉だ。村人が、今夜はこれがメインだって言ってたのを聞かなかったのか」

 顔を引き攣らせたウィアの様子に、シーグルは苦笑する。
 言われてみれば、ドラゴンの被害で漁にもいけなかった人々からみたら、あの死体はご馳走だろうとは理解出来る。出来る、が、ウィアとしてはあまりあの肉を食べるのは想像したくなかった。

「結構有名だぞ、エレメンサの肉は美味いって。倒されると大抵そこで食われる。肉だけでも高く売れるし、食うためにアイツを狩る連中もいるくらいだ」

 へー、とウィアは曖昧な相槌を打つくらいしか出来ない。
 それでも美味いといわれれば、本体は想像しないとしても興味は湧いた。

「てかまぁ、シーグルがわざわざ食うってくらい美味いなら……食ってみたいかな」

 シーグルは目を細めてウィアから視線を外すと、哀しげな顔をして呟いた。

「倒したなら、食ってやらないとならないだろ」

 言われればウィアも『あぁ確かに』と思うところはあった。慈悲の神であるリパの教えは、もちろん殺生を禁じている。ただし、自らが生きるための殺生は、生命から別の生命を繋ぐ手段として禁じてはいない。
 本来なら、神官であるウィアの方がそれを言わなくてはならないのだが、そもそもそこまで信心深くもなく、術目当てで神官になった手前そこまで考えた事はなかった。リパの教え自体も、人によって都合よく解釈される事が普通で、正神官でさえ、シーグル並に気にする人間の方が少ない。
 あのドラゴンを倒したあと、祈りの言葉は聞き間違えでなくシーグルだったのだと、今更ながらに確信する。
 食べる楽しみもなく、化け物の死さえ悼んでそれでも倒すシーグル。

 ――なんか本当に、こいつってすごいきっついんじゃないかな。

 お気楽思考のウィアには、彼の立場は想像がつかない。あのほんわりとしたフェゼントの弟とは思えないくらい、シーグルは自分に厳しすぎるというか、なんでもきつく考えすぎている気がした。






 ――翌朝。
 昨夜は村中お祭り騒ぎで、ウィアも騒ぎすぎて起きても喉が痛かった。
 シーグルは明日早朝から帰る前に用事があるからと、上手く酒も食事も断っていたが、その分ウィアにはどちらも山のように積み上げられた。もともとお祭り好きのウィアは、調子にのって村人と一緒に騒いだし、シーグルの分も受け持ってやろうと余分にがんばりすぎた。
 その所為か、朝起きたら喉が痛いは気分が悪いはと、寝覚めはかなり悪かった。
 胃の丈夫さには自信があるが、気分はよくなくて、ウィアはもそもそと用意された朝食を取りながら、喜んでしゃべりまくる村長の話を聞いていた。

 そこへ、シーグルが村長の息子と共に帰ってくる。

 兜をとって沈んだ顔をしているシーグルとは対照的に、村長の息子は機嫌よくウィアに挨拶をして、そのまままた外に出て行った。
 食べているウィアの横に、シーグルが座る。
 顔色のよくないシーグルに、ウィアは首をかしげた。

「そういや、朝からなんか確認してくるっていってたっけ? あー……もしかしてアイツの巣へいってみたのか?」
「あぁ」

 どうみてもシーグルには元気がない。

「どうかしたのか?」

 と聞けば、なんでもない、と返されて、それ以上ウィアも村長の前では聞く事をやめる事にした。






 書類にサインを貰い、もう一日滞在しないかと持ちかける村長を振り切って、朝食後、すぐに二人は村を出た。
 喜んで歓待してくれるのは嬉しいものの、これ以上ここにいると身が持たないとはウィアも思っていたので、村人に知らせる事なくすぐに出発したのはありがたかった。
 実は、昨夜の時点で、村の女の子達は素顔のシーグルをみて大はしゃぎをしていたし、ウィアにさえ色目を使ってくる娘も少なくなかった。これ以上いたらいろいろ面倒な事になりそうだと、こんなにモテた経験がないウィアでも容易に想像出来た。

