ウルダとリーメリがメインかな 【9】 ウルダが黒幕はキールだと言い当ててテストが強制終了となった後、フユもあっさりそれ以上の攻撃はやめた。実力は十分みれたし文句をつける気もない。あとは二人がキールに気を取られているうちに部屋から抜け出せばフユの仕事(?)は終了である。 これ以上あの魔法使いに付き合って回りくどい話を聞くのも面倒であるから、そのままさっさとその場を去る。セイネリアのようにハッキリ嫌っている訳ではないが、フユも魔法使いは苦手というか出来れば関わり合いたくなかった。 「……まぁ、あの坊やに付かせるには確かになかなかいい人材っスね」 腕は特別いいという程ではないがあのウルダという方は特に頭が結構まわる。戦闘バカよりあの手の全体が見れる人間の方が貴重だ。腕の方も組み慣れているだけあって二人での連携は上手い。1+1が3くらいにはなる程度の意味がある。 「勝手に忠誠誓ってるあの足の悪いのと違って考えられるタイプの部下ってのは貴重スからねぇ」 『あの足の悪いの』というのは勿論アウドの事だが、別にフユはシーグルの部下としてあの手タイプを悪いと思っている訳ではない。アウドのような単純忠臣タイプは主のためならどんな無茶でもする。自分の命を顧みず一番大事なところで実力以上の力を発揮する事もある。更にいえば汚い事もやっていた分、主のためなら汚い手を使う事も厭わない。ともかくどんな手を使ってでも、主の命に背いてでも主のために尽くす。そういう人間はいてもらっていい、最悪の場合シーグルの代わりに死んでくれる。 一方、今回の二人の場合はそこまでがむしゃらに後先考えずシーグルのために全力で命を投げ出すような行動をしないだろうが、頭が回る分そこまでギリギリの状況になる前にどうにか出来る可能性がある。冷静に状況を見れるところが大きい。平時に頭が回るやつならいくらでもいるが、想定外の何かがあった時に冷静に頭を回せる人間は少ない。それが出来る段階でウルダという人間は使える。 そしてリーメリの方は……シーグルのいい相談相手というか、あの自覚の足りない坊やにいろいろ文句を言って貰えるのは有難いだろう。 ただあの二人の場合の問題といえばまぁ……ただの相方以上の関係というところか。 いざという時に互いを助けようとして主の方を疎かにする可能性がないとは言わないが……そこまで頭が悪くはないだろうとは思う。それにそれを言ったら自分も似たようなものではあるし。 「ただその事情があるから、坊やに手を出す事ないだろってのはボスにとっちゃ安心できるとこっスかね」 アウドの一番の問題は機会があればいつでもシーグルを抱きたいと思っている事で、他に相手がいるあの二人の場合はその心配がないのはいいことだとも言えるか。その辺りをセイネリア本人に言ってどう反応するかが楽しみなところではある。 ともかく、フユから見てもつくづく……シーグルの部下になる人間は『当たり』が多い。 『あいつの事を下心なしで称賛する奴に悪い人間はいない。逆にあいつを下心だけで見ている奴や、あいつに敵対しようとする者はロクな人間じゃない』 かつてセイネリアから冗談交じりにそんな事を聞いた事があるが、案外それは間違っていない訳だとはフユも思う。それくらいシーグルを慕う連中は信用出来て使える人間ばかりである。 「あの坊やの性格なんスかね」 自分達とは違う方向過ぎてフユには理解しにくいが。 誰より頭が良くて誰より強くて冷静で公平、情に流されず正しい判断が出来る、おまけに『持っている者』特有の威圧感――セイネリアはフユが考えるところでの上にいる人間として理想のタイプだ。だから彼の下には有能な人間ばかりが集まる。ただの私設の傭兵団に貴族でさえも恐れを抱く。 シーグルは全てにおいてセイネリアに劣る上に情に流される。 性格は正反対に近いくらいだと思うのに、まったく違うアプローチで有能な部下ばかりを引き寄せる。 ――面白いもんスね。 セイネリアの作る組織は分かりやすい。部下たちはその圧倒的な『力』にひれ伏し、理想の主に尽くしてその能力を最大限に使われる事で満足する。 けれどシーグルの場合は……正直を言うとフユにはよく分からない。 