魔法使い達の円舞曲




  【6】



「今頃……パレードの真っ最中、なんだろうな……」

 シェルサが呟けば、口に出さないものの同じ事を思っていた他の連中も大きなため息をつく。
 現在の第7予備隊の仕事は南門から入ってくる人間のチェックで、町の中心で行われているだろうパレードの様子はまったく見えない。
 王族はもちろん、海外からの賓客やら旧貴族達が集まるリパの夜当日の今日は、セニエティの街には入るのに規制が掛かっていて、いちいち荷物やら身元やらのチェックを受けなければ中に入る事も出る事も出来ない。普段は冒険者支援石を見せればすんなり通れる門は、一人一人足を止めさせての質問と照合が必要になる。当たり前だが祭り中は人の出入りは増える訳で、それでこんな面倒なチェックをしているとなれば、門の前は常時長蛇の列となるのは当然だった。
 途切れる事ない列の先を眺めれば、思わず愚痴りたくもなる。しかも、予定ではこの隊の今日の仕事はパレードの行進の一角を務める筈だったのが、急遽変更となってこちらの仕事に回されたのであるから。

 祭り3日目、大聖夜当日の今日は競技会の決勝がある。昨日一昨日の予選で勝ち残った連中が華々しいパレードと共に入場して、中央広場に作った特設会場で偉いさん達も見る中競いあうのだ。
 騎士団の先導隊とその後に出場騎士、というセットが出場者の分だけ続いて、彼らが会場に揃ってから、新貴族達、それから旧貴族の当主、貴賓客、最後に王族という順で入ってきて、競技会の開始となる。
 この隊がパレードでなくこちらの仕事にとばされたのは、辞退者が出てその分先導隊がいらなくなったせいだが、もしシーグルが隊にいたならなにがあってもパレード組に回されたろうと思われる。
 そのシーグルは今頃、旧貴族の当主の一人としてパレードに参加し、もしかしたらもう紹介されて席についている頃かもしれない。
 シーグルが隊にいなくても、パレードでフル装備の正装姿のシーグルをみれると思っていた面々は、だからこちらの仕事に回される事が決まって相当に意気消沈していた。特に若い連中は相当にシーグルの正装を楽しみにしていたらしく、気の抜けっぷりが目に見えて激しい。
 まぁそれでも、サボっている訳ではないから大目に見てやるさ、と隊長代理でもあるグスは苦笑して見逃してやる事にしたが。

「優勝はチュリアン卿か?」
「だなぁ、おかげで賭になんねーよ」

 そんな声に思わず目をやれば、目があった男達は愛想笑いを浮かべ、そそくさとその場を逃げるように去っていく。
 一応神聖なる競技会において建前上賭は禁止されているが、別に公に言い回らない限り取り締まりはしていないし、そもそもこういうイベントで完全に禁止しきれる訳はない。だがここ数年は、優勝者がチュリアン卿に決まりきっているせいで賭も盛り上がらず、厳しく取り締まるよりも余程規制になっている状況だった。

「隊長が出てたら、賭は大盛り上がりだったろうなぁ」

 にやにやと、品の悪い笑みを浮かべてテスタが言えば、やる気のなかった他の連中も気合いを入れて応える。

「そしたら俺、たとえ隊長が勝てないっていっても隊長に賭けますよ!」
「俺もです!」
「お、俺も……隊長の為なら」

 その連中の頭に一発づつげんこつを入れてから、グスはため息混じりに彼らに言う。

「ったく、隊長に賭けたからってあの人にゃ何のメリットもありゃしねーし、喜びもしねぇだろ」

 テスタはその様子をバカにして笑うだけだが、叱られた犬のようにしょんぼりした様子の若い連中を見ていれば、なんだがグスはかわいそうにさえなってくる。

「明日にゃ、隊長こっち戻ってくンだから、そんなに落ち込むなよおまえ等は……」

 言いながらも、そりゃまぁな、とはグスだって思う。
 シーグルは確かに見た目だけでも目の保養的な意味でモチベーションが上がるのはあるが、あのいつでも緊張感を纏った姿のせいで、いるだけで皆気が引き締まるというのもある。だからまぁ、いないと妙にやる気が起きないというか気が抜けるのは仕方ない。若い連中は特に、気力と気分に振り回されるものだからな、とグスはため息をつき、それから自分も今日は何回目のため息だよと思わずつっこみを入れてしまう。

