駆け出し冒険者シーグルのある日の冒険話。 【4】 パチパチと赤い火が燃えている。 それに照らされた彼の銀髪がキラキラ光っているのを、クルスは飽きる事なく眺めていた。 「疲れたんじゃないか? クルスは少し寝てもいいぞ、何かあったら起こすから」 シーグルを見ていたら唐突に彼から声を掛けられて、クルスは驚いて大きく目を開いた。 「え? あ? だ、大丈夫です。そんな疲れていませんよ、それよりシーグルは大丈夫なんですか? ずっと最後尾を歩いていたから疲れたんじゃないですか?」 すると彼はこの闇夜の中だと黒っぽくも見えるくらい深い青の瞳を大きく見開いて、こちらを見てくると直後に少し顔を顰めた。 「大丈夫だ……と言いたいところだが、正直を言えば確かに少し疲れた。だが問題ない、さすがにその程度には鍛えてるし、少し仮眠を取ればすぐ回復する」 「そうですか、私も大丈夫ですから心配しないでください」 クルスが笑って返せば、シーグルも微笑んだ。それだけでクルスは幸せだった。 とりあえず予定通り一旦森から出て、朝まで二人づつ交代で仮眠を取る事にした訳だが――焚火を焚いてすぐ、グリューとパーラは『悪いが年寄りは限界だ、若いモンはもうちょっと持つよな』と先に寝る事を宣言して寝てしまった。だからクルスとシーグルで先の見張り係をしているのだが……こうして二人だけでいられる時間がクルスは嬉しかった。彼はあまり無駄話をしないタイプだし、クルスもそんなに話題をどんどん出せるタイプではないから会話は少ないが……それでも、こうして彼と二人でいる時間が嬉しかった。 「……その……すまない」 黙って火を見ていた彼が、唐突にそう言ってきてクルスは少し驚いた。 「何がですか?」 「いや……その、なんというか……会話が続かなくて。自分から会話を振るのがあまり……得意じゃないんだ」 ちょっとバツが悪そうに目をそらしている彼の表情に、クルスは思わず笑ってしまう。 「別に無理に話なんかしなくてもいいんですよ」 「いやでも……それだとその、気まずいんじゃないか」 「大丈夫ですよ、夜ですし、寝ている方たちがいるからあまり煩くできませんしね」 「うん、そうなんだ、だから話し過ぎるのもどうかとも思って……」 初めて彼と会った時にはたくさん話をしたが、その時に彼はずっと長い間同年代の友達がいなくて、だからそういう会話も全然していなくて、話し難かったり、会話が変でも許してほしいと言っていた。 偉い貴族の跡取りで、年齢からすれば十分以上の強さがあって、誰もが称賛するような外見を持っていても……不安なのだ、彼は。人との付き合い方に。 「それにそもそも起きてるのはおしゃべりのためではなく、見張るためですからね、喋っていて怪しい音を聞き逃してしまったら本末転倒です。基本は会話なんかなくてもいいんですよ」 「あ、あぁ……あぁ、そうだな」 ほっとしたようにシーグルが笑って、クルスもそれに笑いながら今という時間の幸せを噛み締めた。 ……多分。 グリューは、クルスがシーグルに向ける気持ちに気づいている気がする。クルスがシーグルを好きで、けれどそれを打ち明けようとか少しでも彼とどうにかなろうなんて事は一切考えていなくて、ただ彼の傍にいるだけでいい――というところまで。 だからこうして見張りや二人づつに分けて作業という事になると、必ずグリューはクルスとシーグルが組むように言ってくれる。年齢的に近いし友人だし、役割的なバランスで言っても丁度良いしと、シーグルは組む事を不自然には思っていないしむしろ当然だと思っているところがある。だが実のところ、別にグリューとシーグルが組んでもいいというシーンもあった。それでもグリューはシーグルがクルスと組むように言ってくる。 考えて、クルスは少し自嘲気味に笑う。 これは、自意識過剰という奴だろうか、と。 「クルス? 寒いのか?」 体を小さく丸めたせいか、シーグルにそう聞かれてクルスは驚いて背を伸ばした。 「あ、いえ、大丈夫ですよ」 だがシーグルは軽くこちらを睨んで強い声で言ってくる。 「寒いなら寒いと言ってくれ、風邪をひかれたら困る」 「いえ本当に……」 「実はずっと思っていたんだが……そんな薄い布じゃ寒いだろ、俺のを使ってくれ」 言ってシーグルが自分のマントを取ろうとする。確かにクルスのマントは安物だから薄手で、シーグルのマントの布地とは雲泥の差がある。