嫌われ子供の子守歌




  【5】



「で、結局、隊長殿の見解では、どういう状況だと思いますかな?」

 既に村から現場の山に向かっている最中で、グスは改めてシーグルに聞いた。
 なにせあの後、シーグルは話を適当に切り上げてしまって、明らかに村長にはそれ以上話さない方がいいと判断したのが分かってしまったからだ。

「とりあえず、まだ憶測だ」
「はいはい」

 現場の山は、そこまで大きい山ではない。ただ村から少し離れているから、麓までは馬でいって、その下にあるという草原に馬は暫く放しておくつもりだった。馬達は、長く主が帰ってこなければ自分で帰る筈だから、いざという時には騎士団への知らせ代わりはしてくれるだろう。

「話を聞いた感じだと、俺はドラゴンはいないのではないかと思う」

 予想していたとはいえ、さすがにそれには驚いて、グスは声をひそめて聞き返してみる。

「それは、どういう根拠で?」

 馬上では、すぐ横にいないとこのくらいの声では届かない。
 重要そうな話をしている二人には気になっているらしい連中が、近寄ってこようとするのを軽く睨めば、彼らは逆に離れていく。
 その様子にシーグルは苦笑したが、グスはこれで話がしやしくなっただろうと、笑みでシーグルに示した。

「村人もな、襲われて戻ってきた者はいないんだ。つまり、はっきり姿を見たものはいない。あぁいや、一応見たという者はいることはいるんだが、影をみただけで逃げてきたという話ばかりなんだ」
「影、ですか……」
「あぁ、大きな、ドラゴンと思われる羽のついた大トカゲのような影を見たという者が3、4人はいる。だが、それだけだ。鳴き声さえ聞いたものがいないらしい」

 グスはぽかんと口を開ける。
 その程度の話で、どうして騎士団に討伐依頼が通るのだと、そちらの方が不思議になるくらいだ。

「胡散臭すぎますな」

 呆れて顔を押さえたグスをみて、シーグルはくすりと笑みを漏らした。

「ドラゴン、という言葉で思考停止し過ぎだな。危険な化け物だからと、それで後は何でもあり得ると思ったんだろう」

 それを言われるとグスも人の事はいえない分、苦笑をしてしまうところだったが。
 とはいえ、ドラゴン騒ぎがそこまで眉唾の嘘くさい話なら、問題は被害者が出ているという事実に焦点が掛かる。
 
「ドラゴン騒ぎを起こして、人間を襲っている者がいる。もしくは、騒ぎは別の者の仕業で、その騒ぎにかこつけて襲っているのかもしれない」

 ですな、と顎をさすってグスは答える。
 だが、そう言った後、シーグルの口元からは笑みが消え、彼は軽く顔をうつむかせて口元をぎゅっと引き締めた。

「それならそれで調べるだけだが……ただ、バーグルセク卿が、討伐隊について何も言わなかった事が気になる」

 確かに、とグスは相づちを打つ。
 言わなかった一番ありがちな理由としては自分のメンツの為ではあるが、どうせ自分達が村へいけばバレる事であるのに、黙っている意味がない。

「彼は、信用出来る人物だと思っていたんだが……」

 どうやらシーグルが気に病んでいるのは、その意図が何かという事より、卿が何か隠すような人物だったという事の方らしい。
 グスは軽くため息をつくと、うつむくシーグルに少し強い声で言う。

「いーですか隊長殿、昨日も言いましたがね、いっくら信用出来ると思った人物でも、気を許しすぎちゃいけませんよ。今までも、何度かそれで失敗してるんじゃないんですかね?」

 馬に乗っていなかったら、背中をたたいてやりたいところだと、グスは鼻息を荒くしてシーグルを睨みつけた。

「……分かっている」

 その声には十分重みがあって、グスはまたため息をつくはめになった。








 この辺りの地形は、あまり高くない山に囲まれている盆地で、ドラゴンがいるといわれている山は、その中では一番大きな岩や、その岩に囲まれた洞窟のようなものが見える、いわゆる『いかにもいそう』な雰囲気の山だった。

「この辺りの山はあまり木がないんですな」

 山の麓というより、山自体が岩と草原で出来ているようなここは、確かに馬を放して草を食べさせておくにはいい場所だ。
 しかし、先ほどからシーグルにドラゴンの話を聞いていたグスとしては、やはり思う事がある。

「確かに、こんなとこをでっけぇ化けモンがうろうろしてたんなら、村からも何度か目撃されてる筈ですわな」

 この山は、向こう側へ抜ける道があって、前はたまに商人が馬車で行き来をしていたらしい。ここ1年はまったく誰も通らなくなって、村人は遠い街まで買い物に出かけなくてはならなくなったといっていた。

「とりあえず、馬はここに放して、まずは道沿いに登ってみよう」

 シーグルが言えば、馬から降りた隊員達はてきぱきと荷物を下ろし出す。

「眠気はとんだか、マニク」
「おっさんはいつでも元気だな」

 テスタに背を叩かれ、マニクが反撃とばかりに蹴りを返す。それを躱してさらに若者を馬鹿にしているテスタを、グスはしみじみ元気だと思う。
 そうかと思うと、この隊で一番体の大きいランがグスの横を通り過ぎ、自分の荷物を背負おうとしているシーグルの荷物に手を掛ける。

