駆け出し冒険者シーグルのある日の冒険話。 【3】 「どうする? ランプをつけるか?」 流石に明らかに薄暗くなってきたので先頭のグリューに言ってみれば、彼は一度立ち止まって辺りを見渡した。夜になれば夜行性動物たちが活動を始める。昼とは違う種類の動物の鳴き声を遠くに聞きながら、グリューは少し考えた後に言った。 「そうだな……さすがに真っ暗は危険だろうな。ただ各自明かりは最小限に落として、布をかぶせて前だけを照らすようにしたほうがいいだろ」 敵が光を嫌うのなら、煌々と明かりをつけて歩く訳にはいかない。だが真っ暗という訳にもいかない――せめて今夜がリパの月かそれに近い月であったなら良かったのだが……ないものねだりをしても仕方ない、彼の判断は正しいだろうとシーグルは思う。 鎧の上からりパの聖石の上に手を置いて、シーグルは心の中で祈りをささげると光の術の呪文を確認した。 術士の神官二人に騎士と剣士、この構成では列の前後を武器を持って戦う戦闘職の二人が務めるのは当然の事で、経験と年齢の関係でグリューが先頭を行き、シーグルが最後を歩いていた。だから前はグリューに任せた分、背後には特に意識を集中してシーグルは辺りを警戒して歩く。 「大丈夫、少なくとも大型獣はそばにいないよ」 シーグルの緊張が伝わったのか、前を歩くパーラがそう話しかけてきて、シーグルは思わず真面目に聞き返した。 「分かるんですか?」 「あぁ……まぁ、動物というのはたくさん水を体に持っているからね、気配が分かるんだ」 「成程」 それにやはり真面目に感心して返事をすると、彼は自らぷっと吹き出して笑った。 「だめだよ、そこは『実体がない化け物は水を持っていないのでは?』と突っ込んでくれないとね 「……確かに、そうですね」 それにも感心して大真面目に返せば、そこでクルスの笑い声が聞こえて、続いてグリューの笑い声も聞こえてきた。 「本当に貴方は真面目ですね、シーグル」 「まったく、真面目過ぎて……いやなんか本当に、やっぱ守りたくなるっていうか」 さすがにシーグルもこれだけ笑われれば少しむっとする。 「守るのは俺の仕事だ」 そう言ったらさらに笑われて、シーグルは唇をへの字に曲げて眉を寄せた。それでも怒って言い返す事まではしない、そんなみっともないことをする方が恥ずかしい。悔しいならそれだけの実力と経験を積むしかないと分かっている。 だがそこで、ギャーともギーとも聞こえる動物の悲鳴のような声が森に響いた。途端、彼らは笑みを消し、足を止めて身構える。シーグルとグリューは剣を抜き、神官二人はそれぞれ術をいつでも使える準備をして辺りを伺った。 悲鳴は、再び聞こえた。ただし今度はもっと小さく。 「……向こう、だな」 グリューが指さす。どうする、という顔をして振り向いた彼の顔を見て、シーグルはごくりと一度唾を飲み込んでから返した。 「なら行こう、行かなければ今ここにいる意味がない」 グリューは苦笑する。 「まぁその通りだがな。……ただ、やばそうと思ったらすぐ光の術だ、倒そうとしない、まずは相手の確認だ」 「分かってる」 シーグルが即答すれば、グリューは、頼む、と言って笑った。 何かの悲鳴は、その後はまったく聞こえなかった。 だが暫く歩けばほどなくして、微かにガッガッと獣が肉をかみ切り咀嚼する音が聞こえてくる。先頭を行くグリューの歩みが分かる程に遅くなる。慎重に、全員が息をひそめて音を立てないように歩く。 近づいていけばまさにそれは肉食獣が獲物を食らう音そのもので、肉を裂き、血を啜る音に自然と顔が顰められていく。目的の相手かどうかは分からなくても肉食獣である事は間違いない、大物であれば危険な事は確実だ。ただどちらにしても、敵を見たら光の術でどうにかはなる筈であった。 音が近づくにつれてグリューの歩みはさらにゆっくりとなり、慎重さを増していく。後に続く者達もそれに合わせて慎重に歩いていたが……。 「え、わっ、何がっ?」 声をあげて突然クルスが立ち止まったと思えば、手で顔辺りを払っていた。シーグルは反射的に彼のもとに行きそうになったが、グリューがすぐに反応して振り返った段階で足を止め、敵がいるだろう方向を凝視する。 「落ち着け、今ひっぺがす」 「す、すみません、お願いします」 二人ともやりとりは小声ではあったが、気付かれた可能性は高い。 暗い森の向こうを眺めるシーグルは、そこで暗闇だけの場所にぼうっと白い大きな球状のものが浮かび上がったのを見た。 「奴だっ」 言うと同時にシーグルは前に出て胸の聖石に手を置く。 その白い何かはゆっくり動いてこちらを向いた――大きさは人間の2倍程、地面に足がついておらず浮いている、白い球状の体に3つの目、5本以上の細長い手、そして体の中心にある大きな口がゆっくりと開いていく。 「神よ、その慈悲の尊き光を我に――……」 化け物の姿を凝視したまま、シーグルは術を唱えた。 眩しい光が放たれて森の暗闇が一瞬光に追いやられる。 目を閉じたシーグルは、確かに化け物の悲鳴のようなものを聞いた。 ……そうして、光が収まったのと同時に目を開いて化け物がいた場所を見たシーグルだったが、思った通りその化け物の姿はなかった。 