気まぐれ姫への小夜曲
ウルダとリーメリがメインかな



  【10】



 春になれば前期組が騎士団に復帰する。
 冬に入った時の前期から後期への交代は重なる期間がなく完全に切り替わるのに対して、春の交代は後期組の連中に休みに入るまでの猶予期間が設けられているため両方の隊員がいる場合があり得る。
 とはいっても普通は前期組が戻ってきたら後期の連中はすぐに出ていく。たまにあまり家に帰りたくないものとかがぎりぎりまでいる事はあるが、後期の連中は基本がいい家の出というのもあってまず延長して仕事をしていくなんて事はない。
 ……のだが、シーグルが隊長になってからの第7予備隊だけは別で、去年は体力的にきついと言っている年長組以外は猶予期間のぎりぎりまで残って仕事をしていった。そのせいで一緒に仕事をする期間が出来、以前までなら前期組と後期組の交流は殆どなかったのが今ではかなり親密になって仲良く賑やかに訓練に勤しんでいた。

 ちなみに一般的には後期組と前期組みは殆ど顔を合わせないくせに仲が悪いというのが定番だったりする。後期組の連中は金持ちばかりで前期の連中を見下すし、前期の連中は危険もない予備の予備である役立たずの後期組を見下しているからだ。ただ第7予備隊に関しては……後期だろうと前期だろうと彼らの隊長を崇拝する気持ちは変わらないため、その部分で意気投合して多少鼻につくところがあっても許せてしまう……という事で皆仲良くやっていた。

 なので春から初夏にかけて、第7予備隊は前期と後期組が入り混じった大所帯で普段以上に活気がある。更には訓練時間が合えばシーグルと仲のいいパーセイ隊長の第3予備隊の連中と合同で訓練を行っている上に、最近ではただサボっているだけだったその他の隊の連中も一緒に訓練に混ぜて欲しいと来るようになって人数がまた増えていた。
 当然、きちんと訓練するものが増えてくるとサボっていた連中は余計肩身が狭くなる訳で。どこの下っ端隊員たちも前よりはマトモに訓練をするようになり、他の隊長たちは忌々しく思っても地位的に比べようもないシーグルにも直接文句など言える筈もなく――結果、今では第7予備隊だけではなく予備隊全体的にシーグルが来る前と比べると別物なくらい皆まともに訓練するのが普通になった。

――あの人一人の力でここまで変わるんだからな。

 賑やかに訓練する騎士達を見てグスはしみじみ思う。騎士団を変えようとした立派な騎士といえば今でも伝説になっているナスロウ卿の話があるが、彼は結局何も変えられないまま失望して団を去る事になったと言われている。
 けれどシーグルはたった二年でこれだけの連中の意識を変えた。地位や性格や容姿も関係するからシーグルがナスロウ卿と比べて優れているとは言わないが、いろいろ含めてシーグルという青年の存在が奇跡だというのは確かだろう。
 そんな事を考えてしまえば自然と涙が出そうになるのは自分が歳を取ったからで……。

「ったく、ジジイはすぐ感傷にひたるからな」

 相方のいつも通りの茶化した声に表情を引き締める事になる。

「るっせ、腐ってた時間が長いだけ感動すンだよ」

 むずむずとしていた鼻を擦ってグスは剣を振る。テスタが横でにやにやと笑っていた。騎士としての希望やら誇りやらいろいろ持って入ってきたのに現実に打ちひしがれ腐っていた自分に、まさかこんな日が来るなんて思いもしなかった。捨てきれなかった望みが叶う日がくるなんて思わなかった。
 本音を言えば、もっと若いうち――体が全盛の頃にこの機会が来ていればとは思うが、贅沢を言うよりもまだ一応それなりに戦力になれる歳だった事を感謝した方がいい。若い者には若い者の、そこそこのおっさんにはおっさんなりの役目があるものだ。それでも出来るだけ昔の力を取り戻すためにグスは昔以上に鍛錬を怠ってはいなかった。

 そうして賑やかに朝礼から午前の訓練が終わり、昼の休憩時間に入ったのだが、その日の雑談ではある話題で盛り上がる(?)事になった。

「あぁ、ウルダとリーメリは義務期間が終わったのかぁ」

 切っ掛けは後期から続けている連中の中にその二人が見えなかったという話からで、そこまでは前期組の連中も大人しく聞いていたのだが問題はその先だった。

「随分あっさりきっぱり辞めたもんだな、家から帰ってこいとでも言われたのかね。この隊の連中は皆、隊長の下に居られる限りは義務期間が終わっても居残るつもりだとばっか思ってたからさ」

 マニクが言った言葉に前期組の連中がこぞって頷く。事情を知っている後期組の連中は微妙な顔をしていたが、黙っている訳にもいかずラナが言い難そうに答えた。

「えーと……あの二人はね、隊長の部下でいるのは変わらないからあっさり騎士団を辞めたのよ」
「……どういう事だ?」

 それでラナが事情を説明すれば、前期組からは大きな不満の声が上がる。

「側近って隊長のプライベートの部下ってなんであの二人が!!」
「俺ら全員、命をかけて隊長を守る覚悟が出来てるのに!!」
「騎士団を通さず隊長の部下になれるなら俺だってその方がいいに決まってる!!」

