<成長編・2> 【2】 どうやらここは、塔にある部屋の一つだったらしい、と階段に出て初めてメイヤは気がついた。 今回、クノームが連れて来てくれた場所は、前回初めて連れてきてもらった仕事の話を聞いたのと同じ部屋で、メイヤとしてはまだここが何処なのか説明されていない場所だった。部屋の外へ出ればいきなり階段で、そこにある窓には空しか見えない。下を見下ろせば暗闇へと消えていくどこまでも続く階段が見えるだけで、ここがどれほどの高さにあるかも分からなかった。 「ここに住んでる住人は、基本魔法使いばっかだからな。移動は基本魔法でだ。階段使うのは、弟子か役人くらいなもんだな。……まぁお前も、ここでの移動は階段になる、きっついぞー」 「それはかまいませんけど……」 いつもの調子で意地悪く言ってくる兄弟子にはさらりと返すものの、こんな風景を見れば、一体ここは何処なのだという疑問が湧くのは仕方がない。 とはいえ、聞いていい場所なのかどうか。メイヤにとってはまずそれが疑問である。 だからここはまず聞いてみるしかない。 「あの、言ってもいいなら教えて欲しいのですが、ここってどこなんですか?」 「あん? あぁ、ここは導師の塔だ」 あっさり教えてくれた事でメイヤは幾分かほっとしたが、それでもその『導師の塔』が何なのかが分からない。だからすかさず聞き返す。 「クストノーム、にある?」 もちろんそれはあてずっぽうだった。魔法関係の施設という事はクストノームにあるだろう、くらいの。 「何言ってんだお前、導師の塔は城の敷地の中にあるに決まってるだろ」 「城、って?」 「そりゃ勿論、首都セニエティにあるクリュースの王城」 「えぇぇぇっ?!」 何をいまさら、とクノームは、最初メイヤが驚いた事自体がおかしいというような目を向けてきたが、彼も暫くして思いつく事があったのか、ぽん、と軽く手を鳴らした。 「あー……お前ってもしかして、首都来た事ないのか」 軽すぎるクノームの言葉に、噛みつかんばかりにメイヤは詰め寄った。 「ないですよ、ここが首都なら首都と早く言ってください。っていうか、城の中なんて思う訳ないじゃないですか」 「っていってもなぁ、俺は身分は宮廷魔法使いだぞ、城の近くに住んでて当然だろ」 「貴方が宮廷魔法使いっていうのは初めて聞きました」 「そうだっけか?」 確かに、服装だけなら宮廷にでもいそうだとは思った事はあるが、まさかこの、見た目だけ立派ながさつ極まりない人間が、本当に宮廷にいるとはメイヤも思いもしなかった。 「てか散々、俺は偉いって言ってたと思うんだが」 「そんなのギルドでの身分だと思うじゃないですか。まさか王城に出入りしてるなんて思いませんよ」 そうか、とのんきにぼりぼりと頭を掻くこんな人物が、城に出入りしていて怒られたりしないんだろうか、なんて余計な心配をしたくなる。なにせメイヤは礼儀に対しては厳しく育てられてきたので、その基準で言えば、城での礼儀や作法など、最低限度であっても彼がどうにか出来るとは思えなかった。 「ともかく、城の中に許可なく人連れてきたら不味いでしょう」 そんな事を簡単にやれるようでは、警備をしている人間がいる意味がない。 「んー、でもココだと割と普通だしなぁ。ま、塔の外に出なきゃいいだろ、バレなきゃいいんだよ、結局」 かつては、警備する側の人間になる事を目指していたメイヤとしては、そこでなんだか悲しくなってきた。どれだけ必死に警備していても、魔法使いが勝手に外から人間を連れ込んでくるのでは、彼らが報われないではないか。 とはいえ、警備する側の人間の事など考えた事もない生まれながらの魔法使いの兄弟子は、メイヤがそこで食い下がっている意味が分かる訳もなく、ただ不満そうに顔を顰めているだけだ。 「とりあえずお前は危険人物じゃねーだろ。んだから連れて来て問題ない、違うのか?」 さすがに、これ以上あれこれ言うとキレるだろう、と察したメイヤは黙る事にした。 「で、だ。話はトンだが、仕事するとなりゃ、今後はここにくる事が増えるだろうから、案内しといてやるかと思ってな。紹介しておかないとならない奴もいるし」 言いながら階段を下りだしたクノームの後ろについて、メイヤも急いで階段を下る。窓の近くまでいけば、空だけではなく下に建造物の並ぶ風景も見えてきて、ここの高さが多少分かったメイヤは僅かに安堵を覚えた。 