「そういや確かにリパの信徒だよな、光の術も使えて当然か」 グリューが言った声に、シーグルは振り返る。 「その……いきなり使ってしまって……皆は……目を、瞑れただろうか?」 敵を見る事、見たらまず光の術を使うこと――それだけ考えて行動を起こしたが、考えてみれば光の術を使うなら味方にまず使うと宣言しなくてはならない事をシーグルは失念していた。 「あぁそりゃ大丈夫だ、呪文でピンときた」 「まぁ光の術はよく使われるから、何度かリパ神官や信徒と組んだ人間には分かるさ。光石と違ってそこまで気にすることはないよ」 クルスは間違いなく言わなくてもわかっだろうとは思ったが、心配だったグリューとパーラにそう言われてシーグルは胸をなでおろした。 「すみません、私が声を出した上に、すべき仕事も出来ず……」 ただクルスが思いきり沈んだ声でそう言ってきたから、シーグルは慌てた、だが。 「ありゃ運が悪かったんだよ、仕方ねぇ。あんなでっかい蛾が顔に飛び込んできたら誰だって驚くさ」 気楽そうに笑って言うグリューにクルスが顔を上げる。 その顔がまだ不安そうだったのを見て、今度はシーグルが彼に笑いかけた。 「そうだクルス気にする事はない。俺たちはパーティーなんだ、一人ではないという事は、一人に何かあっても皆で補えるということだ」 そう、一人じゃない――その言葉をかみしめればそれだけでシーグルは嬉しくなる。仲間と呼べる信頼できる人たちと冒険者として旅に出る、その夢が今、叶っているのだから。 「そういうこった、俺やシーグル、パーラのミスをあんたがフォローする事だってあり得る。それがパーティだ、いちいち気にしてたらキリがない、お互い様ってやつだ」 それでニカっとグリューが笑えば、やっとクルスも僅かに笑って、シーグルも自然と笑っていた。こんなやりとりが楽しいなんて不謹慎だろうかと思いながらも、彼らとこうしている時間がずっと続けばいいのにとシーグルは思わずにはいられなかった。 敵が獲物をしとめた場所は血の匂いが立ち込めていて、危険だから一度離れようという事になった。さらにはシーグルが敵の姿を見たと言った事から、今夜の探索はここまでにして一度森を出る事にした。 「で、敵はどんな奴だった?」 時間は真夜中、森の傍で日を焚き、皆で火を囲んで香草茶を飲む。 茶を飲んだら交代で仮眠を取って、明るくなってから先ほどの敵が出た場所に再び行く事が決まっていた。 「あぁ、たぶん予想通り実体がないタイプだと思う。白くて丸く、目は三つ、腕は少なくとも5本はあった、大きさは俺の身長の倍くらいのいかにも化け物という姿だった」 「俺もちらっと見たが、たしかにこっちの坊やの言った通りではある……んだが」 シーグルに続けて言ったパーラは、だがそこで考え込む。 「なんか納得いかないって顔だな」 「まぁ、ちょっとばかりおかしいところがある、かな」 「なんだ?」 グリューがパーラの顔を凝視すれば、年長の水神の神官は考え込みながらもゆっくり口を開いた。 「水の気配がおかしかったんだ」 「おかしい?」 「んー動物は体内に水を持ってる、だから俺はその気配が分かるわけだがね、その水の気配で大体その動物の大きさもわかるのさ。ほら、大きい動物はそれだけ体の水も多いからね」 確かにパーラは水の気配で動物がいるのが分かるとは言っていた。だから実体がないなら分からないといって笑っていたが……。 「実体がない、とは思えなかった?」 シーグルが聞き返してみると、パーラは柔らかく笑った。 「うん、まぁね。正確に言うと気配はあった、そしてその気配からすれば……そうだな、大体これくらいの犬猫サイズの動物かなってところだったのさ」 そう言って彼が両手で示してみたのは子供の腕の長さ程で、どうみても大型獣のものではない。 「一部だけが実体、というのならその部分だけを気配で感じた、という事は?」 「あり得ない、とは言わないが……どうだろうな。仮に口と爪だけが実体としてだ、口で食べたものはどこにいく? 実体のない体の中に入るなら我々が感知できないどこかへ行ってしまうとしか思えないし、それなら口はただの穴でほとんど水の気配はない。なら体も実体かといえば……サイズ的におかしい」 「ならちょうどそのくらいの動物だと感じる部分くらいが実体なんじゃないか? 腕の1、2本だけ実体あり、みたいにさ」 「その可能性もなくはないが……」 なんだろう、何かひっかかる――シーグルは考えた。目で見た化け物は確かに大型に分類されるサイズだった、けれども何か……何度も考えてからシーグルは聞いてみた。 「光の術を出した後、逃げる小動物の足音を聞いた気がする」 「そりゃ傍にいたんじゃないか、それが光に驚いて逃げたとか」 グリューが返してきた言葉は、だがクルスに即否定される。 「いえ、小動物というのは臆病で警戒心が強いものです。化け物が咀嚼してる現場の傍にのんびりいるとは思えません」 そうして皆で顔を見あわせて、皆で思いついた言葉が同時に口から出る。 なら、本体は小動物で、幻術のようなもので化け物に見せているのではないのか、と。 --------------------------------------------- いかにも……ただの冒険者物語に(==;; |