魔法都市と天才魔法使い
<クノームの章>





  【7】




「まぁさすがに、今日はここまでな」

 仕方ない、という自覚はあるので、流石にメイヤは反論しなかった。
 しかも、しょげている自分に男として同情するような目をその相手に向けられている状況では、何を言っても惨めな気分を増幅させるだけにしかならない。

「……なんていうかアレだ」
「いいです、何も言わないでください」

 ヘタに慰められたら追い打ちにしかならない。
 メイヤはじっと下を向いて、黙って自己嫌悪に陥る。
 メイヤにあるその方面の知識と言えば、兄や父の弟子達に教わった聞きかじり程度のものだけで、嘘は言ってはいないだろうが男同士の下世話な話の域を出ない。しかもメイヤは、積極的に話に食いついてあれこれ聞き出す程その話に入り込んでいた訳ではないし、『大人って不潔だ』と兄達に揶揄われて反発するような真面目ぶりでもあった。

 ――結論、何事も実践に勝るものなし。

 よく兄達が初めては好きな女の子と……ではなく、こっそりプロのおねーさんに頼んだ方がいいと冗談混じりで言っていた理由が分かったとメイヤは思う。本当に痛い程実体験で理解出来た。
 そうなれば、ここはやはり何処かで経験をしてくるべきか、と瞬間頭に浮かんだメイヤだったが、さすがにそれはすぐに却下する。メイヤの性格上、やはり心が伴っていない行為というのにはどうしても抵抗がある。
 そもそもクノームはティーダ以外と接触出来ない状態で彼と無事至る事が出来た訳である、自分が出来ない訳はない――とそう思ったメイヤは、ちらとティーダの顔を見上げて聞いてみた。

「クノームさんは、最初から……出来たんですか?」

 微妙な顔をして困っていたティーダが、それを聞いてにんまりと笑う。

「あぁ? あいつも最初は酷いもんだったぞ。まぁ、あいつの方がお前より必死だったししつこかったから、一応挿れるとこまでは出来たんだけどな、んでも結果として恥ずかしさではお前といい勝負だ」

 思い切り打ちひしがれている今、それだけでもメイヤは負けた気分になる。

「俺も諦めなきゃよかった……」
「ばーか、お前の場合は、あれで諦めなかったら追い出してやるとこだ」
「クノームさんの場合ならいいんですか?」
「だってなぁ、あいつ追い出す訳にいかなかったし、他で教えて貰ってこいって言う訳にもいかなかったしなぁ」

 不公平だ、と思っても、それを口に出すところまではメイヤもしなかった。クノームの事情を考えれば、そちらを羨ましいなどと言い出すのは余りにも考えなし過ぎる、と思える程度にはメイヤも大人だった。

「いったろー、お前は思い切りが足んないんだってさ。男とやるならもうちょっと『俺がこいつを組み敷いてやるぜ』くらいな勢いでやれってこった」
「なんですかそれは」
「それぐらいの気合いを入れろって例えだよ」
「俺は別に貴方を征服したい訳じゃないです、貴方を感じて貴方と繋がりたいんです」

 なんだか自分の気持ちをねじ曲げられたようで、メイヤは悔しかった。確かに彼に欲望を感じてそういう行為をしたいと思ったが、ティーダに対して一番大切なのは、行為自体よりももっと心情的なものなのだと訴えたかった。
 だから抗議するようにじっと師の顔を見つめれば、ティーダは困って頭を掻き、どうしようかと視線を泳がせる。

「でもなぁ……男ならそんくらいの意気込みは必要だぜ」
「そういうのは分かりません」

 メイヤだって、彼に対する気持ちが、どこまでが恋愛感情で、どこまでが憧れで、どこまでが欲望なのか分からない。
 それでも、彼を大切に思っているこの気持ちだけは理解して貰いたかった。だから泣きそうになる目をぐっと堪えて彼を見つめた。

「だからまだガキなんだよ、お前は」

 ティーダが溜め息とともに呟く。

「ガキで悪かったですね」

 メイヤは怒鳴る。
 もう顔を見ていられなくなったメイヤが、下を向いて目の辺りをごしごしと拭いている姿をみて、ティーダは悲しそうに笑う。
 だからお前の気持ちは困るんだよ――呟いたその声は、メイヤに届く事はなかった。