前を行くクノームは、下りてから最初に見えた扉の前で足を止めると、ドアの取っ手を掴んでメイヤを振り返っていた。 「こっちの部屋は主に作業用だ。ダッツの部屋でもある」 「ダッツ?」 聞き返した言葉には返答をもらえる事もなく、金髪の魔法使いは、扉を開けるとずかずかと部屋の中に入っていく。 メイヤもおそるおそる彼について部屋に入っていったのだが、入ってすぐに聞こえた金属を叩くような音に、奥に誰かいる事に気付いた。 「おいダッツ、手ェ離せるようならちょっときてくれ」 言えば、カン、カンという規則的に響く高い音は止み、暫く待てば誰かが近づいてくるのが壁に映った影でわかる。ただ、明かりの関係か、影は近づけば近づく程小さくなっていって、本人が姿を現した時には、その姿がどう見ても子供な事にメイヤは驚いた。 「どうしたんですか? クノーム様」 歳の頃はどうみても15,6くらいに見える少年は、だが体付きは結構がっちりとしていてそれなりに訓練を受けた者のようにも見える。ただし、こちらを見た顔はあどけないもので、戦う者特有の緊張感というものは見えなかった。 「ダッツ、こいつはメイヤだ。仕事をいろいろ手伝ってもらう事になったから、これからちょくちょく顔出す事になると思う」 「そうなんですか、それはよろしく」 「え、あぁはい、こちらこそよろしく」 無邪気に手を出してくる相手に反射的に手を出してしまえば、彼は嬉しそうに握手をしてきてぶんぶんと上下に手を振る。 「細工師のダッツです」 「細工師、なんですか?」 なんとも我ながら間の抜けた返答だと思ったが、細工師というだけでは、彼が何をやっているのかも、何故ここにいるのかも分からない。だから抗議するようにクノームを見れば、彼はにやりと笑っていて、説明しないのはワザとか、とメイヤは気づいた。 「ちなみに俺も、ここでの通称は細工師だ」 「訳が分かりません」 クノームの言葉は本気で混乱するだけで、メイヤはいい加減嫌になってくる。 「ちゃんと説明してやるとだな、俺のこの仮面に、お前の指輪、そういうのを作ってるんだよ、宮廷魔法使いとしての俺はな」 「あぁ、それで貴方がこの指輪を持ってきてくれたんですか……」 メイヤが魔法が使えなくて困っていた時、貰った指輪。今でもずっと指にはめているそれは、確かに『細工品』だ。 「とはいっても、俺が実際それらの細工品そのものを作れる筈がないだろ。単なる細工品としての部分はそこのダッツが作るんだよ。で、俺はそれに魔法を篭めて完成させる」 「あぁ、それで魔法の細工品を作る訳ですか」 「そういう事だ。何せ俺はいくらでも魔力が余ってるからな、多少外に出してもなんの問題もない。というか、余り過ぎてて不便なくらいだからな、こうやって外に魔力を注いでやったほうが楽になれる」 得意げにいう彼の言葉に、思わずメイヤは笑顔がひきつる。 つまり彼は、魔力がありすぎて困っているからモノに篭めて自分の中の魔力量を減らした方が楽、という事なのだろう。 「えぇ、貴方がトンでもない魔法使いというのは理解しました」 「なんだその言い方は。ってかなぁ……ティーダに他のモノへの魔力の移し方を教えて貰ってな、それでやっと俺は普通に生活出来るようになったんだからな」 「……すいませんでした」 「いや別に謝れって話でもないぞ」 自分が魔力が足りないせいで困っているのもあって、どうにもクノームの魔力を羨んでしまう事があるが、彼はその魔力がありすぎる所為で幼い頃は人としてマトモな生き方さえさせて貰えなかったのだ。いつでも偉そうで得意げに言ってくる彼の態度で忘れそうになるが、彼にとっては魔力があるという事は実は忌々しい事なのだろう。 「ったくお前はほんとに面倒くさいな、どこまでも考え方が魔法使いらしくねぇ」 素直に相手に悪いとは思ったものの、そう返されればなんだか素直に謝るのも癪で――というかこの人物には素直に謝る事自体が癪で――返すメイヤの声にもトゲが入る。 「悪かったですね」 けれども、いつも通り嫌味で返してくると思ったクノームの方は、この時は予想外の反応を返してくれた。 「ま、だからこそ、お前が魔法使いになったら面白いと思うんだがな」 にやり、と今度の彼の笑みは好意的なモノである事が分かって、メイヤは逆に返す言葉に困ってしまった。どうにもこの、魔法使いとしてだけなら優秀すぎる兄弟子とは、憎まれ口の応酬の方が馴れていて安心する。 