【6】 「フェーズー、今日こそは街の案内なっ」 満面の笑顔で食事をとりながら言うウィアに、フェゼントは笑う。 「午前中は紹介所巡りかな、んで昼食べたら俺のお気に入りのとこを案内してー。今日は一日デートっ♪」 「デート、ですか」 「うんっ」 元気よく言い返すウィアに、フェゼントもつられて笑顔になる。 けれど、突然フェゼントは思い出したように眉を寄せて考え出す。 「どうした、フェズ?」 ウィアの様子に、フェゼントは言い難そうに答えた。 「その……申し訳ないのですが、今日は流石に帰らないとならないので、昼食まででいいでしょうか」 ウィアは盛大に不満の声を上げる。 フェゼントが、本当に申し訳なさそうに表情を曇らせる。 流石にそんな顔をされるとウィアもしぶしぶ納得するしかないが、それでも不満は顔に出てしまって、それをみたフェゼントは益々困った顔をした。 「昨日、何も連絡せずに帰らなかったので、弟が……心配していると思うんです。ですから、今日は帰って、また明日来ますから……すいません」 「フェズ、弟と住んでるのか?」 「えぇ……まぁ」 歯切れの悪いフェゼントの言い方は気になったものの、ウィアは思いついた事があって顔を光らせる。 「俺もさ、兄貴と住んでるんだ。そーだフェズ、帰ってさ、弟にちゃんと言ってきたら今度は家に泊まりにこいよ。無駄に家広いからどんだけ長くいたって問題ないし、なんなら弟を連れてきたっていい。仕事ならやっぱり首都のがいろいろ便利だしさ、暫くは家に泊まってこっち拠点にするといいんじゃないか」 「いえ、そんな事までは」 焦って困惑するフェゼントに、ウィアは笑顔でお願いする。 「な、そうしよう? 俺、フェズと出来るだけ一緒にいたいんだ」 そこまで言われるとフェゼントも弱いようで、曖昧ながらも了解の返事をしてしまう。 ウィアは更に浮かれた。 「ホントはさ、フェズと離れたくないから、俺の方がフェズについて行きたいけどさ……流石にそれは我慢する。イキナリ俺が行ったら弟も驚くだろうし」 もちろんそう言いながら、フェゼントがいいと言ってくれればウィアはついて行くつもりだった。だが、フェゼントが表情を暗くしたのを見て、ウィアは調子に乗りすぎた事を自覚する。 ごめん、と謝るウィアに、フェゼントは宥めるような笑みを浮かべた。 「そう出来ればよいのですが、私達は向こうの家では居候みたいなものなので……客を連れて行く事は出来ないんです」 フェゼントの家の方も、いろいろ面倒があるらしい。 そう思うと同時に、これは逆に都合がいいのではないかとウィアは思いついた。 「じゃぁさ、いっそ弟も一緒に家に越してきちゃえばいいんじゃないか。実際さ、部屋余りすぎてて、知り合いが下宿したりしてんだよ。そっちの家で肩身の狭い思いしてるくらいなら、家来ちゃえよ」 ウィアとしては、まさに天啓と思ったのだが、それに反してフェゼントの顔は明るくならなかった。 彼は今度は困ったというよりも、悲しそうに見える顔をして、言い聞かせるようにウィアに言った。 「ありがとう、ウィア。でも、そういう訳にもいかないんです。私達をあの家に居させる為に、とても大変な思いをさせてしまった人がいますから」 その顔が、罪を告白にやってくる人達のような思いつめた表情に見えて、ウィアはそれ以上聞く事を止めた。 まだ、自分達の関係は始まったばかりだ。 急がなくても、そのうち分かる。互いのことをもっと分かって、もっと好きになれる。今のウィアはフェゼントとならそうなれると確信していたから、焦る気はなかった。 とはいえ、このままただ別れて連絡待ち出来る程、困った事にウィアは大人でもなかった。 「んじゃ、とりあえず事務局いって、パーティの登録手続きだけしておかないか?」 