「勇者様、うちの娘を貰ってください……って展開は都合のいい御伽噺だと思ってたんだけどな」

 村長の子供が息子でなく娘だったら、本気でそれくら言われた気がする。
 呟いたウィアの言葉に、シーグルがどうしたのかと聞き返してきたので、ウィアはなんでもないと答えた。

 帰り路も、シーグルの馬に乗って海岸沿いを南へと進む。
 行きはなだらかな登りが多かったただけあって、帰りはなだらかな下り道が多い。この分だと、行きよりも早く着けそうだと考えて、名残惜しそうに海沿いの風景をのんびりウィアは眺めていた。
 シーグルは、村を出てからずっと無言だった。
 行きの時も、ウィアが質問しなければ注意するときくらいしか話してはこなかったから、特に不自然という訳ではない。けれども、朝会ってから彼がずっと何か気分が悪そうなのは、見ていて気になっていた。
 先程は、村長がいたのもあってあまり追求するのはよくないと思ったウィアだったが、流石に今はいいかと思って、考えた末に声を掛けてみる事にする。

「なぁ、シーグル。やっぱ昨日無理して食いすぎて胃がきついとか?」

 最初は冗談めかして。
 まさかウィアだって、それが理由でシーグルが沈んでいるとは思っていない。

「いや、そこまで食べなかったから大丈夫だ」

 少しだけ、笑った気配のあったシーグルに、まずは良し、とウィアは思う。

「……まぁ、そんなら良かったけどさ。……まさかまだ、アイツを殺したことを気にしてんのか?」
「いや……」
「んじゃ、朝、島にいったことだな、一体何があったんだよ?」

 シーグルは軽く溜め息をついて、そうだな、と呟いた。
 ウィアがその先を待っていると、シーグルは静かな声で語り始めた。

「島に確認に行きたかったのは、アイツには子供がいたんじゃないかと思ったんだ。エレメンサは基本的には大人しくて、エサがない場合は半冬眠のようにじっとして、食事は殆ど食べなくていい。なのに毎日エサを取りに村に来るという事は、子供を育てているんじゃないかと思ったんだ」

 ウィアはドラゴンの生態なんか詳しくないが、確かにそれならばシーグルの予想も分かると思う。

「それで、子供はいたのか?」

 聞けば、シーグルの声は更に沈む。

「いた。だが、既に死んでいた」
「え、何で?」

 咄嗟にウィアがそう聞き返してしまえば、シーグルは無言になる。
 だからウィアは、病気か何か、もしくはエサを一日でも貰えなかったから死んだのか、その辺りだろうと思い込んだ。
 だが、唐突にシーグルが言った言葉に、ウィアは混乱することになる。

「ウィア、帰るまでに、少し面倒事が起こるかもしれない」
「ええええ?」
「何かあったら、ウィアは隠れていてくれ。何もしなくていいから、終わるまで待つか、先に首都に戻って事務局で待っていてくれてもいい」

 いきなりそんなことを言われても、ウィアは訳が分からない。ウィアはその面倒事について聞き返したが、シーグルは答える事はせず、それは何度聞いても同じ事だった。起こらないならそれでいい事だと、シーグルはそれしか言わなかった。
 だからウィアは諦めるしかなかったが、話す前以上に雰囲気が悪くなってしまった気がして、正直とても居心地が悪い。

 ――つまりあれだ、その面倒事ってのがシーグルが一番落ち込んでる原因なんかね。

 起こらなければいいと言ってこちらに話さないという事は、起こらないなら言いたくないって事なのだろうと、ウィアは溜め息をつきたくなる。

 ――どんだけ問題抱えてるんだ、シーグルは。

 呆れるやら同情するやら、ウィアは他人事ながら気が重い。
 しかし、この面倒事こそがシーグルにとって最大の厄災であることを、ウィアは後で知ることになった。





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