惑える愚か者の序曲
※この文中には性的表現が含まれています。読む場合は了解の上でお願いいたします。





  【3】




 キシ、と小さい筈の音を立てて、セイネリアの黒い姿が立ち上がる。
 目の前に立たれるとやはり背が高い。
 狭い部屋の中は立っただけで、その一歩分彼との距離が近くなる。
 途端、飛び跳ねるように更に煩くなる心臓の音に、エルクアは胸を両手で押さえた。
 一歩、二歩、三歩彼が近づけば、すぐにその姿は目の前になる。狭い部屋では心の準備をする暇さえあまりなくて、勿論緊張も、心臓の鼓動も、少しも落ち着かせる事なんて出来なかった。

 すぐ傍まで来た黒い姿の男が、軽く屈んでベッドに片手をつける。沈んだベッドに慌てて反射的に身を引くと、ずいと顔を前に出してきたセイネリアの顔の近さに、思わず体が固まる。
 伸ばされた手が、頬に触れる。
 大きくて、固くて、暖かい他人の手の感触に、エルクアは目をぎゅっと瞑って体を思い切り縮込ませた。
 頬にある手がすっと奥に差し込まれ、エルクアの髪の毛を軽く梳く。
 宥めるように意外な程優しい感触で髪を撫でられて、エルクアは少しだけ体から力を抜いて薄く目をあけた。
 セイネリアの顔が近い。
 彼はエルクアが目を開けたの見ると、髪を梳いていた手でエルクアの顎を掴み、下を向こうとしていたその顔を上げさせる。
 エルクアが魅入られたように彼の金茶色の瞳を見ていれば、それは更に大きくなって、彼の顔が近づいているのだという事を知らせる。
 そのうちに、その強い瞳が閉じられて、そして唇が彼の唇で覆われる。

――あ、俺、キスされたんだ。

 そう思った時には口腔内に彼の舌が入ってきて、ぐるりと力強い舌に舌が絡めとられる。
 それに思わず目を閉じて、されるがまま相手に任せたエルクアは、自分でも信じられないくらい高い音が鼻から抜けるのに気づいた。
 男の舌は力強く、けれども時折柔らかくくすぐるようにエルクアの舌を撫でてくる。エルクアは自分の顔を固定する彼の腕に手を伸ばして、腕に覆い被さっている彼の黒いマントの布地を掴んだ。
 けれど、唇は唐突に離される。
 まだ頭がぼうっとしているエルクアは、離された事に気づくとなんだかそれが寂しくなって彼の顔を見上げた。
 だが、見上げた彼の顔はただの無表情で、その顔だけを見れば今のキスの熱さは嘘だったのではないかと思ってしまう。
 そうして、エルクアは気づくのだ。この行為は、彼にとってはただの契約の為の作業なのだと。そうだ、その程度の価値しか自分にはないのだと、今更ながらに思って彼は悲しくなる。
 ぎゅっとマントを掴む手に力を入れて下を向いていれば、彼の体が止まってため息が返される。それでまた顔をあげれば、金茶の瞳がじっと見つめてくる。

「手を離せ。それとも、俺は着たままでいいのか?」

 そこから一呼吸置いて彼の言った言葉の意味を理解したエルクアは、気づいた途端顔を赤くして、顔をぶんぶんと激しく振った。

「……なら手を離せ。突っ込めばいいだけならこのままでやるが」

 そこまで言われて、やっとエルクアは彼のマントから手を離した。
 そうすればセイネリアは、その長身を両肩から隠す大きなマントをばさりと床に落とした。
 真っ黒で統一された甲冑は、その黒い光沢のせいか、華美な装飾などどこにもないのに美しいとエルクアは思った。けれどもそれが見た目だけではなく、動き易さを重視したものになっているのは、強度を保ちながらも可動部分を増やそうとしている作りでよくわかる。エルクアの、とりあえず格好だけはつくように作らせた鎧とは違って、彼の為に鍛冶屋が精魂込めてつくった特別な鎧だという事は疑いようがなかった。
 その、黒で統一された鎧がはずされていく。
 それをエルクアはまたぼうっと眺めていたが、両腕の装備を彼が落としたところで、唐突に頭を上から押さえつけられた。

「見てる暇があるなら、貴様もさっさと脱いでおけ」

 え? とまたその言葉を聞いた瞬間には理解できなくて、エルクアは目を見開くだけだったが、理解できてからは少し考えて、今の自分の装備状況を見てみて、それから苦笑いを返した。

