【7】 シーグルに割り当てられた部屋は広く、寝室の他に、ちょっとした事務仕事が出来るくらいの机と椅子がある執務室のような部屋があって、おまけに寝室からはバルコニーにでることが出来た。そこには町の風景を眺めながら酒が飲めるようにテーブルセットまで置いてあって、今、それにはグスとシーグルが座っていた。 「やっぱり、ここはおかしいってのは確定ですな」 「そうだな……」 シーグルの口調は重い。 街で遊んできた者達には、ドラゴンの話と、ここ1年の領主の館の様子を聞いて回ってもらってきてもらい、館に帰ってきたグスとクーデイは、使用人達からバーグルセク卿やその家族の事、そしてこの館で起こった話などを聞きだしていた。 結果として、ドラゴンに対する話だけでも、バーグルセク卿が相当に本来いうべき事を黙っていた事は確定した。 「まず、討伐隊の話ですがね。思ったよりは人数出してますよ。一回目は6人程調査に出しただけらしいんですがね、二回目は24人と結構な規模だ」 「それで全滅? ……あり得ないな」 「まぁ、2回目の人数で誰一人帰ってこれなかったって結果で、街や村を直接襲う訳でもなし、危険だから近寄るなって事で終わりにしたみたいですね」 「その割には周辺町村にそういう警告が行ってないのはおかしいだろ」 「ですなぁ」 本来ドラゴンというのは、そこまで好戦的な種族ではない。エレメンサでさえ、人を襲うようになるのは人側が手を出したか余程の餌不足の場合だ。大物の場合もそれはほぼ変わらず、ただ彼らは特に縄張り意識が強い為、その縄張り内に入ったものを排除しようとして襲ってくる事はある。 だから、生半可な戦力では倒せないと思った場合は、危険だからと周辺に注意を呼びかけ、彼らの縄張りに入らないようにして放置される事がほとんどだ。ただしその場合、領主は周辺にそれを知らせる事と、間違って人が入らない為に、注意を呼びかけることが義務となっている。 「さらにですな、領主のバーグルセク卿周辺の事になると……いろいろキナ臭い話が出てきてましてなぁ」 グスが頭を掻きながらシーグルに言い難そうに言う。なにせグスも、シーグルが出来ればバーグルセク卿を信じたいと思っている事は分かっている分、この先が言い難いのだ。 「このところ、館の使用人と連絡が取れなくなった、という話がちらほら。まぁ、これは伝聞ばっかなんで真偽は不明ですが」 明らかにシーグルが眉を寄せたのを見て、グスもまたため息をつく。 「で、一番重要な話ですが、どうやら一年程前に、この館に魔法使いが招かれたそうです」 「魔法使いが?」 確かにそれは重要な話だ。 しかも一年前といえば、ドラゴン騒ぎの始まった時期ともあうのではないか。 「えぇまぁ、怪しい話でしょう」 シーグルが更に表情を険しくして考え込んだのを見たグスは、苦笑しつつもこほんとひとつ咳払いをする。 「と、その前にあのガキの話を先にしときますとね、あのガキの母親ってのがすごい美人の魔法使いだったそうで、バーグルセク卿はそりゃもう一目惚れして熱烈に求愛して結婚したそうなんですが……」 「あの子がまだ小さい頃に出ていってしまった」 その話はネイクス本人からシーグルは聞いている。 つまり、少なくともその辺りの彼の話は嘘ではないと思っていいのだろう。 「えぇ、出ていったのが確か7年くらい前って話ですね」 歳の割りに幼く見える少年を思い出して、シーグルは重い息を吐いた。 「ネイクスは9つか……」 シーグルが9つの頃は、既に騎士になる為の鍛錬と勉強の日々だったものの、普通ならまだまだ子供子供している時期だろう。 「かなりワガママな女らしかったようですな、散々バーグルセク卿に無理をさせて、あげくの果てには『ただの贅沢もあきたわね』とか言って出てったらしいですよ」 グスは女の台詞が気に入ったのか、言うと同時ににやにやと口元を歪める。 「それで、ネイクスは?」 シーグルの冷静な声に、グスは少し焦って表情を引き締めた。 「えぇ、んであのガキなんですが、母親に似て生まれつき相当魔力が高かったらしくてですね、かなり小さい頃から母親を師として魔法を習ってたらしいですね」 その辺りの話も、ネイクス本人が言っていた通りだった。 彼は基本、シーグルに嘘は言っていないのだと思えた。 