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【４】 次の日は快晴で、調査に出かけるにはちょうど良いと、早朝からバーグルセク卿の屋敷前は、出立の準備と軽く体をほぐすシーグルの部下達で賑わっていた。 「しっかしやけに早いですね」 「さっさと片づけて帰ろうって方針になったのさ」 欠伸を噛み殺すセリスクに、グスが笑って答える。実は、こんなに早く出発する事を提案したのはグス本人だった。ここにできるだけ居たくないと思ったグスが、シーグルに昨日あれから進言して決まったのである。 ――なんか嫌な予感がしやがる。あのガキにも、ここの雰囲気にもな。 シーグルにはそこまで言ってはいないが、グスはどうにも、この館の者の様子になにかひっかかるものを感じていた。確かに、領主のバーグルセク卿は特に問題のある人物とは思えないし、昨日の宴でヤバイものはでていない。取り越し苦労かとも思っていたところで、あの不気味な子供の件があったというところだ。 「しっかしやっぱ早い所為か眠いな」 「お前、昨日飲み過ぎたんだろ」 「まぁ、人の事言えず俺も眠いが」 「馬から落ちんなよ。敵と会う前に怪我したら不名誉どこの話じゃねーぞ」 互いに欠伸をしつつ笑い合っている隊の連中を見て、グスは弛んでるなと思いつつも自分も欠伸が出て、思わず顔を顰める。 どうやら自分も弛んでるらしい。 横を見れば近くにいたテスタもやはり欠伸をしていて、どうやら皆飲み疲れかとため息をついた。 ふと、思うところがあってシーグルを見てみれば、前を行く彼の背はしっかりと伸びて、他の連中のように弛んでる様子は見せていない。 流石に早起き慣れしてるだけはあるわな、とグスは安堵した様子でその背中を見つめた。 オラクスの村につくと、まだ早朝だというのに村人は歓迎してくれて、快くシーグル達の話を聞いてくれたばかりか、朝食の準備までしてくれた。 朝は携帯食で済ませるつもりだった彼らにとっては嬉しい誤算で、また、朝食をとりながらも話を聞くことが出来て一石二鳥というものだった。 「やはり早起きはするもんだぁな」 と、絞り立てのミルクでご満悦なテスタは、言った直後、口髭に白いあとがついていて周りから笑われた。 皆がゆっくりと朝食を食べている最中も、シーグルは村長とずっと真剣な面持ちで話をしていて、グスは苦笑をしてしまう。 その苦笑の理由は――一つは勿論、またシーグルが食べないで仕事のことで頭が一杯な事と、それから、シーグルに朝食を食べて貰おう、出来ればその時に少しでも話が出来ないかと、期待と不安の入り交じった様子で部屋の入り口でシーグルを見つめてやきもきをしているこの家の少女の姿にだった。 自分の分のパンをひょいと口に詰め込んで、ミルクを飲み干してから、グスは手を叩いてくずを払うと立ち上がる。 「どっこいしょっと、んじゃちと行くかね」 「どこいくんだ、おっさん」 と、おっさん同士のいつもの会話が始まりそうになったが、グスはテスタを無視して入り口の少女のところへ向かう。 「おじょーちゃん、それ隊長の分って事かな？」 「あ……はい、そうですっ」 少女が慌てて、ほっとした様子とがっかりした様子を両方表情に出してグスにトレイを渡そうとする。けれど、彼は笑って彼女の背を押してやると、そのまま村長と話しているシーグルの元につれていってやった。 「隊長殿、仕事の話も重要ですけどね。さっさと食ってくれないと片づけが出来なくなるんで、先に食べたほうがよいと思われますよ」 シーグルは言われて顔を上げる。 「別に、俺は食べなくても……」 グスの予想通りの言葉を言いかけたシーグルは、グスの後ろでおどおどしている少女が目に入ったのか、言葉を止めて顔をすまなそうに崩した。 「すまない、待たせてしまっていたのか。