 グスとしては想像通りの事態ではあったから、後期の連中にはあまりこの件についてはあれこれ言うなとは言ってあった。ここでヘタにあの二人を擁護すれば、前期組と後期組の仲に亀裂が入るかもしれないからだ。
 だからここは、前期の連中が無条件で従う人間が言って諭すしかない。

「騒ぐなお前ら、不満があるなら隊長に直接聞け。午後の訓練始まる時に顔出してくれるだろうからその時にな」

 グスのその言葉に一時彼らの不満の声は止まる。
 だがその顔は勿論納得いったというものでなく、不満を抱えて言いたい事を押さえている顔ではあった。……ただそれでも、グスは別に心配などしてはいなかった。






 昼休みが終わって午後の訓練前に隊の方へ顔をだしたシーグルは、並々ならぬ気迫を持って待ち構えていたマニクやシェルサといった前期組の若手連中から質問攻めに合う事になった。

「隊長、ウルダとリーメリが騎士団を辞めて隊長のプライべートでの部下になるというのは本当でしょうか?」
「何故あの二人を選ばれたのかお聞かせねがえますか」
「我々も希望すれば隊長直属の部下に取り立てて貰えるという事でしょうかっ」

 あぁ本当にグスの言った通りだ――と呆れつつも、シーグルには答えが用意してあった。

 ウルダとリーメリの事が決定した後、勿論シーグルはそれをその時の隊員――後期組の連中――に打ち明けた。グスは後期にもいたからその後、隊長室にきてこの事態を予想したアドバイスをくれた。シーグルとしてはそこまでオオゴトにならないと思っていたが、この反応はやはりグスの予想した通りだったと思うところだ。

「ウルダとリーメリはシルバスピナ家の方で、俺の側近として雇う事になった」

 それにはざわりと不満というか半分悲鳴じみた声が上がった。
 シーグルは落ち着いた声になるよう努めてその先を続ける。

「皆も知っている通り彼ら二人はリシェの出身だ。しかも実家は発言力のある商家でもある。当然あの二人なら土地勘もあるし、商人の街であるリシェでは議会はほぼ商人組合で構成されているから彼らを傍に置く事で議会員たちの顔を立てる事も出来る。勿論、能力的にも十分務まる事は皆分かっている事だろう、だから彼らには側近としてリシェでの仕事におけるサポートをしてもらう事にした」

 リシェの民で大商人の息子で実力もある――と限定すればあの二人にしか当てはまらず文句を言いたくても言えない――というのがグスやその場にいたキールの助言ではある。ただそれでもマニクやシェルサはちょっと泣きそうな顔をしていたから、内心シーグルは申し訳なく思ってしまう。

『いいですか、あいつらが不満を言うのは隊長を好きすぎるからですよ。騎士団の部下っていうのは隊長が出世したら直の部下じゃなくなるって不安がありますが、シルバスピナ卿の部下ならその心配がないですからね。そりゃ皆本音ではそっちの方がいいに決まっています』

 グスの言葉を思い出して心を落ち着かせる。いずれにしろ彼らの不満が自分を慕ってくれる上での事なら有難いし無下に出来る訳がない。伝えるのは他の皆を軽んじている訳ではないという事だ。

「適材適所だ。それに皆がこぞって騎士団を辞めて俺の実家勤めになってしまったら、騎士団で俺の部下がいなくなってしまうだろ。少なくとも俺が騎士団に所属している間は実家にいるより騎士団での仕事の方が多くなる、俺がここでちゃんとすべきことを行えるように皆にいて貰わなくては困る。変わらず俺を支えてくれると嬉しい」

 言い切ってシーグルは軽く頭を下げた。
 そうすれば、今度は別の意味で部下たちが動揺の声を上げる。

「い、いいえいいえ、すみません、隊長が頭を下げるなんて」
「申し訳ありません、俺らが浅はかでしたっ、騎士団にいてこそ隊長のために出来る事があるって思い出しましたっ」

 泣き出す若手連中の後ろを見れば、グスが笑顔で視線を向けてきてから芝居がかったお辞儀をしてみせた。どうやらこれで良かったらしい、とシーグルはそこで少しほっと息をついた。ただし即座に別の質問も上がる。

「あの……ではもしも隊長が騎士団を辞めるなんて事があったら……その、俺たちを雇ってくださいますでしょうか?」
「騎士団を辞めることは考えてはいないが……」

 思わずそう返したものの、不安そうにこちらを見上げてくる彼らを見ればそれだけで終わりにしないほうがいいかと思う。

「本音を言えば、俺が辞めることになったら俺の分もあとを頼むといいたいところだが、意に沿わぬ仕事をすることになってお前達が団を辞めることになったらいつでもリシェに来てくれ」

 シーグルは自分の立場が難しいことを知っていた。宮廷回りの貴族の権力争いの行く末によっては、騎士団に居辛くなる可能性がある。その場合元シーグルの部下として彼らが団で悪い扱いを受けるような事になれば、彼らが望むなら喜んで彼らを直で雇うつもりがあった。
 その返事を受けた途端、不安そうな顔をしていた連中は完成を上げて嬉しそうにはしゃぎだし、その後の訓練にもやたらと気合が入っていたとシーグルはあとでグスから聞いた。




---------------------------------------------


 すみませんすみません後1話あります。
 



Back   Next


Menu   Top