<成長編・2> 【3】 結局、その日はダッツの紹介と、その後に彼の工房の中を案内してもらっただけで結構な時間が過ぎてしまった。それなりの時間になった為、クノーム曰く『詳しい説明の準備は次までにしとく』と言う事で、メイヤは森の家に返される事になった。 ……実際のところ、実はかなり気合を入れてクノームへの返事を考えて行ったので、少々気が抜けた部分もあったのだが、ともかく、その日はまだ今までの生活から劇的に何かが変わるというまでの事はなかった。 ――の、だが。 森の賢者の家に帰ってきたメイヤは、部屋のドアを開けた途端、何も言えずにただ固まる事になる。 そこに居たのは、いつも通りの長い黒髪の綺麗な魔法使い、それと、金髪の青年だった。 ティーダの方はまだしも、もう一人の人物の顔は見えない。けれど、それが誰かよりもまず、問題なのは彼らの体勢の方だった。 なにせ彼らは、キスをしていたのだから。 「――し、し、ししょーーーー!!」 「え、あ、ううわぁぁぁぁぁああっ」 一瞬の自己喪失の後メイヤが叫んで、それに驚いたティーダも叫んで、更に彼は慌てて相手を突き飛ばした。 「……さすがに酷くないか、貴方にムードを求める気はないが」 弟子と師匠が二人してパニックを起こし掛ける中、一人落ち着いている金髪の青年が冷静につっこむ。 「えーと、君がメイヤ君、かな。よろしく」 状況がまったく見えていないせいで、内心とてもとても心穏やかじゃないメイヤだったが、無理矢理外面だけでも落ち着かせて、手を伸ばしてきたその人物の手を取った。 そしてすぐ、彼の顔を見て気がつく。 ――あ、この人。 その顔を正面からはっきりと見て、メイヤはそれがティーダの記憶の中にあった、騎士の顔とそっくりだという事が分かってしまった。 一瞬、彼の名を呼びそうになって、それを飲み込み、さらにその顔をじっと見つめる。にっこりと、人の良さそうな笑顔を浮かべた青年の瞳は綺麗な緑色で、それもあの時みた記憶の中の人物と同じだった。 けれど、彼の額には、絶対に『合わない』ものがついていた。額にはめ込まれている黒い石は強い魔法の気配があって、さらに言えば綺麗な緑の瞳も、どことなく『魔』を感じさせる何かがあった。 「あー、とりあえず言っとく。こいつは俺の使い魔だ。見た目はこいつの擬態だから気にすんな、以上」 急に間に割り込むようにティーダが怒鳴りながらやって来て、自然と握手の手は解かれる。 「使い魔、ですか?」 どこか呆然とメイヤは呟く。 「そー、使い魔。んで、こいつに仕事頼むとだ、代わりにちょっとこっちの魔力とか生気とかやらないとならねーんだ」 メイヤは考えた。 つまり、先程のキスは使い魔を使った代償として、生気を与えていたのだろう、と。 そこまですぐにピンときたメイヤは頭の回転が良かったが、恋する青年は、それ以上の妄想まで考えが至ってしまうのが厄介だった。 「師匠、その魔物と寝たんですか?」 途端、ティーダが顔を真っ赤にして叫ぶ。 「寝てないっ」 それでメイヤもすぐ安堵出来る程、純粋すぎる歳ではない。 「でもキスは……」 「あぁ、キスはしたがそこまでだ! いいか、絶対に何があってもこいつと寝るのはないからなっ」 ぜいはぁと、らしくなく完全に取り乱したティーダにこっそり可愛いなんて感想を浮かべてしまいながら、メイヤはそこでやっと安堵する。 けれども、そのやりとりを見ていた金髪の青年は、見た目だけならさわやかな笑顔で言ってきたのだ。 「んーでも今後大きい力使えっていわれたら、やっぱり寝るのが一番てっとり早いんだがな」 ティーダはやはり顔を真っ赤にして叫ぶ。そこまで過剰な反応をするのは何処か彼らしくなかった。 「黙れっ、俺はお前とは寝ないからなっ。その顔相手なんて冗談じゃねぇっ」 「……師匠、その顔じゃなければいいんですか?」 「だー、そりゃ言葉のあやだ。ともかく、そいつと寝る事はない、この話はここまでだっ」 だが、それで無理矢理話をまとめてしまおうとしたティーダの意図は、簡単に金髪の使い魔に壊される。 彼は首を傾げて少しだけ考える素振りを見せると、何かを思いついたかのようにくるりとメイヤに振り返った。 「君は、我が主と寝てるんだろ?」 メイヤは一瞬また頭が白くなりかけたが、どうにかすぐに気を取り直した。 「そ、そうだ」 使い魔は無邪気に笑う。 「じゃ、入れるのは君でいいから、俺は我が主殿のを口でしてさしあげよう。慣れてる君との最中の方が、主殿も安心してイク事が出来るだろ。1,2回出してもらって飲ませて貰えば十分魔力補強出来るしな」 ティーダは顔を真っ赤にして、下を向いて震えている。 