「脱がしては……貰えないかな?」

 さすがにベッドに転がされていただけあって、銅鎧は脱がしてあるし、靴も外してある。でも、腕やら臑やら細かい部分の装備はまだ身につけたままだった。

「そこまで俺の手を煩わせる気か?」

 声に抑揚はなくとも、彼の機嫌を損ねたことは確実だろう。
 とはいえ、エルクアにもちょっとばかり事情がある。
 彼女の前で格好つける為に一張羅の装備をつけてやってはきたものの、彼はこれを自力で着る事は出来ない。脱ぐ事は多分どうにかやれなくもないだろうが、やったことはないのでかなりみっともない状況になる自信がある。
 だから出来れば脱がしてもらったほうが、ムード的にというか流れ的にいいと思ったのだが……。

「大方、自分で着た事もないんだろ。抱かれたいなら、女みたいな事言ってないで自分で装備くらい脱げ」

 どうやら彼は、初めの相手に気遣ってやろうという気はないらしい。いや多分、女ならもっとちゃんといろいろやってやるのか、なんていうのをなんか予想出来てしまうのが悲しい。
 所詮、彼は自分を欲しくて抱く訳ではないのだ。
 それでも、あんまりにも腕の装備をはずすのに苦戦していれば、見かねた彼が説明しながら外してくれるのだから、それにちょっと嬉しくなったりする。
 考えてみれば――彼の自分に対する態度は、突き放しているのに突き放しきれないような、なんだか微妙な距離間だと思った。

「まったく手間が掛かる」

 文句を言いながらも、やっと互いに服を脱ぎ終えて、セイネリアはエルクアをベッドに突き飛ばすように寝かすと自分もベッドの上に乗り上げてくる。
 ほとんどまともに鍛えていない自分と違って、鍛え上げられた彼の体は同じ男とは思えない程別物で、その固そうな筋肉の張りに見とれて、思わず彼の腕を触って見てしまう。それからそっと、目の前に下りてきた彼の胸に手を伸ばして、その感触を確かめようとしたら――……。

「うわぁっ」

 急所を少し強く掴まれて、エルクアは悲鳴をあげた。

「うわわわわっ、ちょ、離し、て……」

 言えば今度は、ぐりっと先端を強く擦られて、その衝撃に声だけではなく腰を曲げてしまう。
 勿論相手がエルクアの言葉など聞く気もなく、平然とした顔で、彼の手はエルクアの雄を扱きだす。

「や、め……ん……」

 女性との経験だってまだないエルクアが、他人にそれを触ってもらった事がある筈もない。自分の手と違って皮の固い、大きな手の感触はそれだけでも強烈で、一番敏感な場所を指で強く擦られる度に、びくびくと体を跳ね上げてしまう。
 けれどもそれですぐにでもイキそうになっていれば、唐突に彼の手は止まって、その周囲の、もう少し感覚の鈍い場所を緩く触る程度になる。

「くそ……」

 遊ばれてる、と思っても、文句を言う暇さえない。
 言おうとすれば触れる程度でまた先端を擦られて、みっともなく声をあげてしまう。
 そんな事を繰り返されて、すっかりそれだけで体力を持っていかれたエルクアは、これ以上遊ばれたら持たないと、セイネリアの両肩に手を伸ばして顔を彼の胸に押しつけて言った。

「お願いだから……イかせてくれ」

 鼻で笑った気配が返る。
 そうして、今まで寸止めだった手を激しく動かされて、あっけない程簡単にエルクアは達してしまった。

「全く、根性なしだな、お前は」
「うるさいな……」

 体から力が抜けきってベッドでぐったりしていれば、上からは冷たい声が降ってくる。
 けれど、それでほっとしていたエルクアは、片足を持ち上げられて、これで終わりではなくこれからが本番だという事を思い出した。

「うあ、何?」

 そういってから、自分は何聞いてるんだと思ってしまえば、誰よりも強い男は、やっぱり顔だけなら熱なんかどこにもないような表情で見つめてくる。

「お前、これから何するかもわかってないのか?」
「あー……うん、わかってます。つづけて……くれていいです」

 言った直後に指が後ろに触れてきて、何かで濡らしているらしいその冷たい感触に、エルクアはまたヘンな声をあげて足をばたつかせた。とはいっても、しっかり押さえられた足はびくともしなかったが。

