※この文中には性的表現が含まれています。読む場合は了解の上でお願いいたします。 【4】 「セイネリア、寝ていたのか?」 目を開いてすぐ、顔を覗き込んでくるその顔を見て、セイネリアは信じられなくて更に目を見開いた。 「シーグル?」 呼ばれた名に、彼は嬉しそうに笑うと、こちらの胸に頭を乗せてくる。 「どうしたんだ、らしくない。まさか寝ぼけたのか」 手を伸ばして、彼の頭を撫でれば、確かに感触が手に返る。肌と肌が触れる胸には、確かに彼の体温を感じる。 どこか呆然として、手の動きに合わせて視界の隅で揺れる銀色の髪をセイネリアは見つめる。何度もその銀糸の中に埋もれていく指を見つめていれば、次第に琥珀の瞳が細められていく。 そんなセイネリアの様子がおかしいのか、シーグルは僅かに笑って頬を胸に擦り寄せてくる。それから、手をどこに置こうか迷うようにセイネリアの胸の上をさまよわせた後、結局彼は自分の顔の傍に置いた。 ベッドの上、ぴったりくっついてセイネリアの左側に寝ている彼の体温は、互いが裸なせいもあってよく分かる。おそらく、自分の心臓の鼓動を聞いているだろう彼の、その呼吸の音が静かな中でよく聞こえる。体温と体温が触れる場所は熱い程で、セイネリアは目を閉じてその感触に身を任せた。 やがて、彼が動くのを感じて目を開けば、再び顔を覗き込んできた彼の顔が、薄く笑って近づいてくる。深海のような青の瞳が、ただじっと自分の姿を映している様をセイネリアは見つめた。 唇が、触れて。 すぐに粘膜同士の交わりになれば、とろりとぬめる感触同士が擦れ合う。彼の方から求めるように舌が深く入り込んできて、それを絡め取って一緒に入ってくる彼の唾液を掬い取る。そのまま自分の舌を彼の中に入れれば、今度は彼が自分の舌を絡め取ろうとしてくる。交互に相手を求めて、交互に相手を受け止める。より深く、より強く、相手を求めて唇を押しつけ合う。 そうしながら、彼の手が、セイネリアの顔を引き寄せるように両手で頭を挟むように添えられる。セイネリアもまた、彼の頭を押さえて引き寄せた。 次第に押しつけられてくる彼の体を片手で引き寄せて、そのまま引き上げ、寝ている自分の上に乗せる。それでも唇を求める事は止めずに、今度は彼の腰を撫でる。そこから指で彼の尻を辿り、男を知る場所に触れれば、小さな声を上げて、彼の唇は離れた。 「あ……」 セイネリアは、指を今度は中へと入れる。 そうすれば、目の前で彼が苦しそうに喘いで、その声に合わせて銀の頭が揺れる。下肢では、足を開いて自分の熱を押しつけてくる彼のその昂ぶりを感じながら、自分の中の昂ぶりも感じて、セイネリアは自分の顔の上にある彼の顔に手を伸ばした。 頬に手を触れて、俯く彼の顔を軽く上げさせる。 平時の冷たい容貌を快楽に染めたその顔が、じっと縋るように自分を見おろしてくる。 「俺が、欲しいか?」 聞けば、熱で潤んだ深い青の瞳に自分の顔だけを映し、彼は苦しげに喘いだ。 「あぁ、お前が欲しい、セイネリア」 それに返そうとした言葉は、震えて閉じることも出来なくなった唇からは出すことが出来なかった。 セイネリアは目を閉じる。 震える唇の中で歯を噛みしめ、それから深く息を吐き、また目を開く。 見下ろしてくる彼の顔はどこか不安そうで、セイネリアは目を細めて微笑んだ。そして。 「うわっ」 急に起きあがったセイネリアのせいで、体勢を崩した彼が倒れそうになるのを、そのまま抱き支えて、その体をベッドに横たえてやる。今度は位置が逆転した状態で上から見下ろしてやれば、彼は驚いて目を見開いてから、呆れるように軽いため息をついた後、体の力を抜いた。 「やはりやるなら見下ろす方がいいからな」 笑いながらセイネリアが言えば、彼は苦笑する。 「全く、お前らしいな」 セイネリアも笑う。彼の目元に軽く唇で触れて、それから彼の足を持ち上げて熱を彼に押しつける。だが、衝撃を予想して、目をきつく瞑る彼の顔を見下ろして、セイネリアは力なく口元に自嘲の笑みを乗せた。 ――だが、お前は、お前らしくない。 「あぁぁっ」 熱い彼の媚肉をかき分けて、その体の奥にまで入っていく。きつく絞り込まれる感覚に、セイネリアも僅かに眉を寄せた。 体を倒せば、すぐに回されてくる彼の腕。抱きついてきた彼の声は、耳のすぐ傍、すぐ近くで聞こえる。甘い喘ぎ声はただ快楽と色欲に染まっていて、抑えられることはない。 「あ、あぁ、はぁっ、あ、セイネリアぁ」 甘ったるく自分を呼ぶそんな声は、確かに彼の声ではあってもセイネリアが聞いた事がある筈がない声だった。 全身で自分を求めてくる彼を、セイネリアは知らない。 弾む息も、落ちる汗も、感触はあまりにもリアルで、だからこそ心が軋む。