「く、口でって……」 ひきつった声を上げたティーダの声も聞こえていないのか、使い魔はメイヤの肩を明るくバンバンと叩いた。 「前は全面的に任せてくれていいぞ。なにせ生きてる年月だけは長いから、この手の事は慣れてる。主殿が気持ち良くなれば、君もよく締まって気持ちいいだろう?」 それではははと一見さわやかに笑うのだから、その嘘くささというか寒々しさは相当である。 メイヤは当然、最初はこの使い魔に怒りを覚えていたのだが、ここまでくると怒るをすっかり通り越して、後はひたすら呆れるしかない。 そしてその矛先は、目の前の使い魔よりも……それを呼び出したろう魔法使い本人の方に向かうものである。 ティーダと目があったメイヤは、にこりとがさつで美人な師匠に笑い掛けた。 「さすが、師匠が呼び出しただけある使い魔ですね。品のレベルが同じです」 「ざけんなっ、俺はあそこまであからさまじゃないっ!」 「同じです」 きっぱりと笑顔でメイヤが返せば、ティーダは更にがっくりと項垂れた。 「あらためてっ、あいつはサック・リーアって言う俺の使い魔だ。俺は外に出られないから、面倒だがあいつに頼らないとならない訳だ」 「俺がいるじゃないですか」 「いやお前、今度暫くまたクノームの仕事手伝うんだろ? ちょいちょいあっち呼ばれる事も多くなるって聞いたからさ、一人雑用専門の予備を置いとこうかねと」 そうティーダが言えば、メイヤは少し納得出来ないといった顔をしながらも、一応は大人しく引き下がる。なにせ、その手伝う『仕事』についてちゃんと説明出来ない分、あまり食い下がるとやぶへびになりかねない。 「だから今後は、あんま俺の事は気にしなくていいぞ。特に遠出するような面倒な使いは、基本あいつに頼む事にするから」 だが、ティーダ的には何でもない事のように言うそれは、メイヤ的には全然何でもなくない内容も含んでいる。 だからメイヤは明らかに不機嫌そうに眉を寄せて、抗議の視線を師に向けた。 「それで、またキスなり、もしかしたらそれ以上をあの使い魔とする訳ですね」 ティーダは頭を押さえた。 「まだそっち引きずってるのかよ。いいとこキス程度だ。それ以上する気はねぇっていっただろ」 「キス程度じゃ間に合わない仕事だったらどうするんです?」 「そーゆーのは頼まないっ、そんだけだ」 それでもメイヤは疑いの視線をティーダに向ける。何せ、この手の彼の発言は信用出来ない、という事は、弟子として彼との時間を重ねた分だけ分かっていた。 大変な事であればあるだけこちらを頼ろうとせずに一人でどうにかしようとする彼なら、それこそキス以上が必要な事を頼む事態になったら、迷わずメイヤやクノームに言う前に使い魔を使うだろうと予想出来る。 だから、メイヤも言葉だけで誤魔化されて終わりにはしてやらない。 「ティーダ」 名を呼んで、今では僅かに下に見る事になった彼の体を抱きしめる。 子どもの時は、抱きしめても抱きしめても抱きしめきれた気がしなかった彼の体は、少なくとも今、体格的にはすっぽりと腕の中へ納める事が出来るようなった。 ずっと長く生きてきた彼の心を包める事は出来なくとも、せめて体だけは包んで守ってあげたい。勝手なメイヤ一人の想いだったとしても、それが今のメイヤの望みだった。 「何だよ、お前……」 腕の中で、すっかり大人しくなってそれきり黙ってしまったティーダに、メイヤは口元だけで笑う。 子どもの時のように、必死にぎゅうと抱きしめたりはしない。それよりも、ゆるく、腕で包むように抱きしめた方が彼を逃がさなくて済む。いつでも逃げられるのだという状況の方が、彼が怒って有耶無耶にする事を出来なくさせる事が出来る。 「いいですか。何か大変な事をしようと思ったり、難しい問題があるのでしたら、使い魔に頼む前に俺にも相談してください。最終的に使い魔に頼む事が決まっていても、相談だけはしてください」 ティーダは腕の中から逃げない。じっと黙ってメイヤの話を聞いている。 メイヤはティーダの肩に顔を埋め、それから首筋に軽くキスをする。 「大好きです、ティーダ。俺は貴方の為ならなんでもしたい……けれどもし、そんな俺だからこそ言えないのだとしたら……せめてクノームさんか、レトさんでも、必ず相談してください」 それからメイヤは師の体を静かに離して、顔を覗き込んで言う。 「俺はまだ魔法使いではありませんから、相談したくても話せない事もありますしね」 口調は冗談めかしてみたものの、笑った顔が本当に笑顔に見えたかまで、メイヤには自信がなかった。 --------------------------------------------- 使い魔さんはイイ性格です。 |