【7】 思わず、ロウは叫ぶ。 「俺だって、お前を好きだ。愛してるんだ」 けれどもシーグルは、ロウの瞳を受けて、ゆっくりと首を振った。 「いいや、ロウ、お前のは違うんだ。お前はあいつとは違う」 「俺の気持ちが嘘だっていうのか?! 俺は本気じゃないっていうのか?!」 すぐにロウは叫び返す。というか、今のこの感情を吐き出す事しかロウには出来なかった。 けれどもやはり、シーグルはどこまでも落ち着いて、静かにロウを見つめてくるだけだった。 「違うんだロウ、そうじゃない。お前が本気なのはわかっている。だからこそ絶対に、お前とそんな関係を作りたくないんだ。それこそいっそ、お前が本気じゃないならまだ……」 そこまでいい掛けてから、彼は自嘲を浮かべてまた首を振った。 「いや、それでもやはりだめだな。……お願いだ、もう俺にそういうものを望むのはやめてくれ……それに、俺の体は、そんなに価値あるモノじゃない」 その言葉の差す意味を理解して、ロウは唇を噛みしめただけで何も返せなくなる。 今の言葉だけで、この歳まで、彼がどんな目にあっていたかを察する事が出来て、それを否定したくて、出来なくて、ただ地面についた拳をひたすら握り締める事しか出来なかった。 「お前が本気なのは分かってるんだ。だからこそ誤魔化したり、あやふやな事を言いたくなかった。今言った言葉は全部、俺の本心で、真実だ」 地面を見つめたままのロウの唇が、小さく、呟く。 「そんなの、分かってる……」 シーグルは何も返さない。 だからロウは、大きく息を吸い込むと、顔を上げて彼の顔を睨みつけた。 「……なぁ、シーグル、言ってみろよ。何が違うんだ、俺とセイネリアって奴と」 一言一言、ゆっくりと、出来るだけ自分を落ち着かせながら言えば、シーグルは苦しそうに顔を顰める。それでもまだ、彼の瞳は真っ直ぐこちらを見返してくる。 「あいつは……友じゃない」 「そんな事聞きたいんじゃない、俺と奴の『愛してる』の何が違うっていうんだよっ」 やはり耐え切れなくなって叫んでしまえば、シーグルは僅かに瞳を伏せて、苦しそうに答えた。 「お前の『愛している』は聞く度に、応えられない事が申し訳なくて……友として見てもらえない事が悲しいと感じる。けれど、あいつのは……聞いているだけで、胸が痛くて苦しくて……そして、怖いんだ」 ロウはそれに言葉を返せないまま、ただ呆然とシーグルの顔を見つめた。 シーグルは目を逸らしはしなかったものの、目を合わせている事が酷く苦しそうで、結局、そんな彼を見ていられないロウの方が視線を地面に向けた。 何が違うのか、ロウにもはっきりと理解は出来た訳ではなかった。けれども、今の言葉とその時のシーグルの様子で、何かを感じ取れてしまった。 その途端、体から力が抜けて、瞳には涙が込み上げてきてしまった。だから、下を向いたのは、泣く自分の顔をシーグルに見せない為でもあった。 座ったまま地面を眺め、黙るロウを、暫く、シーグルも黙って見下ろす。 それでも、地面に拳を押しつけているロウが、もう顔を上げる気はないと察した彼は、執務室へ帰る為に背を向けた。 それを彼の足を眺めるだけで見送ったロウは、視界から彼の影さえもが消えてから、口から耐えていた嗚咽を漏らした。 既に夕暮れの色に染まり、もうすぐ夜に移り変わろうとしている朱と黒と青色の空を眺めて、ロウはため息をついた。 あれから、午後の訓練が始まってもこの落ち込み切った気分では身が入る筈もなく、あまりにも気が抜けた状態でやっていた為、隊の他の者達からは随分いろいろと言われた。なにせロウと言えば、普段なら、だらだらとやっている面子の中で飛びぬけて気合を入れて動いているので、力の入ってないその様子に、『悪いものでも食ったのか』『ヘンな病気か?』『悪い魔法に掛かったか?』等など、心配というよりも気味悪がられて皆から遠巻きに見られる事になった。 唯一、友人のアルセットだけは原因を察して黙ってくれてはいたが、だからこそ態度は冷たかった。