「こっち使うのははじめてか?」

 そこでそんな事を聞かれたから、エルクアは顔をまた真っ赤にしてやけくそのように返した。

「だよっ、男となんか初めてにきまってるだろっ」

 女ともまだだけど、とは言わなかったが、この男はそれくらい分かっている気がする。
 様子を見るように周りを触っていた指が、とうとう中に入ってくる。何かは分からないが指は相当に濡れているらしく、痛みはなく、思ったよりも入る事自体は楽ではあった。ただ、異物感とでもいうのか、なんだかへんな感じでエルクアは顔がひきつるのをとめられなかった。
 指は中の肉を揉むように緩く動いていて、思ったよりその動きは優しかった。男同士の場合そこに入れるのだということは分かっていても、どういう手順を踏むかなんて知る訳がなかったから、イキナリ突っ込まれるのかと思っていたエルクアは少しだけほっとした。
 けれども。

「ん……」

 異物感をただ耐えていたら、いつの間にか鼻から甘い音が漏れていた。よく感覚をたどって見れば下肢がじんわりと熱を持ち始めていて、そっと下を見ればしっかり自分の雄が反応しているのが見えてしまった。
 なんだこれ、と思った時には熱はもっとはっきりと快感だと感じられるようになっていて、中を指で擦られるその感触に、鈍いけれども確実な熱が上がってくるのが分かった。

「あ、なんで……」

 呟けば、相手がまた笑ったような気配があって、急に指が増えて圧迫感が一気にやってくる。しかも今度は激しく出し入れしてきて、大きな手にふさわしい長い指が奥にまで届く。

「や……やめ、て……」

 耐えられなくて、腰が曲がってしまって、どうしようもない感覚に足がシーツを掻く。
 相手に縋りつきたいのに、彼の体は下にあるからどうにも出来なくて、エルクアの手はシーツを握りしめることしかできない。
 そこから更に指を増やされて、どうしようもないタイミングで前を触られれば、エルクアはまた自分のものを爆ぜさせていた。

「ずいぶん溜まってたんじゃないのか?」

 それを否定できればまだ救いがあったのだが、なにせ彼女一筋の清い生活を自分に課していたのだから、この4年は自慰だけの寂しい日々だったのだ。ついでにいえば、一人でやるのだって最終手段と思っていたから、出来るだけは我慢してきた。

「悪かったな」

 だから、言える言葉はその程度しかない。
 にやにやと小馬鹿にした笑みを浮かべている男の顔さえ見ていられなくて、エルクアは寝たままそっぽを向く。

「まったく、慣らしてる段階で2回もイってるようじゃ相手に失礼だろ」

 とはいえ、その言い分はひどいだろうと思って、エルクアはキッと、彼にしては精一杯力を込めて相手を睨んだ。

「なんだよっ、俺のせいかよ、あんたが俺をイかせる気満々でヤってくれたからだろ」

 けれど向こうは笑うばかりで、反論を反論と聞いてさえくれない。
 エルクアはやけくそついでとばかりにわめいた。

「あぁそうさ、溜まってたよ、何せ彼女と4年ぶりに会うんだからってそりゃもうこのところは特に我慢しててさ……」

 さすがにこれ以上言ったらトンでもないことまで口走ってしまいそうで、エルクアは俯きつつも声を口の中に篭らせた。
 だが、こんな下らない台詞無視されると思った言葉は、揶揄いの言葉となって返ってくる。

「それで、その彼女には結局振られて、こんなところで逆に男相手に鳴いてる訳だな」
「まだ鳴くって程声出しちゃいないっ」
「なぁに、すぐにたくさん鳴かせてやる」

 この自信はどこからくるんだと思ってから、そりゃこっちとは経験量が段違いだろうしな、と余計に落ち込みそうになった。
 自分にもこの10分の1でも自信があったなら、彼の言う通り、彼女と別れたりせずに彼女に付いてきてほしいと言えただろうに、と思う。

「随分余裕がでてきたじゃないか」

 頭が少しどこかへいっていたのを見透かされたらしく、セイネリアはそういってエルクアの体を唐突に持ち上げた。

「うわ、おいっ、何を……」

 そうしてベッドの上にひっくり返されてうつ伏せにされた。

「なんだよ、突然っ」
「初めてなら、こっちからのが楽だろうからな」

 そうなのか? と思ってもこちらは初めてな為、相手に任せた方がいいのだろうという結論しか出せない。ただ、最中に相手に縋ることが出来ないのはちょっと寂しいなと思ってはしまう。