「持ちます」
「いや、これくらいは大丈夫だ」
「……隊長はすぐ動ける方がいい」
「そうか……なら頼む」

 この男は無口な事でも有名で、その彼がこれだけしゃべっている姿は珍しい。

「ラン、荷物もってんならちょうどいい、お前さんはこの仕事終わるまで隊長の護衛だ。ずっとついてろ」

 言えばランは、声に出さずにこくりと頷く。
 最悪の場合でも、彼が傍にいれば、あの大きな体でシーグルを庇ってくれるだろうとグスは思って、自分はやはり人が悪いなと頭を掻く。
 でもまぁ、少し不用心なあの坊やには、これくらい考えてるモンがいたほうがいいだろうとも思って、グスは自分も荷物を持ち上げた。

「しょっと、さぁて、登るかね」
「グス、そういうかけ声がじーさんじみてんぞ」
「るせぇ、クソエロジジイ」
「エロが若さを保つんだ、性欲なくしちゃ男は終わりよ」

 相変わらずな相方との親父話に花を咲かせ、グスは皆の最後尾を歩き出す。
 空はどこまでも青く、風は心地よく、ここへ突然化け物が降りてくるなんて事態は勘弁してもらいたいものだと思いながら。







 結局、彼らはその日、ドラゴンに会うことはなかった。
 シーグル達は、日が傾き出す頃には山を下り、もう一度村へ寄って街へと帰る事にした。
 村人達は、無事に帰ってきた彼らの事をそれはそれは喜んでくれたが、ドラゴンについてはまだ調査中という事で詳しくは話さず、また明日くる事を告げるだけにしておいた。
 まだ十分に明るい中、彼らはすぐに村をでて街へと向かう。
 ただ、道の途中、首都へ向かう街道との分岐点で、彼らの内から二つの影が離れ、そのまま街道へと走っていったが。

「まだ早いですが、帰る頃にゃ酒場もあいてますかな」

 グスがわざとらしく呟いて、それにシーグルがさらりと返す。

「あぁ、まだバーグルセク卿の館にいくには早い時間だからな、行きたい者はなんなら少し街の方に行ってきてもいいぞ」
「え? 隊長いいんですか?」
「本当に?」

 真面目なシーグルにしては意外すぎる言葉に、若い隊員達は喜びの声をあげる。

「あぁ、今日は許可する。……ただし――……」

 隊員達は、シーグルの意図を知って、やっぱりねと苦笑した。







「ラン、何もそこまでぴったり隊長にくっついてなくてもいいんだぞ」

 グスが呆れてそう言いたくなるほど、ランはシーグルの後ろにぴったりくっついて歩いていて、シーグルは文句こそ言わないもののとても歩きにくそうにしていた。
 この隊唯一の妻帯者であるランは、どうにも時折妙に子供っぽいところを見せるシーグルに家にいる息子を重ねているらしく、たまに過保護なくらいシーグルの面倒をみようとする事がある。
 それもわかっている上で、グスはランにシーグルについてろと言ったのではあるが、それを少し後悔もしていた。

――これじゃ、明らかに隊長の周りを警戒してるってように見えるじゃねーか。

「ま、隊長の護衛はランさんに任せて、こっちはこっちで調べましょう」

 そういって後ろからついてくるのはクーディ・ウェルセア・ローセッタ。彼は若い割にはマニクやシェルサのように自己主張が激しくなく、いつも隊の後ろのほうで目立たずいることが多い。
 街へ繰り出した者達とは別に、シーグルの他この3人は、先にバーグルセク卿の館に帰ってきていた。

「……そうだな」

 グスはため息をついて、肩をほぐすように右腕を回し、首を左右に動かした。
 その様子をみたクーディはくすくすと笑う。

「悪かったな。お前さんも他の連中みたいに遊びに行きたかったんだろ?」

 クーディは、掛けられた声に驚いたように目を開いて、笑みを止める。

「……いいですよ、テスタさん行かせなかったら、後でまた大騒ぎしそうでしたから」
「まぁなぁ……」

 あの不良親父め、と呟いてから、グスは苦笑する。
 実は、街の方へ行くのは若いのに任せて、古参組はシーグルについて領主の館へ帰る……つもりだったのだが、テスタが自分も街遊び組に混ざりたいとそれに不満を言ったのだ。それでクーディが自分が代わりに館に戻るからと申し出て、あの不良親父は意気揚々と街に繰り出していったのである。

「あの馬鹿、息抜きしすぎなきゃいいんだがなぁ」
「ま、大丈夫でしょ。テスタさん遊び人ですけど、その分、人から話聞いてくるの巧いですから、こういう役は適任でしょ」

 それには確かにな、と相づちを打って。

「ま、遊び過ぎて、大事な時に疲れたとかいいださなきゃいい事にしてやるさ」

 それに二人して笑ってから、彼らは別れて、各自自分に割り当てられた部屋へと向かった。




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はい、全然状況が進んできませんね(==;
でも後もちょいで動き出しますんでお許しを。



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