まぁ、彼からすれば、さっさと諦めろ、の一言で終わってしまうのだろう。 「強く、なんなきゃいけない……のに、な」 誰もいない訓練場で、一人残って剣を振ろうとはしていたのだが、どうにも気力というか気合が入らない。 いくら強くなっても、シーグルにとって自分は友人以上になる事は出来ないのではないか、とか、そもそも彼に追いつく事は不可能なのだ、とか、ネガティブな考えだけが頭の中を駆け巡る。 それらをどうにか振り切って剣を振ろうとしても、今度は別の言葉が頭の中に響いてくるのだ。『お前はあいつと違う』と――。 「くそっ」 セイネリア・クロッセスという男の名が頭に浮かべば、途端に悔しくて泣きたくなる。ロウは剣を地面に刺してそのまま座り込んだ。もう、剣を振る気分どころではない。 けれど、地面を爪で引っ掻いて、その軌跡の描いた線の上に水滴が落ちる様を見ていれば、ふと、その視界の片隅に何者かの足が映る。気配を感じずに近づかれた事に驚いて、ロウは目を軽く拭いながら、即座に立ち上がった。 「誰――」 剣を抜いて構え、誰何の声を上げようとしたロウは、けれども言いかけただけで口を開けたまま止まった。 「いやぁ、今晩は〜いい夜ですね、というにはちょぉっと早いですかねぇ」 緊張していた自分が馬鹿馬鹿しくなる程ゆるい笑みをうかべて、最愛の友人の文官である魔法使いの青年が、のんびりと手を振ってそこに立っていた。 「こ、こんばんは……」 気が抜けすぎて、がっくりと肩を落としたロウは、剣を支えにしてやっと立っているような体勢になる。 「こぉんな時間に一人頑張ってるのかなぁ〜なぁんて思ったら休憩中でしたかねぇ」 休憩どころか、まったく何もしてませんでした――とは言えなくて、ロウは顔を引き攣らせて笑うしかない。 「それともぉ、シーグル様に振られて落ち込んでやる気なくなって自暴自棄になって地面に当たり散らしている最中だったんでしょうか〜」 それを満面の笑みで言われるのだから、ロウの胸にぐっさり突き刺さるのは当然だった。それでもどうにか気を取り直し、ロウは無理矢理自分も顔に笑みを張り付かせて相手の顔を見返した。 「えーと、確かキールさん、でしたか。一体俺に、何の御用でしょうか?」 そうすれば魔法使いの青年は、やはり笑顔のままにこやかにロウに言ってきた。 「あぁはい、セイネリア・クロッセスがどんな男で、シーグル様とどんな関係だったか、貴方もお知りになりたいんじゃないかな〜と思いまして」 「……え?」 あっさり軽く言うには確信過ぎる事を言われて、ロウは思わず固まった。 「よく言うじゃないですか〜言うより見た方が早いってぇ。私がその『見せる』事が出来る能力があるとしたらぁ〜どうします?」 目を細めて笑っていた魔法使いが、目を開いて真っ直ぐロウを見つめてくる。顔は笑みのままなのに何故かぞくりと悪寒を感じたロウは、だが彼の言葉を理解して即座に口を開いた。 「出来るなら――」 見たい、見せて欲しいと、すぐにでも返そうとした声が出なかった。 言いかけて閉ざしてしまった口に、自分の事ながら驚いたロウは、ごくりと唾を飲み込んだ。 ――俺は、怖いんだ。 決定的な何かが分かってしまうのが。 分かってしまったら、もう、今までのようにシーグルを追い掛け回す事が出来なくなると、それを予想している自分がいる。まだ望みがあると思っているその根本が崩される事を、知っている。 それでも、彼を本気で『愛している』というのなら、それは、彼の事情を分かって尚言えるものでなければならない。 だから、ロウは、のんきそうに見えて底の深い、魔法使いの目を真っ直ぐ見て答えた。 「出来るなら、見たい、見せてくれ。俺は……知りたいんだ」 魔法使いは、にこりと、笑みと共にお辞儀を返した。 --------------------------------------------- すいませんすいません、エロの前に次にもう一話入ります。 ここらへんの文章が伸びすぎて分割になったんですorz なので今回少し短め。 |