「……体勢変えろっていうなら言ってくれ、そんくらい自分でやれる」
「この方が手っとり早いだろ」

 扱いが悪いなぁ、とは思っても、仕方ないと思ってしまうあたりは、自分の方が抱いてくださいといった手前どうしようもない。
 まるでベッドに突っ伏すようなその格好のままで腰を上げさせられれば、これからとうとう自分の中に男が入ってくるのだということをエルクアも否応なしに覚悟させられる。
 触られれば、そこがまだ濡れているのが感触で分かる。
 様子を見るようにそこを撫でられて、それから指とは違う肉の感触がそこに触れて、エルクアはぎゅっと目の前のシーツを握りしめた。

「う、わ……」

 一言声を漏らした後は、ひたすら歯を噛みしめる。
 と、いうか、それしかできなかった。とにかく最初は圧迫感で苦しくて、しかもそこが広げられるにつれてぴりぴりとした痛みまで感じだして、口を開いたら何を口走るか自分でも保証出来ない。
 こういう時は体の力を抜いた方がいいんだっけ、などとどうにかこの苦しさから逃れる方法を考えたりするのだが、頭の思っている半分も体はいうことを聞いてくれなかった。
 だからただ、歯を噛みしめてシーツを握りしめて、その感覚に耐えるしかない。体に力が入ってくると自然と背が丸まっていくのだが、それは相手が許してくれなかった。

「うあぁっ」

 すっと、あの大きな手が胸から下半身を撫でるように滑っていけば、ぞくぞくとヘンな感じが体を駆け抜けていって、その隙にぐんっと体の奥に質量が納まる。

「うぁ…………って、はいった……のか?」

 そういえば、あぁ、と短く肯定されてエルクアは息をつく。
 正直苦しいままだし、少しも気持ち良くはないのだが、思ったより痛いという感覚はなかったので耐えられない程じゃない。
 ただ、そんな体勢で相手が笑ったものだから、その振動を繋がった部分で感じて微妙な気持ちになる。

「笑うなっ」

 だからいえば。

「お前からつっこんでくださいといわれたんだがな、俺は」

 どこまでも尊大にこの男はそんなことをいう。
 エルクアは自分でも見たら情けなくなる事確実なその格好のまま、しばらくはじっとシーツを見つめて感覚が慣れるのを待った。
 なにせこれで終わりではないのだ。
 息を整えて心と体の準備を確認していたら、やっぱりこちらが言うよりも早く、相手はこちらに聞いてくる。

「そろそろ、動いてもいいのか?」

 まだ心の準備は十分とは言えなかったものの、そもそもこれ以上時間があっても準備しきれるとは思えなかったので、返す言葉は一つになる。

「あぁ、いいぞ」

 その途端、軽く腰を引かれてから今度は深く奥を突かれて、耐えていた筈のエルクアの口からは、思わず「ぐえっ」という色気がないどころかカエルのようなみっともない声があがった。
 ぐえっなんだよぐえって、と自分でも突っ込みを入れて思わず口を押さえてしまえば、後ろからまた勢いよく突かれて、体を支えるためにその手は離れる。
 体の中に入ってくればただ苦しくて、抜けていけば一気に圧迫感がなくなる。ただそれの繰り返しだと思っていたのに、なぜか体は熱を持っていく。下肢にははっきりとした熱が溜まって甘い疼きがせり上がってくる。いつの間にか、あんなにみっともない声を出していた口からは切ない吐息が漏れて甘い声が出る。あ、あ、と力なく開く口から出る声に言葉なんかなく、まるで奥を突かれて押し出されるように、女みたいな甘ったるいあえぎ声が漏れた。

「あ、あ……ん、なん、だよ……これ……」

 動きと熱に翻弄されながらも必死に言った言葉はそれで、言った途端口から唾液が落ちた。
 
「ちゃんと鳴いてるじゃないか」

 相手の方はこんな行為中なのに、落ち着いた声でそんな事を言ってくるのだから、こちらの必死さが悔しくなる。
 それでも、今はこの熱にすべてを任せるのが心地良かった。
 苦しさは消えていないのに、それでも徐々に膨らんでいく熱が甘く下肢を包んでいく。もっとその熱を感じたくて、自らもねだるように腰を突きだして、さらに高い声を上げる。