「ま、それでも、母親がいた頃は別にだからどうという事もなくてですな、見た目だけは可愛いモンですから街の人間にも愛されて、この街は将来すごい魔法使いが治める街になるとか言われてたらしいんですがね」 シーグルは視線を夜の街に向けて、溜め息をつく。 「やはり、母親がいなくなってからか……」 あの少年の言動からも、彼が母親を大好きだったという事は分かる。その母親が彼を置いて一人で出て行ってしまえば、9つの少年は捨てられたと思ったかもしれない。裏切られたと思ったのかもしれない。 それで変わるな、という方が無理な話ではある。 「ですね、母親がいなくなってから、魔法を使っていたずらをするようになったらしいんですよ。それも、最初は館の使用人達を驚かせる程度のかわいげあるようなモンだったんですが、そのうち街に出て、かなりの被害を出すよう事になりましてな」 「被害、というと」 そこでシーグルは視線をグスに戻す。 「直接手を下したんじゃないんですが、ガキの魔法が原因で、市場はめちゃめちゃになる、火事は起きる、あげくには人殺しまでさせちまいましてな」 寂しい子供が、大人を困らせたりする事に楽しみを見出すようになる……というのはありがちな話ではある。ただし、不幸な事に少年は魔法が使えた。だから、怒って済むような事態ではなくなってしまったのだろうとシーグルは思う。 ただし、人殺しをさせるというのは……子供だからこそ、事態の重要さが分からずやりすぎた……と思いたいが。 「さすがにバーグルセク卿も、そこまでいくと放っておく訳にはいかなくなりましてな、部屋に閉じこめて出られないようにしたらしいです」 「それは仕方ない」 「その辺りバーグルセク卿も、ただの親馬鹿ではなかったって事ですな」 卿のプラス部分をわざわざ言ってくるのは、彼を信じたい自分の為にか。そう思ったシーグルは、グスに向かって苦笑する。 グスは再び咳払いを数度して、手元の水で軽く喉を潤すと話を続けた。 「……でもまぁ、やはり子供をただ閉じこめておくのも辛かったんでしょうなぁ。母親の変わりって訳じゃないですが、正しい魔法の使い方を教えてやればどうにかなるんじゃないかって、バーグルセク卿は子供の師になってくれそうな魔法使いを探したそうなんですよ」 そこで話がやっと最初に繋がる。 「それで、招かれたのが最初に言っていた魔法使いか」 我が子を一生閉じ込めるなんて事が出来なかった卿が考えた手段としては、確かに理に叶っているといっていい。中途半端に魔法が使えたのがネイクスにとっての不幸だったならば、きちんと正しい師について、正式に魔法使いにでもなってしまえば落ち着くのではないかと考えたのだろう。 「えぇ。で、実際ガキはその魔法使いになついて、部屋から出してもいたずらをしなくなった。めでたしめでたし……って事にはなってますが」 「その魔法使いはどうしたんだ?」 バーグルセク卿の考えは確かに悪くなかった。 ただしそれは、その招き入れた師になるべき魔法使いが、良い人物であれば、の話だ。 「街人の話じゃぁ『さぁ、あの魔女息子が大人しいんだから、まだいるんじゃないの?』だ、そうです」 シーグルが目を細める。 グスは少し声のトーンを落して、苦い顔で口を開く。 「でもですね、俺とクーディが使用人にあのガキの話聞いても、魔法使いがいるなんてのは誰も言わなかったんですよ」 シーグルは目を閉じて、息を吐きながら背もたれに背を寄りかからせた。 「不自然、だな」 「ですな、それで、館の使用人と連絡が取れなくなったってぇ噂ですからね……」 グスもまた溜め息をついて、シーグルのように背もたれに背を預けた。 シーグルは腕を組んだまま、考え込む。 「最悪、この館全体がおかしい可能性もある」 「俺たちは今、とんでもないとこにいるのかもしれませんな……」 グスは苦笑いをしながら、自分の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻いた。 この事態に相当に苛立っているらしいのは分かるが、ならばと即ここを出て行く訳にもいかないのが現状だ。 「とりあえず、用心するようには言っておこう。……飲み食いも出来るだけは控えてほしいところだが……」 「今ンとこ大丈夫だとは思うんですがね、油断させてってぇ可能性はありますからな」 と、そこまで言ってから、グスはにやりとシーグルに笑みを向けた。 