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駆け出し冒険者シーグルのある日の冒険話。 【２】 首都からそこまで離れてはいないといえ、ロードレスコ村はかなりのどかな田舎の村で、いかにも住人は皆知り合いといった具合の小さな集落だった。だからシーグル達が村についた時は村長だけでなくおそらく村人全員が迎えに出てくれていて、しかもシーグルを見て――流石に旧貴族とまでは分からなかっただろうが貴族だというのは分かってしまったようで――なんだかとんでもなく周りから感動されて、かなりの騒ぎになってしまった。 村長は大慌てで歓迎の宴を開きましょうと言い出したが、そこは正直にシーグルが極端な小食である事を告げてとどまって貰い、普通に客人を歓迎するくらいの夕飯で済ませて貰った。とはいえ多分、それでも相当気を使ってくれたのだろうというくらい料理はかなりの量が並んでいたし、ひっきりなしに来客があって村人が何かを持ってきてくれたというやりとりが聞こえていた。 『気にすんな、あんたのおかげで俺らが得して喜んでる、って事でさ』 グリューはそう言って笑っていたが、こういうのもある程度は慣れなくてはならないのだろう……多分。とりあえずシーグルとしては、これだけ歓迎してくれた期待に応える仕事をすればいいのだ、と思い込む事にしたが。 「……何故、俺が貴族だと分かったんだ」 翌日、やっぱり村人総出で見送られて出て来てから、やっと森の入り口が見えてきたあたりでシーグルは呟いた。 「いやそれは……仕方ないかと」 クルスが苦笑して言ってくる。 隣にいたパーラも苦笑している。 「あー……まず馬持ちの騎士様、で貴族か上級冒険者か、ともかくそれなりに裕福な人間だってのが分かる。で、その恰好といかにも育ちが良さそうなその顔みたら……こりゃ貴族様だろなってのは分かるよ、普通な」 言っておくが現時点のシーグルはまだシルバスピナの魔法鍛冶製の鎧を継承してはいない。それでも騎士になったという事で祖父から贈られた装備はそれなりに高価で、駆け出し冒険者が着るようなものでない事は分かっていた。だから普段はマントを被ってあまり目立たないようにしていたのだが……。 「顔、なのか」 「顔というか身だしなみというか……あんたくらいの歳の一般人はそんな清潔そうな身なりしてないんだよ」 「う……」 そこでシーグルはまた自覚する。鎧は隠していたがその隠しているマントもまだ新しく、きっちり手入れされているからどうみても綺麗だと。 「髪の毛をそんなちゃんと切り揃えてるのも、それでその髪がさらさらで綺麗にしているって分かるのも……」 それに更に落ち込みそうになるシーグルだったが、それでも周りの皆は最後の一言を飲み込んでくれたからそこまでで終わった。 落ち込んだシーグルの様子に苦笑したクルスやグリューやパーラは、互いに顔を見合わせて、なぁ、という感じで目くばせで言いかけた言葉を止めていた。 『だって、そもそもそのお上品な顔は平民には見えないし』 ちなみに落ち込むシーグルは、村に着く前に顔にちょっと土でもつけておけば良かったかと思ったりもしたが……それはそれで偽装工作みたいでどうなのか、と自分で自問自答したりしていた。なにせ貴族とは言っても根が真面目で正直であるので。 「ま、この話はここまでだ。森に入るからな、各自準備してくれ」 グリューが言って、シーグルも頭を切り替えた。 今は仕事に集中すること、慣れないならその分慎重に、真剣にやらなければならない。 「えー、皆分かってるとは思うが、まずは化け物の確認だ。森で見つられた化け物が食い散らかした動物のあとからすりゃ大きくても熊並みまではいかないってとこらしい。羽が落ちてなかったから鳥ではない、爪跡はあったそうだから……まぁやっぱ熊くらいを想定してるのがいいかもしれねぇ」 言ってから、敵が出たらまず最初は自分が前に出るから、とグリューはシーグルを見た。それには頷いて、シーグルは兜を被る。 グリューの得物は片手剣で盾持ちである。だから敵が襲ってきた時まず止める役は彼がやる事になっていた。当然、防具の強度でいえばシーグルの方が断然上だが、盾と、なにより経験的にそれは大人しく任せた方がいいのは分かっている。もっと経験を積んで化け物の事を勉強して、旧貴族の鎧を継ぐ時には自分が前に出れるくらいの実力を身につけられていればいい。 「とりあえず私は盾の術を掛けますね」 「あぁ、ありがとう」 クルスが森へ入る前に全員に『盾』の術を掛ける。一回だけ攻撃を弾くその術は保険のようなものだが、不意打ちを食らった場合にはあるとないでは生死を分ける。敵の姿が分かっていないなら尚更だ。 「あークルス、リパ神官なら光の術は使えるよな？ とりあえず敵みたらいつでもそれを使えるように準備してくれ、なにせ俺たちの第一目的はそいつの姿を見ることだ」 成程、とシーグルは考えて、自分もいざとなったら光の術は使えるようにしておこうと考える。 グリューがこの仕事を選んだのはおそらく退治がメインではないからで、危なかったら逃げていいという条件のせいだろうとシーグルは思う。だからシーグルも倒す事に執着してはいけないと自分に言い聞かせている。敵がどんなものか分からないなら、慎重に慎重を重ねてもやり過ぎる事はないだろう。 「いいか、まずは地面を見て、食べ残しの残骸やら、穴を掘った跡、あとはやたらでかい糞とかないか見るんだ。