用意をしてくれたなら頂こう」 途端、少女は顔を赤くして嬉しそうにはいと返事を返し、急いでシーグルの前にトレイを置く。 「あの、片づけは急いでいませんので、ごゆっくりお食べください」 「あぁ、ありがとう」 おそらく、少女にとっては天にも上る気持ちというやつなんだろうな、と微笑ましく足速に去っていく彼女を見送ってやってから、グスはシーグルの隣に座った。 「で、何か目新しい事がわかったんですかね？」 シーグルは今、トレイをみて、サービス気味なその量に少し呆然としているところだったらしく、グスに言われて気づいたように顔を向けた。 グスは喉を震わせて笑う。 「よけりゃ多い分は俺が食べますよ。明らかに隊長の分は豪華になってますからな」 その言葉にはシーグル自身も苦笑して、それから安堵したように微笑んで言う。 「……頼む」 「ほいほい」 そうすれば、シーグルはミルクにチーズとパンを少しとって、トレイ自体をグスに渡す。グスは相変わらず小食な彼に呆れはしたものの、黙ってそれに手をつける。 ……まぁ、折角あの娘が持ってきたのを、食べたのは殆ど自分だったとしても、あの娘にとってはシーグルと話を出来たという事の方が重要だったろう、と思う事にして。 「先ほども言いました通り、この村の者は誰もあの山へは入らなくなりましたから……最近の犠牲者は冒険者や旅の者、でしょうな……なので正確な被害人数はわかっていません」 シーグルとグスのやりとりを待っていたらしい村長が、シーグルが食べだしたのをみると話を再開してくる。 「被害人数が分からないって、遺体や、所持品の一部等が見つかったりとかはないのか？」 グスが言えば、村長は首を振る。 「危ないですからな、このあたりの者はあそこに近づきません。冒険者や旅人が被害にあったのでは、と言うのも、こちらにその人物が来ているはずだという連絡を受けて……誰も会っていないという事が何度かあったという理由ですからな」 確かに、勝手にやってきた冒険者が勝手に襲われていても、村人がその人数まで把握出来る筈がない。冒険者がどこかへ行って行方不明になるのも珍しい事ではないし、そもそも冒険者は身内はすぐに気づけないような遠くにいたり、身内自体がいない者も多い。ここでいなくなった冒険者の数なんて分かる訳ない。 「んじゃ実際はもっと被害者が出てる可能性もある訳だ」 「そうですね、最近ではこのあたりの者の被害はほぼない、という程度です」 そこで、食べ終わったらしいシーグルが、手を置いて話に加わる。 「最近、というなら、前はもっと被害が出ていたわけか？」 騎士団にきている情報だと、そもそも被害者はこの１年に十人程な筈だった。 村長は明らかに表情を強ばらせると、重い口どりで答える。 「えぇ、最初はあそこが危ないって事もさほど広まってはいませんでしたし、領主様も兵を何度か出してくださいましたから……その、所為で……」 おい聞いてねぇぞと、思わず呟きそうになったグスは、ちらとシーグルに睨まれて口を閉ざす。 「領主の兵では適わなかったのか」 代わりにシーグルが村長にそう聞けば、彼の顔は更に苦しげに歪んで下を向いてしまう。 「はい、二度程、討伐隊を出してくださったのですが……その、全滅、しました」 「全滅？ 誰も助からなかったのか？」 「はい、誰も帰ってこなかったそうです」 グスが乗り出して聞き返すのを、今度はシーグルは止めなかった。 グスはすぐに身を引いたものの、苛立ちに頭を掻いてため息を吐く。 今回の仕事は油断さえしなければ、そこまで厄介な仕事ではない筈だった。シーグルに手柄を立てさせる為に貴族院が用意させた、余裕な仕事の筈だったのだ。 ――冗談じゃねぇ、こんなつまらねぇとこで、この坊やに何かあって貰っちゃ困る。 グスはシーグルに期待しているのだ。これだけお膳立てが揃ってて中身も優秀な人間が、この先出ることはまずない。