嫌われ子供の子守歌




  【17】



 騎士団の中庭から、城壁の向こうの茜色に染まる空を眺めて、シーグルは軽く息をつく。
 結局、他の団員達は先に首都へ帰ったものの、残ったシーグルとランはバーグルセク卿の館に1週間程滞在する事になってしまった。
 騎士団に復帰するに至っては、それからさらに1週間。そんなに休めるかとシーグルは抗議したが、折角だから休暇を取れという部下達からの進言と、兄の命令で休みすぎるくらいに休む事になってしまったのだ。
 なので、本当に久しぶり過ぎる騎士団の風景にほっとして、自分もいつの間にかかなりここへ慣れたのだと実感していた。

 さぞ溜まっているだろうと思った書類関係は、キールがかなり上手くどうにかしていたらしく、思った程事務仕事に追われる事もなかった。報告の方もキールが既に報告書を提出していて、その書類の確認程度で終わった。
 久しぶりに復帰したシーグルに部下達は大騒ぎで、それは嬉しいやら気恥ずかしいやらとなかなか複雑な気持ちだったものの、今日は復帰祝いだと言い出したのには本気で困ったものだったのだが。
 とりあえず、いない間の訓練は、古参組が仕切ってちゃんとこなしておいたということで、こちらも問題はなさそうだった。
 この分なら、もう明日からは平常の仕事に戻れそうだとシーグルは思って、もう人が殆どいない、騎士団の廊下をゆっくりと歩いていた。

 の、だが。

「シーーーーグルーーー」

 廊下の先から騒がしく走ってくる男の影を見つけて、シーグルはやれやれと肩を竦める。そういえば今日はまだ彼に会っていなかったかと、そう思いながら返事代わりに手を上げてやれば、彼の勢い的に自分にぶつかってきそうだと判断して、シーグルはその斜線上からよける事にした。
 当然、よけられた男はシーグルの横を走り抜ける。
 しかも、彼はどうやら抱きついてこようとしていたらしく、目標を失って床に倒れ込んだ。

「なにしてるんだ、ロウ」

 呆れて呟けば、すごい勢いで起きあがった幼なじみの男は、ぶつけたのか鼻を押さえてシーグルに詰め寄ってくる。

「避けんなよっ」
「いや、それは避けるだろ」

 あの勢いで抱きつかれてたまるか、というのがシーグルの言い分だ。

「と、とにかく、復帰できたんだな。良かったぁ〜もう、お前がいない騎士団なんか、来たってなんの張り合いもなくてさぁ……」
「お前は何の為に騎士になったんだ」

 呆れついでに頭が痛くなってきて、シーグルがこめかみを押さえれば。

「お前に会う為だ」

 と、きっぱりはっきり、自信満々に返されて、さらに頭痛が悪化する。
 決して悪い男じゃないし、幼い頃に遊んだ彼をシーグルも友だとは思ってはいるのだが、何故かこんなに好きだとアピールしてくる彼には対応のしようがない。
 だが、相変わらずなロウにシーグルが頭を痛ませていると、当のロウは急に表情を引き締めて、思い詰めた顔でじっとシーグルを見てくる。

「どうかしたのか?」

 思わずそう聞いてしまうくらい、彼がこれだけ真剣な目を向けてくる事は珍しい。
 だが、それで身構えたシーグルは、即座に身構えた事を後悔する事になる。

「シーグル……その、今回の件で、全裸のあられもない姿で見つかったって……どーゆー事なんだ、そーゆー事なのか?」

 シーグルは再び頭を押さえた。

「テスタのおっさんが、見つかった時のお前がとんでもなく色っぽくていやらしくてヤバかったって」

 シーグルは頭痛どころか目眩がしてきた。

「治療中の部屋の中じゃ、なんか喘ぎ声が聞こえたってっそうきいたぞっ」

 シーグルはちょっと落ち込みたくなった。
 そういえば、自分が見つかった時、とんでもない姿を皆に曝したという事を今思い出した。あの時は薬で頭も殆ど回らなくてそんな事を考えてる余裕がなかった、というのと意識も相当にあやふやだったというのもあって、正直キールにとんでもない治療をされた事以外はほぼ覚えていなかったのだ。

「テスタは、そんな事を言って回ってるのか……」

 普段からそういう方面のネタに自分を使っているのは知ってはいたが、今回は想像の話ではなく実話な分、さすがにシーグルも無視しておける状態ではないと思う。

「なぁシーグル、お前がずっと休んでたのもさ、ヤられまくった所為だって本当か?」

 シーグルは反論しようとして口を開きかけて、そのまま固まった。
 そんなシーグルの両肩に手を置き、ロウは笑顔で言ってくる。

「これはもう、傷ついたお前の体を慰めてやるのは俺の役目だって思ってさ。大丈夫、俺は優しく……」

 と、やはり最後までいうより早く、彼の体は壁にまで吹っ飛んでいた。
 殴られて倒れているロウを見下ろして、シーグルは、冷たく、冷たく、彼に言う。

「余計な心配はしないでいい。それよりも、そんな事をお前もあちこちで言い回ったんじゃないだろうな?」

 シーグルの気迫に、壁にすがりついたままのロウは顔を青くして左右に振った。

「いってないいってない。聞いたまま一人で悶々としてたり、想像してちょっとアレな事になってただけだっ」
「……」

 本当に、これがなければ気のいい男なのだが。と思ったシーグルは大きくため息を吐いた。
 ともかく、明日はテスタに詳しく話を聞かなくてはならないと、すっかり気の重くなった足取りで執務室へとシーグルは歩きだす。

 あの場にいたのは誰と誰だったか、あの時自分の姿を見てそうなのは誰か、とあやふやな記憶をどうにかたぐり寄せながら、どう対処したらいいのかとその日のシーグルは夜も殆ど寝れなかったという。


 ちなみに、テスタはロウを揶揄かう為、というか羨ましがらせる為に言っただけであって、その他の者にまで言い触らした訳ではない。……彼の、名誉の為にいっておくが。



   *  *  *  *  *  *  *  *



 次の日。騎士団にて、左頬に痣を作って歩いているロウは、今日も足取りの軽い中年不良親父騎士とばったり廊下で出くわした。
 まずはぎっと睨んだロウだったが、テスタは足を止めて、何も言わずにロウの顔を見ているだけだった。

「……なんだよ」
「いや、なんだ、もうわかったからいーや」

 ロウはテスタを更に睨むが、向けられる視線は憐れみの視線といってもいいもので、ロウの心の傷にやんわりと追加のダメージを与えてくる。
 さらには、大げさに落胆のため息をついて首を左右に振ってみせたテスタに、ロウは怒鳴りながら詰め寄った。

「……むかつくおっさんだな、これだってあんたの所為だぞ」
「お前さん、甲斐性ねぇなぁ」
「はぁ? なんだよそれっ」

 噛みつくロウを無視してひょいと避けると、テスタはさっさと訓練場へ向かて歩き出す。

「上手くやりゃぁ、今度こそ隊長と寝れたろうによ。……ったく、折角若者に譲ってやったのにな。ま、それとも隊長さんにはその必要もなかったって事かねぇ。俺も一発くらいは殴られるの覚悟しとくかぁ」

 その日の訓練後、テスタがシーグルに呼ばれたのは言うまでもなかった。


END.

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最後は短めのギャグで終了でした。
この流れのままって訳じゃないですが、次回のエピソードは短めでロウの話になります。


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