それから木な、木に新しい爪痕とかあったら教えてくれ」 シーグルとしてはそれらは前の仕事でも聞いていた話だが、確認のためにも真剣に聞いて頷いた。そうして森へと入り、全員で辺りを見渡しながら少しづつ進めば、小さな小川にきてグリューは足を止める。 「パーラ、ちょっと見てくれるか？」 「あぁ……」 グリューの呼びかけに、パーラがのんびり前にやってくる。それから彼は小川の前にしゃがむと、その中に手を入れて何かを呟いた。おそらく、何かの術を使っているのだろう。 「んー……小動物の怯えた気配は感じるから、確かに凶悪な何かがいそうではあるが……大型の獣が飲みに来た気配はないかな」 水から手を離して立ち上がった彼の言葉に、シーグルは思わず聞いていた。 「今のは、何の術を使ったんでしょうか？」 「あぁ、この小川の流れを辿ってね、そこへ流れてくる思念のようなものを感じ取ったのさ。早い話がどんな連中がこの流れの中で水を飲みに来ているかというのが分かる。ロックランにも似たような術があるだろ」 ロックランは狩の女神で、確かに木々や川から動物達の思念を感じる事が出来ると聞いた事がある。水の神は冒険者にはそこまで人気のある神ではないから、正直シーグルもその神官がどんな術を使えるのかよくは知らない。だが各神殿の魔法は、崇める神が違っても術の効果が似ているものは結構あるという事は知っていた。 「クネートの術は割合ロックランの術と似ているモノが多くてね。どちらも自然の声に耳を傾けて協力してもらう術だからね。ロックランは森中心で、クネートが水中心に考えているだけという違いさ」 「……成程」 だから穏やかな人が多いのだろうかとシーグルは思う。だがそこで、ふと目に入ったグリューが何か考え込んでいるのに気づいてシーグルは彼に聞いた。 「何かあったのか？」 グリューの顔は険しい、自然とシーグルの声も低くなる。 「いや……ヤバイのがいるのは確かだがそれがここで水を飲んだ気配はないってのはちょっと不自然なんだ。たまたまこことは全然違う流れの小川で水を飲んだとも考えられるが……『水を飲まなくてもいい存在』って可能性もあるって事だ」 「そんなものいるのか？」 生き物であるなら水を摂取するのは必須である。だがシーグルが疑問を口にするとほぼ同時に、クルスがそれに付け足した。 「実体がない生き物かもしれない、という事ですね」 それにグリューが頷く。 「だがそれなら動物が襲われているというのがおかしい」 実体がないタイプの化け物、というものをシーグルが知らない訳ではない。だがシーグルが本で調べた知識では、実体がないのだから攻撃も出来ない、だから恐れる必要はないというモノだった。 「んー確かに純粋な実体がないタイプはそうなんだけどな、最近は混じってる奴がいるんだよ」 「混じってる奴？」 「そ、部分的に実体の部分があるっていう化け物さ。口だけとか爪だけとか、あるいは複数個所だけとか……体の一部だけ実体があるって連中の話を結構聞くんだ」 そんなものは知らない――シーグルは自分の知識の浅さにまた軽く落ち込んだ。だがそれを見たグリューはにっと笑ってシーグルの頭に手を置いた。 「だがな、それならそれでラッキーでもある。実体がない連中は強い光に弱い。そんでこっちにはクルスがいる訳だ。これで退治まで出来る可能性が上がったって考え方も出来るだろっ」 「そいつと対峙したら何を注意したらいいんだろうか？」 自分の無知を理解して、シーグルはグリューに教えを請おうとする。グリューは少し照れたように笑った。 「実体がない系の化け物はいかにも化け物っておっかねぇ姿してる奴が多いからな、それに驚くなって事と、実体がない奴だと思って不用意に攻撃食らわないようにってとこだ。ともかく村人の証言からすれば口と爪は実体があると考えられるんでそれは必ず防ぐこと。んで後は……暗いとこに不用意に入っていくな、かな。あ、あと全員光石はすぐ使えるようにしとくこと」 「分かった」 シーグルは頷く、光石は予備程度しか持っていないがシーグルも光の術なら使える。確かに光に弱い敵だというのが分かっているなら、それはそれで戦い易いとも言える。だが油断はだめだ、と自分に言い聞かせて、シーグルは胸の内で自らを叱咤した。 そうしてそのまま、昼の間はずっと森の中を歩いて敵の活動した跡を探して歩いた。森の中をずっと歩いていれば迷子になりそうになるが、冒険者支援石にはどんな時でも魔法都市クストノームの方角を差してくれる機能があるから大体の位置は分かる。その上パーラが水場を見つける度に正確な位置を確認してくれるので、迷子になる心配はしなくても良かった。 調べて歩けば、化け物らしきものが食い散らかした跡というのはいくつか見つかった。傍には大抵爪痕もあったから、村人が恐れている例の化け物には違いない。ただ、爪痕の大きさに対して周囲に大きな糞や足跡というのは見つからなかった。その事で敵が実体のないタイプの化け物ではないかという予想は更に真実味を帯びて来て、シーグル達は覚悟する。 なにせ、敵がそのタイプの化け物なら光に弱い。つまり敵を見つけるためには夜を待つしかないという事になる。 そしてその予想を裏付けるかのように敵には遭遇する事はなく時間は過ぎて――やがて陽が落ち始めて辺りは暗くなってきた。 --------------------------------------------- うーん……すみません、本当にただの冒険者物語ですね。BL要素がなさすぎる……。 |