彼の代でこの腐った騎士団の体制をどうにかしてもらわないと、この国に未来はない。 貴族やらの偉い連中は腐ってる、と思ってはいても、グスはこの国が好きだった。愛国心というのとは少し違うが、上にいる者はろくでもなくても、この国の体制や冒険者制度はぜひ続いていてほしいと思っていた。自由の国クリュースの騎士である、という事には誇りを持っていた。 なにがあっても、この坊やだけは生還させないとならないとグスが拳を握りしめている横で、そのシーグルがぼそりと呟く。 「妙だな」 グスがすかさず聞き返す。 「なにが妙なんですか？」 「一人も帰ってこない、というのはいくらなんでもおかしい」 とはいわれても、ドラゴンなどというのはピンからキリまでいて、本気でヤバイ奴ならブレス一つで全滅だってありえるのではないか、とグスは思う。 「そうなんですか？ そこまでの大物だってだけじゃないんですか？」 「いや、確かに、そこまでの化け物のドラゴンも居ることはいるが、それだけの大物なら山に入らなくても遠目で何度も目撃されている筈だ。更にいえば、このあたりには頻繁に鳴き声が聞こえてくる筈だし、明らかに動物はへるし、地響きや山崩れだってよく起こる筈だ」 グスもまた、他の多くの者たちのように本物のドラゴンを見たことはない。シーグルもそこまでの大物には実際対面したことはないと言っていたが、彼は少なくとも、小型とはいえ、本物のドラゴンを倒してその生態をある程度知っている。 だから、彼の言う事の方が、自分の想像よりは正しいだろうという思いはある。 「そういうモノなのですか、ドラゴンというのは？」 村長もおそらく本物のドラゴンというのは噂話の知識だけなのだろう、シーグルの言葉に困惑した表情を見せていた。 「あぁ、そういうのは本当に一部だけだ。居場所も大抵判明していて人が近づけないようになっている。そして、エレメンサだというのなら、大型といっても、いくらなんでも討伐隊が一人も逃げられないというのはあり得ない。まさか討伐隊の中身は一人だったという訳ではあるまいし、余程運がないという事でもなければ二人以上が揃って即死というのは考えにくい。しかも二度も出ているなら、少なくとも二度目は前回より人員も装備も強化していった筈だ」 グスにとっては、ドラゴンというのは、とくかく出鱈目にヤバイ化け物だという事くらいしか分からない。だから、どんな事態になってもドラゴンならとしか思えない。 まったく、歳だけじゃ経験というのは計れないものだとグスは思う。いくら生きていた年月はこちらの方が上でも、生き方がまったく同じでもなければ、若い相手に経験の差で負ける事はあるものだ。 「確かに、そうでしょうが……」 関心したような、拍子抜けしたような気持ちで、グスはほっと息をつく。 そうすれば、気の抜けた彼を諫めるように、シーグルは言葉を付け足してくる。 「ただ一応、絶対にない、とも言い切れない。ドラゴンも上位種になれば魔力が高い。一斉に眠りにつかせるような魔法でも使われたとかなら、全滅という事もあるかもしれない。……だが、一回目の全滅を受けた二回目の討伐隊で、ドラゴン相手に魔法関係者を一人も連れていかないとは思えないし、やはりどこかおかしいと思う」 「なるほどねぇ」 関心したついでに、グスは思わず笑ってしまう。 まったく、よく出来た青年だと。 この若さで、あれだけ強くても彼が驕るところは見たことがない。それはつまり、これだけ何でも持っている彼が、それだけ挫折と失敗をしてきたという事ではないかと思う。 ただ、騎士としての能力はそうで頭もちゃんとキレても、何故こんなに敵でない者には甘いのか、そこだけが納得いかなくはあったが。 --------------------------------------------- 説明話ばっかですいません……。 今回はグスさんのシーグルを心配してるトコが多いです（＝＝； |