言われた事が意外だったのか、フェゼントが少しだけ驚いて首を傾げる。 「折角だからさ、次の仕事は一緒にやろう。登録しちゃえばいろいろ便利だしさ」 事務局にいってパーティの申請をすれば、連絡のやり取りなどで便利になる。 ウィアは首から下げていた冒険者支援石を服の中から取り出した。 これは冒険者登録をすると貰えるもので、これ自体が魔法のアイテムであって機能があるが、本人の魔法波長を登録してある為、本人証明証代わりにも成り得る。掌で握り締められる程の大きさの楕円形の板のような石は、穴が開いている為、紐を通して首や腕に掛けたり腰のベルトに付けている者が多く、冒険者は皆どこかに身につけていた。 ウィアは、取り出した支援石を見ると、そこに刻まれた数字をフェゼントに教える。 「これが、俺の冒険者登録番号な。一応この番号でもやりとりできるけど、パーティ登録しちゃった方が楽だしさ」 「……はぁ」 まさか断られるとは思っていないウィアだったが、どうにもフェゼントの反応が良くなくて、不安になりながらも、頭が疑問符で一杯になる。 そして、思いつく。 「もしかしてさ、フェズってパーティ登録が何か分からない……とか?」 「はい、その……なんでしょう?」 ウィアはほっとすると同時に、笑顔を引き攣らせた。 これは本当に、何処かのいいとこの坊ちゃんとしか思えない世間知らずっぷりじゃないか? とはいえ、先程の話ではフェゼントは居候といっていた。 だからその居候先がすごいイイ家でフェゼント達兄弟を可愛がっているとか、そういう図がウィアの頭に浮かんだ。 「どうしました、ウィア?」 キョトンと邪気のない顔で声を掛けられて、いろいろ彼について推測している自分にウィアは言い聞かせる。 ――いいんだ、付き合ってればその内教えてもらえるんだから、今は深く考えない。 つまらない邪推や憶測で、余計な事をしてフェゼントとの仲を壊しては元も子もない。 「いや、何から説明したもんかなって。パーティ登録ってのはしておくと、最初からそんだけ人手がいるよって事で紹介所で仕事貰い易くなるし、とにかくお互いの連絡をとる時に、身内扱いで手続きが楽になったりするんだよ。あぁ、複数のパーティに登録も出来るから、したら最後って訳ではないんで安心してくれ」 説明すればフェゼントは、分かったのかこくこくと頷いている。 ウィアとしては、単に連絡を取り易くさえ出来ればいいので、そんなに真剣に考えられた方が困るといえば困るのだが。 とりあえず、納得したフェゼントと事務局へ行き、その日の後は、フェゼントの言った通り、昼まで街の案内をして、昼食の後に二人は別れた。 明日来たら、少し長期でこちらに居る事も約束して。 ウィアは浮かれる気持ちで家に帰った。 「ウィア、泊まりの仕事なら、ちゃんと連絡を入れるように言ってあったね?」 家に帰った途端出迎えた兄に、すっかり浮かれていたウィアの頭は冷水を浴びせられる事になった。 小さい頃に親を亡くし、ウィア達兄弟は伯父夫婦に引き取られた。伯父夫婦は優しかったもののそこそこ高齢だった為、幼い時のウィアの教育は殆ど兄のテレイズがしていた。 そういう訳なので、小さい頃から刷り込まれた習性というべきか、ウィアはテレイズには逆らえない。冒険者として一旗上げる気で首都に来たのに、結局出世した兄の世話になっている現状では、ウィアには反論する権限もない。 「……ごめんなさい」 素直に謝ったウィアに、テレイズは呆れた溜め息をついたものの、瞳の険を払った。 「まぁ、こうして無事ならいい事にしようか。でもウィア、ちゃんと分かっているね、俺はお前に何かあったら死んだ父さんや母さんに合わせる顔がない。冒険者を辞めろとはいわないけれど、俺との約束は守る事、いいね?」 「……はい」 殊勝な返事を返すウィアは、ただ兄が自分に甘い事も知っていた。 