「まぁそれでだ、話は戻るけどな、ダッツはこう見えても歳は確かお前より上だぞ、ちゃんと敬っとけよ」 「えぇっ?!」 少し考え込みそうになっていたところで唐突に振られた話に、メイヤは驚いて反射的に細工師の少年の顔を見返した。 「んーなんというかな、こいつの祖先はどうやら人間じゃないのが混じってるらしくてな、歳取るのが遅いのと、手先が器用なのが遺伝でな。でまぁ、そういう事情があると外で生活しにくいからな、代々この塔に住んでるって訳だ」 「そうなんですか」 メイヤが改めてダッツの顔を見ると、見た目ならまだ少年にも見える青年は、恥ずかしそうににこりと笑った。その表情に、自分の事情を悲観するような暗いものがないところを見れば、彼の境遇やここでの彼の生活は特別辛いものではないのだろうと予想出来た。 「言った通り、ダッツの血筋は手先が器用だから、代々ここの細工師や鍛冶屋として働いて貰ってる訳だ。こいつの親父は下ンとこでお偉いさんの依頼品の武器やら杖やら作っててな、こいつは細かい装飾品の方が得意だからほとんど俺専属になってここにいるって訳だ。 まぁ今後、仕事の状況によって、お前じゃ魔力的にどうにもならないような魔法使い相手の時は、それに対抗するモンを作って渡すって事になると思う。普段からダッツや俺には感謝して、よーく手伝っておくように」 『俺には』のところを特に強調して言った金髪の魔法使いをわざと無視して、メイヤはダッツに向かって深々と頭を下げた。 「先ほどは歳上とは知らず失礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした。メイヤ・パララテスです、改めてよろしくお願いいたします」 「あ、いやそんな事気にしなくても……私も、貴方のような若い方に友人として接していただいた方が……」 見た目少年の青年は、かしこまった様子のメイヤに戸惑う、だが。 「私は、元が剣士ですので、魔法使いとしては体力的な事に多少自信があります。力仕事の手伝いが必要な時はぜひいってください」 と、メイヤが続ければ、その顔が嬉しそうに輝く。 「それはぜひ。いや本当に、ここはその手の仕事の苦手な方ばかりで、皆私一人でやるしかなくて……いや本当に、確かに体つきが他の方と全然違いますよね」 喜んでそこまで言った後、彼自身も少しはしゃぎすぎたと思ったのか、また恥ずかしそうに体を縮めて、失礼しました、とつぶやいた。メイヤはそれに満面の笑みを返す。 「いえ、喜んでいただけて嬉しいです。ぜひ、力仕事には呼んでください」 「そーだぞダッツ、材料運びとかはこいつをどんどんこき使え」 偉そうに割り込んできた兄弟子には顔を向けず、メイヤは嫌味な程の笑顔のままで、強調するようにゆっくりと付け足した。 「えぇですので、どうしてもそちらの手伝いが欲しい時は、この人に言って私を呼び出してください。なにせ私は自力ではここにこれませんので」 それでダッツは不思議そうにクノームの顔を見る。 「メイヤさんはクノーム様の弟子ではないのですか?」 「いや違う」 即答で否定しただけのお偉い魔法使い様に代わって、メイヤが自分でダッツに答えた。 「私は一応、クノームさんの弟弟子に当たります。まだ見習いなので、普段は師匠の元にいます。ですからここに来るのはクノームさんが連れてきてくれた時だけなんです」 「では、メイヤさんが賢者様の新しい弟子なんですね!」 今度はクノームの顔を見たのはメイヤで、ティーダの事について彼にどこまで言っていいものかと、目で訴えてみる。さすがにその意図がすぐにわかったクノームは、面倒そうに、見た目だけは貴族のような金色の巻髪を軽く掻き揚げて、ダッツに向き直った。 「まーそういうこった。んでも、ウチの師匠についてあれこれ聞くのは禁止だ。知ると後々面倒な事になるから、それは理解出来るな?」 純朴そうな少年のような青年は、それで表情を引き締めて俯く。 「そう、でしたね」 ここでのティーダの扱いは、クノームから聞いた話だけでもかなり微妙な位置づけにある事は予想出来る。だからここにずっと住んでいるダッツは、メイヤの知らない暗黙の了解のようなものを分かっているのだろう、とメイヤは思った。 --------------------------------------------- 今回のエピソードは新キャラが結構出てきます。ダッツさんもその一人。 |