「ったく、祭り本番なのに、今日がやけに長く感じそうだな」

 その呟きに一人だけ気づいたテスタが、グスを肘でつついた。







『あの人はある意味完璧だったよ、アンタに会うまではね』

 言いながら含みある笑みを浮かべた魔法使いの医者を思いだし、シーグルは重い息を吐く。

「若いのに苦労が多いようですな」

 声に気づいて顔をあげれば、心配そうに見てくる、老人といって差し支えない年齢の男がいた。シーグルの着ているのとはデザインが多少違うが、魔法鍛冶製の淡い光沢の鎧に身をつつんだ彼もまた、伝統あるクリュースの旧貴族の当主である。

「少々考えごとがあるだけです。お気に触ったのなら申し訳ありません。ウーネッグ卿」

 この手の公式行事では旧貴族達の並ぶ順番はいつも決まっていて、ウーネッグ家は必ずシルバスピナ家の前になる。だからもあって、ウーネッグ家とは昔からつき合いが深く、現当主のこの老人も、シーグルの祖父とは友と呼んでいい間柄であった。

「ところで、兜は外さないのですかな。息苦しいでしょうに」

 見れば周りの旧貴族達は、席についた後はすっかりだらけきり、兜を外す事は勿論、着なれない鎧の一部を外して後ろの部下に扇いでもらっているものさえいた。
 正式な席ではこの鎧を着る事が義務づけられてはいるが、式典中ではなく競技会の間は多少は気をゆるめてもいい、というのは暗黙の了解ではあった。その為に、偉い連中の席は下から見上げてもあまりよく見えないように作ってある、というのもある。

「いえ、慣れていますので」

 そんな周りに呆れながらシーグルが言えば、目の前の老貴族は深い皺を刻んだ顔に笑みを浮かべる。

「さすが現役は違いますな。……私も、若い内ならそう言っていられたのですがね」

 旧貴族の当主でも、祖父と同じ代までは、まだちゃんと騎士であった者は多い。ウーネッグ卿もその一人で、兜を外して多少楽な姿勢をとってはいるものの、騎士とは無縁の連中に比べれば十分威厳を崩さぬ姿をしていた。

「しかしまったく嘆かわしいことだ。この席にいる連中で、まともに鎧を着ていられるのは半数以下だ。多少若い連中に至っては、片手の指で事足りる」

 確かに、若そうな当主程、鎧を着慣れていない様子が目立つ。貴族の騎士離れが起こりだしたのは冒険者制度が定着したここ80年あまりであるから、確かに老人連中の方がまだ昔の名残のまま騎士然とした姿をしているものが多い。だからこそ、情けない跡取りに家督を譲れず、こうしてウーネッグ卿のように未だこの歳で当主の位置にいる者達が結構な数いるのだが。

「本当にシルバスピナ卿が羨ましい。金や地位よりも、立派な跡取りがいる事の方が旧貴族としては一番誇れる事だ」
「いえ、私もまだ未熟すぎて、立派とまで言われるに値しません」

 そんな事情の所為か、こうして、元はちゃんとした騎士だったという旧貴族の老人に誉められるというか羨ましがられるのは、シーグルには昔からよくある事だった。家ではシーグルを出来損ない扱いする祖父も、外ではそんな彼らに向かってシーグルを誇らしげに紹介してくれるのが常だった。
 ……だから、錯覚してしまったのだ。本当は祖父はちゃんと自分の事を孫として情を持ってくれているのだと。

 シーグルはまたため息をつきそうになって、老貴族の視線に気づいてやめた。
 気を緩めないようにしないと、と自分を叱咤して、シーグルは姿勢を整える。
 実は、今回シーグルが兜さえも外さないのには正装を崩さないという意味とは別の理由もあった。
 昨夜の騒ぎの後、あれから林を通る小川で体を拭ってから身を整え、フユの協力でこっそりパーティ会場に戻る事は出来た。ただ、会場に戻ってからは、とにかく顔色がよくないと皆に言われ、そのまますぐ屋敷へ帰る事になった。

『悪いんだけど、何も持ってないからちゃんと治療してあげられないんだ。ホーリーがいればよかったんだけどね。せめて今夜はゆっくり休む事、出来るなら知り合いのリパ神官に治癒術を掛けてもらうといい』