「ま、今回ばかりは、隊長殿は飲めない食べれないってのを素直に言って、ここのモンに手ぇ出さないでいてくれた方が安心ですな」 一瞬面食らったシーグルだが、グスの言葉を聞いて笑みを浮かべる。 「とりあえず、明日はまた早朝から村へ行くと言ってあるし、できるだけここで食事を摂らないようには出来るだろう。それに、上手くいけば明日の晩には決着がつけられるかもしれないしな」 シーグルの言葉に、グスがふぅと息をつき、背伸びを一つしてから立ち上がる。 「少なくとも、今晩は何もないことを願うばかりですね」 シーグルも立ち上がる。 「全くな」 だが、おやすみといって別れようとしたグスが、部屋を出ていこうとする時、開いた扉の向こう側に、シーグルはいる筈がない人物を見つけてしまった。 「ラン?」 部屋の外、扉が開いた一瞬しか見えなかったものの、確かに今、シーグルは、見慣れた大男の姿を見た。 急いでシーグルはグスが閉めた扉を開けて廊下に出る。 そうすれば、やはり、見間違えるには目立ちすぎる大柄な姿が、扉の横にぴったりと張り付くように立っていた。 「ここで何をしてるんだ、お前は」 だが、無口な男が表情だけで訴えてこようとしたその視線で、シーグルも彼がそこにいる理由に思い当たる。 「護衛か……そうは言っても、まさか今晩寝ないでここにいる気だったのか?」 部屋に帰ってやっと彼も離れたかと思っていたら、実はずっと部屋の前にいたという事らしい。グスは別れを告げた後と何ら変わらない格好をしていた。 「ここで、寝ます」 シーグルは、思わず頭を押さえた。 「ラン……そこまでして俺を護ってくれようとするのはありがたいが、流石にそこまでするとバーグルセク卿に対して失礼すぎる」 基本、シーグルのような身分の者を館に招いた場合、その身の安全を保障するのは館の主人の義務であり、滞在中に客人になにか起こる事は、それが些細な事であっても家主の恥となる。だから、バーグルセク卿ほどの人物が警備に手を抜いている事がある筈なく、それを疑って自分の部下に護らせているということは、家主を全く信用していないと言っているも同然だった。 実際、卿と話をするのについて来ただけでもかなり向こうの気分を害しただろうに、部屋に一晩中見張りまでたてさせていたとなれば、向こうの面目は丸つぶれだ。 だが。 「今日はもう部屋に誰も入れないし、俺ももうすぐ寝る。お前も部屋へ帰ってちゃんとベッドで寝てくれ」 と言ったところで、彼は無言で立ったまま動かず、シーグルもその彼を説得出来る自信がなかった。 そうこうしている間に、館の見回りの兵でも来て、この場面を見られたらと思うとシーグルだって焦らずにはいられない。 だから、仕方なく出した結論に溜め息をつき、シーグルは部下の大男の腕を持って扉の内側、部屋の中へと引っ張った。 「……分かった、ならせめて部屋の中にいてくれ。廊下は目立つ」 少なくとも、あからさまに見える場所にいなければ、向こうも建前上の面子を保つ事は出来る筈だった。誰にでも見れる廊下にいられては、明らかにここの家主を信用していない、疑っているとこちらが主張しているのと同じになってしまう。 ……実際、本当に疑っていて相手を探っている状態でもあるため、その状況は避けたい。 グスもそれくらい分かっているだろうに、何故黙ってランをここに置いていったのだとシーグルは思うが、実のところ、グスはシーグルと話をする前、部屋に入る時にランと一悶着あったのだ。 結局、ランの頑固さにグスもさじを投げたという事情があったのだが、それをシーグルが知る由もない。 部屋に入ったランは、部屋の中にまで歩いてこようとはせず、入り口に寄りかかるようにして座りこんだ。それを見たシーグルは、ベッドから余分な上掛けを一つ外してきて、それを彼に向かって投げた。 「なら悪いが、俺は寝かせて貰う。お前も寝やすいようにして寝ろ。何かあったら起こしてくれて構わないから」 無口な男は、シーグルの投げた上掛けを肩から被ると、そのシーグルに向けてこくりと頷く。 「おやすみ」 「おやすみ」 そうして、大きな体を丸まらせるようにして目を閉じた男を確認して、シーグルもベッドのある寝室へと向かった。 --------------------------------------------- う、グスとの会話シーンが予想外に長くなりすぎた。 事件が起こるのは次回からです。 |