とはいえ幼いころから神殿暮らしで寒さには慣れているクルスとしてはこれでも十分で、むしろ育ちがいい分彼の方が心配だった。 「いえっ、とんでもないです。それで貴方の方が風邪をひいたらどうするんですか?」 「俺は鍛えてる、大丈夫だ」 「……でも、野宿慣れしてないじゃないですか」 初めて一緒に仕事した時、シーグルが地面に寝るのに態勢をいろいろ変えて困っていたのをクルスは知っていた。 シーグルは明らかに動揺した顔をしたが、それでも胸を張って言ってくる。 「こ……これから慣れるつもりだから、これも訓練だ」 彼は騎士として気負い過ぎているところがある。それが好ましく、微笑ましくもあるが、クルスとしては彼に無理をしてまで守って貰おうとは思っていない。 「だめです、貴方は敵と直接対峙する立場なんですから。戦ってる最中なら、くしゃみ一つで皆がピンチになるんですよ」 言えば彼は明らかにぐっと言葉に詰まって、難しい顔をしながら視線を泳がせた。そんな彼の分かりやすすぎる所作がやはり楽しくて、クルスは笑いながら言う。 「……それに私は、これより寒いところで寝てた事だってありますから……大丈夫です」 孤児たちが暮らす神殿の大部屋は冬場は寒い。手や足をこすり合わせながら寝る事なんて普通だったし、冬の掃除は手がかじかんで感覚がなくなる、服だってそんな厚着はさせてもらえないし、それに比べればクルスとしては全然寒くなどなかった。 だから本当に彼には自身を優先してほしい、と思って言った事だが……シーグルは難しい顔をしたまましばらくじっとこちらを見つめてきて、それからとても言いにくそうに、呟くにも近い声で言ってきた。 「なら……一緒に」 「え?」 クルスが思わず聞き返してしまえば、彼は覚悟が出来たのか胸を張って今度はしっかりとした声で言ってくる。 「このマントはかなり大きいから、体を寄せれば一緒に入れる。……その、君が、嫌でなければ、だが」 表情は真剣なのだが語尾が少し弱くなる、その彼の優しさと不安そうな様子が嬉しくて、クルスとしてはそれを断る事は出来なかった。 「はい、では……その、お邪魔します」 本当は本当にこんな寒さなんてつらくなんてなかったけれど、けれどでも、彼の傍にいけるそのチャンスを見逃す気はなかった。これでまた彼との大切な思い出が作れた事に、クルスは心の中でりパの神に向けて感謝の祈りをささげる。 「すまない、こちらが鎧でなければもっと暖かかったのに。その……逆に冷たかったり痛かったりとかはないだろうか」 確かに鎧姿の彼は布服ではないからダイレクトに体温が伝わってはこないものの、鎧とはいっても全身甲冑ではなく部分鎧がメインであるから体温が伝わってこないわけでもない。 「とんでもない、とても暖かいです」 クルスが出来るだけ嬉しそうに見える笑顔で答えれば、すぐ間近で彼も嬉しそうに笑う。 「そうか……それならよかった」 それに見とれながらもクルスは、幸せ過ぎる今をまた噛み締めた。 完全に日が昇りきって朝が訪れた時間、普段の自分からすればかなり遅い時間になる頃シーグルは起きた。勿論、見張り番を交代して眠った時間が遅いのだから別に怠惰な訳ではない。それでも気まずい気持ちは拭えなかったが、皆から笑顔でおはようと言われればなんだか嬉しくもあった。 シーグルとクルスが起きて皆が揃えば、そこからすぐ朝食の準備となる。多少はグリューとパーラが事前に準備をしていたらしく、彼らはそのまま調理にかかって、クルスとシーグルが顔を洗うついでに水を汲みに行った。流石に慣れている二人は手早く支度をすませていて、お湯が沸くとすぐ朝食となった。支度は素早かったが食事はゆっくりと、食べながら昼過ぎまで話し合って作戦を立てた。なにせ敵は夜しか出てこないと見て間違いない。なら今すぐ行動を起こしても仕方ない。 だから彼らが再び森に入ったのは正午をかなり過ぎた時間で、明るい内に昨夜敵と出会った場所を調べて、周囲の地形を確認しておくにとどめた。 後は簡単な準備をして夜を待つ。 体力を温存する為に一通りの準備の後休憩を取って、太陽が落ちるとともに彼らは立ち上がるとランプに火を灯した。 --------------------------------------------- クルスとシーグルのほのぼの?BLかな。 |