 サーフェスは別れ際にそう言っていたが、シーグル自身は今回はそこまで体のダメージはないと思っていた。呆れるくらいよく慣らされたせいもあったし、翌日の仕事に支障は出ないと思っていた。ただそれは多少の薬物を使われていたせいだったようで、体の痛覚やら一部の感覚が鈍くなっていただけだと、時間が経ってから気づいた訳だが。
 今朝起きて自分の顔色を見て、シーグルは流石にまずいと思ってウィアに治療してもらう事も考えたが、やはり心配を掛ける訳にいかないと、自分で着替えをすませて急いで家を出た。朝食を無理矢理辞退したからおそらく帰れば兄に何か言われると思うが、それでも食べる気には到底なれなかったし、あの時の顔色を兄弟達に見せる訳にはいかなかった。
 ……だから、兜を外さないのは、今の酷い顔色を見せない意味もあった。体調の方も顔色の通りくらいには良くなく、しかも食事をしていない所為もあるのか、気を抜けばふらりと足元が怪しくなる。

「さて、始まりますな」

 早いリズムの太鼓の音が、第一戦の両者が準備を終えた事を会場に知らせる。音がやめば、対戦者達の紹介口上が始まって、騎士は互いに従者から槍を受け取る。次に太鼓が3度鳴れば、両者の馬が走り出し、会場は一気に歓声に包まれた。







 競技会の結果は、ほとんどの者が予想した通り、今年もチュリアン卿の優勝で幕を閉じた。それでも今年は国外からの参加者が多かった事もあり、思った以上には競技会自体は見応えのあるまともな試合が多かった。
 そのせいか、隣にいたウーネッグ卿は何度も興奮してシーグルに話し掛けてきて、シーグルも目に見えた反応は見せなかったものの、内心すっかり試合に見入っていた。

「いやぁ、今年は近年になくいい試合が多かった。そう思いませんか?」

 今、中央では、優勝者であるチュリアン卿に月の勇者の冠が乗せられ、会場全体が彼に対する喝采にあふれていた。シーグルも手を叩きながら、ウーネッグ卿に少し大きな声で相づちを返した。

 だが、そうして試合の後の式を、シーグルがただ楽しんでいられたのはそこまでだった。

 王の使者から報償の袋が送られ、チュリアン卿はそれを空に掲げる。それから月の勇者である彼は、リパの主席大神官に願いを一つ言う事になっていた。
 ――勿論、願いを言う……などと言っても、なんでも望みを叶えて貰えるというものではなく、受けた願いを神が許したなら――つまり、主席大神官が了承したものでなければならない。この場面で願いを拒否される事は相当に恥ずかしい事なので、大抵はまず通るような無難な願いを言うのがお約束となっている。
 確か、去年も、その前も、部下思いのチュリアン卿は、前線のバージステ砦の者達が喜ぶ土産を欲しいと言い、リパ神殿から沢山の豪華な食料と新しい厚手の外套を贈られた、とシーグルは記憶している。
 だが、皆がまた今年の願いも同じだろうと思っている中、主席大神官の前に出たチュリアン卿は全く別のことを言い放った。

 シーグル・アゼル・リア・シルバスピナ殿と試合をしたい、と。

 シーグルは驚いて、自分の名が出た瞬間は声も出せなかった。隣にいたウーネッグ卿が大喜びで拍手をシーグルに浴びせ、周りの視線が自分に集まったのを受けて、シーグルは驚きを通り越して途方に暮れるしかなかった。

「なるほど、競技会に出なくとも、このような話を受けていたのですな」

 興奮している老貴族に、全く聞いていない、彼とは話さえしたこともない、とはシーグルは言えなかった。ましてや、それを辞退など出来るはずがない。ここでシーグルが拒否すれば、チュリアン卿は大恥どころではすまないし、シーグル自身も怖気づいたのかと、騎士としてシルバスピナ家の名に泥を塗る事になる。
 だから仕方なくシーグルは立ち上がり、了承の意味を込めて剣を抜き、それを胸の前に立てて見せるしかなかった。
 会場の歓声が更に高くなる。

「願いは聞き届けられました。リパは、貴方の願いをお認めになられました」

 人々の声と拍手が熱狂する中、それに反比例して、シーグルの心は重苦しく落ちていったのだった。




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次回からはチュリアン卿関係のお話。
とはいえ、流石に試合をちゃんと書いてるとBLとしての方向を見失いそうなんで(笑)、その辺りはあまりやり過ぎないようにします。



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