「あ、あ、あん、はぁ……ん、あ、あ、……あ……」

 俺ってこんな声が出せたんだ、なんて馬鹿に冷静な事を考える自分もいたけれど、エルクアにもう恥ずかしいと思う気持ちはなかった。ただ熱に任せて声を上げて、すべてを快感にすり替えてしまおう。
 視界が揺れて歪み、激しく揺さぶられる感覚に下肢だけがついていって、体のほかの部分の力が全部もっていかれる気がした。もう腕には力なんか入らなくて、がくりと肘が折れれば顔がシーツの上に落ちて、口元の布が唾液をすいこんで暖かい湿りが広がっていくのがわかる。
 それでもなぜか、力が入った手のひらは、シーツをきつくただ握りしめていた。

 ひらすら快感にあえいで、なにもかも忘れてただ感覚だけに浸っている事に喜びを感じながら……ただ、今、目の前の男に縋りつけないことだけが残念だとエルクアは思った。




「で、どうだ気分は?」

 もう口を開く気力もないエルクアがぐったりとベッドでつぶれていれば、やはりまったく息も乱していない声でそんな事を言われて、余計に体から力が抜ける。

「怠い」

 それしか口にできなくて、後はもうただ枕を引き寄せて顔を押しつける。このまま寝てしまいたいと思った。

「もう、男に抱かれたいとは思わないか?」

 余裕そうに笑ってそう聞いてくるのだから、本当にこの男は意地が悪い。
 それを思い切り肯定してやれたなら少しは溜飲が下がるのだろうが、困った事にエルクアはそれができなかった。

「……いや」

 そうすれば、更に喉を鳴らす笑い声が聞こえるのだから、エルクアの気分は下がるばかりだ。
 体はあちこちが痛くて軋むようで、しかも体力をごっそり持っていかれたせいで酷く重くて怠い。男を受け入れたそこは濡れていて、たまに下肢に力を入れれば何か生暖かい液体がどろりと溢れて、その感触は気持ち悪い。おまけに汗だくの体は不快な事この上ない。
 けれど、それでも。
 体中、どこからどこまで最悪なのに、でも嫌じゃない。
 それだけ、快感だけを追って、ひたすら熱に浮かされていたその瞬間が気持ち良かった。終わった後のだるさも、心は何か満たされたような充実感があるのだから始末に終えない。
 
 ただ、たった一つの心残りは……この腕で、あの男を思い切り抱きしめられなかった事だった。
 せっかく、あの瞬間だけはあの男は自分のものなのに、それをあまり実感できなかった、それだけが寂しかった。

「すごい……良かった、けど、さ」

 だから、開くだけでも億劫な口で気力を振り絞って恨み言をいってやる。

「折角なら、前からやってもらいたかった、かな、とかさ」

 そうすれば、きっともっと満足できた。
 声になるかどうか怪しいような小声で言えば、それでも向こうは聞こえたらしく、一時返事を考えるような間があいた。

「いちいち面倒な奴だな」

 呆れたそんな声は、けれども怒ってはいない。
 それどころか、また上から強引に体を持ち上げられて、ひっくり返されて寝かされる。
 それから彼の大きな体が覆い被さってくるに至って、エルクアは焦った。

「いやっ、さすがに無理っ、俺を殺す気かあんたっ」

 だが男の金茶色の瞳は、ピクリとも揺れない。

「自分で言ったからには覚悟を決めろ」

 いや俺は愚痴っただけです、決してもう一回やってほしいと思って言ったわけじゃありません、次回はちゃんと前向いてやりたいなっていうだけで――と、頭の中で叫んで見ても、体の方はそれを相手にまくしたてるだけの気力がない。
 それでも、真上にあの強い男の体を見て、影になってもはっきりと光るような金茶色の瞳が自分だけを映すのを見れば、もう行為を止めてほしいと言う気はなくなってしまった。
 下りてくる相手の体に手を伸ばして、その手で縋りつくように抱きつく。
 こちらと違って全く疲れなど見せなかった彼だが、その肌がじっとりと汗ばんでいるのに気づけば嬉しくなる。
 衝撃はすぐに来た。
 先ほど受け入れたばかりのそこは今度はスムーズに男を受け入れ、濡れた中は卑猥な音を上げる。彼が動き出せばその音は更に激しく体の中に響いて、エルクアの羞恥心をかき立てる。
 それでも、熱が上がってくれば恥ずかしいなんて気持ちはなくなる。
 抱きしめた男の体は力強く、熱くかった。
 耳元で聞こえる相手の吐息もちゃんと熱かった。
 だから、彼のその息づかいを心地よく聞いて、体を開いて、彼に縋りついて熱をただ追った。



---------------------------------------------

長い割りにはエロくないエロだったorz。
やたら余裕そうなセイネリアさんの本当の内心は次回。



Back   Next


Menu   Top