兄の言いつけは絶対的であるものの、ウィアのお願いもある意味絶対である。兄に対してしおらしい態度をとれば、彼は絶対に折れる事をウィアは分かっていた。 実際今、大人しく謝ったウィアに、テレイズの機嫌は良さそうだった。 だからウィアは、言うなら今かな、と思う。 「兄貴、あのさ」 「なんだい、ウィア?」 「俺、今度こそちゃんと恋人が出来たんだ!」 瞬間、互いがその時の表情と体勢のまま止まる。 「……………………なんだって?」 数刻の沈黙の後、笑顔を引きつらせたテレイズに、ウィアは満面の笑顔を返した。 「すっげー美人で可愛くて優しくて、まさに俺の理想って感じの……」 「まてウィア、どこの娘なんだ」 「いやー女の子じゃなくて、フェズは男だけどな」 そこでまた、時間が止まる。 「………………ウィア、一つ確認したいんだが」 テレイズの声には恐ろしい響きがあるが、浮かれているウィアは気付かない。 「理想の恋人が男というなら、もちろん、お前が上……なんだな?」 「あー……」 ウィアが笑って頭を掻く。 テレイズの目は真剣だった。 「そーするつもりだったんだけど、とりあえずは俺が下やったかな。でもなんかさ、いいんだ。愛し合ってるなら拘るとこはそんなとこじゃないって分かった。すっごい幸せだったし、俺。あぁでも、今度は俺がフェズを愛してあげたいなー。フェズだったら可愛いだろうなぁ、髪も解いてさぁ……」 完全に頭がピンク色になっているウィアには、テレイズの纏う黒いオーラに気付けない。うっとりと目を閉じて浮かれているウィアを見るテレイズの顔は、目を開いたらウィアが石化しそうな程の迫力があった。 「あ、そうだ兄貴、明日フェズが家にくるから。んで暫く家に泊まってもらうことにしたから。下はまだ部屋余ってたよな、あーでも掃除しないといけないか。来るのは昼すぎだって言ってたから、明日は早起きして掃除だなー」 完全に自分の世界に入っているウィアは、兄の様子に気付けない。 「ウ〜ィ〜〜ア〜……」 地の底から響くような声でテレイズはウィアの名を呼ぶと、その肩をがっしりと掴む。 そこでやっとウィアは、テレイズの異様な迫力にに気付いた。 「あー……ごめん、兄貴、勝手に決めちゃって。でもフェズにはもう言っちゃったから……だめかな?」 今更ながらに甘える声を出して、ウィアはテレイズにお願いをする。流石にこの状態の兄を前にはその顔が引きつりはしたものの、ここはお願いで押し通すしかないとウィアは思っていた。 がっくりと、異様な空気を纏いながら肩を落としたテレイズは、それでも顔を上げてウィアに笑ってみせた。 「……いいだろう、ウィア。つれてきなさい、兄さんも カ オ が 見 た い か ら」 ウィアの笑顔も、ひきつったまま固まった。 それくらい兄の笑顔は恐ろしかった。 ――ごめん、フェズ。 心でフェゼントに謝った後に、ウィアは神官らしく神様にお願いする。 どうか、兄がフェゼントにあまり酷い事をしませんように。 その為にも、フェゼントがあまり兄を刺激しないでくれるように、と。 その願いは、普段のウィアの不信心が祟った所為か、全く叶う事はなかったが。 翌日の昼過ぎ、ウィアの家にやってきたフェゼントは、真っ黒な笑顔を浮かべて見下ろすテレイズを紹介されて、開口一番に言ったのだ。 「お義兄さん、弟さんを私に下さい」 END >>>> 次のエピソードへ。 --------------------------------------------- この二人は基本ラブラブです。今後もいい感じにいちゃいちゃする予定です。この二人のコンセプトは受け同士カップル。 で、次回はもう片方のメインカップルの話になるんですが、こっちのとギャップが酷いくらい甘くないので注意。 |