 ――後日談。

「クノームさん」
「なんだ改まって、気味が悪い」

 いつも通り、ふらっとティーダに会いにやってきたクノームを、家の中に入る前に引き止めて、真剣な顔でメイヤは彼の顔を見つめた。

「今夜の夕飯は貴方の好きなものを作りますので、教えて欲しい事があります」
「嫌だ」

 クノームはメイヤの言葉が終わる前に即答した。

「まだ内容を言ってません」
「聞かなくても、嫌な予感がするからだめだ」
「なんですかそれは」
「うるさいな、天才魔法使いクノーム様のカンは絶対だ」

 それで話を切り上げて家の中へ入っていこうとする彼のローブを、がっしりとメイヤは掴んで引き止める。

「男として貴方に真剣に聞きたい事があるんですっ」
「益々嫌な予感しかしないぞ、離せこのガキっ」

 流石に見た目だけでも安物ではない刺繍入りのローブだけあって、互いにひっぱりあってもそうそう破れる事はない。それでも体力的、筋力的な勝負ではメイヤが負ける訳もなく、折れて足を止めたのはクノームの方であった。

「分かった、とりあえず言うだけいってみろ。内容によっては答えてやる」

 互いに真剣な目で睨みあい、ごくりと喉を鳴らす。
 だが、口を開いたとたん、メイヤの顔が赤く染まる。

「貴方は師匠と初めてその……した時、どんな失敗をしたんですか?」

 クノームはすぐには反応せずに、ただ黙った。
 メイヤは言い切った後もどんどん顔を赤くしていったが、クノームは固まったように何も返してこなかった。
 だが。

「誰が言うかこの色ボケガキがーー」

 叫ぶと同時に彼も顔を真っ赤にして、先程よりも意地になってメイヤの持っているローブの裾を引っ張り出す。
 そこへ。

「よーし、俺が教えてやろうっ」

「師匠いたんですか?」
「ティーダいたのか?」

 いつの間にか来ていたのか、彼らの師匠は部屋から出てきていて、彼らの近くで得意そうに腕を組んで立っていた。
 勿論、そのにやにやと悪巧みを考える子供のような笑みを見れば、今のやりとりのほとんどが聞かれていた事など聞かなくても分かる。

「こいつはなー、最初の時、入れるとこまで出来はしたんだが、動いたらすぽっと抜けちまってなー。あげくにその途端イっちまったんだよなー」
「ティーーーダァァァーーー」

 顔を更に赤くして、というよりも赤くない部分がない程見えている肌部分を赤くしてクノームが叫ぶ。
 確かにそれだと悲惨さは自分といい勝負かもしれない、と妙に納得出来たメイヤは、同情の瞳でいつも偉そうな態度の兄弟子を見た。

「いやもう可愛かったぞー、落ち込んで黙ちゃってしばらくは部屋篭もって出てこなくてさー」
「黙れ、それ以上言ったら、お前の秘密もばらすからなっ」
「お前も昔は可愛かったのになぁ、どうしてこんなになったんだか」
「まだいうかっ、黙れっティーダッ」

 それでも、自分の反応こそが楽しくてティーダがしゃべっている事を理解したクノームは、文句を言いながらも早足で一人家の中へと姿を消す。
 ティーダはその彼をやたらと機嫌が良さそうな笑顔で見ている。
 さすがにヒトゴトと笑う事にも出来ず、気の毒になってきたメイヤは、黙っていれば本当に綺麗なのになーという彼の師にこっそりと聞いた。

「それにしても師匠……教えてくれる気があったのなら、あの時教えてくれればよかったじゃないですか」
「いやいや、本人いない時に言ったらただの陰口だろっ。それに本人の前で言わないとおもしろくないじゃねーか」

 ――本当にこの人って見た目裏切り過ぎて性格悪いなぁ。

 心から楽しそうなティーダの顔を見て、メイヤは笑顔を引き攣らせた。
 そして、何かあったら自分の事も何処でバラされるかもしれないと思って……本当にこの人を好きになってよかったのだろうかと悩んだという事は言うまでもなかった。



END
 >>>> 次のエピソードへ。

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そんな訳でかなりギャグな終わり方になってしまいましたが、クノーム編終了。
しかし師匠酷すぎですね。そうとうこの人性格ひねてます(==;;。
次のエピソードはもうちょっと真面目にティーダの過去をちらっとだけ編、です。


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