圧倒的な『力』の代わりにその地位+有能で見目麗しい部分を崇拝するとして、ついていきたいと部下が思う感情がまったく違う。 フユのような生き方をしてきた人間にはまったく理解出来ない感情。けれどもそれがとても人間らしいところなのだろうというのは理解できる。シーグルの傍に彼を助けたいと思う人間が集まるのは理性では理解出来なくても感情ではなんとなく分かりはする。 それでもフユはセイネリアが漏らしたもう一つの言葉を知っている。 『あいつが上に立てば下の人間は幸福になれるが、あいつ自身は地位があがればあがる程不幸になる』 ――まったく面倒な坊やっスね。 そんな彼をどうする気なのか、あの男でさえまだ決められないのだから相当厄介な問題だというのは分かる。どちらにしろフユはセイネリアに従うだけだから考える事はないが……。 そこまで考えてからフユはふと思った。 ――そういや、あの坊やの部下と俺らはそこが違うスかね。 セイネリアの部下は何があってもセイネリアに従えばいいと考える。だがシーグルの部下は……どうすればシーグルのためになるのか、彼を助けられるのかと常に考えている、いつでも彼を心配している。それをただの能力による信頼の差だとは思わない。 「そうっスね。考えれば俺もあの坊やを助ける事ばっか考えてるっスね」 それがセイネリアの命令だからと言えばそれまでだが、それだけではない自覚もフユにはあった。 その日セイネリアのもとにはフユからの定期連絡と共に、シーグルの側近になる事が決まった二人に関する報告も届いた。この二人の家柄やら過去に関しての報告は前に見ていたから、今回はフユが行ったという『テスト』に関しての事がメインだった。 「珍しいな、あいつが魔法使いの提案にノるなんて」 初対面からどうにも胡散臭かったせいもあって、フユはシーグルの副官の魔法使いの事を相当警戒しているようだった。魔法ギルドからの回し者というのが判明しているからそれは当然ではあるのだが、それでもフユがその魔法使いに協力する事を了承したのは少し意外だった。 「ですが、問題はないのでしょう?」 傍にいたカリンの言葉にセイネリアは、あぁ、と答える。 「確かにフユは警戒心が高いですけれど、シーグル様周りの人間に関してはそこまで疑って構えていませんから」 「そうだったか?」 元ボーセリングの犬として、カリンは少し外れた方だがフユは優秀な『犬』として典型的なタイプの人間だ。基本的に他人を信じず、情を排除して命令だけを忠実に実行する。……けれどその彼に情が生まれてしまったから彼はセイネリアを頼った。それでも彼が情を抱くのは一人に対してだけで、それ以外はボーセリングの犬であった時と変わらないと思っていたが。 「フユはシーグル様の傍にずっといましたから」 それには思わず少し考えた後にセイネリアは声をだして笑ってしまう。 「今までずっと疑ったほうがいい人間ばかり見てきたのが、逆ばかり見るようになって変わったか」 「そうですね」 カリンも笑う。 「平和なものだ」 と、思わず呟いてから、セイネリアは口元から笑みを消した。 「そう言っていられるのも今のうちか」 セイネリアの中には今二つの相反する心がある。このままシーグルが平和に暮らしていくのを願う心と、彼に何かがあって自分が彼を救う状況を願う心だ。どちらも嘘偽りのない気持ちではあるが、正反対すぎて酷い矛盾だとは我ながら思う。 ただそれに葛藤せずすんでいるのは、おそらく彼がこのまま平和に暮らしていけるなんてあり得ないだろうと理性が予測しているからだ。 「まったく、俺はどこまで性格が悪いんだろうな」 カリンはそれに何も言わなかった。セイネリアは目を閉じた。 愛するという感情は本当に厄介だ。彼を欲しいという気持ちと彼に幸福でいて欲しいと思う気持ちが背中合わせのように存在する。ただそれよりも一番強いのは彼を失いたくないという気持ち。それを忘れてはならない――とセイネリアは自嘲気味に自分に言い聞かせた。 --------------------------------------------- 次回、シーグルが隊の皆とわちゃわちゃやって終わり……のはず。 |