抱いているこの存在を確かに彼だと思うと同時に、それが違うという事もはっきりと意識する。 違うと思えば思う程、心はこの体から離れていく。いつまでもここにいたいと願う心を、嘲笑うのもまた自分の心だと知っている。 「あぁっ、セイネリアっ、セイネリアぁっ」 自分の名を彼の声で呼ぶ、その体に欲を叩きつける。まるで憎むように、その足を開いてベッドに押さえつけ、思い切り中の肉を抉る。はっきりと勃ち上がって欲望を垂らす、相手のソレを手で強く擦り上げてやる。 「あぁっ、あ、ひぁっ」 行き過ぎた快楽に、苦痛にさえ歪む銀髪の青年の顔を、それでもセイネリアは愛しげに目を細めて見つめる。そうして、浅ましくまだ男を引き込もうとするその中を乱暴に擦り上げてやれば、びくりびくりと何度か痙攣するように体が跳ね、急激にがくりと力が抜ける。 苦痛の表情が抜け落ちて、穏やかに意識が遠のいていこうとするその顔に向けて、セイネリアは告げる。 「愛している、シーグル」 そうすれば、深い色のせいで鏡のようにはっきりとセイネリアの姿を映す青の瞳が、本当に幸せそうに最後に微笑んだ。 「愛している、セイネリア」 微笑みを浮かべたまま、青い瞳は閉ざされる。 それを見届けてから、セイネリアはぎこちなく笑い、安堵して眠るその人物の細い首に片手を伸ばした。 ――だが、お前は違う。俺が欲しいのは、お前じゃない。 ここにあるのは、ただのまやかし。思考が作り上げただけの影。これを見せているものが何なのかもセイネリアは分かっている。この手で今この存在を殺せば、この偽の世界が消える事も知っている。 それでも、やはり、手はそこで止まる。そのまま彼の首を掴む事はセイネリアには出来なかった。 彼でない、彼の姿をしているだけの幻だと思っても、その手に力を入れる事は叶わない。歯を噛み締め、その手を睨むだけで、震える手はその首に触れる事さえ出来なかった。 セイネリアは唇を歪め、瞳を閉じる。その所為で、視界はただの闇に閉ざされる。 「――ッ……」 本当の意味で目が醒めて、セイネリアに見えるものは、完全な闇から、現実の、夜明け間際の薄闇へと変わっていた。 ベッドの上で起きあがったセイネリアは、唇だけに苦笑を浮かべると、顔を手で覆って暫く動けないでいた。 「――まったく……」 呟いた言葉は、途中から音をなくす。 精神的な疲労というか脱力感が、重く体を覆っていた。 悪夢なら、慣れている、けれども――。 「幸せ過ぎる夢というのは、悪夢よりもタチが悪い」 言いながら、顔を覆っていた手でくしゃりと自分の髪の毛をかきあげる。眠る前に髪を結んでいた紐を解いていたため、手を離せば、いつの間にか胸に垂れる程長くなった黒い髪が、顔の周りにばさりと落ちてくる。 「こういう気分を、やりきれない、という訳だな……」 呟いて、軽く喉を鳴らしたセイネリアは、ちらと部屋の隅に立て掛けてある、ただ黒だけで出来た剣の姿に目をやる。離しておいても意味はないと分かった為、今はいざとなればすぐ使えるようにと傍に置いている、忌々しい剣。強大すぎる力を持つ剣は、確かにセイネリアに人為らざる程の力を与えたが、同時に、セイネリアが積み上げてきたものを簡単に壊した。心の中に唯一残されていた、セイネリアの望みを奪った。 それでも、かつて失ったそれらは、今、セイネリアの中を満たしてくれるこの感情と熱を失ってまで取り戻したいものではない。手に入れた人としての喜びは、初めて空虚な心を満たしてくれたかけがえのない感覚だった。その所為で、苦しみという追加の代償を払う事になっても、その答えは変わらない。 「まだ、貴様には、俺の心をくれてはやらんさ……」 琥珀の瞳に黒い不気味な剣を映し、セイネリアは静かに呟いた。 それから、ベッドから降りて窓まで行くと、外の風景に目をやる。 町の中でも高台の、2階にあるセイネリアの部屋からは、町もその先の海までもがよく見える。首都にいた頃の寝室は、外敵からの防御面を考えてあえて窓を作らなかった。けれども今は、壁に囲まれた場所で眠るのが息苦しいと感じて、こうして窓のある部屋を使っている。 白と青に囲まれた明るいアッシセグの町。それでも冬の海の色は濃く沈んで、夜明け間際のまだ明るくなりきれないこの時間は、彼の瞳の色のような深い青に見える。もっとも、彼の瞳はこんな穏やかな海ではなく、もっと深く厳しい北の海の色のイメージだが。 セイネリアは、未だ夢の感触の残る腕を見つめて、それから、目を閉じて苦笑した。 --------------------------------------------- えぇ、夢オチです。だから期待しないでって……。 次回はほんのちょっとだけの後日談。それで終了です。 |